看護師嫌い

作:夏目彩香(2003年8月21日初公開)




男女の名称差別撤廃の流れにより2002年3月から看護師という名称に統一されました。未だに看護婦・士と言う呼び方に慣れ親しんでいたせいか、すぐに看護師という言葉を口に出す人はあまりいないのかも知れません。名称の統一にはそれだけ長い時間を必要とするのです。これは名称が変わる直前のお話。

窓の外に目を向けるとどんよりとした曇り空の中、冷たい風が木々を揺らしていました。名称統一の時期が近づいて、新しい名称を知らせる仕事のためにまぼ(病院の中はこう呼ばれるようになった。)と言う青年が2月から3月の2ヶ月間、特別に派遣されることになったのです。まぼは事務室の隅に特別に用意されたデスクで病院関係者に送付する書類を作成する業務を始めようとしていました。

事務室の中は暖房が入っていて暖かいのですが、外は雪も積もっていて当然ながら寒そうです。ここの事務室には周りに白衣を着た人たちが座っているので、一人スーツ姿でいるまぼは事務室の中で浮いた存在に見えました。本来は総務課が担当する業務でしたが人手不足と言うこともあって、業務をアウトソーシング(外部委託)をすることにしたのです。スーツと黒縁の眼鏡で書類作成をしている姿は病院内で目立っていました。

初日はとりあえず雰囲気になれるようにしていたのですが、勤務を開始して2日目に院長に呼ばれました。院長はまぼの父の友人で幼い頃からまぼのことを知っている人物です。院長が事務室の中を見たときに一人だけスーツ姿でいることが気にくわないと言うのです。結局、院長から白衣を着るようにと指導されてから、まだ慣れない自分の席に着きました。

昼休みの前に院長が事務室の様子を見に来ると、まぼが白衣を着て仕事をしている様子を見て落ち着いたようです。まぼに昼ご飯でも食べながら話をしようと言ってきました。まぼは快く了解しました。

昼休みになると、院長と一緒に行ったのは近くのそば屋さんでした。もちろんまぼがここに来るのは初めてのことです。院長がのれんをくぐると店の人がいつものように笑顔を振りまいて来ました。そう、院長はここの常連客、病院にいる時はここに来ることが多いのです。

まぼと院長が向かい合って座ると、二人は店の人に注文しました。こうやって院長と一緒に食事をするのは初めてのこと、まぼは緊張して背筋をきれいに伸ばしながら椅子に座っていました。注文を待っている間に、院長が話を始めて来ました。

「仕事の方はうまくやってもらえるかな。何か仕事をして行く上で気になることがあったら何でも言ってくれ。」

まぼは水を口の中に流し込んでから口を開きました。

「そうですね。今のところ不満な点は無いです。仕事内容が簡単なので時間が余るくらいでしょうか。」

「そっか。悪かったね。退屈な仕事を任せてしまったようだね。」

すると、まぼはきりっとした姿勢のままこう言いました。

「そうでも無いですよ。今の仕事もしっかりと使命をもってやってますから。」

「そうか。君のお父さんと同じく仕事熱心だね。」

「父もそうですか。やっぱり親子ですから似ていて当然でしょう。」

すると、院長は軽く笑っています。

「そうそう。謙遜するような言い方もそっくりだね。」

「そういえば、院長に頼みがあるのですが聞いてもらえますか?」

「ん?なんだい。」

院長は水の入ったコップに目をやったかと思うとまぼの方に目を向けました。

「他にも仕事があれば、やらせてもらえませんか?お手伝い程度なら何でもできると思いますので。」

「そうか。」

そう言うと院長は首をかしげながら何か考え事をはじめました。

院長が考え事を始め頃、店の人が注文したそばを運んできました。院長が箸を割って食べるとまぼもそれに連れて食べ始めました。二人ともお腹が空いていたのか、食べるときはズルズルとそばをすする音だけしか聞くことができませんでした。

