卒業式までに

作:夏目彩香(2004年3月16日初公開)

 

「お前、美里(みさと)のことが好きなんだろう。告白したらどうなんだ?」

学校の帰り道。加藤久志(かとうひさし)はいつものように友達の山中憲弘(やまなかのりひろ)と話しながら歩いていた。

「そんなの恥ずかしくってできるわけないじゃないか。しかも、僕と美里じゃ全然釣り合いが取れないと思うし」

久志はいつもこうだ。憲弘が頑張って告白してみろと言っても、なかなか上手くできないらしい。

「そんなこと無いと思うんだけどなぁ。お前と美里というツーショットも悪く無いと思うけど」

憲弘はそう言うものの、久志はすっかりいじけている様子だ。

「わかった。わかった。お前は美里のことを本当に好きじゃないだって、告白もできなんなら絶対に付き合うことなんて無理だぜ」

そう憲弘が言うと、久志はちょっと怒ったようなそぶりをみせる。

「憲弘だから言うけど、本当に好きだよ。ただ、告白したくても美里がそばにいるだけでもドキドキしちゃって、何をしたらいいのかわからなくなるだけだって」

久志が怒ると手を出してくるわけでは無いが、こっちを見てくれなくなる。久志が憲弘の方を見ないようになったので、すっかり怒っているようだ。

「わかったよ、俺がわるかったよ。でもな、美里がお前に告白することだってあるんじゃないのか? 1%ぐらいの可能性はあるだろ」

「そんなことなんてあるわけ無いのと同じだよ」

「いやそんなこと無いって、エジソンだって99%の努力と1%の閃きだって言うくらいなんだから、1%の可能性が大事だと俺は思うけどな」

「じゃあ、その1%で賭けようか」

突然、久志が賭けをしようなんてことを言い出したので憲弘は驚いた。いつもまじめな高校生の口から出る言葉だっただけに意外な感じがしたのかも知れない。

「賭けるって何を?」

「決まってるじゃないか、僕が高校を卒業するまでに美里に告白されるかされないかってこと」

それを久志が言うと、今度は憲弘が怒り出す。憲弘は怒るとちょっと手が先に出てしまう。だから、軽く久志の胸を叩いて来た。

「それって、お前が告白しないってことにもなるじゃないかよ、それでも男かよ」

「名案だと思うんだけどなぁ。僕はもちろん告白しないに賭けるから、憲弘は告白するに賭けてよ」

「それって、ますます納得いかないだろう」

今度は、殴って来そうな勢いだったが、さすがにそれはまずいと思って諦めたらしい。

「手を出すのは危ないから、やめて欲しい。美里が告白したら憲弘の勝ちなんだからね。勝った方には負けた方の持っているものから好きな物をもらえるってのはどう?」

久志がそう言うと、憲弘は考え始めた。久志の持っているものの中に憲弘が欲しい物があるからだ。

「じゃあ、あれをもらうのもありなんだよな」

「もちろんさ」

こうして久志と憲弘の賭けが始まった。もちろん、こんなことは誰も知らないし、美里だって知るはずがないのだ。


そして、あっと言う間に時間が過ぎ去り卒業式まであと1日というところまでやって来た。この日は学校が休みなので、久志は電話で話をしていた。電話の向こうはもちろん憲弘だ。

「明日で終わりだね。卒業式の明日に美里から告白されなかったら、憲弘くんの大事なものを僕がもらえるからね。まぁ、ほとんど勝ったも同然かな」

電話の向こうからは、憲弘の声がする。

「そうかな。明日が最後だけど、最初で最後のチャンスじゃないかな。俺はそう思うよ。美里みたいな女の子は卒業式に告白するタイプだと思うし」

それを聞いた久志はちょっとだけ汗がわき出てきた。

「まぁ、そんなこと無いよ。美里が僕を好きになるはず無いじゃないか」
そんな風に話をしながら電話を切った。明日が最終日、何かが起こるわけが無いと久志は思っていた。


そして、迎えた卒業式当日。いつもとは違って華やかな雰囲気の教室。最後の日だと言うのにみんな明るく振る舞っている。

久志と憲弘がいつものように無駄話をしながら、卒業式が始まる時間まで待機していた。卒業式は服装が自由なので、久志はチャコールグレーのスーツを着用、4ボタンのものでうっすらと縦縞が入っている。

