好きよ好きよも今のうち(016 - 020)

作:夏目彩香(2003年7月30日初公開)

016

絵奈から電話を受けたあと、恵美と祐介は靴屋さんへと足を運んでいた。さっき高い買い物をしたからと拒んだ祐介だったが、恵美の強引さにはどうやら勝てないらしいかった。相変わらず恵美は色とりどりの靴を見て回っている。

「祐介。これ、可愛いでしょ。履いてみよっかぁ」
恵美は気に入ったものを見つけては試着して行く。黄色いワンピースに似合うように白いのが欲しいと言い出したから、試着するのは白い靴が主体。さっきまではハイヒールを見ていたが、気に入ったものが見あたらなく、ヒールが6cmぐらいのパンプスの中に恵美の気に入ったデザインがあった。

「祐介。これどう?このワンピースにぴったりじゃない?」
そう言っても祐介からは言葉が出ない。
「祐介!感想すら何もないの?」
祐介はふてくされた表情を見せながら恵美に言う。
「いいって言えば、買わなくちゃいけないだろう。似合わないって言うにもいかないし、言葉を無くしてしまうんだって」
「そんなことないって。見てるだけなんだって」
「それならいいけど」
「でもなぁ。このワンピースには私の青いハイヒールが似合わないのよねぇ。服と靴と似合わないのは格好悪いよねぇ。誰かに聞かれたら彼氏が買ってくれないのって言うしか無いでしょ。どうしたらいい?ゆうすけ〜」
すると、祐介は靴屋の外へと出て行こうとしながら捨てセリフを残していった。
「それって、また買って下さいってことだろ。今度は、絶対に買わないからな」
「わかったわよ。私が出すから」
恵美は会計を済ませると自分の履いてきた青いハイヒールを箱に入れてもらった。白いパンプスに履き替えたことで全体的な一体感ができた。

靴屋の前には祐介がふてくされたまま立っている。そんな祐介を横目にして恵美は地下街の流れに入っていった。
「おい。待てよ。恵美」
「あんたなんて知らないって。私が買ってもらいたいって思ったものも買えないような男なんだから」
新しい靴のヒールが、すぐにすり減りそうな音を立てながら、恵美は祐介の方を見向きもせずに前へ前へと進んで行く。後ろから祐介が駆け寄って来て、恵美の怒りをなだめるように言った。
「恵美。今度、また俺が服を買ってやるから。今日のところは勘弁してくれ。今日の持ち合わせじゃ、靴まではとても買えないんだって」
「服買ってくれるって!?それ本当?」
「本当だ。だから、一緒に歩こう」
そう言うと祐介は自分の左手で恵美の右手を握った。しかし、恵美は祐介の手を振り払う。
「手をつないでいいなんてまだ言ってないわよ。まだ怒ってるんだから」
「どうしたら怒りが収まるんだよ」
祐介は一旦恵美を立ち止まらせて言った。
「そうねぇ。疲れてきたからちょっと休まない?とりあえず、奢ってちょうだい」
「コーヒーか?」
すると恵美は首を横に振って答えた。
「チョコレートパフェ」
「おいしい所があるのよ。付いて来て」
恵美は祐介の腕を強引に引っ張りながら喫茶店へと向かおうとした。そのとき、恵美が思い出したかのように一言。
「あっ。その前に私トイレ行きたいんだけど」
こうして、恵美と祐介はトレイに向かうことにした。

祐介は男性用、恵美は女性用に別れて入って行く、女性用のトイレに入った恵美はまたも一番奥にある個室に入った。すると、便器の蓋をとらずにその上に座り、買ってきた袋を地面に置いた。バッグの中から小瓶を取りだし、今度は携帯電話を取り出した。小瓶の中にいる恵美は、見たことの無い黄色いワンピースを見てやるせない思いが込み上がってくるようだった。

左手には本物の恵美の入った小瓶、右手には携帯電話を手に持った恵美。携帯電話を使って絵奈に電話をかけはじめた。本物の恵美に電話をかけているところを見てもらうためだ。

絵奈が自分の部屋でくつろいでいると携帯に電話が入ってきた。携帯の小窓を見ると恵美からの電話だとすぐにわかった。
「恵美。うまくやってる?」
「まぁまぁかな。今トイレから電話してるんだ」
「トイレからって、お兄ちゃんに聞かれちゃまずいってことか」
「そう言うこと。でさぁ。さっき、靴も買ってもらおうと思ったら。祐介が絶対に駄目だって。なかなか頑固なところがあるのねぇ」
「あっ。お兄ちゃんって普通はそうだって。なかなかお金使おうとしないんだって」
「そう?ワンピース買ってくれたじゃない」
「それねぇ。あたしもそんなお兄ちゃんは初めて聞くよ。恵美のことよっぽど気に入ったのかもね」
「でも、靴は駄目なの?」
「ワンピース買ったのが精一杯なんだって」
「そっか」
「あっ。恵美。あとでうちに来ない?あたしなんか暇でさぁ」
「ん〜。そうねぇ。祐介が何て言うかわからないけど。私はいいわよ。うまくやってみるわ」
「なるべく早く来てね」
「わかった」
「ばいばい」