院長が食べ終わると、そばの入っていた器にそば湯を注ぎながら話始めてきました。

「さっき手伝いがあれば何でもできるって言ったよね。」

まぼは隅に残っているそばを箸でつかみ損ねるも、院長の話に答えます。

「はい。何でも大丈夫です。」

「じゃあ、時間がある時に小児科病棟に行ってもらえるかな、そこの婦長、あっ師長と名前が変わる前だからそう呼ぶんだが、婦長に話を通しておくから。」

「わかりました。」

「じゃあ、私は先に戻るよ。ここは私の奢りだから。ゆっくり休みなさい。」

そう言うと、院長は席を立ち会計を済ませてのれんの外へと出て行きました。

病院に戻ったまぼは2ヶ月分のスケジュールを確認しました。勤務時間の半分くらいの時間は余裕時間として使えるようにしています。スケジュールをパソコンで作成、PDAに同期を取るとすぐに小児科病棟へと向かいました。院長が話をしているはずなのでまずは挨拶をしに行くつもりです。

小児科病棟にあるナースステーション、まぼがここにやって来ると慌ただしい中で婦長が出迎えてくれました。

「あら。あなたがまぼさんね。院長先生から話は聞いたわよ。うちで人が足りないって話していたらあなたの話が出てね。何でもいいっていうなら、ちょっと頼みがあります」

「それは喜んで受けさせていただきます。何でもおっしゃってください」

真剣なまぼのまなざしに婦長はちょっと当惑気味です。

「そんなに真剣な顔をなさらなくてもいいのよ。小児科病棟に入院するある子の面倒を見て欲しいだけだから。ちょっと変わった子でね。なかなか心を開いてくれないのよ。看護婦さんたちが大嫌いってね。ここってまだ看護士がいないから、男手が欲しいなって思ってたところなの」

婦長の話を聞くと、まぼはまずその子と会ってみたいと思った。人の助けになる仕事、なんて遣り甲斐がありそうなんだと思うのでした。


コンコンとドアをノックして病室の中に入ります。入ってくるのはいつもの看護婦と隣には若い男の人がいました。病室の前には岡村隆哉(おかむらたかや)と言うネームプレートがかかげられている。病気自体はそれほど深刻なものでは無いが、周りの人に心を開かない、そんな後遺症が残ってしまったのです。

