コレクション

作:Sato(2003年10月27日初公開)


 

 高畑はこのところ戦々恐々としていた。彼がこの仕事をはじめて10年にもなるが、これほどの危機感をもったのははじめてのことだった。

 何の話かというと、最近世間をにぎわせている蒸発事件のことだ。芸能人が突然蒸発してしまうという、信じられない事件が頻発しているのだ。それも若く人気もある女性芸能人ばかりが被害に遭っている。

 誘拐が最も考えられるのだが、これまで身代金云々という話は聞いたことがない。いくら事務所が秘匿しようとも、そのような事実があれば、どこからか漏れてしまうはずなのだ。彼女たちが自ら姿を消したとは考えられず、やはりどう考えても事件としか思えない。

 高畑が担当しているのは、今人気急上昇中の女性トリオ歌手、「エアバード」だった。犯人に彼女らが目をつけられる可能性がないとはいえない。高畑は事務所の厳命を受け、厳戒態勢をしいていたのだが・・・

「そうはいってもなあ・・・」

 そう、そうはいっても、タレントは3人、マネージャーは1人。ガードするにしても人数が合わない。一応、事務所に頼んで、彼女らを同じマンションに引っ越させてもらったので、1人でも何とかはなるのかもしれないが。

「ここはセキュリティもしっかりしてるし、大丈夫だと思うけどな」

 高畑は最近すっかり日課となってしまっている、車中での睡眠をはじめた。まるで刑事ドラマの刑事みたいだな・・・高畑はすっかりこけてしまった頬をなでさすりながら、気がつくと眠ってしまっていた。

 翌朝、高畑は目を覚ますと、コンビニで買ったサンドイッチで朝食を済ませ、今日の仕事を開始した。今日は都内のスタジオで新曲のレコーディングがある。前回は惜しくも2位の売上しか行かなかったが、今回は1位を狙えると個人的には思っている。3人もそう思っているようで、気合が入っていて、目つきもそれらしくなってきていた。

「おはようございま〜す!」

 車の前で待つ高畑の前に現れたのは、3人の中で最年少の「AKI」こと千晶だった。メンバー中でも一番真面目な性格の彼女は、やはりこんなときには最初に現れる。一番手がかからない、マネージャーとしては有難い存在だった。

「おはよう、AKIちゃん。他のふたりは?」

「ええ、さっき高畑さんから電話が入ったんですよね。私はその前から起きていたので、すぐに出られましたけど、ふたりはもう少しかかると思いますよ」

「うんうん、AKIちゃんはさすがだなあ。今日は大事なレコーディングだから、頑張ってね!」

「ハイ!」

 相変わらず、ハキハキした返事を返してきてくれる千晶。3人の中でも彼女が一番歌唱力があると高畑は思っている。しかし、彼女はそれを感じさせないような身の振りかたをし、あくまでも自分が目立たないようにしているようなフシがある。この弱肉強食の芸能界において、そのような遠慮はいらないように思えるのだが、そのおかげでこのトリオは維持されているのかもしれない。

 他のふたりも15分ほどで現れ、高畑は車を駆ってレコーディングが行われるスタジオへと向かった。

 レコーディング中、高畑はほとんどすることがない。高畑は彼女たちの様子を見ているだけだった。しかし、今日はYUIとMIKAのふたりの調子があまりよくないようだった。普段も一発でOKなんてことはほとんどないのだが、いつもほどは千晶との呼吸が上手く合っていないように見えた。しかし、時間が経つとようやくまとまってきて、息も合ってきたようだった。

 何とか無事にレコーディングも終わり、1本ラジオの出演を終えると、今日の仕事はおしまいだった。普通ならその場で解散してもいいのだが、例の事件のこともあり、そういうわけにも行かない。高畑は彼女たちをマンションまで連れて行き、そこで解散した。

 高畑はいつものごとく、車中での警戒態勢に入る。事務所は事件が落ち着くまで、などというが、いつまでこんなことが続くのか分からない。その前に高畑のほうがつぶれてしまいそうだ。

「ふう・・・」

 普段、彼女たちの前では吸わないタバコに火をつけ、吸いはじめた。相変わらず何をするでもなくここにいると、眠くなってきてしまう。このまま何事もなく、今日も終わるのだろうと思っていた矢先――

 ピリリリリ!

 高畑は自分の携帯電話の音で叩き起こされてしまった。見ると、「美佳」――つまりMIKAからの電話のようだった。スケジュールの確認など、彼女たち本人から電話が入ることはよくある。高畑はさして驚くこともなく、電話に出た。

「もしもし・・・」

「すみません、マネージャー。ちょっとこちらにきてもらえますか?」

「え?何かあったのかい?」

 慌ててもたれていた椅子から起き上がる高畑。美佳の口ぶりにはそれほど緊迫したものは感じられなかったが、美佳が高畑を部屋に呼ぶなんてことは、今までに一度もなかったことだ。一体何の用だというのだろう?

