最初は何て事のない、他愛のない悪戯だと思った。それがどうしてこんな事になったんだろう。
 あたしの目の前で、ぶくぶくに太ったアタシがあたしを見下ろしている。
 突然、あたしをじっと見ていたアタシがにやっと笑った。嫌な笑い。
「お、そろそろ始まったみたいだ」
 その言葉と共に、その姿が変わり始める。同時にあたしも自分の体に奇妙な違和感を感じ始めていた。

 いや、こんなの、いやぁ!


黒の喪失(前編)
 作:toshi9


 あたしの名前は相本奈々、普通の女子校生。うーん、でも普通とはちょっとだけ違うのかな。だってこんなお店でこんな時間にバイトしているんだから。でも体を売るとかそんなヤバい事じゃない。先輩から教えてもらったそのバイトは、事務所に登録して部屋の中で同年代の女の子同士でおしゃべりしたり、リクエストのあった服にお着換えしてお客さんと会話すること。それだけで結構いいバイト代をもらえるんだ。

 ここに来るお客さんはほとんどが男性。あたしたちがおしゃべりしたり着替えたりするのをマジックミラー越しに見ているらしいんだ。全く気にならないわけじゃないけど、直接触られるわけでもないので気にしないことにしている。男性のお客さんと会ってもおしゃべりまでで、セックスは抜き。それが決まり。

 世間ではJKビジネスって言って白い目で見られているらしいけど、あたしは別に気にしていない。今日も学校帰りに事務所に立ち寄ると、マジックミラーなのがみえみえの大きな鏡がついた更衣室で自分の学校の制服から黒いゴスロリ調の魔法少女の衣装にお着替え。この衣装を着たあたしとおしゃべりしたいってご指名があったらしい。今夜はハロウィン。街の中はいろんな衣装の女の子で溢れかえっている。何もこんなところでわざわざって思うけど、ま、いいか。

 あたしは着替え終えて髪をツインテールに結びなおすと、指定された部屋に入った。待っていたのは中年のおじさん。体重90kgはあろうかという太った男の人だった。ぼさぼさの頭には野球帽、吹き出物の抜けないあばた顔に黒ぶちのめがね。アニメの女性キャラをあしらったTシャツ、そしてブルージーンズ。30歳くらいなんだろうか、でも典型的なアニメオタクっぽい風貌をしている。

 今夜は外れだったな、このおじさんとおしゃべりなんだ。
 少しはかっこいいおじさんを期待していたんだけど、まあ仕方ないわね。
 内心がっくりきたけど、勿論表情には出さない。個室にこんなおじさんと二人っきりなんてちょっとだけ怖いけど、こっちがちょっと強気に出れば、たいていのおじさんは引いてくれる。今どきのおじさんってほんと弱気。
 中にはホテルに一緒に行けばもっとたくさんのお金をくれるって言ったおじさんもいたけれど、そんな言葉につられやしない。今日指名したこのおじさんも、魔法少女の恰好をした女の子とただおしゃべりしたり近くで見てるだけでいいってことらしい。
 全くどんな性格しているんだろう。

「うわぁ、『黒のヤミ』ちゃんだぁー」
 あたしが部屋に入るなり、おじさんがだらしなく声をあげる。
「そ、そうなの?」
「君、知らないの、超有名だよ。ご主人様の願い事を叶えようとがんばる魔法少女『黒のヤミ』ちゃん」
 知るか、そんなもん
「どうしたの?」
「え? ううん、ちょっと考え事してただけ」
「ねえ、君の事を『ヤミちゃん』って呼んでもいいかな」
「いいけど」
「それじゃ、すわってすわって。うわぁ嬉しいなったら嬉しいな」
 あたしは短いスカートの裾を気にしつつ、おじさんにスカートの奥を見られないように足を揃えてソファーに座った。

「ヤミちゃんとお話できるんだ、いいないいな」
 こどもかこいつは。
 妙にはしゃいでいるおじさんに、あたしは段々イライラしてきた。
「あれ、どうしたの? 黙ってないでなんかお話しようよ、昨日はヤミちゃん大活躍だったね」
 昨日の? アニメの話? 知らないって、そんなもん。
「あたし、そんなもの見てないから。ねえおじさん、もうアニメの話なんかやめよう、別な話をしようよ」
「そうか、残念だな。ええっと、それじゃ君のほんとのお名前は?」
「あ、相本奈々」
「へぇ〜かわいい名前だね。アイドルみたいだ」
「あ、ありがと」
「早速だけど、奈々ちゃん、乾杯しない?」
 うわぁ、このおじさんあたしのことを、もうちゃん付けだ。ほんとキモイ。
「……いいけど」
 あたしは店のメニューをおじさんに差し出した。

