Love Step 2008

作:夏目彩香(2008年8月3日初公開 for TS解体新書)


 


恋愛って何なのでしょうか。恋愛に至るまでの流れってどんなものなのか。そんなことばかり考えていると恋愛ってできなくなるものではないでしょうか。そう、人にとって恋愛が何なのかを考えてしまうと、恋愛の重みやその意味が無くなったり薄れてしまうものではないでしょうか。そんな風に恋愛について悩む女子高生のお話です。

ここは全国的に優秀な生徒が集まっていると有名な共学高校。この高校の校門で一人の女子高生が誰かを待っています。彼女の名前は黛まどか(まゆずみまどか)と言って、ここの高校の3年生。桜の花はさすがに散ってしまったけれど、そろそろ暑くなり始めた小春日和の一日。彼女はいつもと同じ時間に校門前に到着していました。

まどかは着慣れた制服姿で、誰かを待っていますが、なかなか来ないので落ち着かない様子は周りから見ればすぐにわかりました。その場でうろうろしていて落ち着きません。手に持ったピンクの携帯電話を開いてはメールが来ないのか待っているようです。

そんないらいらが絶頂に達しそうな時に、ついに友達がやってきました。まどかと同じ制服、某有名デザイナーが手がけたというデザインの茶色のジャケット、胸元には緑のネクタイ、膝上のチェックのミニスカートをヒラヒラさせながら、まどかの友達である正宗瑞奈(まさむねみずな)がやって来ました。入学した時、同じクラスで席が前後していたことから二人は親しくなりました。

しかも、3年間一緒のクラスになったのだから、親友の絆は益々深まるばかりです。もう少しでゴールデンウィークとなるのでその時は何をしようかと計画している二人は、いつも校門で待ち合わせをしていました。二人は勉強をそこそこやりながら、いつも気に入った男の子と一緒になりたいと思っていましたが、未だに恋愛には至っていませんでした。3年になってクラスに二人の好きな男の子ができたのですが、なんと一緒の子を好きになってしまうほど、二人の好きなタイプが似ていたのです。

「まどか!ごっめ〜ん」
「瑞奈、おはよ。ぜんぜん待ってなかったよ。私はさっき来たばかりよ」

二人は合流すると校舎の方へ一緒に歩き出しました。

「一本遅れちゃってね。なかなか次のが来なくって、いつもより遅れるかと思ったけど、ちょっと遅れただけになったね」

額にかいた冷や汗をハンカチで拭きながらまどかに愚痴ります。

「そっか、電車通学って大変だよね。私は近所、っていうか学校が目の前だから、そんな経験してないから」
「じゃ、まどかも一緒に通学体験してみよっか」
「えっ、遠慮しておくよ。そう言えば、昨日のあの宿題やった?あれって問題がおかしくない?」

まどかは話題を変えました。

「そうだね。私もあの問題おかしいと思ったんだ。あれって電話で話したけど、やっぱりあいつが問題だと思うんだ」
「そうだよね。あいつの宿題って、いっつもおかしいから」
「連絡取りたい時に連絡取れちゃうから、私たちってなんかいつも会ってるみたいだよね」
「うん」

こんな会話を続けているうちに学校の玄関に到着した二人は、自分の下駄箱から上履きを取り出そうとしました。二人の下駄箱は上下に続いています。すると、まどかの下駄箱から上履きを取り出すと一通の封筒が一緒に落ちました。

「あっ、これって、もしかして、ラブレター?」
「えっ、違うわよ。そんなんじゃないって」

瑞奈は嬉しそうな顔をして下に落ちた封筒を手に取りました。封筒の表裏どちらにも何も書かれておらず。封がワンタッチで開けられるタイプの封筒、瑞奈がまどかに黙って開封しましたが、中には何も入っていませんでした。

「ラブレター、じゃないみたいね」
「ただの封筒?」
「なんでただの封筒が、まどかの下駄箱に入れられているのよ。これは何かの前触れじゃない?」

そう言って、瑞奈は封筒の封を閉じ直しました。するとどうでしょう、瑞奈の動きが急に止まってしまったのです。手には封筒を持った状態、まるで石のように固まっていました。

