うまい話には裏がある

作:Sato


「すいません、ちょっといいですか?」

 信号待ちをしていて突然呼びかけられた僕は、反射的にうしろを振り返った。するとそこには厳しく採点したとしても美人だといえるほどの、きれいな女性の姿があったのだ。

 上下ともグレーで統一された品のいいスーツを着込んでおり、外から見ていてもその中にある彼女の本当の身体が、相当にレベルの高いものであることが窺われた。顔にはにこやかな笑みを浮かべており、営業スマイルってやつなのだろうか、他人に警戒心を抱かせないようなものに見えた。

「な、何か用ですか?」

 どう見ても逆ナンパなどではないようだが、なかなかこんな美人に話し掛けられる機会なんてない。僕は緊張気味に聞いていた。

「ええ、ちょっと協力してもらいたいことがあるんですよ。簡単なモニターのバイトなんですけど」

「モニター?化粧品関係とか?」

 僕は彼女から受ける印象で、そうあてずっぽうをいった。彼女の顔に施された化粧は、濃いという感じではないが、品のよさを感じさせる、どうやれば自分を美しく見せることができるか、ということを知っていそうなものだったからだ。

「うん、まあ似たような感じかな?ある商品の開発のための実験に協力してもらいたいのよ」

「実験ですか?何だか怖いような・・・・」

「あはは、大丈夫ですよ。すでに社内では実験済みですから。ただ、効果を知らない部外者ではどうなるかなっていう段階の実験ですから」

「なるほど。でもやっぱり怖いですよ。効果っていうと薬とかなんでしょ?」

「う〜ん、薬とはちょっと違うんだけど。ただちょっと扱いが難しいっていうか。自分より他人に害を及ぼすものなのよ。だからあなたに害はないって断言できるわ」

「そうなんですか・・・それで・・・」

「ああ、バイト料のことね。ちょっと耳を貸して」

「え、あ、はい」

 彼女のささやいた金額は、僕の一月分のバイト料に匹敵するほどのものだった。

「やります!是非やらせてください!」

「そう。じゃあ決定ね。じゃあ私のあとについてきて」


「ついたわ。ここが私の会社よ」

 彼女につれられて到着したバイト先は、僕も聞いたことのある食品会社のビルだった。なるほど、食品会社の新しい商品開発のためのモニターってわけか。食品というからには身体に害はなさそうだな、そう思って僕は少し気を許した。

「ここの地下に実験用の部屋があるのよ。さ、こっちへきて」


「さ、入って。ここが実験の場になる部屋だから」

 彼女が先に立って、部屋の鍵を開ける。かなり厚い鉄の扉らしい。がちゃりという音がコンクリートの壁に反響して結構な音がした。う〜ん、かなり不気味な感じだ。こんな衛生が良くなさそうな場所で、食品会社の製品が作られるっていうのかな?僕は今度は不安になってきた。

「じゃあ、私はここで。あとは中にいる人から話を聞いてね」

「えっ?」

 そういうと、女性は身をひるがえして部屋から出て行ってしまった。おいおい、これでガタイのいいおっさんが出てきたりなんかしたら、サギみたいじゃないか。僕はそう思ったが、いまさらあとには引けない。僕は部屋の奥へと進んだ。

 地下のことなので、部屋はそう広いものではなかった。部屋の真ん中には一風変わったベッドのようなものが置かれており、その脇には妙なモニターが設置されていた。それだけ見ていると、まるで病室か何かのように見える。実験っていう雰囲気は分かるけど、食品会社っていう感じでもないなあ。

 そのさらに奥に、一人の男がたたずんでいた。年の頃は30前なのかな?僕よりは年上なのは間違いなさそうだ。背は僕よりだいぶ高くて、180はありそうに見えた。服装は実験室にはふさわしくない、ラフな格好だった。その男が僕に気付いて、にこりと微笑んだ。単純なものだといわれるかもしれないが、その笑顔を見て僕はまたひとまず安心してしまった。

「やあ、よくきてくれたね。僕の名前は小野俊行、この実験の責任者をしている者だ。君が実験に協力してくれるんだね?」

「は、はい。そのつもりですけど・・・」

「ははは、そんなに肩の力を入れる必要はないよ。バイト料が高いってことで、何か怪しい実験じゃないかとか疑っているんでしょう?でも危険とかいうことじゃなくて、それには口止め料みたいな意味合いもあるんだ」

