ポスター

作・よしおか

 

ある木枯らしの吹きすさぶ冬の日、街角の片隅にある電柱に一枚のポスターが張られた。だが、そのポスターは、自らの役割を果たす事無く、何者かに持ち去られた。だが、そのことには誰も気づいてはいなかった。

まるで、目立たぬ前に、回収するかのように町のあちらこちらに張られたポスターが、次々に剥がされていった。

何者による行動かはわからなかったが、何の問題もなくその目的は達成されそうに思われた。

 

「おい、知っているか?」

「なにを」

「ああ、あの話だろう」

マクドのテーブルで顔を見合わせながら座っていた三人の、高校生らしい少年たちのうちの一人が、判ったかのように答えた。

「何の話だよ」

「お前、まだわからないのかよ。あのポスターの話さ」

「あのポスターって・・・あ!あの幻の」

そう、何者かによって持ち去られていくポスター。いつの頃からか、あのポスターは町の若者の間でうわさになっていた。

「それでさ、あのポスターの女の子。かなりイケテルらしいぞ」

「らしいじゃなくて、イケテル」

「おまえ見たのか」

「この間先輩のところでさ。先輩がそのポスターを偶然手に入れたらしいんだ」

「現物?」

「ああ、印刷屋の友達から可愛い子のポスターがあるってもらったらしいんだけど・・・」

「かわいいのか?」

「ああ、かなりな」

二人の少年は、身を乗り出して、ポスターを見たという少年に迫った。

「ふ、なにをバカやってるんだ」

彼らに背を向けて座っていた隣の席の人物が、ボソボソとつぶやいた。暖房が効いて暑い位の店の中なのに、この人物はコートについたフードを深々とかぶり、ダークブルーのサングラスを掛け、顔を覆いつくさんばかりの大きめのマスクをしているその姿はまるでどこかの芸能人がする自意識過剰の変装のようだった。ただ、その胸のふくらみから女性のように思えた。

ふと立ち上がると、食べかけのバーガーののったトレイを持って席を離れた。その時、イスに躓いて、かけていたサングラスが、床に落ちた。彼女は慌ててサングラスを拾うとかけなおし、何事もなかったようにその場を離れた。

「おい、いまの・・・」

「なんだ?あ、あのフード女か。暑くないのかなぁ」

「ああ、この店の暖房効きすぎなのになぁ。あついだろうに、ご苦労なことだ」

「いや、一瞬彼女の目が見えたのだけど、あの先輩に見せてもらったポスターの子に似ているような気がしたんだ」

「そんな訳ないだろう。いまや有名人なんだから。あんなかっこうするかよ」

「そうそう、もしそうだったらもてもてだぞ」

「そ、そうだよな。気のせいか」

ポスターを見た少年は友達の言葉に頷いた。そして、幻の少女が自分達のそばにいるはずもないと左右にちいさく頭を振って、今頭に浮かんだ考えを打ち消した。いるはずがないと・・・・

 

「まったく。こんな格好をしないと表を歩けないなんて。これもあいつのせいだ」

バーガーショップから出てきたフードを深々とかぶった女性は、誰に言うともなく吐き捨てるようにつぶやいた。

「あの時に、そう、あの時に断っていれば・・・」

ふと、そうつぶやく彼女のサングラス越しの視線は、遠くを見つめていた。

あのとき・・・

 

「工作。バイトしないか?バイクの頭金ぐらいにはなるぞ」

バイクの免許を取って走り回りたかった工作は、その言葉に乗った。免許を取るために夏休み中にしたバイトのバイト代はすべて消えていたからだ。

「おじさん、お願いします」

バイトというのは、おやじの弟の平八郎おじさんが経営しているコンビニの宣伝用ポスターのモデルだった。

高額のバイト料。それにつられて工作は、叔父の言うバイトの話に乗った。

「ここで、これを飲んで待っていてくれ。必ずこれを飲むんだぞ」

叔父の平八郎に渡されたのは、よくシェイクされた白色のゼリージュースの入ったボトルだった。まあ、ゼリージュースは嫌いじゃなかったから工作は、そのキャップを取り飲み干した。キャップは開けてあった様で、簡単に取れた。冷たく甘酸っぱい乳酸飲料の味のするそのゼリージュースはなかなかおいしかった。だが、それを飲み干してしばらくすると工作は眠気に襲われた。

「う、う〜〜ん」

いつの間に眠ってしまったのだろう。工作は、いつのまにかぐっすりと眠ってしまっていた。慌てて飛び起きると、そこは何処かの撮影スタジオで、衣装らしい薄手のシャツを着せられていた。正面からのライトがまぶしく、工作は目を細めて正面を見た。そこには三脚に設置されたカメラと、撮影スタッフらしき人たちが、忙しく動き回っていた。