「瑞奈!みずな!ねぇ、どうしちゃったの?」

まどかが瑞奈の体を揺り動かしても目を覚ます気配は一向にありません。

「瑞奈!ねぇ、瑞奈!ねぇ、ったら」
「……」

まどかがさらに強く揺り動かしても瑞奈の意識は戻りませんでした。

「なんなのこの封筒!」

まどかがそう叫んだ途端にクラスの男子がやってきました。

「黛さん、正宗さんがどうしたんです?」
「あっ、武田くん」

武田と呼ばれた彼はまどかの話を真剣に聞いてあげます。
実はこの封筒を入れた張本人ですが、それもわからずにまどかは彼に救いの手を求めました。

「私の下駄箱にこの封筒が入ってたんだけど、瑞奈が開けてから閉じたら、こんなことになっちゃって。どうしたらいいのか……」

「ふ〜ん。それはその封筒が怪しいね。その封筒を見せてくれますか?」

そう言われてまどかは武田に封筒を手渡しました。武田が封筒の封を開けると、その瞬間からあれほど元に戻らなかった瑞奈の意識が回復してきました。

「あっ、瑞奈。大丈夫?」
「ん?あっ、あっ、あっ」

そう言うと、瑞奈は目を大きくしてまどかを見つめました。そして、そばにいる武田の手に持っている封筒を手に取って言いました。

「この封筒のせいなの?」
「そうみたいだよ。武田くんが開けてくれたら瑞奈の意識が戻って」
「そうなんだ。とりあえず、私の体は問題無いみたい」

一方の武田は封筒を開けると少しの間だけ動きが止まっていました。

「武田くん、瑞奈の意識を戻してくれてありがとう」

武田は目を開けると、目の前の光景を不思議そうに見ていました。

「ん?私どうちゃったのかな?」

今度は、武田の様子がおかしいようです。すると瑞奈は武田の腕を引っ張って、廊下へ駆け出しました。

「あっ、まどか。私、武田くんとちょっとだけ話があるんだ。教室に先に行ってて」
「えっ、そうなの……親友だもんね……うん。わかった」

まどかが小声でそう言うと、瑞奈は武田を連れて玄関からすぐの音楽室へと入って行きました。玄関に取り残されたまどかは、階段を歩きながらある考えが浮かんで来ました。

『瑞奈に抜け駆けされちゃったなぁ、お礼を言ってから、思い切って告白するつもりなのかなぁ』

まどかはそう考えると、不安な気持ちになりました。確かに、瑞奈が武田の事を好きだって言うことも知ってはいたのです。しかし、まどかが武田の事を好きだって言うことは瑞奈に伝えていませんでした。自業自得なのですが、まどかは教室にたどり着くとさっそく瑞奈にメールを送っていました。


さて、音楽室に入った二人はどうなったんでしょう。ピアノの前に立っていた二人は、お互いの体を見比べていました。

「あの」

二人が同時に声を発します。

「まさかだけど、私って武田くんになっちゃった。もしかして、私の体を動かしているのは武田くんなの?」

どうやら瑞奈は武田の体を支配しているようです。目の前の瑞奈は一体何者なのか、聞いてみたのです。

「フフフ、そうですよ。僕、武田真一(たけだしんいち)が瑞奈さんの体を頂きました」
「やっぱり、武田くんなのね」

そう言うと、瑞奈(武田)は武田(瑞奈)の眼鏡を取って、教室の後ろへと走り去って行きました。武田の視力はものすごく悪いので、眼鏡が無ければ一歩も動くことはできません。

「眼鏡が無いと動けない〜」
「ハハハ、僕の視力はものすごく悪いからね」
「私の体を返してよ」
「私の体?何を言ってるの武田くん。あたしは瑞奈よ。正宗瑞奈。この姿のどこが武田くんなのよ」

瑞奈は自分の長い髪を触りながら、薄気味悪い微笑みを浮かべていました。

「冗談。冗談。。。瑞奈も頭の回転はいいからなぁ」

瑞奈の表情はいつもよりもいやらしい目つきをしています。

「とにかく、話は聞いてあげるから。眼鏡を返してよ」
「や〜だね。この眼鏡を返したらどうせ逃げる気なんだろうから。その前に最終段階を完了させないと」
「最終段階?」
「さっきの封筒には、まだ最後の段階があるんだけど、あとは封筒を閉じるだけ。話をしてからじゃないと眼鏡は返せないよ」
「あの封筒って、まさか、武田くんの仕業?」
「あっ、よくわかったね。あの封筒はね。入れ替わりの封筒なんだ」

武田(瑞奈)は何かに取り憑かれたような不安な表情を浮かべました。

「えっ、あなたはその封筒を使ってまどかと入れ替わろうとしたってこと?」
「う〜ん。本当は黛さんの方が好みだったからね。それが良かったけど、黛さんの親友の方が都合がいいかなって今は思うから、正宗さんと入れ替わるのも悪くないよ」