「何がいい?」
「うん、それじゃなくて、こっちで乾杯したいんだ」
 おじさんはソファーに置いた黒いリュックを開けると、1本のペットボトルを取り出した。
「これを一緒に飲もうよ。コーラ味なんだけど、どお?」
「うーん、コーラは嫌いじゃないけど、お店のメニュー以外のドリンクを飲むと、怒られちゃうから」
「固いことは言いっこなし。チップはずむからさぁ」
 おじさんは財布から1万円を取り出した。
 お、見かけによらず金持ちじゃん。もう少しじらしてみようっと。
「んーでも、店長に怒られちゃうから」
「だめなのかい?」
「そうねぇ、どうしよっかな」

 じらすあたしの態度に業を煮やしたのか、おじさんは急に立ち上がるとカウンターからふたつのグラスを持ち出して、自分でペットボトルの中身を注ぎ始めた。中身がむりむりとゆっくりペットボトルから出てくる。
「な、何よそれ」
「コーラがゼリー状に固まっているんだ。おいしそうだろう」
 ちっともおいしそうじゃないよ。
 おじさんは笑ってふたつのグラスをあたしと自分の前に置いた。
「ねえ奈々ちゃん、乾杯しようよ」
「ええ? でも」
 なんか気持ち悪そう。
「ダメなのかい? それじゃ違うお願いならいいかな」
「お願いって、エッチはダメだかんね。お触りもなし」
「ふふふ、エッチじゃないよ。奈々ちゃんに貸してもらいたいものがあるんだ」
「貸してもらいたいもの? まさか…」
 このおじさん、あたしの下着でも欲しいなんて言い出すんじゃ、アニメオタクじゃなくって変態おじさんなの?
 へらへらと妙な笑いを浮かべると、おじさんはいきなり自分の持ったグラスの中身をあたしに浴びせかけた。砕けて細かくなったゼリーが頭や胸元に飛び散る。

「きゃっ、何するのよ、このバカ中年。ずぶぬれじゃないよ」
「え? そお? ほんとに濡れてる?」
「だって、こんなに、あ、あれ?」
 体じゅうにふりかかったはずの黒いゼリーは無くなっていた。顔も服も体も濡れていない。もう乾いてしまったのだろうか。
「へへへ、それじゃ、僕もやらなきゃなぁ」
 へらへらと笑い続けながら、おじさんは頭の上にグラスを差し上げると、自分もグラスの中身をかぶってしまった。

 なによ、このおじさん、頭おかしいんじゃない?
「な、な、なによそれ、お詫びのつもりなの」
「これがお詫びに見えるんだ、そうだねぇ、お詫びかもね」
 おじさんは、自分の太い腕をしばらくさすっていたけど、そのうちポリポリとかき始めた。
 うげっ、何かキモイ……ってか、なんかあたしもかゆくなってきた。
 体中にかゆみを感じる。

「そろそろいいかな、見てなよ、ふんぬ!」
 おじさんが気合とともに左右に大きく振り上げた両腕を体の前で交差すると、べりべりという音と共に服が背中から破れてしまった。
「え? え?」
 呆気にとられたあたしの目の前で、おじさんは破れた服を背中から脱ぎ始める。
「やめて、おじさんの裸なんて見たくない、あれ?」
 驚いた事に、おじさんはあたしの目の前で服どころか、体の皮ごと脱ぎ始めたのだ。裂け目が服から体に広がって、頭が、腕がべりべりと剥がれていく。なんか、蝉が脱皮しているのを見ているみたいだった。げろげろ。
 でも脱いだ皮の中から出てきたのは服を着たおじさんだった。

