部室にて

作:夏目彩香(2008年11月18日初公開)





「どうだ、二宮の胸って思ったよりも大きいだろう」

ここは高校のとある部室。目の前には二宮麻衣子(にのみやまいこ)先輩がいやらしそうな表情を浮かべ、自分の胸を揉みながら僕に話しかけてきた。

「そんな風にするのはやめてください。麻衣子先輩のイメージが崩れてしまうじゃないですか!」
「そっかぁ、お前の憧れの人だもんな二宮って、だからこそ俺が乗り移ってやったんだぜ、二宮のイメージをちょっとぶっ壊したくらいで驚くなって、だいいちお前は今の状況をわかっていなすぎだ」

いつもとは違って二宮先輩は乱暴な男言葉を使っていた。

「確かに、そうですね。今の状況を僕はわかっていないかも知れません。でも、麻衣子先輩ってもっと素敵な人なんです。だから、そのイメージを壊すのだけはやめてください」
「ステキな人だって?」
「麻衣子先輩って、素敵じゃないですか、部活にもちゃんと出てるのに受験勉強もしっかりして問題なく第一志望に合格しちゃったし、部活が無ければ僕が近づけるような人じゃないですよ。今は先輩が乗り移っているからちょっとは気楽にいられるかも知れませんが、そんあ風に麻衣子先輩の淫乱な姿を見せようとしてるんだったら、望ましいことじゃありません!」
「ふ〜ん。じゃあ、率直に言うと二宮のことを純粋に好きだってことだよな。俺がせっかく乗り移ってやったんだから、普段とは違った二宮の一面を見せてやろうと思ったのに」

麻衣子先輩とは高校に入学したばかりの頃にこの部活に入ってから知り合った。そして、目の前にいる麻衣子先輩に乗り移っているのが、麻衣子先輩と同学年の山本大輔(やまもとだいすけ)先輩で、この山本先輩に加入されて部活に入ったのが事の始まりだった。部活に入ったばかりの頃は麻衣子先輩が山本先輩と親しく話しているのを見て、二人が付き合っているものと思っていたが、つきあっているような事実は無く、ただの幼なじみ同士だと言っていた。

そして、時が流れて山本先輩と麻衣子先輩の卒業が近づいてきたのもあって、僕は麻衣子先輩に告白してみようと思って、山本先輩に相談してみたのだ。すると山本先輩はどこから手に入れたのか他人に憑依できる薬を使って、麻衣子先輩に乗り移ってしまったのだ。目の前にいるのは姿は麻衣子先輩であれ、動かしているのは山本先輩だった。事実、部室に置かれたソファーの上には山本先輩の身体が横たわっており、まるで死んでいるかのように眠っていた。

「とにかく、そのしゃべり方はなんとかなりません?憑依する薬の力を使って麻衣子先輩の記憶を呼び出すようなことってできないんですか?」
「あっ?二宮の記憶ね、確かにできるのかも知れねぇなぁ。いくら俺が二宮とは幼なじみでも真似をするのは不可能に近いことだからなぁ。そういや、説明書に何か書いてあったような……」

そう言うと山本先輩は麻衣子先輩の姿のまま隣の部室にがに股で歩いて行った。

「説明書見つけたぞ。ゆっくり読んでからまたそっちに行くからな。そっちで待ってろ」

この部室の中には麻衣子先輩の姿をした山本先輩と僕、それに山本先輩の抜け殻があるだけ、先輩が隣の部屋に行ってしまったので、山本先輩が戻ってくるのを待っていた。先輩は説明書を読んでから、こっちの部屋に戻ってくるはずとすぐに戻ってくることを期待していたが、なかなか戻ってくることが無かった。この部屋には鍵がかかっていて、その鍵を持っているのはここの部長である山本先輩だけなので、この部屋が簡単に開けられることは無いが、僕の中には不安な気持ちが生まれて来た。

「山本先輩まだですか?」

弱々しい声で尋ねて見る。

「あの、山本先輩」

山本先輩から返事が返って来ないので、隣の部屋へ入ろうと動いたその時に、隣の部屋から悲鳴が聞こえて来た。

「きゃー!なんなのこれ?」

隣の部屋に行ってみると、麻衣子先輩の姿をした山本先輩が山本先輩の自分の抜け殻を揺らし始めていた。

「ねぇ、大輔。起きてよ。どうして私がここにいるのよぉ。一体どういうことなの教えてちょうだい。私が突然この部屋にいるのかと思ったら、あなたが死んだように眠っているなんて」

必死に叫んでいる麻衣子先輩の姿はいつも麻衣子先輩に戻っていた。僕は麻衣子先輩から山本先輩が抜け出したかと思って、いつも麻衣子先輩に接する時と同じように話かけてみた。

