きっかけは卒業式

作:夏目彩香(2004年5月1日初公開)

 

■ プロローグ

某都立高校。卒業式は校長先生が祝辞を述べているところだった。

校長先生が気分良く話をしているのに比べて、卒業生たちは身がしまらずに最後の苦行を浴びせられていた。

畑野駿作(はたのしゅんさく)と岡本翔太(おかもとしょうた)は斜め前に座っているある女子生徒に視線を送っていた。

二人の見つめる先は、隣のクラスの荒川美優(あらかわみゆ)。

スカートからはみ出る太ももと丸みを帯びたお尻、そして、長く伸びている黒髪がたまらなくよかった。

特に翔太の席からは斜め前に座っているため、風の流れ方次第では、美優の髪からいい香りが漂って来ることもあった。

朝礼の度にいつもこの並び方をするので、当たり前のことではあるけれど、翔太はいつの間にか美優のことを好きになっていた。

いつも目の前に座っているのに、隣のクラスということもあって、声をかけることもなかなかできないでいた。

結局、卒業式が終わるまでそんな調子が続いて教室に戻って来てしまった。

最後のホームルームも終わると、翔太はいつものように駿作を誘って帰ろうとしたのだった。

「駿作、卒業式終わったな。今日でこの学校ともおさらばだ」

「ああ。そうだよな。今までのように学校に来ることは無いんだよなぁ」

「これで、荒川さんとも会えなくなるんだね」

「そうかな?まだチャンスはあると思うけど」

「俺には結局、話しかける勇気さえ無いよ。隣のクラスに行けばまだ姿を見ることができても、そこから先には進めないな」

「お前のことだから、やっぱりそうか。じゃあ、今日は用事があるから俺は先に帰るよ」

「おい、一緒に帰らないって言うのか?」

「ごめんな。お前はもうちょっとゆっくり、最後の日の余韻を楽しんでから帰れよ」

「わかったよ。もう少しゆっくりしてから帰る」

翔太がそう言う間も無く駿作は教室から出て行った。

「そういえば、ゆっくりと余韻を楽しんでから帰れってなんなんだ?駿作の方こそゆっくりと帰ればいいのに」

翔太は少しの間、教室から見える風景を目に焼き付けるように見つめていた。

ここから見える光景をまた見ることは無いのかも知れない。



■ 校門の前で

駿作が教室を出てってから、しばらくすると翔太は他の友達を誘うことも無く帰ることにした。

下駄箱をくぐり抜け、校門を通り抜けようとしたその時。目の前に誰かが立っているのに気づいた。

一瞬だけ駿作かと思った翔太だったが、セーラー服姿だったので女子生徒だ。

よくみるとその女子生徒と言うのがあの荒川美優だった。

「あの」

翔太のことをじっと見つめて話しかけて来た。

何事にも動じないように装いながら内心どきどきしていた。

「もしかして、隣のクラスの荒川さんですか?」

「そうよ。お願いがあるんですけど、一緒に写真、撮ってもらえますか?」

翔太は突然のことに驚いてしまった。

憧れの存在である美優と初めて言葉を交わせたことだけでも戸惑っているのに、一緒に写真を撮りたいという一言でさらに緊張してしまったのだ。

「えっ?俺でよかったら」

翔太がそう言うと、美優は携帯についているカメラを使って一緒に撮ろうとした。

美優の上に翔太の顔がある構図で写真は収まっていた。

写真を撮った瞬間、翔太は美優の体に軽く接触していて、その体の柔らかさに気持ちが高ぶった。

翔太は今までには無い勇気をどこからか与えられたようで、勇気を振り絞って言った。

「荒川さん、俺」

美優はちょっと驚くような表情を見せながらも、翔太の真剣な眼差しを見つめていた。

「あなたのことが好きでした。俺とつきあってくれませんか?」

思わず出たこの言葉、翔太は無我夢中でなんと言ったらいいのかわからなかったが、思い切って口に出すことができた。

美優は翔太のこの言葉の答えを聞いた途端すぐにうなずいてくれた。
その姿を見た翔太はいつの間にか美優に抱きつき、首を下に向けると美優の顔があった。

美優は翔太の顔を見ると、恥ずかしくなったのかすっと翔太から離れた。

苦笑いを見せる美優と翔太、二人はすっかりホッとした気持ちに包まれていた。

「あっ。自己紹介きちんとしてなかった。俺、3組だった岡本翔太です。よろしく」

「4組だった荒川美優です。よろしくお願いします」

「もう俺たちって卒業しちゃったんだよな」

「うん」

二人が軽く会釈をすると初々しいカップルが誕生した。

高校生活の最後の日に二人は最初の一歩を踏み出し、一緒に帰ることになった。



■ 高校生活で最初で最後の一緒の帰り道

学校から近くの駅までは5分も歩かずに着いてしまう。

翔太は美優の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いた。

駅までの道筋で話題にあがったのは、お互いがどこに住んでいるかという話。

するとお互いの中学校が隣同士でそれぞれ住んでいる場所は、一駅しか離れていないことがわかった。