「口止め料、ですか?」

「そうそう。僕らの実験が事前に外に漏れるのは避けたいからね。そのための『口止め料』ってわけ。もっとも、この話を聞いたところで、本気にする人なんてほとんどいないだろうけどね」

「えっ!?どういうことですか?」

「う〜ん、口で説明するより、身体で体験してもらったほうが早いんだよ。でもひとつだけ注意点があるから、これだけは聞いておいてくれるかな?」

「は、はい」

「今からの実験によって起きる状態については、ここでは説明しない。説明すると、部外者の君を使う意味自体がなくなってしまうからね。でも、元に戻る方法だけは知っておいてもらわないといけない。『排泄する』、ただそれだけだ。それで元に戻ることができる。でも、場所には気をつけておいたほうがいい。そのために一応この部屋に、仮設のトイレを置いておくから。そこで用を足してくれればいいよ。それで実験は終了だ」

「???」

 何が何やら全然分からない。『排泄』?『用を足す』?そりゃ、言葉の意味は分かるけど・・・食品の実験だから、食べてどういう影響が出るかとか、そういうことなのかな?そのぐらいしか思いつかなかった。

「まあ、今は分からないと思うけど、すぐに分かるよ。ではまずこれを飲んでもらおうかな?」

 男は何やら瓶のようなものを簡易の冷蔵庫のようなところから取り出し、僕に差し出した。

「こ、これを?」

 瓶自体は当り障りのない、普通のドリンクが入っているペットボトルに見える。しかし、ラベルも何も貼られておらず、代わりに何か数字らしきものが書かれている、ビニールテープのようなものが貼られていた。

 そして何といっても、中に入っている液体が問題だった。まるで「トロピカルドリンク」のような、普通ではありえなさそうな水色をした液体が入っているのだ。それが「実験」という話とあいまって、僕には不気味な色にさえ感じられた。

「そんなに心配することはないよ。体に害がないことは保証するから」

「そ、そうですか・・・」

 僕はこのとき聞き流してしまったが、小野というこの男のいうように、この液体は「体」には害のないものだった。しかし――

「一応ジュースだから、味もちゃんとしたものだよ。安心して飲んでくれ」

「は、はあ・・・」

 ここまできて、躊躇していてもしょうがない。僕はふたを開けて、思い切ってそれを飲んでみた。ところが、普通の液体だと思っていたものが、実はゲル状のものだったんだ。とはいえ、ある程度、飲みやすいようには考えられているようで、らっぱにあおると、喉に流れ込んできた。

 すっとするミントの感じが意外と心地よい。喉が渇いていたこともあり、僕は一気に飲み干してしまった。

「飲みましたよ」

「うん、ごくろうさま。しばらくそのまま待っていてくれ。じきに効果が現れるはずだから」

「こ、効果ですか・・・」

「そう、お、早速はじまったみたいだよ」

「え?ええ!?」

 僕は思わず絶叫してしまっていた。それはそうだろう。何と、自分の体がどんどん透けていってしまっているんだから。僕が慌てて手をかざしてみると、手を通して床の様子が見えてしまっている。しかも、時間が経つに従い、肌色がどんどんと薄れていき、透明感が増しているようだった。

「こ、これは!?」

「うん、どうやら上手く行っているみたいだな。すぐに完全に見えなくなってしまうと思うよ」

「そ、そんな・・・これって『透明人間になる薬』なんですか?」

「いや、そういうわけではないんだけれどね。でも、姿が消えるのも確かだから、そういえなくもないか。でも、その『ゼリージュース』の効果はそれだけじゃない」

 ゼリージュース――僕はいいえて妙な表現だと思った。と、そんなことに感心してる場合じゃなかった。そういっている間にも、僕の姿は消え去ろうとしていた。服に目を移してみると、こちらには何の変化も起きておらず、元のままのようだ。おかげで、透明人間らしく、服だけが浮いているように見える。

「よし、完全に見えなくなったね。何のヒントもなしじゃ実験にならないから、もうひとつだけ教えておくよ。その状態で、他人の体にその体を重ね合わせると、その体に入り込むことができるんだよ。その体で君が何をしようとも自由だけど、できればここへ帰ってきてもらいたいな。そうしないとフォローもできないし、データもとれないから」