一人病室で本を読んでいると、この二人が中に入って来ました。隆哉はいつものように看護婦に向かって素っ気ない口調で話してやるります。

「看護婦さん。僕のことは放っといてって言ったよね。今日は何の用事なの?用事が無いなら出てってよ」

隆哉からいつものように乱暴な言い方が降りかかってきます。

「な〜に、隆哉くん。今日は新しい人を紹介しに来たのよ。隣にいるお兄さん。まぼさんって言うんだけど、これからまぼさんが隆哉くんの担当になるからね。それで来たのよ」

「はじめまして、まぼです」

まぼは隆哉の前に立ち、右手を出して来ました。

「はじめまして、岡村隆哉です」

二人はがっちりと手を握り合ったのですが、隆哉はどうやらまぼを気に入った様子でした。
病室にはまぼと隆哉の二人が残り、看護婦さんはどこかへ行ってしまいました。

「隆哉くん。これからよろしく、仕事の合間を見てここに来るからね」

まぼが病室から出ようとすると、隆哉が腰に抱きついて来ました。

「行っちゃ駄目だよ。一人になったら寂しいもん」

小学校4年生の隆哉はまだまだ幼くて、いつも看護婦さんには見せる強気な態度が消え失せていました。

「そんなこと言わないで。おとなしくしててね。これから本業の仕事に戻らなくちゃならないから、また時間を見て来るから」

寂しいそうな顔をまぼに見せながらも、隆哉はゆっくりとまぼから離れて行きました。そして、ベッドに戻ると隆哉が言いました。

「まぼ。仕事頑張って」


しばらくすると、まぼが隆哉の病室に戻って来ました。まぼが部屋の中に入ると。隆哉の顔はとたんに笑顔に変わります。

「仕事、終わったんですか?僕に会いに来てくれたの?」

「ちょっと休憩だよ。またすぐに戻らないといけないけどね」

「ふ〜ん。忙しいんですね」

ベッドの枕元には隆哉の読んでいた本が置いてある。

「本好きなの?」

「別にそうじゃないけど、ここだと本を読むくらいしかやることが無いから」

「そう。看護婦さんたちのことは嫌いなの?」

「ここの看護婦さんってブスばっかりで、うるさいから嫌いだよ。まぼはそんなことないよね。」

「でも、僕は看護婦にはなれないからな。もちろん看護士にだって無理だ。君の体のことをちゃんと理解しているのは看護婦さんたちとお医者さんだ」

「でも、嫌いだよ。ここに来てからいいなって思う人がいなかったよ。まぼは初めて違うタイプだと思った」

隆哉は窓ガラスの外を眺める。

「どうして?僕は、ここでの能力なんて無いよ」

すると隆哉は何かを思い出すようにして話しだした。

「似てるんだよ。僕の面倒を最初に見てくれた看護婦さんに」

まぼはちょっと意外な話に驚きました。

「似てるってなんだよ。僕は男だぞ。その看護婦さんって女だよな」

「そうだけど、まぼと顔が似た感じだよ。それに性格もそんな感じがする。まぼが看護婦さんだったらいいのに」


まぼはその話を聞いた後、また自分のデスクへ戻った。まぼに似た看護婦さんは、どうやらもうここにはいなくて、どこへ行ったのかわからなくなったらしい、どうにかいい方法は無いのかと、院長室へ向かうことにした。

「院長、隆哉くんのことなんですが」

「隆哉くん。あぁ。あの子だね。あの子がどうしたかね」

「隆哉くんを最初に担当していた看護婦さんって、どこへ行ったのか知っていますか?」

まぼがこの話をした途端に院長は暗い表情に変わった。

「その看護婦のことは話したくないのだが、しょうがない」

院長は立ち上がって、資料を探しはじめた。

「どれだったかなぁ。あぁ。これこれ」

まぼの前には院長が差し出した資料が置かれていた。院長がその資料を開き始めると、隆哉の担当になった看護婦を探し始めた。

「あった」

院長は一つのページに目をやった。

「この人だよ。隆哉くんを最初に担当していたのは彼女だ」

見ると、まぼそっくりな看護婦さんが写真に写っていた。これはとても驚異的なことだった。

「こんなこって、あるんですか?僕にそっくりな看護婦さんって」

「まぁ。当たり前だろ。君の兄妹だからな。似ているはずだよ」

「僕の兄妹?それって何です?僕は一人っ子のはずじゃ」

「無理もないな。君にはずっと話してなかったことだ。兄妹とは言っても母親の違う異母兄弟だ。君の父さんの頼みで、結局は私の養子として育てていたからな」

自分に妹がいたというのは初耳だった。しかも、父さんが不倫してできた子供、それを知らなかったのは自分だけだったということもショックだった。さらに追い打ちをかけるような話が院長の口から出て来た。

「私の病院に勤務していたんだが、結局は過労死で亡くなったよ。隆哉くんがそれを知ってからは、看護婦連中を嫌いになったのは当然のことだと思う」

「……」

まぼの口からは何も言葉が出なくなっていた。

「そうだ。隆哉くんの看護婦嫌いを無くすために、君に協力してもらおう。こんな話をしてしまったことだし、私にもその責任を取る必要がある。君も今はちょっとつらい気持ちでいるだろう」

「隆哉くんの気持ちは、僕が治します」

そこには苦しみを乗り越えたまぼの顔が見えていました。


隆哉は相変わらず一人で本を読みながら過ごしていた。コンコンとドアをノックする音がする。隆哉はすぐにまぼだと思ったが、シルエットに写ったのは看護婦の姿でした。

「な〜んだ。看護婦さんか。てっきりまぼかと思ったのに、さっさと帰ってよ」

「隆哉くん。そんなこと言わないで」

シルエット越しに聞こえる女性の声、この言葉には聞き覚えがあった。隆哉が気に入っていた看護婦の声です。

「もしかして、由理お姉さん?」

隆哉は読んでいた本を投げ飛ばして、シルエットとなっているカーテンを引っ張った。目の前にはショートカットで赤い縁の眼鏡をかけたよく知っている看護婦が立っていました。