「な、なんなのよそれ」
 おじさんの手には剥がされたおじさんの抜け殻のようなものが下げられている。そう、それはまさにおじさんの抜け殻だった。服も体の皮と一体になっている。
「何よそれ、あ、か、かゆい、もうなんなのよ」
 かゆみは体全体から段々背中に集中していた。あたしは我慢できずに背中に手を回してかきむしった。
 べりべり
 え? 背中から変な音がする。
「うん、剥がれ始めたようだね」
 おじさんはそう言って持っていた自分の抜け殻を床に放り出すと、あたしの両腕をつかんで思いっきり前に引っ張った。
「何するのよ、い、痛いじゃ……あれ? 痛くない」
 あたしの腕から、何かがずぼっと抜ける音がした。
「ちょっと両手を前に出して。ここをこうして」
 おじさんがあたしの腕から剥がれたモノを前に引き出していくと、あたしの体からあたしの体がべりべりと剥がれていった。それも着ている服ごと。
「ほら、きれいに剥がれたよ」
 おじさんが私に見せたのはわたしの抜け殻だった。服ごと脱げてしまったのに、あたし自身はさっきのおじさんと同じようにちゃんとゴスロリの衣装を着ている。これって、どうなっているんだろう。
 おじさんはあたしから脱がした抜け殻をあたしの目の前に広げて見せた。ぺらぺらになったあたしが無表情で目の前に立っているように見える。

「き、気持ち悪い、何よこれ」
「君に借りたいのはこれさ。これをこうして……」
 おじさんは広げたあたしの抜け殻の中に、いきなり自分の体を潜り込ませはじめた。服を着たままだ。
「ちょ、ちょっと何しているのよ」
「こうするのさ」
 おじさんはあたしの抜け殻の脚に自分の太い足を入れ込み、そして体をあたしの抜け殻の中に入れると、腕の部分に自分の手を通していく。両手両足、そして体をすっかり抜け殻の中に潜り込ませたおじさんは、最後にあたしの頭の抜け殻に自分の頭をずぼっと入れ込ませた。つまりおじさんはあたしの抜け殻をすっかりかぶってしまったのだ。

「き、気持ち……きゃははは、何よそれ」
 気持ち悪い、そう言おうとしたけど思わず笑ってしまった。あたしの目の前には、ぶくぶくと太ったアタシが立っていた。そのアタシがスカートを両手でつまみ上げてあたしに向かってにこっと笑う。
 あたしが太ったらこんなになっちゃうの? 
 太った自分の姿はとってもシュールだった。

「ひどい、ひどいよ、でもおっかしい」
「どうだ、これで僕もヤミちゃんだろう」
 声はおじさんの声のままだった。おじさんはそう言ってあたしの前でぶくぶくの体で重そうにくるりとからだを回すが、履いているのはヒールだ。よろよろとバランスを崩して倒れてしまった。
 ぶくぶくに太ったアタシってひどい、ひどすぎる。自分で言うのもなんだけど人並み以上にスタイルが良くってかわいいと思っているあたしの姿も、こんなに太っていては台無しだ。ぜったいに太らないようにしなきゃ。ダイエットもっとがんばるぞ。

「おじさん、やめてよ、キモイったら。何がしたいのか全然わかんない」
「僕は一度コスプレイヤーになって街を歩いてみたかったんだ、もちろん『黒のヤミちゃん』のコスプレでね」
「だめじゃん、そんなぶくぶくの女の子じゃ……きゃははは、やめて、お腹がよじれる、きゃははは」
 おじさんは両手でスカートをつまみあげて再びポーズをとった。ほんとおっかしいよ。あたしはソファーの上で笑い転げた。

「それじゃ、僕はちょっと街に出てくるから」
「ちょ、ちょっと待って、今日のお金」
「あ、財布はポケットの中に入れちゃった。これ着ちゃったから財布が出せないや。一度着たら30分は脱げないんだよなぁ」
「そんなぁ」
「まあまあ。まだ時間内だろう、帰ってきたら必ず払うからさ。ちょっとだけ街でコスプレイヤー気分を味あわせてよ」
「もう、しかたないなあ。必ず帰って来てね。それに、あたしの恰好で変な事しないでよね」
「もちろんさ、そもそもこれをかぶっても見かけだけだから何もできないんだ。着ぐるみと同じで気分だけだよ。あ、君も僕の抜け殻を着ていいよ。普通なら絶対に体験できない、男になった気分を味わえるからさ」
「いやよ、太ったおじさんの皮を着るなんてキモイ」
「今は太っちゃったけど、痩せていた頃はいい男だって結構モテたんだよ。ふふふ、まあ着ようが着まいがどっちでもいいけどさ。僕はその辺を一回りしてくるから、悪いけど帰ってくるまで待っていてね」
 そう言うや否や、丸々と太ったあたしの姿をしたおじさんはスキップしながら部屋を出て行ってしまった。
「ふぅ、全く変なおじさん。いくらコスプレって言っても、あんなじゃ誰も寄ってこないだろうに」