「なるほど・・・分かりました」

「うん、ありがとう。じゃあ、その服は脱いでいきなさい。そうでないと、色々と面倒なことになるから」

「あ、そ、そうですね」

 僕は小野さんのいう通りに服を脱ぎ捨ててしまった。確かに、「僕は透明人間だ」と宣伝しながら歩くような真似はしたくはない。服を脱ぐと、完全に僕の姿は見えなくなってしまった。おそらく、小野さんも僕がいまどこにいるのか、ほとんど見当が付かないだろう。

「じゃあ行きますね。誰かに入ったらここに戻ってくるということでいいですね?」

「ああ、それでいいよ。排泄が解除だから、そんなに早くには元に戻ることはないと思うけど、できるだけ早く帰ってきて欲しいよ。ただ待っているだけっていうのも寂しいし」

 小野さんは笑いながらそういった。僕も別にちんたらするつもりはさらさらなかった。早くこのバイトを切り上げようという意識は十二分にあったし。しかし、そういう僕の意志は、これから起こることに対する興味の前では、何の意味も持たなかった。

「いってきます」



 「他人の体に入ることができる」というのは聞いたけど、入ってどうなるのか、それは教えてはくれなかった。あのいい方だと、訊いても教えてはくれなさそうだったし。だから、どんな体に入ったらいいのか、見当もつかなかった。

 僕はとりあえず社内をウロウロしてみたが、これといった人はいなかった。入るんだったら、僕と比べて容姿が上の人がいいだろうとはおぼろげながらに思っていた。十人並みともいえる僕の容姿だったけど、意外になかなかこれ、という人物はいなかった。

(う〜ん、なかなかいいのがいないなあ。やっぱり外に出たほうがいいのかな?)

 そんなことを考えながら受付のほうに近づいていくと、見覚えのある人物の姿があったのだ。

(あ、あれはさっきの・・・)

 入口の左側にあるカフェテラスのようになっているロビーで、ひとりの女性が座っていた。どうやら、さっき僕をここまで連れてきた女性のようだった。彼女は紅茶か何かを飲みながら、レポートのようなものを読んでいる。僕を勧誘したことで、ひとまず仕事は終わったんだろうか?

(よし、あの人に決めた!)

 彼女はさすがに外向きの仕事をいいつかるだけのことはあって、平均からすると、かなり上の容姿を持ち合わせていた。しかも、「美人」というよりは、「かわいい人」という感じで、その辺りも、僕の好みとマッチしていた。「こんな女性を彼女にしてみたい」という単純な動機から、僕は実験材料として彼女を選択した。

(さて、気配を悟られないように近づかないと・・・)

 僕はそろそろと彼女の背後から近づいていった。幸い、そこは絨毯敷きで、しかも裸足になっている僕の足音はほぼしないようだ。しかも、バックに音楽が流れていることもあり、音から僕のことを気取られる懸念はしなくていいようだった。

 彼女はレポートをぱさりとテーブルの上に置き、紅茶の入ったティーカップを手にとり、飲みはじめた。僕は彼女の集中がそちらに注がれている今がチャンスだ、と思い、一気に彼女の背後に近づき、彼女の体に手を伸ばした。

「・・・ひっ!」

 彼女が引きつった声をあげた。周りに人がいなかったため、誰も気付かなかったが、もしいたら気付かれただろう。それよりも僕が驚いたのは、まるで僕の手が実体ではないように、彼女の背中に吸い込まれるように入り込んでしまったことなのだ。

(そうか、これが「入る」ってことなんだな!よ〜し・・・)

 僕はここは一気にいったほうが吉だと思い、思い切って体全体を彼女の体に重ね合わせていった。彼女はびくりと小さな痙攣を繰り返しているだけで、もはや全く動こうとはしないようだった。とうとう完全に彼女の体に入り込んだ僕は、彼女の姿勢に合わせて手足の位置を調整する。生温かい彼女の体の中の感覚があったのだが、徐々にそれはなくなり、普段の僕と変わりない、しかしそれでいて全く違うと分かる感覚に変化してきていた。そして気がついた時には、「椅子に座って紅茶を飲んでいる」彼女の感覚に置き換えられてしまっていたのだ。

「・・・ハッ!」

 意識を一旦完全に喪失していた彼女が、ようやく目を覚ました。その瞬間、僕の頭の中に、彼女の記憶が入り込んでくる。どうやら、彼女の名前は「菊地原朋美」というらしい。23歳、独身。趣味は映画鑑賞、実は二股をかけていて、昨日もその片方と・・・・先輩である小野の指令で今日は実験台の調達をしていたらしい。ふむふむ。面白いなあ、コレは。