「やっぱりだ。由理お姉さん!いつ戻って来たの?他の看護婦さんの話だとどこか遠いところへいなくなったって聞いてたんだけど」

「そう?遠いところから隆哉くんに会うために帰ってきました」

すると由理は隆哉に笑顔を見せます。

「隆哉くん。いい子にしてた?」

ものすごい勢いで首を縦にふる。

「そっか。でも、私聞いたわよ。私以外の看護婦さんが嫌いだって」

隆哉の興奮状態を抑えきれず、由理の体に抱きついて来ます。

「由理お姉さんの体ってやっぱり柔らかいよね。女の人っていいなぁ〜」

「放しなさいよ。隆哉くん。そんなに興奮しなくてもいいでしょ。私は今日だけ特別に帰ってきたんだからね」

そう言うと、隆哉の動きが固まってしまったのです。

「今日だけって。それって本当?」

「えぇ。本当よ。私のことを大好きな隆哉くんが他の看護婦さんのことを嫌いだって言うから来たのよ」

「だって、それって本当のことだもの。由理お姉さんしか可愛い人はいないし、優しい看護婦さんは一人もいないって」

すると、由理は右手の人差し指を隆哉の唇の上に重ねる。

「そんなこと言わないの。私がいつまでも隆哉くんの面倒を見てられないんだからね。このまま大きくなっていいと思うの?」

「うん。僕、由理お姉さんと結婚したい」

そう言うと、由理は隆哉のほほにチュッと軽くキスをしました。

「その気持ちは嬉しいけどね。隆哉くんはまだ結婚できる年じゃないわ」

「じゃあ、ずっと一緒にいて欲しい」

「ずっと一緒にいたら嫌になるわよ。私だってお婆さんになるんだからね」

「お婆さんになっても由理さんならいいよ」

「とにかく、他の看護婦さんのことがなぜ嫌いなの?」

「だって。由理さん以外の看護婦さんはブスばっかで」

すると、由理は白く細い手で隆哉の右頬をぶちました。

「隆哉くん。私はそんな心の狭い隆哉くんが大嫌いになったわ。もう私のことを考えるのはやめてちょうだい。どんな人にでも親切な隆哉くんにならない限り、私には二度と会えないからね。わたった?じゃ〜ね」

そう言うと、由理は隆哉の病室から出て行ってしまいました。隆哉は大好きな由理お姉さんに言われたショックで、突然泣き出しました。

その大きな泣き声に気づいたのか、続々と看護婦さんやお医者さんが隆哉の部屋に集まって来ました。中には他の患者さんまでいます。その中で隆哉に声をかけたのはやはりまぼでした。

「どうした隆哉くん」

「さっき、由理お姉さんが来て、僕のこと大嫌いだって。もう二度と会えないって言われた」

隆哉は泣きながら話してくるのです。

「由理お姉さんって誰?ここにはそんな人いないよ」

そう言われると隆哉の泣き声が突然にして止まりました。

「嘘だ〜。さっき、いたもの僕と一緒に話してたよ」

「たぶん、隆哉くん。夢を見てたんだね。由理お姉さんって隆哉くんが来たあとですぐに亡くなった看護婦さんのことだろ」

「亡くなったって?由理お姉さんは死んだの?」

「そうだ。しっかりしろよな。これからは由理お姉さんの分までしっかり面倒を見てやるから」

「うん、わかったよ。まぼ、これからはみんなのこと好きになるよ」

「いい子だ」

隆哉が平静を取り戻すと、病室から多くの野次馬が出て行きました。そして、二人だけになると隆哉が気づいたようにポツリと言いました。

「まぼ。なんで看護婦さんの服を着てるの?」

一瞬にして室温が下がったような気がしました。よく考えてみれば、ナース服から着替えるのを忘れたのです。

「あっ。これね。院長先生から借りたんだ。今度、コスプレにでも使おうと思って」

あまりにもしどろもどろないい訳。それでも純粋に戻った隆哉は何も疑っていません。

「ふ〜ん。そうなんだ、僕もコスプレって好きだよ」

ベッドに隆哉を寝かしつけてから、まぼは院長先生の部屋へ向かいました。なるべく人に見つからないように人がやって来ると隠れながら、時には誤魔化しながらして到着しました。

「ただいま戻りました。院長」

「あぁ、ご苦労だったね。まぼくん。隆哉くんはちゃんと心を開いてくれたかね」

ナース服を着たままのまぼが院長の前で起立をしていた。そして、自分の着替えを探したのに見あたらないのだ。

「院長。着替えたいのですが、僕の着替えはどこに行きましたか?」

すると、院長はおもむろに椅子から腰をあげた。

「着替えだって。その前に私の話を聞いて欲しい。」

着替えを探したいまぼに院長はいきなり話をはじめたのです。

「いやぁ、まぼくんの大活躍には驚いたよ。これからうちで働く気は無いかね。給料だって前の会社の最低2倍は用意しよう」

「2倍ですか?」

「気に入らなかったら3倍でもいいんだよ。仕事は隆哉くんのアフターケアを頼みたい。つきっきりの看護婦、いや間違えた。これからは看護師と呼ばねばな」

まぼは一瞬考えた。隆哉くんのアフターケアをするだけで、今の給料が3倍になる。こんなおいしい話はないのです。しかし、甘い話には裏がありそうだった。念のためと思って院長に問いかけました。

