ゼリージュース

ボイン!?

作・よしおか

 

早朝の駅前のコンビニエンス・ストア。飲料品コーナーで、一人の若い女性店員が、棚の整理をしていた。ふと一本のボトルを手に取り、困ったような顔をしてつぶやいた。

「どしよう?このままにはしておけないし。とにかく片付けるしかないわね」

ため息をついて、彼女が手に持っていたボトルを棚に返したとき、入り口が開き、一人の男が入ってきた。

「よお、アッちゃん。深刻な顔をしてどうしたんだい?」

それは、常連客だった。彼にアッちゃんと呼ばれた店員の豊かな胸には、『浅利』と書かれたネームプレートがついていた。

「え?いえ、ちょっと配達ミスがありまして・・・」

「ん?そこにあるのは新製品かい。お、ゼリージュースじゃないか」

客は、スタスタと店員が立っている飲料品コーナーに近づいてくると、彼女が棚に戻したボトルを手に取った。

「ゼリージュースの新製品か。今度のは、どんなのだい?」

客はボトルを手に取り、ものめずらしそうに手に取ったボトルをぐるぐると回したり、照明にかざしたりした。

「きれいな色だね。チェリーカラーか。お、ラベルは巨乳のおねいさんか」

客は、手に持ったボトルのラベルをしげしげと眺めた。そこには、巨乳の金髪美女が大きく膨らんだ胸を持ち上げて微笑む上半身のフォトがプリントされていた。

「いいね、いいね。これもらうよ」

「あ、あの、これは先ほど申し上げたとおり、効果が・・・」

「なにをいってるの、アッちゃん。このラベルを見たら一目瞭然だよ。このボインボインのおねいさんに成れるに決まっているだろう」

「で、でも・・・」

「いや〜、こんなゼリージュースを待ってたんだよ。だってさ、変身するには、変身したい相手が近くにいないと出来ないからね。そうか、ついに出たんだ。変身したい相手が近くにいなくても、変身できるゼリージュースが」

「は、はあ・・・(本当にそうなのかしら?)」

「じゃあ、二本もらっていくよ。お代は細かくなるけどいいかい?」

「は、はい。ではレジのほうに・・・」

歯切れの悪い返事をしながら、店員は、レジのほうに歩き出した。

「いや、ここで払うよ。まずは、二円。あとは、十円玉で、ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな。お、いまなんどきでぃ」

「は?はい、六時二十五分です」

「なな、やあ、ここのつ・・・二十四、二十五と。それじゃあ、もらっていくよ」

そういうと、客は、さっさと店を出て行った。一人残された店員は、いま受け取った代金を数えなおして気がついた。

「あ、あの人、落語の時そばの真似をして、十円多く置いていったわ。どうしましょう。でも、自分でせこい真似をして間違えたのだから取り返しにこないでしょうから、募金に寄付しておきましょう」

そういうと、店員は、客が多く置いていった十円玉を募金箱に入れると、ふと、顔を曇らせた。

「大丈夫と言ってあのゼリージュースを買って行ったけど大丈夫かしら?大丈夫よね、だって、ゼリージュースで死ぬことはないでしょうから」

彼女は、残りの代金をレジになおすと、やりかけていたゼリージュースの片づけを始めた。

 

「ククク、これで俺も金髪美女か。チェリー味のゼリージュースで、チェリーボーイ(童貞少年)をつまみ食いか。グハハハ、では、さっそく変わりますか」

コンビニの客は、自分の部屋に戻ると買って来たゼリージュースを一気に飲み干した。そして、時計を見つめながら身体の変化を待った。だが・・・10分たったが何の変化も起こらなかった。

「おかしいなぁ。5分ほどで変化が起こるはずなのに。一本じゃ足りないのかなぁ?」

そう言うと残り一本を飲んでみたが、やはり変化は起こらなかった。

「欠陥商品かよ。あの店に文句を言わなくちゃ・・・ン?なんだか眠くなってきたぞ。一寝入りしてから行くか」

そのまま横になるといびきをかきだした。しばらくするとすっかり眠ってしまった彼の身体がかすかに震えだしていた。

 

「まいど!」

威勢のいい声と共に荷物を目一杯のせた台車を押しながら若い男が入ってきた。コンビニチェーンメーカーの配達員のユニフォームを着ていた。

「あ、俊さん。待っていたんですよ」

「お、アッちゃんに待たれるなんて、今度デートしょか?」

「そんなことじゃなくて。朝一番に配達されたゼリージュースの説明書ですよ」

「ゼリージュースの説明書?」

「ええ、説明書です」

「なかった?おかしいなぁ。サトくんに伝票と一緒に渡したんだけど・・・・やべ、受け取りもらった時に、受け取りと一緒に取り戻してしもうとったんや。えろうスマン」

「あのですねぇ〜〜。あのゼリージュースの効用はいったいどんなのです?」

「あ、それはなぁ。ちょっと待ってね」

サトと呼ばれた配達員は、ポケットから一枚の紙を取り出すと広げて読み出した。

「え〜と、効用は、胸が大きくなる」

「む、胸が?あのラベルにプリントされている金髪美女に変わるんじゃないの?」

「ちゃうちゃう。女性ユーザーも獲得するために開発されたパーツ変身用のゼリージュースで、飲用後は眠くなりますので、運転中や作業中には服用しないで下さい。それと飲みすぎに注意しましょうだって」

「眠くなるの?それと、飲みすぎるとどうなるの?」

「それは、やはり寝た子は育つでは・・・それと効果が倍増されると書かれている」

「なんやねんそれ。でも、効果が倍増って、どういうことなんだろう?」

「一本でバスト93aになれると書いてあるから、二本飲むと・・・」

「バスト186a?」

「ちがう、ちがう。倍増だから、8,649a。つまり87b近いバストということで・・・」

サトがそう言った時、表のほうで何かが崩壊する音がした。

「な、なにごとだ?」

「どうしたの?」

二人は、慌てて表に飛び出すと音のしたほうを見た。そこには、もと古びたアパートのあったところにガスタンクほどの大きさの白く丸い物体が二個あった。

「こうなるわけか」

二人は、丸い物体を見つめてつぶやいた。

 

その夜の夕刊より

『・・・突然現れた白い謎の物体は、発現より五時間後に突然、姿を消した。警察は、その現場で、全身打撲状態の男性(当現場にあったイクエ荘住人)飛鳥秀樹さん(43)を発見。名児耶香警察病院に収容し、意識が取り戻し次第、事情を聞く模様』

 

 

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