「あの。麻衣子先輩。まずは、落ち着いてください」
「細井くん、これが落ち着けるわけがないじゃない」
「じゃあ、ここにいるまでの行動を僕に話してくれますか?」
「あっ、ごめん。ちょっと冷静になるね。山本に呼び出されてここに来たのはいいけど、部室に入った記憶はあっても、そこから先の記憶が無いの、気づいたら目の前のソファーに死んだように眠っている大輔がいるんだから」
「それって、麻衣子先輩がこの部屋に入った途端に急に倒れませんでした?」
「あら?そうだっけ?でも、気がついたら大輔の隣で座っているのは明らかに不自然なことよ」
「山本先輩は最近疲れが溜まっているんじゃないですか?今日は部活も休みにしたし、ゆっくり休んでから家に帰りたいんだと思います」

僕がそう言うと、セーラー服の白いスカーフと、スカートの丈を荒々しく揺らしながら麻衣子先輩が立ち上がった。

「細井くんの言ってることって、信じられないわ。こうなったら私の言うことを聞いてくれたら信じてあげるわ」
「僕の言うことを信じてくれないんですか?」
「だって、私が突然倒れるわけないじゃない」

すると突然、麻衣子先輩はスカーフを首から解き、紺色のセーラー服を脱ぎ始めようとしていた。

「えっ?なんなのこれ?私の身体が勝手に動いてる!?」
「麻衣子先輩?大丈夫ですか?手が勝手に動くだなんておかしいですよ」
「でも、勝手に上着を脱ごうとしているのよ」

麻衣子先輩はそう言いながらも上着を脱ごうとしていた。

「僕の言ったことを信じてくれませんか?そしたら、止まるかも知れませんよ」
「信じるわ。私が意識を失ったのよ」

もうすぐブラが見えてしまう状態で、麻衣子先輩は自分の手を自由に動かせるようになっていた。

「あっ、動くようになった。よかった〜」

僕は山本先輩のいたずらが度を過ぎていると思ったので、今までの出来事を麻衣子先輩に打ち明けてしまおうと思った。これ以上嘘を突き通すよりも本当の事を言ってしまった方が楽になると思ったからだ。

「あの、麻衣子先輩。本当のことを言うと手を勝手に動かされたのは山本先輩の仕業かも知れません」
「えっ、大輔の仕業?」
「実は、麻衣子先輩をここに呼び出したのは、ある薬を使って山本先輩が麻衣子先輩に乗り移るためだったんです」
「私に乗り移る?まさか、それって本当なの?」
「だって、部室に入って来てからしばらくの記憶って無いんですよね」
「そうよ。部室に入った時から、今までの記憶がすっかり飛んでいるわ。じゃあ、その間って……」
「山本先輩が乗り移っていました」
「そうなんだ。じゃあ、まだこの辺りをフラフラしてるってことね」
「そうです。近くをフラフラしているはずです」
「そう?私は、フラフラしているとは思わないけどね」
「えっ、どうしてですか?」
「だって、お前のために二宮の記憶を呼び出してやってるんだから」
「僕のために二宮の記憶?えっ、それってまさか先輩!?」

突然、山本先輩の口調が飛び出したので僕は驚いてしまった。

「そうだって、俺だよ俺。お前はずっと俺と話をしていたの」

ここで僕は山本先輩に麻衣子先輩らしく振る舞って欲しいと頼んでいたことを思い出した。

「記憶を呼び出す方法を見つけたんですか?」
「説明書にちゃんと書いてあって、二宮のように振る舞ってやったんだ。気に入らなかったか?」
「気に入らないだなんて。すっかり麻衣子先輩と話していると思い込んでいました。
「そうか、それは良かったな。これでお前のことを喜ばせてやれるってもんだ」

麻衣子先輩の姿をして山本先輩は、抜け殻のズボンのポケットを探り、そこから薬の説明書を手に取った。

「なぁ、ここに書いてあるだろう。『この薬によって他人に憑依をした場合は、憑依した相手の記憶を呼び出すことができます。記憶を呼び出すためには、憑依している相手の名前をできるだけ強く念じることです。個人差がありますが、これで憑依した相手の記憶を呼び出すことができるようになります』って、こうすればいいってね。だから、集中するための時間が必要だったわけ」
「結構、単純なことで記憶を読めてしまうんですね」
「そう、単純だよなぁ。また記憶を呼び出したい場合にはさっきと同じ事をやればいいわけで、こんな怖い薬が簡単に手に入ってしまうんだからな。とにかく、これからはお前の好きなようにしてやるぞ、二宮らしくふるまってやるか?」
「まだ、いいです。先輩にすっかり騙されちゃったので、なんだかその気にならなくって……」
「そんなこと言わないでよ。せっかくなんだからさぁ。こんなチャンス無いんだよ」
「そうですね。先輩」
「先輩は駄目。麻衣子って呼んでもらわなくちゃ」

沈みかけの太陽が部室に差し込み、二人を照らしている時に僕は思った。たとえ太陽は沈んでも東の空からまた上ってくる、貴重な体験となるように祈りながら残された時間を先輩と過ごしてみようと、気持ちは前向きに切り替わっていた。


(おわり)




 

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