 しかし、彼女は具体的な実験の内容については知らされてはいないらしかった。だから、今の僕の状態のことはよく分からなかった。分かっているのは、この朋美という女性の体の中に、僕が入っているということ、それと、僕の意思で自由にこの体を動かすことができるというわけではない、ということだった。現に今も朋美は紅茶を美味そうに飲んでいる。一方で、その味といい温かさといい、喉ごしといい、胃に伝わる紅茶の温度までが僕にも感じ取ることができるようだ。

「さて、そろそろ行かなくちゃ」

 朋美が突然立ち上がり、テーブルの上の書類を入れるとバッグを肩にかけた。そして、出口に向かって歩き出す。

(あっ、そっちへ行くつもりなの?)

 小野さんの「できれば帰ってきて欲しい」という言葉を思い出して、僕は正直あせっていた。そんなことをしている間にも、朋美はつかつかと出口の自動ドアに向かって歩いて行く。

(ちょ、ちょっと待って!)

 僕は思わず叫んでしまっていた。しかしもちろん、その声は音として発することはなかった。

 ところが、その効果はてきめんだった。ゆったりと歩いていた朋美の足が、ぴたりと止まってしまったのだ。突然彼女の体から伝わってくる揺れを感じなくなっていまい、僕も面食らってしまったが、彼女のほうがもっと驚いているだろうな・・・と思いきや、彼女はまったく動揺していなかった。なので僕は、彼女が単に自分の意思で立ち止まったものだとばかり思ってしまうほどだった。

「あれ?私、どうして立ち止まったりなんかしたんだろ?」

 朋美はようやく気が付いたのか、再び歩きはじめようとした。

(回れ右をして、元の場所に戻るんだ)

 僕はもう一度確認をしようと、念を送ってみた。反応は即座に起こった。朋美はくるりと反転すると、さっきまで座っていた場所へまっすぐに向かっていく。

(よし、間違いない。僕の意思が彼女に伝わっているんだ)

「あれ?私何で戻ってきたんだろ?」

 彼女は忘れ物でもしたのか、と疑っているようだった。テーブルの上や椅子の周りなどを見下ろしている。しかし、当然のことそんなものなどない。

(よし、さっきの地下室へ戻りたい、戻りたいんだ・・・!)

「う〜ん、何だか急に小野さんに会いたくなってきちゃった」

 朋美は至極自然にさらりとそういうと、またも反転してエレベーターに向かって歩きはじめた。

 地下室への入口は僕が出たきりらしく、鍵は掛かっていなかった(小野さんが僕が戻ってきやすいようにあえてそうしてくれていたのかも)。朋美は扉を開け、部屋の中に入った。

「小野さ〜ん、います?」

 朋美は柔らかい声でそう呼びかけた。僕がそう仕向けているわけではなく、すでに彼女の意志が完全にそういう方向に変化しているようだ。

声を聞いて、小野さんが姿を現した。

「おや、菊地原さんじゃないか。どうしたんだい?何か忘れ物でも?」

「んと、そういうわけじゃないんですけど。何故だか妙に小野さんに会いたくなっちゃって」

「ほう、そりゃ光栄だね」

 小野さんは少し驚いたような表情で朋美のことを見詰めていた。この程度は社交辞令だと思う気持ちもあるし、朋美が自分に興味を示している可能性も捨てきれない、そんな様子だった。

 朋美は後ろに手を回し、ドアの鍵をがちゃりと掛けてしまった。もちろん、広くないコンクリート造りの部屋のこと、その音は部屋中に響き渡り、小野さんの耳にも入ったはずだ。その証拠に、彼の表情はさらに当惑の度合いを深めていった。

「どういうつもりなんだい?どうして鍵なんかを?」

「うふふ、邪魔が入らないために決まっているじゃない!小野さんを狙ってる人は多いんだから!」

「・・・!」

 徐々に懸念が確信に変わってきたようで、小野さんは一歩後退しはじめた。それはまあそうだろう、いくらかわいいといったって、恋人でもない、まして好きでもない女性に迫られて、喜ぶ気持ちももちろんあるだろうけど、それ以上に怖い気持ちになって当然だ。

「鍵は私が持ってるから、誰も入ってこれないはずよ。さあ、小野さん、観念しなさい!」

「観念って?何のことだい?」

「また、とぼけちゃって。私の気持ちを知らないとはいわせないわよ!」

 朋美はそういうと、着ていた服を脱ぎはじめた。あっという間に上半身下着だけの姿になってしまう朋美。その表情は、獲物を狙う肉食獣のようだ。小野さんはさらに一歩後退する。