「とにかくきてください。他のふたりには見付からないようにお願いします!」

「分かった。すぐに行くから」

 高畑は車から降りて、マンションに入った。それにしても一体なんだというのだろうか?電話ではできないような相談でもあるのか。確かに目で見ないと分からないものだってあるから、ない話ではない。他に何も思いつかない高畑は、結論をそこに落ち着かせた。

 他のふたりに見付からないようにということだったが、あまり気にしなくても、彼女たちはそれぞれ別のフロアなので、かち合うことはないだろう。高畑は真っ直ぐに美佳の部屋に向かった。

 美佳の部屋に着いた高畑は呼び鈴を押して、美佳を呼び出した。ほどなく、ドアが開き美佳が「入ってください」と高畑を促した。

 部屋に入るなり、高畑はあっけにとられてしまった。美佳の雰囲気からして、もう少し片付いた部屋に住んでいるイメージを持っていたのだが、部屋の中は足の踏み場もないほどに服が散乱していたのだ。しかし、よく見てみると、床にはほこりなどはほとんど見えず、掃除はきちんとされているようだった。いつもわざわざ服を片付けて掃除するというのもヘンな話だ。これはどういうことなのか。

「ちょっと散らかってますけど。えっと、そこに座ってください」

 美佳が恥ずかしそうな顔をして一部の服を取り除くと、ようやく動けるだけのスペースが確保できた。空いた場所に高畑が座る。美佳も高畑の真正面の空間に座った。

 美佳は部屋の中だというのに、レース編みのニットにジーパンという、カジュアルだとはいえ外に出てもおかしくないような服装をしていた。ただ単に男である高畑が部屋に入ってくるためなのかもしれなかったが、それにしては部屋が散らかりすぎているような・・・

「さて、話っていうのは何だい?」

 高畑はあれこれ考えるよりもいきなり本題に入ることにした。美佳はわずかに気圧されたような表情を浮かべたが、すぐにニコリと微笑んで話を切り出してきた。

「えっとですねえ。マネージャー、いえ、高畑さんは彼女とかいるんですか?」

「えっ?」

「だからあ、高畑さんには付き合っている人がいるのかって聞いてるんですよ」

 高畑は返事をするのをためらってしまった。質問の内容からすると、恋愛の先輩として、あるいは男の立場からのアドバイスを聞くための布石だとも思える。しかし、美佳の表情にはそうではなく、高畑への想いのようなものが窺える。この稼業についている以上、担当しているタレントと恋愛関係に陥ることはご法度なのだ。ここはどうあろうとも、毅然とした態度で断らなければならないだろう。

「どうなんですか?」

「い、いや、今はいないけど・・・」

 ここで「彼女がいる」といってしまえばそれで終わりだったはずなのだが、美佳の真剣な目つきを見ていると、ついついそう答えてしまった。

「ホントですか!?やったぁ・・・」

 美佳は心底ほっとしたように、胸に手を当てて大きく息をついた。ああ、これは間違いない。美佳は高畑のことを・・・考えれば考えるほどありえない話のように思えるが、男女の仲というのはこんなものなのかもしれない。そう考えること自体が間違いの元だったのだが、こんな美女に想われるという事態に、高畑の思考回路は狂いはじめてきていた。

「じゃあ、わたしが立候補しちゃおうかなあ・・・」

「そ、それって何の話なんだい・・・?」

 高畑は最後に残った理性でそう聞き返した。それに対して美佳のほうは余裕綽々の笑みを浮かべている。全く、どちらが年上か分からない。

「も・ち・ろ・ん!」

 美佳が高畑のほうに膝を摺り寄せてきた。高畑は本能的に一歩下がって距離を保とうとする。しかし、前屈みに近付いてくる美佳の胸元を見てしまうと、思わずそれに魅入られて動けなくなってしまった。く、未成年のくせに、何という魅力的な体をしているんだ。

「さ、わたしを受け入れて・・・」

 美佳は高畑の肩に両手を置くと、目を閉じてまっすぐに顔を近づけてくる。高畑が本気を出せば彼女を振り払うことはできたはずだが、そこは悲しい男のサガ、美佳の誘惑に逆らうことはできなかった。美佳のぷっくりとした唇があと数センチの距離に近付く・・・・