翔太はますます美優に対して自然に接することができるようになっていた。

二人は駅の改札に定期券を入れて通過した。

階段をあがったところで乗りたかった電車が行ってしまった。

ホームで次の電車が来るまでの間、翔太は自分の定期券を美優に見せている。

「あっ。ホントだ。私の定期券と並べてみるとよくわかるよ」

「美優」

「何?」

「ただ呼んでみただけ、呼び捨てするのまだ恥ずかしいな」

「荒川さんって呼ばないでよ。まるで他人みたいなんだから」

「うん。わかったよ。美優」

「それでおっけー」

「それで、これからなんだけど」

「家に帰るんでしょう?」

「そうなんだけど、もっと美優と話せないかと思って」

「もう少し一緒にいたいんでしょ」

「そっか。わかった?」

「それくらい敏感なんだから当然わかるわよ」

美優はセーラー服のスカーフをほどきながら翔太と話を続けていた。

「なんなら家に来ないか?」

「えっ?」

「できるだけお金使いたくないし」

「へぇ。翔太くんってなかなかしっかりしてるんだ」

「まだ昼だから、母さんいると思うけど、簡単に紹介しておきたいのもあるし」

「まだお母さんに会うのは早いんじゃない?」

そういいながら美優はスカーフを鞄の中に入れていた。

「そんなことないよ。母さんと約束したことがあって」

「約束って?どんな?」

「彼女ができたらすぐに紹介するって」

「まさか、その日のうちに?」

「そう」

「ふ~ん。わかった。翔太の家に私行ってみる」

こうして二人は翔太の家に向かうことを決めた。

翔太は母親がどんな反応をするのか想像しながら、ようやくやって来た電車に乗り込んでいた。



■ 翔太の家へ

電車の中では二人ともじっとしていて盛り上がらなかったが、翔太の家の近くの駅で降りて家の前までやって来た。

家の中では翔太の母さんが翔太の帰りを待っているはず。

翔太はいつものように玄関の鍵を開けて中に入った。

美優は翔太の後ろに隠れてるようにして玄関に入った。

「ただいまぁ」

翔太の垢抜けた声が家の中を駆け抜けると、廊下の向こうにある扉が開き翔太の母親が顔を出して来た。

美優は翔太の母親に向かって軽く会釈をすると、翔太の母親は美優のことを気遣って居間に通してくれる。

「あら?翔太にガールフレンドなの?どうぞ、狭い家ですけど、上がってちょうだい」

居間に入ると美優はソファに座るよう勧められた。

美優がソファに腰を掛ける頃、翔太は自分の部屋へ駆け上がって、制服から普段着へと着替えを済ませて来た。

居間へと戻ってくると、翔太と美優、それに翔太の母親の3人が揃った。

「えっと、こっちが俺の彼女の荒川美優さん」

「はじめまして、荒川美優です」

「翔太の母です。よろしくお願いします」

「お母さんだってすぐにわかりました。翔太くん目元がほんとそっくりですよね」

美優はお母さんとうち解けようとしているのか、なかなか積極的だった。

「よく言われるのよ。翔太の目元は私そっくりだってね」

「そうだと思います」

「じゃあ、私は席を外すからゆっくりしてってね」

「は~い」

翔太の母親はそう言って居間から出て行った。

いつもとは違った表情を見せる母に翔太は驚きながらも、自分に美優という彼女ができたという喜びを更に感じていた。

「今日の母さんって美優がいるからなんだか緊張しているみたい」

「えっ?そうなの?普段はどんな感じなの?」

「まぁ、普通のおばさんだからなぁ。美優の前ではそういう部分を隠そうとしてるんじゃないかな」

「翔太くんのお母さんもやっぱり女性なのよ」

「そんなもんかなぁ」

「そういうものよ。私だってようやくわかりはじめたところなんだから」

そこまで話したところで、美優は時計を見ると突然慌て始めた。

「あっ、いけないもう帰らなくちゃ」「何かあったのか?」

「これからどうしても外せない用事があるのよ。翔太くん、ごめんね。今までつい忘れてたから」

「まぁ、いいんだけど」

「駅まで付き合ってくれるよね」

「あぁ」

そう言うや二人は翔太の家を出て駅へと急いだ。

改札の前で二人の携帯番号とアドレスを交換し、美優は改札を通っていった。

翔太は自分の家に帰る途中、携帯を取り出すと駿作へ電話をかけたが、何度かけ直してもつながることは無かった。

しょうがないので美優にメールを送ろうと思うと、携帯番号すら交換していないことに気づいた。

これじゃ連絡取るにも取れないじゃないか、翔太は途方に暮れながらも自分の家へと足を向けていた。



■ 次の日

次の日の朝、翔太は未だ電話がつながらず、メールの返事もくれない駿作の家に押しかけることにした。

駿作の家は卒業したばかりの学校から歩いて5分もしない場所にある。

使用期限まで使える学生定期券のおかげで、交通費を気にすることなくここに来られるのものあと数日かと思いながら、駿作の家のインターホンを押した。

玄関ドアにかけられた鍵が解錠された音がして、中から出迎えてくれたのは駿作では無く、美優だった。