恵美は携帯をバッグにしまうと、ニヤッとした表情を小瓶に向けてやったのだ。

017

恵美はまだトイレ個室に座っている。目の前にある小瓶を手に持って、中にいる本物の恵美に向けて話しをする。
「絵奈ちゃんって、あいつの妹よ。あなたのように小瓶の中に入れてあげようかなぁ」
小瓶の中にいる恵美は精神的にはかなり参っているようだった。
「あなたがこの小瓶から出られたとしても、小瓶のことは記憶に残らないからね。また、あとで遊んであげる」
そう言ってバッグの中に小瓶を閉まって、個室から出て行った。

トイレの前では祐介が待っていた。恵美の顔を見かけると、ほっとした笑顔を見せてくれるので、恵美も笑顔で答える。
「すっきりした?」
「そんなの聞いて恥ずかしくない?」
「恵美に聞くのは恥ずかしいことじゃないだろ」
「そっか」
そう言うと恵美は祐介の胸の中に頭を入れる。
「そういや、チョコパフェ食べに行くんじゃ無かったか?」
祐介がそう言うと、恵美はぺろっと舌を出す。
「あっ。そうだったっけ。私、もう食べたい感じしなくなっちゃった。代わりに行きたいところあるんだけど」
そう言いながら恵美は祐介の左腕をつかんでいた。
「ん?どこ行きたい?」
祐介はクールな顔で答える。その表情を見て、恵美は内心笑っていた。
「祐介の家」
すると、祐介はあわてたような表情を浮かべる。
「えっ!?うちって」
「そうよ。祐介のうちに行きたいんだけど、駄目かな?」
「俺のうちに来てどうするんだよ。それに、まだ時間も経ってないのに、家に入れていいのかよ〜」
「部屋の中が片づいてないから嫌なんでしょ。わかったわ。行きたいって言わないから」
そう言うと恵美は祐介から離れて道の反対に向かって歩き出す。祐介は恵美を追いかけ恵美の行く手を阻んだ。
「怒ったのかよ。おい、恵美」
恵美は何も言わずに、前へ進もうとする。
「痛いって、早く行かせてよ〜」
恵美の怒った表情を見て、祐介はどうやら考えを変えたようだ。
「わかった。わかったって。恵美をうちに入れてやるよ」
すると恵美の怒りが一気に収まったようだ。
「そう?ほんとにいいの?」
「いいって。俺のうちに来いよ。ただし……」
祐介は少し間を開けてから言葉を続けた。
「家の前でちょっと待ってくれよな」
祐介の顔を見ながら、恵美は軽い笑顔を見せながら応える。
「うん」

二人はそのまま地下街をまっすぐと歩いた。このまままっすぐ行ったところにも地下鉄の駅があり、そこから祐介の家に向かうことができるのだ。待ち合わせに使った駅よりも利用する人は少ないようだが、広さだけはさっきの駅に負けていない駅だ。

祐介は自動券売機で2枚の乗車券を買って来て、1枚を恵美に渡す。改札を通りプラットホームで二人は電車が来るのを待ち始めた。地下鉄を待っている間、二人の間には会話が無く、ただ、手をつないでいるだけだった。

恵美はそれだけでも、なんとなく温かい気持ちを感じていた。不思議な思い、祐介に対する恵美の気持ちがこんなに温かいものだとは、普通には体験することのできなこの気持ち、本物の恵美から奪っているという優越感を感じているのだった。

電車に乗った二人は、隣に座りながら、祐介が恵美の肩に手をかけて来る。祐介の家がある駅まで、恵美はこうやって祐介の中に守られていた。そして、駅に到着すると、いよいよ恵美は祐介の家の前まで来たのだ。

018

祐介の家に着くと、この家の番犬であるラブが恵美に向けて吠えながら襲いかかって来た。もちろん鎖があるために本当に襲われることは無いが、さすがに番犬としてのしつけがしっかりと行き届いている犬。恵美に対しても吠えてきた。しかし、そんなラブも祐介がいるのでおとなしくなり、恵美にも慣れたようだ。

この周辺は住宅街が続くためか至って静かな環境。祐介が自分の家の鍵を開けている間、恵美はこの家の愛犬であるラブと遊びながら家の外観を見ていた。思った以上に裕福な家らしく、恵美の住んでいるマンションはもちろん、祐介の目の前にいる恵美の正体である康夫の住むアパートとは桁違いの一軒家だった。

祐介が玄関を開けると恵美に入るように促す。恵美は祐介のあとを追うようにして広い玄関へと入った。玄関の空間だけでも1つの部屋ができるくらいの広さ。横にある下駄箱はまるでクローゼットのようだった。