瑞奈(武田)は、封筒の原理を話し出しました。

「さっきの封筒だけど、正宗さんが来る前から黛さんの下駄箱に仕込んでおいたんだ。その封筒を見つけた途端に、正宗さんがその封筒を開けてしまった。手紙も入っていなかったら、几帳面な正宗さんや黛さんならすぐに封筒を閉じてしまうでしょう。そうすると開け閉めをした人の魂がその封筒の中に入ってしまうんだ」
「だから、私の意識が無くなったように見えるのね」
「魂が体から分離されてしまうからね。自由に動けなくなるじゃない。黛さんから見ると正宗さんの意識が無くなっているように見えたんだ。そして、正宗さんの意識が無い状態の時に僕が、偶然を装って現れた」
「武田くんが現れたのって偶然では無かったのね」
「そう、偶然では無かった。黛さんが心配していれば真面目な僕の助けを快く受け入れてくれるって思ったから。封筒を入念に確認してから、その封を開けたってわけ。それで、封筒を開けると封筒の中に入っている魂が開けた人の中に入って来て、それに押し出されるような感じで、僕の魂が正宗さんの体に入ったってわけ、それで、最後にその封筒を閉じれば完了するんだけど、正宗さんと話をしてから閉じたかったから、黛さんに怪しまれないようにここに来たってわけ」

武田(瑞奈)がはっきり見えないので、机を手で触りながらなんとかして自分の体に近づこうとして言いました。

「封筒を閉じれば何が完了するの?」

瑞奈(武田)は武田(瑞奈)の背後に近づいて耳元でいいました。

「封筒を閉じれば、正宗さんの人格はだんだんと僕の体と融合していく、正宗さんがまるで今まで僕だったかのように吸収されてしまうってわけ、ついでにこの封筒に関わる記憶や、封筒を閉じる前の記憶は完全に無くなってしまうよ。ちなみに僕も君の体に融合するけど、今までの自分の記憶は残るんだ」

武田(瑞奈)の表情は一気に青ざめ、パニック状態に陥っていました。そして突然机を叩き出します。

「なんでそんなことをするのよ〜」
「なんで?いい質問だね。僕は小さいときから有名大学へ行くようにと、英才教育を受けてきた。その代わり人と交流する時間はほとんど無くて、遊ぶ時間すら無かったよ。だから、生きていることに疲れ始めていたんだ」
「それで?」
「黛さんや正宗さんを見ていると、高校生活が楽しそうに見えたから、君たちのように生きてみたいって思うようになったんだ。そして、君たちに僕の生活を替わりにやってもらって、僕が君たちの替わりをできないかと思っていたら、あるところで封筒を見つけた」
「それじゃ、酷すぎるじゃない。私を殺す気?」

武田(瑞奈)の恐怖心が更に増していきます。

「殺すんじゃないよ。生きてるさ。ただ、君はこれから僕の替わりに武田として生きていくんだよ。そして、僕は瑞奈として生きていくんだ」
「じゃあ、私は変わっちゃうの?そんなのおかしいよ」
「大丈夫だよ。本当は僕は自殺しようと思っていたんだから。あの封筒のおかげで一人の人が死ななくて済むんだよ」
「そんなの嫌よ〜、私の人生を返してよ」
「大丈夫だって。その人の人生なんて誰かのレールに敷かれているものなんだから、これからもっと自由に生きていけるよ」

瑞奈(武田)はまるで勝ち誇ったかのような表情で生き生きとしていました。

「まどか〜、助けて〜、誰か〜、助けて」

武田(瑞奈)がいくら叫んでも虚しく響くだけでした。

「そんなことしても駄目だって、ここは音楽室だろ。防音されてるから、廊下にはあまり聞こえてないよ。それに、君が悲鳴を上げたってまどかは来てくれないよ。じゃ、この封筒を閉じるよ」
「だめ〜!!!」

瑞奈(武田)が封筒を閉じると、二人は魂と体が融合していきました。そして、いち早く意識を取り戻した瑞奈は呟きました。

「やった。ついにこの体は完全に僕のものだ」



しばらくすると、武田の意識が戻ってきました。

「あれっ?正宗さん。どうして音楽室にいるの?それに僕はどうしたのかな。今日は登校してから宿題の確認をしようと思ってたのに」

武田の表情はここで何があったのかまったく記憶が無いのはおろか、瑞奈と入れ替わる企みについては全く覚えていないようです。

「ん?だって、武田くんが呼び出したんじゃない」

瑞奈は武田の顔をみつめながらかわいい仕草をつけて言って見せます。

「そんなはずないよ。僕が呼び出したなんて、そんなはずないでしょ。それに僕って気絶してた?」
「うんと、呼び出したってのは嘘よ。たまたま音楽室を覗いてみたら、武田くんが倒れてたの、気絶してる間に私の気持ちを伝えよっかなって思ってたけど、目覚めちゃって」
「私の気持ち?」
「そう、わたし武田くんのことが大好きなんだ。だから、つきあって欲しいの、どう?」
「えっ!僕のことが好きだって?」