「ふふふ、どう?私のも結構大きいでしょ?形のほうにも自信があるんだから!」

 朋美はそういうなり、ブラを慣れた手つきであっさりと外してしまった。ポロリとこぼれるふたつのふくらみ――それは確かに朋美がいうように、見事なまでの曲線を描いていた。

「お、おい、やめなさい!」

 もう小野さんはうすうす僕のことに気が付いているのかも知れない。しかし、もしそうでなかったら・・・そういう思いが小野さんを躊躇させているようだ。僕の遊びはさらにエスカレートしていく。

 朋美は流れるような自然な動きで、穿いていたスカートを引き下ろし、続いてストッキングまでも脱ぎ去ってしまった。これで朋美に残されているものは、ややピンクがかったショーツのみ。朋美は今から風呂にでも入るかのようにあっさりとそれも脱ぎ捨ててしまった。

「はぁ、どう?私の体。捨てたもんじゃないでしょ?これでも色々と努力はしているんだから」

「ごくり」

 目の前に惜しげもなく晒されている、美しい女体の造形美に、不覚にも目を奪われてしまっている小野さん。

 朋美はまた一歩後ろに下がった小野さんに少しずつ近付いていく。もはや小野さんも完全に事態に気付いてはいるようだった。しかし、いくら僕の意志が入り込んでいるとはいえ、朋美が自分の意志として行動している以上、ヘタな対応もできないようだった。朋美の体と精神を盾にした、僕の「遊び」が続く。

「さあ、小野さん。私の気持ちは気付いてたんでしょ。お願い、私の想いに応えて!」

 朋美は切ない声でそう迫る。これは僕の意志が入ってはいたが、少しは朋美の願望も合わさっていた。先ほど朋美の記憶を読み取ったとき、彼女のひそかな願望までを僕は読み取ることができたのだ。普段の朋美を見ていた小野さんが、彼女の誘惑を無下に断れないのもそのためだ。

「や、やめるんだ!自分が何をしているのか分かっているのか?」

 うろたえながらも、必死な声で朋美、いや僕を説得しようとしている小野さん。しかし、今の僕は面白半分というだけではなく、朋美の願望に引きずられる形になって、どんどん大胆に小野さんに迫ってしまっていた。

もはや息が掛かるほどの距離まで接近してしまったふたり。これまでもこの距離に近付いたことはあるだろうが、そのときとはシチュエーションが違う。朋美の心臓も、緊張のためかその鼓動が徐々に早くなってきていた。

「もう逃げられないわよ。さあ・・・・」

 朋美は背伸びをして、小野さんの唇を奪ってしまった。ざらりとした感触のあと、意外と柔らかく、しかも温かい感覚が心地よくなってくる。小野さんも観念したのか、拒否することなく、意外と素直に朋美を受け入れた。

 お互いに舌を絡ませあい、恋人のようにお互いを求め合うふたり。気が付いたときには、そのとろけそうな感覚に、僕も朋美も何も考えられなくなってしまっていた。

「ん・・・・」

 もはや朋美の全身は、キスの感覚に導き出される形で、勝手に火がついてしまっていた。ここまでくると、誰の意志が関与するとかは関係なく、女の身体が本能的に男を求めるのだ。それは男である小野さんも同様だった。切羽詰った感じで朋美の乳房をまさぐり、強引に揉みはじめた。

「やん、そんなに強くしないで・・・」

 朋美は鼻から抜けるような声でそういった。すでに火がつきはじめているとはいえ、まだ朋美の身体も準備万端、というわけではないのだ。小野さんもそれに気付いたのか、少し胸に触れている手の力を緩めて再び揉みはじめた。

「んふ・・・」

 力の加減だけで、身体の感じかたとはこうも違うものか、と僕は驚かされた。さっきは痛みしか感じなかったものが、夢のような心地よさへと変化しているのだ。僕ははじめて味わう女の悦楽に、我を忘れていた。

 気が付いたときには、僕は実験室に置かれた簡易ベッドの上にいた。知らないうちに小野さんまでが裸になっている。

「小野さん、早くきて・・・・」

 朋美がささやくような声で、そういった。小野さんももはや逆らう気などはさらさらないようで、朋美の願いに応じてくれる――


「ああ!小野さんの、素敵!」


 僕の意識はただただ、朋美の身体がもたらしてくる快感に翻弄されるばかりだった。そこに果たして僕の意向がどれだけ反映されていたのか。僕は収まってくる、朋美の三度目の絶頂の感覚を全身で味わいながら、そんなことを考えていた。

「!!」

 突然、僕のお腹の具合がおかしくなってきたのだ。最初、それは朋美の身体の感覚かと思ったのだが、そうではなく、どうやら僕自身の身体の感覚らしかった。

このままではヤバイ!僕は慌てて、朋美の身体から抜け出し、小野さんのいう「仮設トイレ」に駆け込んだ。僕が抜け出した朋美の身体は、気を失っているのか、動くことはなかった。

ジャアーーーーー!