憲弘の方はと言うと、普段休みの日と同じ格好をしている。青のジーパンに上はベージュのロングネックセーターを着込んでいた。それほど寒い天気では無いというのに、いつもの格好を守っているのが彼らしかった。

そして、彼らと同じクラスの久志にとってあこがれの美里はと言えば、綺麗に着飾った振り袖を着ていた。ピンクの色に包まれた彼女は、長い髪も綺麗にまとめて今から成人式に行くと言ってもおかしくない格好をしていた。もちろん振り袖姿の美里はいつも以上にきれいに見えのだ。

「おい、久志。今日で最後だよな。美里の奴かなり気合い入っているみたいだぞ。卒業式のために新調したって感じがするぞ」

「そうだよね。卒業式も美里らしい格好だよね。あの格好で僕に告白なんてするはずが無いよ」

そう話していた矢先、どうやら卒業式がはじまる時間になったらしい、廊下に並び出すと、まるで仮装行列のようにも見えた。色んな服装をしているのだから当然と言えば当然のことだろう。

全員、講堂に集まるとちょっとざわついた雰囲気だ。普通なら制服で統一感のある雰囲気となるところだが、生徒会と先生方の対立があって、私服でなら卒業式を開催するということになったらしい。まぁ、一部の生徒が盛り上がっただけだが、それが決まったからこそ今の雰囲気がつくられているのだ。それでもほとんどの生徒はスーツもしくは制服を着用していた。

「憲弘、あれ見てよ。着ぐるみ着ている生徒がいるよ」

「本当かよ。どれどれ」

久志の言葉に憲弘が反応する。

「あいつらって、馬鹿2人組じゃないか、最後まで馬鹿なことしちゃって」

席も自由に決めていいことになったので、友達同士並んでいたりするのは当たり前、かなり自由度の高い卒業式になった。

「おい、久志。あっちの方には、隣の学校の制服を着ている奴がいるぜ」

そう言うと、今度は久志が反応した。

「隣の学校って、あのお嬢様学校のセーラー服だろう。男が着てるんじゃつまんないよ」

「そうか?服装が自由になったから受けねらいなんじゃないかな」

「まぁ、いいよ。ところで、美里は?」

「美里なら前の方にいるぜ。いつものように微笑ましい笑顔で座っているようだけど」

「ねぇ、卒業するまでってことは、いつまでのことを言うのかな?卒業式が終わったら卒業?」

考えてもいなかったが、卒業の基準が曖昧だったことに久志は気づいたようだ。

「とにかく、今日までってのはどうだ?」

「今日までって、おかしくない?卒業式が終わったら卒業だろう」

「じゃあ、学校の校門を出るまでにしよう。これなら文句無いだろう」

「わかったよ。なんか、そろそろ始まるみたいだね。静かにしなくちゃ」

こうして卒業式がはじまったが、式典自体は何事も無く進められて行った。卒業証書を受け取るのは代表者だけが取りに行くので、二人は別に前に出ることが無い、二人のクラスの代表はと言えばやはり美里だった。美里が壇上に上がると校長先生もちょっとにんまりとしていたのを会場にいた誰もがわかってしまった。

「校長の奴も、美里を前にすると緊張してしまうようだぜ。証書を持つ手が震えてるぞ」

憲弘がそういうと久志はうなずいてみせた。

「やっぱり、美里が僕に告白するなんてありっこないよ」

卒業式の見せ場も終わり、その後も式典はすんなりと終わった。教室に戻ると、最後のホームルームが始められようとしていた。そして、教室に入ると憲弘が突然、お腹を抱えだした。

「なんか、腹が異常に痛くなったんだけど、保健室行ってもいいかな」

ものすごい痛みらしく、憲弘は動くことができないらしい、結局、担任の先生が保健室に憲弘を連れて行くことになった。最後のホームルームが始まるまでは、自由にしていいことになった。

久志は憲弘がいなくなって、誰とも話をすることも無く、ぼっ~とすることにした。自分の机の上に上半身を載せてぽかぽかとした陽気に誘われながら軽く眠るような感じだ。

(憲弘ったら、急にお腹が痛くなったなんて、なんか悪いもの食べたのかなぁ)