 それからあたしはじっとおじさんの帰りを待った。
 ここはスマホの持ち込み禁止。一人でじっとしていると、段々眠くなってくる。
「もう、おじさんったら早く帰ってきてよ」
 手持無沙汰のあたしの目に、床に投げ出されたままのおじさんの抜け殻が入る。
 「男の体……か、あたしがかぶったらどんな風に見えるのかな。でもやっぱり気持ち悪いかも」
 ちらっと見ては再びテレビを見る繰り返し。部屋の中で妙に存在感を放っている抜け殻が気になって、どうしても視線を送ってしまう。
「もう、こんなところに放り出してるから」
 あたしはおじさんの抜け殻をつまみ上げた。
「もっと痩せてたたら案外かっこいいのかもしれないけど、あんなに太ってるとなぁ。待てよ、スリムなあたしがこれをかぶったらどうなるのかな」
 ふとそんな興味があたしの頭をよぎった。なんて馬鹿なことを思いついたんだろうって慌てて打ち消したけれど、オトナの男性の恰好ができるなんて、こんな体験もうできないかもね。ちょっと面白そう。

 あたしはつまみ上げたおじさんの抜け殻を広げると、その中に体を潜り込ませた。両手をおじさんの太い腕の中に通し、脚をおじさんの太い足の中にするすると入れていく。小柄でスリムなあたしは、すんなりとおじさんの抜け殻の中に入ってしまった。
 着てみると、着心地は思ったより悪くない。あたしは鏡の前に立ってみた。
「きゃあはは、なによこれ、駄目だダメダメ、全然いけてない、おっかしい、あっははは」
 鏡の前には体じゅうしわしわになったおじさんが立っていた。
「もお、わざわざ着て損しちゃったよ」
 あたしはすぐにおじさんの皮を脱ごうとした。でも背中にあったはずの、体を入れた裂け目が見つからない。いくら指をまさぐっても裂け目は消えてしまっていた。

「やだあもう、これどうやって脱ぐのよ」
 おじさんが帰ってくるまで待つしかないのかな。
「そう言えばおじさん、30分は脱げないって言ってたんだっけ。ま、いいか。でも早く帰ってこないかな」
 あたしは再びおじさんの帰りを待った。
 静かに時間だけが過ぎていく。
「おじさん早く帰ってきてよ」
 何もすることがないと、股間にある男性特有のモノが気になってくる。あたしはそこを触ってみた。もこっと細長い膨らみがあるのが手の平に感じられるものの、自分の股間が触られている感触はなかった。ズボンのジッパーを下ろそうとしても全く動かない。

「ほんとに見かけだけなんだ。なーんだ、どきどきして損しちゃった」
 ちょっとだけがっかりさせられたあたしは、結局そのままじりじりとおじさんの帰りを待った。でもやがて襲ってきた眠気に抗うことができず、いつしか眠り込んでしまった。


「おーい」
「ん? 誰? ねむい、ねむいよ」
「そろそろ起きたほうがいいよ」
「誰よ、うるっさいなぁ……あれ? なによこれ」
 意識がはっきりしてくると、あたしは両手両足を縛られているのに気がついた。ソファーに寝転がされたまま身動きが取れない。
「ごめんね、もう少しの辛抱だから」
「え?」
 見上げると、ソファーの傍らからぶくぶくに太ったアタシがあたしを見下ろしていた。
「おじさん、ちゃんと帰ってきてくれたんだ」
「勝手にいなくなるわけないじゃないか。そんなことより、奈々ちゃんも僕の皮を着てくれたんだね。嬉しいな」
「帰ってきてくれたのはいいけど、どうしてこんなことするのよ、意味わかんない。コスプレして街中歩いて満足したんじゃないの? これ、早くほどいてよ」
「うん、街を歩いてきたけど、このぶくぶくの体じゃだれも振り向いてくれなくって。女の子はやっぱりかわいくってスタイルが良くなきゃだめなんだね。でももうすぐ……」
 おじさんが、太ったアタシの顔でにやっと笑う。
「もうすぐ借りた君の全てがもらえるから。そしたら今度は、きっとみんなコスプレした僕のことを振り向いてくれるよね」
「何を言ってるの? 早くほどいて、この変な皮を脱がせて。おじさんも、いいかげんあたしの皮を脱いでよ」
「……………………」
 アタシはそれ以上何も答えずに無言であたしをじっと見ていた。