♪チャララ〜♪

 突然、軽快な音楽が静まり返っていた部屋に響き渡った。これはエアバードのデビュー曲・・・確か美佳の携帯の着メロだったはず。

「ハイ、ここまでね!」

 目を開けた美佳は、高畑から手を離すと、顔を離し携帯を手に取った。

「ハイ・・・・・そう、上手く行ったのね・・・・・うん、うん・・・・じゃあ今から行く」

 注目している高畑に、美佳がニヤリとした笑みを一瞬浮かべた。しかしすぐに申し訳ないという表情に変わる。

「すみません、高畑さん。急に用事ができてしまって。やっぱりマネージャーとタレントが付き合うなんていけませんよね!今日のことは忘れちゃってください!じゃあわたし、でかけますから」

「え?あ、ああ」

 何が何だか分からない、高畑はそんな気分だったが、美佳が出かけるというのだったら仕方がない。美佳より先に美佳の部屋から出た。

「じゃあ、今日は失礼しました!明日もお願いしま〜す」

 首をかしげながら高畑は廊下を歩いていってしまった。それを見届けた美佳は、部屋に施錠をし、一つ下のフロアに向かった。そこにはAKIこと、千晶の部屋がある。美佳が呼び鈴を押すと、出てきたのは何と、YUI、つまり唯だったのだ。

「上手く行ったんだって?羽生のやつもきたんだろ?」

「ああ、もちろん。あいつもアイドルになりたがっていたからな」

 美佳と唯はおかしな口調で話し合っていた。それはそう、まるで男同士のようだ。すると、唯の後ろから千晶が顔をのぞかせた。

「よう、美佳チャンじゃないか。AKIちゃんで〜す!どうだ、どこから見てもAKIチャンだろ?」

「それはいいから、中に入ってくれよ。ここだと怪しまれるだろ?」

「ああ、もちろん。コレクションも見ておきたいし」

 唯に促され、美佳は千晶の部屋の中に入った。そのまま3人はリビングへと向かう。

「で、どこだ?コレクションは」

「ああ、そこのダッシュボードの上にあるだろ?」

 唯が示した場所には、小さな瓶のようなものが3つ並べられていた。何の変哲もない瓶のように見えるが、よく見ると中には人形のようなものが入っている。さらによく見れば、それが小さな人間そのものであることが分かるだろう。そしてそこに入っているのは、紛れもなく今ここにいるはずの3人と同じ姿をしているのだ。

「おっ、ちゃんと正規の配置通りに並べてるんだな。さすがだぜ」

 美佳のいうように、小瓶は真ん中に美佳、左に唯、右に千晶という風に並べられていた。これは普段「エアバード」が露出するときの立ち位置なのだ。

「ふう、しかしオレも損な役回りだぜ。何だってオレが男を誘惑しないといけないんだ」

「しょうがないだろ。ジャンケンで決めようっていったのはお前じゃないか」

 美佳の愚痴に唯がそう答えた。どちらかが高畑を足止めして、もうひとりが千晶の部屋に行って彼女を小瓶に入れてしまう計画で、最終的に羽生という男が千晶の姿になったのだ。

「しかし、この小瓶はスゲエよな。記憶まで奪うことができるんだから。これならオレにだって芸能活動できそうだぜ」

「そうだろ?しばらくはこいつらに成りすまして、芸能界を楽しもうぜ!」

「ああ、それは構わないぜ。この間の女優のときはいろいろと面倒だったがな。アイドルなら気楽にいけるだろ」

「よし、じゃあこいつらは片付けておくぜ」

 唯はそういうと、黒いアタッシュケースを取り出し開けた。そこには小瓶がぎっしりと詰め込まれていた。その中の半分ほどには、すでに3人と同じように女性タレントが入っていた。

「おお、かなり増えてるじゃないか。あ、こいつも手に入れたんだな」

「ふふ。そいつに近付くのは大変だったぞ。警戒が厳しくてなあ」

「へぇ〜。ま、そのうちにそいつにもならせてもらうよ。でも、今日のところはこいつの体で楽しむことにするわ」

「ああ、羽生ははじめてだもんな。女ってやつは色々と楽しめるぞぉ。じゃ、今日のところは解散するか」

「じゃあ、おやすみ〜」

 唯と美佳のふたりは部屋を出て行った。残された千晶は、鏡台の前まで移動して、鏡に映る自分の姿を見てニヤリとした。

「へへへ、さてと」



(おわり)






あとがき
なやかさん、10万ヒットおめでとうございます!
記念として、僭越ですが小瓶の話を書かせて頂きました。
せっかく設定を公開されているのだから、
書いておきたいなと思ったのがきっかけですね。
そして、女体と言うよりも小瓶に主眼を置いて書きました。
人形を集めるがごとく、小瓶を集めていく・・・
面白いと思うんですよね。
とにかく、なやかさんもお忙しそうですが、
これからも頑張ってくださいね。
それでは読んで頂いた方、ありがとうございました!



 

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