「おい、ライト。もっとこっちに向けて。う〜〜ん、OK

「ラフの向き、もちょっと左」

「バックはこれでいいですか?」

声が飛び交い、誰も工作が目を覚ましたことに気づいてはいないようだった。

「ここは・・・なんでこんなところに?」

工作は、まだぼんやりとした頭を手で抑えながら、目覚めるまでのことを思い出していた。

「あれは、ポスターの撮影スタジオの控え室で、叔父さんに手渡されたゼリージュースを飲んでそれから・・・あれ、それからどうしたんだ?」

工作が必死になって思い出そうとしていると、彼の前で忙しそうに動き回っていたスタッフの一人が、声をあげた。

「あ、先生。モデルが目を覚ましました」

その声に奥で他の男と立ち話をしていた長身の男が、こちらのほうに歩いてきた。

「おお、お姫様のお目覚めだ。それじゃあもう一仕事行こうか。よろしいですか?お姫様」

「お姫様?」

工作はその声にあたりを見回した。だが、それらしい女の子はいなかった。

「あの〜〜お姫様はいませんけど?」

「お姫様はご冗談がお好きなようだ。お姫様はあなたでしょう」

「え、ボク?僕は男ですよ」

「それではこの立派なものは幻ですか」

そう言いながら、先生と呼ばれた長身の男は、工作の胸を触った。

「いやん」

工作は思わずその男の手を払って、からだを背けた。

「え?なんで。僕の胸にふくらみがあるの。ま、まさか・・・な、ない。なくなってるぅ〜〜〜!」

おそるおそる下のほうに伸びた工作の手は、いつもの触り慣れたものを見つけることはできなかった。

「な、何でないの?僕のあれはどこに言ったの」

工作は、何がなんだかわからなくなって、つぶらな瞳に涙が浮かんできた。そして、情けなく。心細くなり涙が止めどなく流れ出してしまった。

「ヒックヒックヒック」

「おいおいお姫様が泣き出しちまったぞ。だれか、クライアントを呼んで来い。モデルが大変だと言って」

先生は、近くで撮影の準備をしていたスタッフの一人が、スタジオから飛び出していった。しばらくするとさえないおっさんを連れてかえってきた。そのおっさんの手には水色のゼリージュースと、白色のゼリージュースが握られていた。

「すみません。お姫様が泣き出しちまって・・・」

「やはり、元に戻ったからおかしいとは思っていたのだけど・・・すみませんね、賀来さん、ご迷惑をおかけして」

工作は、カメラマンと話している叔父の顔を見て、泣きながら叔父に詰め寄った。

「お、おじさん。僕は女の子になってしまったよ。どうしたらいいんだよ」

「大丈夫チャンと元に戻すから」

「大丈夫って、僕が女の子になったのは叔父さんのせいなのかい」

「ポスターのモデルになってくれると言っただろう。やはりモデルは女の子の方がいいじゃないか」

「なら、女の子を雇えばいいじゃないか。僕を女の子に変えなくても・・・」

「それは・・・叔父さんの趣味ということで・・・」

テレながら工作の叔父の平八郎は、そう言った。

「すぐに戻してよ。もとの僕にもどしてよ」

「戻せといわれても・・・賀来さん、いい写真は撮れたのかい?」

「まあまあというのは撮れたけど・・・お姫様がこれじゃあ、これまでかなぁ」

「そうか。このゼリージュースでは、意識があるものには憑依できないしなぁ」

そう言いながら平八郎は、手に持っていた水色のゼリージュースを目の前に持ち上げた。それはライトに照らされてキラキラと輝いていた。

「あと一枚行きたかったけど。お姫様のご機嫌がなぁ」

「すぐに戻してよ。それだね、僕をこんな姿にしたのは」

そう言うと工作は、平八郎が手に持っていた白色のゼリージュースを取り上げ、一気に飲み干した。

「なんだよ。これ味がないよ」

「そ、それはまだ・・・あ〜〜ァ、全部呑んじまった。まだ、3分45秒あったのに」

平八郎は、白色のゼリージュースを飲み干して満足そうな工作を見ながらつぶやいた。

「なんだよ、その3分45秒って」

「もう遅いんだ。おまえは飲んじまったのだからな」

「だからなんなのさ」

平八郎は、ふうっと深いため息をつくと語りだした。

「このゼリージュースは、飲んだ者の身体を粘土のようにやわらかくするのだけれども、飲んで5時間以内にまた飲んだりしたら、免疫性ができて、もう二度と効果が効かなくなるんだよ。あと3分45秒で、もう、3分か。5時間たったのに・・・」

 「そ、そんなぁ。じゃあ、僕はもう元には・・・」

「戻れないな。それにお前のお母さんは娘が欲しいって言っていたからちょうどよかったなぁ」

「そ、そんな・・・」

あまりのショックに工作の身体から力が抜けて、床の上にぺったんこと座り込んでしまった。そして、彼(?)の手から白色のゼリージュースの入ったボトルが床に落ちた。落ちたショックでビンのふたが開き、中身が飛び散り、工作の顔にもかかった。その瞬間にカメラマンの賀来は、シャッターをきったが、元に戻れないショックで工作は呆然として気づいてはいなかった。

「やったぁ、いいシャシンが撮れたぞ」

満足そうな賀来とは対照的に、工作はうつろな目をしていた。だが、その場にはすでに平八郎の姿はなかった。

 

「やあ、ねえさん。写真、うまく行ったみたいだよ。うん、ねえさんが貸してくれた女の子の写真、イメージにぴったりだった。うん、ところで頼まれていたことだけど・・・ああ、工作しっかり信じたみたいだ。これで工作は、今日から女の子だよ。これで、写真の借り賃は、約束通りにタダだよ。うんうん、そりゃあ、俺も可愛い姪っ子がいたほうがいいもの。がさつな甥っ子よりはね」

叔父の平八郎と自分の母のこんな会話も知らず、いまだショックから立ち直れずにいる工作であった。

 

「あの時は、元に戻れるからなんとも思っていなかったけど、戻れないなら、こんな恥ずかしいものはすべて抹消してやる」

あたりの人影に注意しながら、少女、いや、工作は、電柱に張ってあるポスターを剥がして、くしゃくしゃに丸めると近くのちり箱の中に放り込んだ。

「いったい何枚あるんだ?」

彼女は知らなかった。この行為が自分の存在をさらに世間に知らしめていることを・・・そして、彼女の知らないところで、もっと大変なことが起ころうとしていることを彼女は知らなかった。

町からまた一枚。ポスターが消えていった・・・

 

 

あとがき

このポスターの現物は、珍聞閲覧所「綾乃堂」ギャラリーにて展示中です。ぜひご覧ください。

 

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