結婚式の控室

作:夏目彩香(2008年1月15日初公開)


 


「パパのように心が優しくて、ママのようにきれいな人がいいな」

息子が5歳の頃に理想の結婚相手を聞いた時に、そんな答えが返って来たことを私はふと思い出しました。それから、20年の歳月が流れて、息子の結婚式がこれから始まろうとしています。今日のために、亡き母から受け継いだ着物に身を包んだ私は、挨拶をするために新婦の控室に入ろうと、ドアの前まで来たのですが、二人の会話が聞こえて来たので、少し話を聞いてから入ることにしました。

ドアを少し開けて覗いてみると、控室の中にはウェディングドレスに身を包んだ新婦の姿はもちろんのこと、白いタキシードに身を包んだ私の息子の姿もありました。中から会話が聞こえて来ます。

「あぁ、美奈のウェディング姿。とってもきれいだよ」

聞こえて来たのは息子の声、美奈と呼び捨てにしているのは新婦の美奈さん。二人の会話が続きます。

「そう? 女にとってウェディングドレスを着る時が一番美しく見えるんだもの当然よね。私のこと、これからも大事にして下さいね」
「あぁ、分かってるって。美奈の両親はまだ来てないのか?」
「今、教会に向かってるところだと思うけど。ねぇ亮くん。電話してみる?」

結婚式を前にすでに2時間以上も前から美奈さんは準備をはじめていたので、向こうの両親は後から来ると聞いてましたが、まだ到着していないようです。

「私の両親に電話して確認してくれるんだよね」

美奈さんは亮にしつこく言います。

「わかったよ。美奈はまるで俺の死んだ親父みたいだよなぁ」
「そうかなぁ?ねぇ。お父さんってどんな人だったの?」
「息子に対してすごく優しくて、いつも人のことを気付かっていたよ。美奈に出会う前の日に帰らぬ人になったんだ」
「それはもう聞き飽きたわよ。初めて会った時に私がお父さんの生まれ変わりだって、そんなことも言ってたし」
「わりぃ。わりぃ。俺の理想って母さんみたいにきれいで父さんみたいに優しい人だったから、つい」

このタイミングで、私は控室の中に入りました。

「あら。美奈さん。とてもきれいな花嫁さんができましたね」
「母さん、当然だよ。まるで母さんの結婚写真を見てるみたい」
「まぁ。亮ったら」

昔から亮は私のことが大好きで、いつも母さんに似た人と結婚すると言ってました。私も美奈さんのウェディングドレス姿を見て、私の時と似てるなって思ったのです。

「母さんみたいな人と結婚するのが夢だったから。美奈のウェディングドレス姿を見るとまさに母さんたちの結婚写真みたいだよ」
「亮くんのお母さん。私がさっきからお母さんが結婚したときとそっくりだと言うんですが、後で結婚写真見せて下さいね」

親子の会話に美奈さんが横から割り込んで来ました。

「あら、まだ見せていなかったかしら?」
「はい、楽しみにします。それと、亮くんは私がしっかり面倒をみますので、心配しないで下さいね」
「もちろん、あなたなら安心して任せられるわ」
「母さん。美奈のことをあなただなんで、他人行儀な」
「あっ、そうだったかしら?」

息子の亮から横やりを入れられましたが、私はしらじらしい顔をしてごまかしました。それから、結婚式が始まる前に確認したいことがあるので、真剣な表情で亮に言います。

「亮。控室から出てくれる?二人きりで話があるの」
「あっ?そう?そろそろ美奈の両親が到着するか電話しに行ってくるよ」

そう言うと亮は控室から出て行きました。二人が残された状態で、私は徐々に口を開きました。

「ねぇ、美奈さん。付き合ったばかりの頃から、亮のことは何でも分かってるのよね」
「そうですが、お母さん急になんです?」
「あの子には内緒にして欲しいんだけど、あの子は私たちの間にできた子じゃないの」
「えっ?」
「母親はもちろん私なんだけど、ここだけにして欲しいんだけど、父親が違うのよ」
「えっ?そうだったのか、美都子!……いや、そうだったんですか、お母さん!」

美奈さんは思わず私の名前を口にしました。しも、懐かしいトーンで私を叱る口調だったのです。私が予想していたことが、どうやら当たっているようです。

「やっぱりそうなのね」

二人の間に緊張感が張りつめました。控室のピーンとした空気のなか私は続けました。

「ねぇ、あなた。亮が生まれた時を覚えてる?」
「分かるはずが無いです。その頃は私が生まれても無いじゃないですか」
「いや、覚えてるわよ。だって、あなたが亮の父親なんですもの。動揺なんてする必要が無いのに、わかりやすいんですから」
「えっ?じゃあ、美都子は全部知っていたのか?」

それを言われた途端に美奈は今までとは違う表情を見せていた。

「だって、長年連れ添った妻ですもの、わかりますよ。亮には黙っておきますからね。これからは嫁と姑の関係で、一緒に暮らしましょう。美奈さん、よろしくお願いします」

それから1時間後、美奈さんがバージンロードを歩きながら結婚式が始まっていました。自分の息子と一緒に歩く元夫の姿を見ながら、家族3人が再び一つ屋根の下で暮らす生活を思い描いていました。


〜おわり〜







 

本作品の著作権等について

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