美優は昨日と変わらずに制服姿のままだった。

思わず気まずい空気が二人の間を駆け抜けて行く。

「おはよう」

玄関ドアを開けながら、美優は翔太に話しかけてくれた

「どうして、ここにいるんだ?」

美優が駿作の家にいるということ自体信じられないことだった。

しかも、セーラー服のままというのがなおさら気になってしまう。

「美優と駿作って一体どういう関係なんだよ?」

駿作の家で美優が出迎えたことに対して翔太は疑いの気持ちを持たざるを得なかった。

「えっ?知らなかったの私と畑野君の関係」

「駿作の奴にも聞いたことが無いって」

「それもそうだよね。私だってつい最近わかったことだったから……」

美優は少し間を置いて言葉を続けた。

「私たち、異母兄妹なんだって」

その言葉を聞いた翔太は少し動揺しはじめていた。

「それって父親が一緒ってことだよね」

翔太の声に美優は頷いて応えて見せた。

「でも、駿作の奴はそんな話したことなかったぞ。信じられないよ」

「信じてくれなくてもいいけど、信じて欲しい。私が知ったのは昨日の夜だったし、私の方がもっと驚いているんだよ」

美優の目から水滴がこぼれ落ち始めるのを見ると翔太はいつの間にか靴を脱いで、玄関に上がっていた。

翔太はゆっくりとセーラー服を抱きしめていた。

美優の涙を見つめながらできるだけ自分が動揺しないように、言葉を選ぼうと考え始めたのだ。

「どうしてここに一人でいるの?」

ゆっくりとこぼれ落ちる涙を受け止めながら、翔太は美優に言葉をかけた。

時間が一瞬凍り付くような感じで流れていくのを翔太は感じた。

「昨日の夜ママと一緒にここに来たんだけど、畑野君のお母さんも驚いちゃって、二人で出かけて来るって急にそんなことになって、畑野君はもとからいなかったし、そんなわけで一人でここにいるしかなくなっちゃって」

そこまで言うと美優は声を出して泣き始めた。

翔太との距離が更に近づいていた。

お互いの顔と顔が自然に距離を縮めて行き、二人の唇が軽く触れあっていた。

翔太は美優との初めてのキスにしびれてしまったのか、意識が遠のくのを感じていた。



■ 駿作の部屋で

翔太が意識を取り戻すと、駿作の部屋で目が覚めた。

目を開けていくとそこには心配そうに見つめる美優の姿があった。

「あっ、翔太くん。起きた?」

意識がまだはっきりしないので、翔太はとりあえず頷いてみせた。

「ここ、わかるでしょ。畑野君の部屋」

翔太は首を振ることでしか返事ができなかった。

「さっき、びっくりしちゃった。翔太くんったら、突然気絶しちゃって」

「…めん」

「何?」

「ごめん」

「いいの、いいの。感情を素直に表すのって素敵だと思うから」

「そう?」

「そうよ。翔太くんにそんなところがあるから、益々好きになっちゃった」

駿作のベッドの上で二人の会話が進んでいた。

翔太は起き上がって、二人がベッドの上に並んで座り直した。

「ねぇ、翔太くん」

「何?」

「私の話、もっと聞いてくれるかな」

「うん、いいよ」

「それじゃあ、私の秘密を教えてあげるね」



■ 美優の秘密

「美優の秘密?」

「そうよ。私の秘密を話すのに、この部屋がちょうどいいんだから」

美優の口調がどんな言葉が飛び出すのかが怖い翔太はここで深呼吸をした。

「ねぇ。何してるの?」

「深呼吸しておこうと思って」

「でね。翔太くん、ベッドの下覗いてくれない?」

翔太は言われるがままにベッドの下を覗いた。

すると、なんだか見慣れたものがそこにはあった。

ものと言うよりも人の形、よくみると翔太はまさかと思いながらも強ばった表情を見せていた。

「あれって駿作か?」

「そうよ。ちょっとわけあってあそこで寝てもらってるの」

「寝てる?」

「ベッドの上だとすぐに見つかっちゃうじゃない?だから、ベッドの下に隠れてもらったの」

「もしかして、美優の秘密と大きく関わってるのか?」

「そうね。ものすごく関係あるわよ。畑野君って私と血がつながっていたって言ったわよね」

「うん」

「血がつながっているだけじゃなくて、心もつながっているのよ」

「心も?」

「まぁ、無理も無いわよねぇ。俺が駿作だって言ってもすぐにはわからねぇよな?翔太?」

翔太は、突然、目の前にいる美優が駿作にダブって見えた。

「こうやって、俺が動かしても美優に見えるだろう。お前に喜んでもらおうと思って乗り移ってやったんだよ」

言われた翔太はまだ理解することができず混乱していた。こうして三人の奇妙な恋愛関係が始まるのだった。






 

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
・本作品についてのあらゆる著作権は、全て作者の夏目彩香が有するものとします。
・本作品を無断で転載、公開することはご遠慮願いします。

copyright 2011 Ayaka NATSUME.







inserted by FC2 system