勉強一筋の武田にとっては恋なんてどうでもいいはずだが、この時はなぜか胸の中がときめいていました。

「女心って変わりやすいのよ。私と武田くんって結ばれる運命だと思うのよね」

武田は渋い表情を浮かべながら、まだ考えていた。頭の中にスケジュールが駆けめぐる。

「中間考査や模試の準備もしないといけないんだけど、一緒に勉強しない?そうやって付き合ってみない?」

瑞奈はその場で軽く飛び上がり、はしゃぎはじめました。

「やった!早速、まどかに話さなきゃ。じゃ、今日の放課後に玄関で待ってるからまた会おうね」
「うん、行って来て。瑞奈!……ん?」

武田がその言葉を言った途端、何かが頭の中に走りました。

「ん?ってどうしたの?」

武田は頭の中の記憶を辿っている様子のまま言いました。

「瑞奈ってなんか懐かしい感じがするんだけど。」
「それって気のせいじゃない?とにかく、これからよろしくね。」

そう言って瑞奈は武田のほっぺたに軽く口づけをして廊下へ出ました。。



廊下に出ると、音楽の緑川(みどりかわ)先生にばったりと会いました。緑川先生は瑞奈と仲のいい先生なのでいつものように挨拶をしました。

「先生、おはようございます」
「正宗さん、おはようございます。ところで、どうして音楽室から出てきたの?」
「あっ、それなんですけど」

そう言うと周りから少し隠れるようにして、緑川先生の耳元で話を続けた。

「私、武田くんに告白したんです」
「えっ!?」
「武田くんが音楽室に入っていく姿が見えて、勇気を持って告白してみようと思ったんです」
「そうなの?」
「そうそう。この封筒を使うと、間違い無く恋が叶うみたいですよ」
「えっ?恋が叶う?」

緑川先生は占いや迷信が大好きで、家も風水で決めたそうです。この手の話にはかかとを2cm高くして食い入るように聞いてくるのです。

「先生にもこの封筒をあげるので、藤沢(ふじさわ)先生にあげてくださいね。封筒の中に自分の名前を書いたメッセージカードを入れて、藤沢先生の下駄箱に入れておいてください。藤沢先生なら間違いなくその場で封筒を開けて、カードを見るはずです。見た途端に緑川先生に告白したくなるので、校門の前で待ち伏せしていたら間違い無く告白されます」
「それって、本当なのね」
「先生、この私も叶ったんですよ。効果抜群です」

そう言って瑞奈は緑川先生に封筒を手渡しました。

「じゃあ、これを使って、私は藤沢先生から告白されるわ」
「頑張ってくださいね」
「あっ、正宗さん。私が藤沢先生のことを好きだってことは広めないでね」
「わかってます。この話は私とまどかしか知りませんよ。安心して告白してください」



その日は土曜日です。13時過ぎに勤務を終えた緑川先生は、藤沢先生が職員室にいるのを確認してから例の封筒を藤沢先生の下駄箱に入れると、校門の前で藤沢先生が来るのを待っていました。藤沢先生もあと30分ほどすれば勤務を終えて出てくるはずです。そして、しばらくすると藤沢先生が職員玄関に現れたのが見えました。

自分の下駄箱を開き、中に入っている封筒を取り出します。靴を履き替えて職員玄関の前に立ってから封筒の中を開いてカードを見ると、中にはこんな文面が書かれていました。

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藤沢先生

ずっとあなたのことが気になっていました。
担任と副担任の関係になってから、あなたのことをよく知るようになって、好きになりました。
同じ学校の教師同士なので困難な道かも知れませんが、お付き合いしませんか?、


緑川
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藤沢先生はカードの文面を読むと、驚き慌ててカード入れ直し封筒を閉じました。すると、目の前の風景が一気に変わります。よくよく確認すると藤沢先生は緑川先生の姿に変わっていたのです。緑川先生も同様に藤沢先生の姿で職員玄関の前に立っていることに気がつきます。二人はそこに呆然と立ちすくんでいました。

そして緑川先生の姿をした藤沢先生の横を、会釈をして一人の女子生徒が帰宅していきます、彼女は薄ら笑いを浮かべながら新しい人生を楽しみはじめていました。

(完)





 

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