好きよ好きよも今のうち(016 - 020)
作:夏目彩香(2003年7月30日初公開)
016
絵奈から電話を受けたあと、恵美と祐介は靴屋さんへと足を運んでいた。さっき高い買い物をしたからと拒んだ祐介だったが、恵美の強引さにはどうやら勝てないらしいかった。相変わらず恵美は色とりどりの靴を見て回っている。 「祐介。これ、可愛いでしょ。履いてみよっかぁ」 「祐介。これどう?このワンピースにぴったりじゃない?」 靴屋の前には祐介がふてくされたまま立っている。そんな祐介を横目にして恵美は地下街の流れに入っていった。 祐介は男性用、恵美は女性用に別れて入って行く、女性用のトイレに入った恵美はまたも一番奥にある個室に入った。すると、便器の蓋をとらずにその上に座り、買ってきた袋を地面に置いた。バッグの中から小瓶を取りだし、今度は携帯電話を取り出した。小瓶の中にいる恵美は、見たことの無い黄色いワンピースを見てやるせない思いが込み上がってくるようだった。 左手には本物の恵美の入った小瓶、右手には携帯電話を手に持った恵美。携帯電話を使って絵奈に電話をかけはじめた。本物の恵美に電話をかけているところを見てもらうためだ。 絵奈が自分の部屋でくつろいでいると携帯に電話が入ってきた。携帯の小窓を見ると恵美からの電話だとすぐにわかった。 恵美は携帯をバッグにしまうと、ニヤッとした表情を小瓶に向けてやったのだ。 |
017
恵美はまだトイレ個室に座っている。目の前にある小瓶を手に持って、中にいる本物の恵美に向けて話しをする。 トイレの前では祐介が待っていた。恵美の顔を見かけると、ほっとした笑顔を見せてくれるので、恵美も笑顔で答える。 二人はそのまま地下街をまっすぐと歩いた。このまままっすぐ行ったところにも地下鉄の駅があり、そこから祐介の家に向かうことができるのだ。待ち合わせに使った駅よりも利用する人は少ないようだが、広さだけはさっきの駅に負けていない駅だ。 祐介は自動券売機で2枚の乗車券を買って来て、1枚を恵美に渡す。改札を通りプラットホームで二人は電車が来るのを待ち始めた。地下鉄を待っている間、二人の間には会話が無く、ただ、手をつないでいるだけだった。 恵美はそれだけでも、なんとなく温かい気持ちを感じていた。不思議な思い、祐介に対する恵美の気持ちがこんなに温かいものだとは、普通には体験することのできなこの気持ち、本物の恵美から奪っているという優越感を感じているのだった。 電車に乗った二人は、隣に座りながら、祐介が恵美の肩に手をかけて来る。祐介の家がある駅まで、恵美はこうやって祐介の中に守られていた。そして、駅に到着すると、いよいよ恵美は祐介の家の前まで来たのだ。 |
018
祐介の家に着くと、この家の番犬であるラブが恵美に向けて吠えながら襲いかかって来た。もちろん鎖があるために本当に襲われることは無いが、さすがに番犬としてのしつけがしっかりと行き届いている犬。恵美に対しても吠えてきた。しかし、そんなラブも祐介がいるのでおとなしくなり、恵美にも慣れたようだ。 この周辺は住宅街が続くためか至って静かな環境。祐介が自分の家の鍵を開けている間、恵美はこの家の愛犬であるラブと遊びながら家の外観を見ていた。思った以上に裕福な家らしく、恵美の住んでいるマンションはもちろん、祐介の目の前にいる恵美の正体である康夫の住むアパートとは桁違いの一軒家だった。 祐介が玄関を開けると恵美に入るように促す。恵美は祐介のあとを追うようにして広い玄関へと入った。玄関の空間だけでも1つの部屋ができるくらいの広さ。横にある下駄箱はまるでクローゼットのようだった。 「祐介の家って、大きいわね。私玄関に入る前からびっくりしちゃった」 そう言うと恵美はさっき自分で買ってきた白いハイヒールを脱ぎ、きれいに揃えて玄関に置いた。この時に祐介の脱ぎ散らした靴もきれいにそろえてやる。本来ならやらないこともすんなりとできる。これも恵美の性格を引き出している成果らしかった。 玄関でスリッパに履き替えた恵美は、祐介のあとをついて行った。ウサギ小屋に住んでいる恵美にとって、この家の中はまるで迷路のように大きく感じたからでもある。階段を上がっていき、祐介は2階にある自分の部屋を開けた。 祐介の部屋。そこは12畳はあろうかと思う大きさで、オーシャンブルーで統一されたインテリアが、祐介という男の魅力をさらに高めているようだった。祐介はベッドの上に座ると、ドアのところで立ち止まっている恵美に横に座るように手招きをした。恵美はドアを閉めてベッドの方へ近づいてj来る。 「ここが祐介の部屋?」 「ねぇ。祐介。一つ聞いていい?」 二人の時間をこうやって過ごしていると廊下の方で足音がするのが聞こえた。足音は徐々に祐介の部屋へと近づき、祐介の部屋の前で止まった。 |
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恵美は祐介の家のトイレに駆け込むと、大慌てでワンピースの裾を捲し上げ、ショーツを下げるとお腹の中に溜まっていたものを便器の中に吐き出した。ウォシュレットを使ってお湯でお尻をしっかりと洗うと乾燥させながらホッとした息をついた。 「危ないところだったぜ。急にお腹が痛くなり出して、一時はどうなるかと思ったぞ」 恵美は一人でいる空間で独り言をつぶやいていた。冷静さを無くして、恵美の行動を真似ることはできないでいるらしかった。 「少し、ここで落ち着かせてから祐介の奴と遊んでやるかぁ。。。待てよ」 そう言うと、恵美にいい考えが浮かんでいた。 「そろそろ、あいつをここに呼ぶことにするか。俺はあの絵奈ちゃんがたまらなく気に入ったんだが、俺一人の状況じゃちょっとまずいからな。よし、決めた」 そう言うと必死に持ってきた携帯を手に取り、どこかへ電話をかけ始めた。 「もしもし、直樹か?」 直樹とは田口康夫の親友の真矢直樹(まやなおき)のことだ。恵美の声で聞かれた直樹は知らない声に驚いているようだ。 「知らない女の声で直樹かって、あんた誰?」 「あなた何馬鹿なこと言ってるの?私が田口さんだなんて。そんなこと、あり得る話よね」 電話を切ると、恵美はしっかりと手を洗い、トイレから廊下に出た。廊下に出ると絵奈が自分の部屋のドアを少し開けて、顔を出しながら、手招きをしている。祐介の部屋を開けて、ちょっと絵奈の部屋に行ってくると言付けをすると、恵美は絵奈の部屋へ向かって行った。 |
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