「はぁ・・・・スッキリした・・・あっ!」

 トイレでたまっていたものを一気に出してしまうと、いつの間にやら僕の姿は元に戻っていた。いや、それは別に構わないんだけど、問題なのは僕が裸だっていうことだ。

「あ、そうか、あの時脱いだんだっけ・・・」

 僕はトイレから出て、服のあるところまで戻った。そこにはすでに、衣服を整えた小野さんの姿があった。小野さんは懸命に朋美に服を着せているようだった。が、相手が寝ていることもあり、なかなかはかどらないようだった。

「おい、君も手伝ってくれ!彼女が起きる前に片付けておかなけりゃいけないだろ」

 やれやれ、小野さん自身も楽しんでたんじゃないか。僕は苦笑しながら小野さんを手伝い、どうにか彼女が起きる前に服を着せることに成功した。

「ふう、ゼリージュースの中に下剤を仕込んでおいて正解だったな。あのまま菊地原さんの体に入り続けられたら、色々と面倒なことになるところだったよ」

「あ、やっぱり下剤なんかが入ってたんですか・・・」

「そうさ。身体から排出しない限り、いつまでもあの状態のままでいなきゃならないんだから。ヘタすると、1日以上かかる場合もあるんだからね。正直、そんなに長い間のデータは必要なかったんだ。そのための下剤さ。でも、ちょっと予想外の展開になったけど、いいデータが取れたよ」

「そうですか。じゃあバイト料はいただけるんですね?」

「あ、ああ、忘れてた。はい、これがそうだよ。最初にいったと思うけど、これには口止め料も入っているんだ。そのつもりでいて欲しいな」

 小野さんは強い口調でそういった。ここを強調しておきたい、そんな気持ちが伝わってくるようだった。僕はつられて返事をする。

「は、はい。分かりました。それでは、もらうものももらったし、僕は帰ります」

「ん?ああ、構わないよ。ご苦労様――あっ!そうそう!」

 帰ろうと歩きはじめた僕を小野さんが呼び止める。僕はうしろを振り向いた。

「はい?」

「聞いておきたいんだけど、菊地原さんが僕に迫ったのは、君の意志なのかい?それとも・・・・」

 僕はにやりとしてその問いに答えた。

「さて、どうでしょう?では!」



 次の日。僕は昨日の実験のことがずっと頭から離れなかった。

(小野さんにはああ約束したけど、黙ってられないよな・・・小野さん、ゴメン!)

 僕は悪友の加藤を捕まえて、話しはじめた。

「何だよ、面白い話っていうのは?」

「ああ、おれ、昨日さあ・・・」

 次の瞬間、僕の背筋が凍りついた。何といったらいいのだろうか、何かざらっとしたものが体の中に入り込んできたような、そんな感じがしたのだ。しかし、数秒もすると、その感覚もなくなり、平静に戻った。僕は気のせいかと思いつつ、再び話そうとした。

「・・・・!」

「ん?どうしたんだ?」

 僕がいくら口を開こうとしても、まったく思うようにならないのだ。そればかりか、指一本たりとも自分の意志では動かすことができないのだ。僕の背筋は違う意味で凍りついた。

 次の瞬間、僕は驚くべき声を聞いた。ささやくような、加藤には聞こえない程度の小さな声。しかし、それは僕にとっては、一生耳に残りそうなほどの言葉だったのだ。

『しゃべるなといっただろ?』


(おわり)




あとがき

今回は空色のゼリージュースのお話です。
精神同居と言う事でしたが、
なかなか難しいものがありますよね。
今回はとにかくHシーンをカットする事を意識しまして。
非18禁でも通用する展開にしようと。
いろいろありますが、ちょっと消化不良かも(汗
それではお読みいただいた方、
おそらく期待を裏切っちゃいましたね(汗


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