「どうしたの、何か言ってよ」
 その時、アタシが突然にやっと笑った。
「お、そろそろ始まったみたいだ」
 その言葉と同時に、目の前のぶくぶくのアタシの姿がぐにぐにと奇妙に変形し始めた。それを見ているあたしも自分の体に奇妙な違和感を感じ始めていた。

 ぶくぶくに太ったアタシの体は、体じゅうの肉をうねらせながら形が変わっていった。少しづつ背が低くなっていく。いや低くなっているだけではない、体全体の肉がどんどん減って、細く小さくなっていった。同時に丸々とした大きな顔が縮まり、段々あたし本来の小さな顔に変わっていく。太い腕も丸太のような脚も細く締まって、ほっそりした腕とむちっとした魅惑的な長い脚に変わっていく。でっぷりと出ていたお腹がぺこりと引っ込み、ウエストにくびれができる。しかもぐぐっとくびれの細さを増していく。胸の双丘は盛り上がりを増しながらも谷間がくっきりとしてあたしと同じ乳房の形に変わっていく。だれていたお尻がくいっと上がっていく。
 変化が終わると、目の前のアタシは本来のスタイルのあたしと全く同じ姿に変わっていた。あたしの目の前に、この部屋に入ってきた時の、ゴスロリの衣装を着たアタシがいた。
 もう一人のアタシは体の変化が終わった後もじっとにやにやと笑いながらあたしを見下ろしている。

「どうだい? ある程度時間が経つと、皮が完全に体に同化して定着するのさ。こうなるともう二度と脱げないんだよ。つまり今、僕の体は外見も中身もすっかり奈々ちゃんそのものになりつつあるってわけ。おっ、声も変わっていくぞ」
 しゃべっていたアタシの声は、途中から太いおじさんの声から甲高い女の子の声に変わっていた。それは録音したあたしの声そっくりだった。
「うほっ、かわいい声。この声が僕の口から出てくるなんて感激だ。これで僕は完全に女子校生の相本奈々ちゃんになったんだ」
「な、何言ってるのよ、え゛?」
 突然、あたしの声が太く低く変わってしまった。あたしの口から出ているには男の声だった。

「何よこの変な声」
 まるでおかまみたいな声、これがあたしの声? どうして?
「どうやら君のほうも始まったみたいだね、へぇー人によって変わり始める場所が違うんだ。奈々ちゃんは声が最初なんだね。もういいだろう、縄をほどいてあげるよ」
 もう一人のアタシが、ほっそりした手であたしの戒めを解く。
 その間にもあたしの腕は、むくむくと太くなっていった。お腹がでぷっと張り出し、脚も腰も、体全体が丸々としてくる。同時に、着ていたTシャツからむっとした汗臭さを感じ始めていた。これあたしの体臭?

「あたし、どうしたの、いや、こんなのいや、気持ち悪い」
「自分の声を気持ち悪いなんて、だめだなぁ。君は僕になってしまうんだから、これからはその声が君の声になるんだよ。その声も太って汗っかきの体も君のものさ、今からは君が安田康太になるんだ」
「な、何言ってるのよ、戻して、元に戻してよ」
 あたしの頭の中はすっかり混乱していた。あたしがおじさんになる? そんな馬鹿な事……でも目の前のアタシはそんなあたしを面白そうに見つめるばかりだった。

(続く)




後書き
 久々の黒のゼリージュース作品です。ダークな展開の作品を書くのは久々のような気がします。皮モノとしてはありがちな展開でひねりがないかもしれませんが、何はともあれ後編もどうぞお楽しみくださいね。



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