そんなことをぼんやりと思いながら、久志は担任の先生が戻って来るのを待っていた。教室の中は騒がしい雰囲気、隣のクラスでは最後のホームルームがはじまっているらしいから、静かにしろと言ってもやはり制止は効かないものである。

担任の先生が戻って来た。憲弘はどうやら保健室で横になっているらしい、自分が持ってた薬を飲んで休んでいるから、すぐによくなると担任の先生は言っていた。そうして、最後のホームルームは淡々と進み。憲弘を除いて全員に卒業証書が行き届いた。そして、担任の先生の話が最後にあって終了となるはずだった。

すると担任の先生は最後に、誰か何か話したいことは無いのかと聞いて来た。しーんとする教室内だったが、その時、美里が立ち上がりながら手を挙げた。

「先生。私、最後に言いたいことがあります」

担任の先生は美里が話をすることを許可して、美里が話し始めた。

「この1年間。短いようで長いようでしたが、とっても楽しいクラスで1年を過ごせて良かったと思います。ここにいるみんなは、これから別々の道に進むと思いますが、またいつか再会した時には、立派な姿になっていることを望みたいです。私はそんなみんなと一緒に勉強できて良かったと思っています。先生この1年間、ご指導頂きありがとうございました。そして、クラスのみんなにもお礼を言いたいと思います」

久志はそれを聞きながら、美里の話を憲弘に聞かせたいと思っていた。すると、美里はくるりと久志の方を向いて来た。

「それから、最後になりますが、久志くん。これから進路が別々になるかも知れませんが、私、久志くんのことが好きでした。この気持ち受け止めてくれますか?」

なんと美里が久志に告白をして来たのだ。しかも、クラスの全員が聞いている中でである。久志は突然のことに心臓が一気に高鳴るのを感じた。その場に慌てて立ち上がると、気をつけの姿勢のまま固まってしまったのだ。

「僕も好きでした。美里さんの気持ち受け止めます」

すると、クラスから歓声やら拍手がはじまり、二人を黒板の前に無理矢理移動させていった。スーツ姿の久志と、振り袖姿の美里は並べてみるとなかなかのお似合いだった。

「みんなありがとう。私と久志くんはこれからつきあいます。みんなが証人です」

美里がいつもの口調で話すと、久志の頬に軽くキスをしました。先生は見なかったことにするとか言って、暗黙の了解状態。卒業式の終わった教室とは思えないほどに、盛り上がりの中で最後のホームルームは幕を閉じたのだから。ホームルームが終わるとみんなが次々といなくなって、最後には担任の先生と久志、それに美里だけが教室に残っていた。終わったら3人で憲弘の様子を見に行こうと言ってたからだ。

保健室に行くと、憲弘がベッドの上で寝ていた。先生は二人を残してさっさと行ってしまう。美里と久志はベッドの横に並べられた椅子の上に座って憲弘を見守っていた。

「憲弘大丈夫かな?」

久志は美里に尋ねた。

「大丈夫よ。憲弘くんは喜んでいると思うわよ」

「喜んでるって?」

そういうと、久志は美里の横顔を見つめる。

「私が久志くんに告白したことを、一番気にしてるのは憲弘くんだと思うから」

久志は下半身の方になんだかむずむずする気配を感じていた。

「そういえば、トイレ行きたかったんだ。憲弘のこと見ててね」

「うん」

美里はいつも以上に優しい笑顔で久志に言葉を投げかける。


久志がトイレから戻って来ると、保健室では憲弘が目を覚ましていた。

「憲弘、大丈夫?」

すると、ベッドの上で起きあがって憲弘は言う。

「大丈夫だって。それより、賭けは俺の勝ちだよな」

すると、美里は何がなんだかわからない表情で二人の会話を聞いていた。

「賭けってなんの話?そういえば、私って久志くんに知らないうちに告白しちゃった。。。人間って思いにもよらないことがあるのねぇ」

憲弘はそう言う美里のフォローに回っていた。

「とにかく、美里が告白したんだから、例のものはもらうからな」

「そうだね、憲弘。今度、また賭けようか」

こうして、卒業式も無事に終わり、3人は新たな進路へ進むことになった。







 

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