「でも、僕には看護師の資格なんてないですよ。僕にできるんでしょうか?」

すると、院長はキラリと目を光らせる。

「できるんだよ。君には由理として看護師になってもらうことにしたよ。もう、君のお父さんも了承済みのことだ」

「それって、さっきだけじゃなかったんですか?」

さっきまでの感動的な結末はなんだったのか、これではまぼは悲劇の主人公だ。

「うちの病院では変身薬の研究に取りかかっているから、まぼくん。君に実験してもらいたい。そう思って、わざわざここに勤務させたんだよ」

「ということは。僕がまた由理さんになるんですか?」

「そういうことだ。君は由理としてここで働いてもらいたい」

「それって、問題があるんじゃ?」

考えてみると由理は死んだはず。死んだ人間がまた生きてたなんてことができるなんて思わないのです。

「実は、由理は生きてるんだよ」

「生きてる!?それってどういうことなんですか?」

「戸籍上では由理はまだ生きてるのだ。私がいつかこんな日を夢見て戸籍から消されないように、死亡届は出さなかった」

「そう言うことなんですね。さっき、隆哉くんの部屋に行く前に一時的に女性に変身する薬を飲まされて、ナース服を着せられて、変な予感がしていました」

「そういうことだ。君にさっき飲ませたのは10分だけ女性化する薬だったが、今度飲んでもらうのは死ぬまで女性化する薬だよ。君は由理の兄妹だから女性化すると由理そっくりになれるよ」

まぼは隠されていた自分の服を見つけると、それに着替え始めました。着替えが終わると院長に一言。

「考えさせてください」

それだけを言ってから院長室を飛び出して行きました。


そして、次の日。病室で一人寝ている隆哉くんが、目を覚ますとすぐそばに看護婦さんの気配を感じました。カーテンの向こうにいるのですが、ナースキャップの影が見えて、看護婦さんだとわかったのです。もう看護婦嫌いでは無くなった隆哉は、すぐにカーテンを引きました。するとそこにいたのは由理お姉さんだったのです。

「あっ。由理お姉さん。おはようございます」

どうやら由理はここでずっと隆哉が起きるのを待っていたらしい、ちょっと眠っているように見えた。隆哉が由理を揺り起こす。

「由理お姉さん?」

すると、由理お姉さんは手元に置いていた赤い縁の細い眼鏡をかけました。

「隆哉くん。おはよう」

由理は満面の笑顔で隆哉くんに挨拶をしてくれました。

「由理お姉さん。どうして今日も来てくれたの?昨日だけって言ったじゃない?」

「そうだったわね?院長先生がここにいていいって許可してくれたのよ」

「そっか。じゃあ、僕と一緒にいてくれるんだね」

「そうすることに決めたのよ」

由理は思わず口が滑った。

「決めたって?」

「ううん。なんでも無いよ。これから隆哉くんの面倒を見るのが私の仕事だからね」

「よかったぁ。じゃあ、僕が大きくなったら結婚してくれる?」

「隆哉くんがそれまで私のことを好きでいるわけないじゃない、お姉さん待てないわよ」

由理は思わず苦笑いをしてしまいます。

「由理お姉さん。ところで、まぼは今日も来てくれるかな?」

「まぼ?あっ。まぼさんのことね」

「うん」

「まぼさんは遠いところへ行ったわよ。私が戻って来たから辞めさせられちゃったみたい」

隆哉は少し寂しそうな表情をした。

「大丈夫よ。私がいるじゃない、まぼさんの分まで私が隆哉くんを愛してあげるわ」

すると、隆哉は由理の顔を見つめ直した。

「ほんとう?」

「本当よ。だから、病気をしっかり治して早く大きくなってね」

由理がそう言うと、二人の笑い声が病室に響きました。病室の窓から見える空はすっきとした青空がどこまでも続いていくようでした。






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