「祐介の家って、大きいわね。私玄関に入る前からびっくりしちゃった」
「まぁね。うちの親父のおかげだよ。俺にはお金が無いけど、この家は親父が一代で築いたものだから」
「そうなんだ」

そう言うと恵美はさっき自分で買ってきた白いハイヒールを脱ぎ、きれいに揃えて玄関に置いた。この時に祐介の脱ぎ散らした靴もきれいにそろえてやる。本来ならやらないこともすんなりとできる。これも恵美の性格を引き出している成果らしかった。

玄関でスリッパに履き替えた恵美は、祐介のあとをついて行った。ウサギ小屋に住んでいる恵美にとって、この家の中はまるで迷路のように大きく感じたからでもある。階段を上がっていき、祐介は2階にある自分の部屋を開けた。

祐介の部屋。そこは12畳はあろうかと思う大きさで、オーシャンブルーで統一されたインテリアが、祐介という男の魅力をさらに高めているようだった。祐介はベッドの上に座ると、ドアのところで立ち止まっている恵美に横に座るように手招きをした。恵美はドアを閉めてベッドの方へ近づいてj来る。

「ここが祐介の部屋?」
「まぁ。そんなところだけど」
恵美は祐介のベッドに腰をかけながら祐介の部屋をぐるりと見渡している。
「私にはなんだか落ち着かない感じ。見るからに高そうな家具ばかりだし」
「そんなことないよ。この部屋のインテリアは母さんの趣味で集めたものばかりだから」
「そうなの?」
「そうだって。この家を建てる時には母さんがすべてのインテリアを揃えてたよ」
「じゃあ、絵奈ちゃんの部屋も?」
「そう。絵奈の部屋も物はこの部屋と同じで色彩が違う感じだよ」
そういう風に話しながら恵美は祐介の腕の中へ自然に入り込んで行った。

「ねぇ。祐介。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「この部屋に何人の女を連れ込んだことあるの?正直に応えてみてよ」
「何人って。そんなの数えるだけしかいないぞ」
すると恵美の表情がちょっとむっとする。
「数えるだけって、やっぱいるんじゃない」
「そりゃな。俺だってこの年で初めての彼女ってわけじゃないもの」
すると、恵美はベットの枕元に視線を移す。
「そうよね。犠牲者がいるのは当然の年齢よね。じゃあ、あそこのピアスもそれをもの語ってるのかしら?」
祐介は枕元を見ると金色のハート形をしたピアスが落ちているのに気づく。
「えっ。あれは何かの間違いじゃないの?」
祐介は枕元に落ちているピアスを手に取りながら、何か考えているようだった。
「これってうちの母さんのものだよ」
ピアスを恵美に見せながら弁解して来た。
「えっ。本当!?でも、こんなところにあるなんておかしいわよね」
恵美は手にとったピアスをじっくりと見ながら、今度は祐介の目をじっと見つめた。
「祐介のお母さんいつ帰ってくるの?」
「夕方になれば帰ってくるはずだよ」
「じゃあ、その時にでもはっきりするわね。その時までこれは私が預かっておくわ」
すると、恵美は自分のワンピースにある隠しポケットの中へピアスを入れた。

二人の時間をこうやって過ごしていると廊下の方で足音がするのが聞こえた。足音は徐々に祐介の部屋へと近づき、祐介の部屋の前で止まった。
「お兄ちゃんいるの?」
どうやら声の主は絵奈のようだった。絵奈がドアを開けようとしても鍵がかけられていて開けることができなかった。
「恵美も来てるんでしょ?ねぇ」
「絵奈。ちょっと待ってて」
祐介が動く前に恵美がドアを開けに向かった。恵美が鍵を開けるとドアが開いて、目の前にはグレーの部屋着に着替えた絵奈が立っていた。
「やっぱり来てたんだ。恵美」
「うん。あとで遊ぼうね」
「わかった。まずはお兄ちゃんと楽しんでよ。私は何も気にしないから」
そう言って絵奈は自分の部屋の方へとスタスタと歩いて行った。

019

恵美が祐介の家に到着した頃も文恵はまだ恵美の家にいた。前の日に飲んだ後遺症なのか、昼までゆっくり寝ていてても頭が少し痛い感じが残っている。昨日起きた出来事について覚えていないなんて、不甲斐なさを感じていたが、恵美の家で休んで少しは楽になった。

文恵は起きてからシャワーを浴びたのだが、シャワーを浴びている間も今まで何があったのか思い出そうとしていた。思い出そうとしても思い出せない、どうやら昨日のことはうろ覚えになっているようだ。

恵美の部屋には何度も来ているので、部屋の使い勝手もわかっている。シャワーからあがった文恵は、バスタオルを体に巻き付けたままで冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。洗ったばかりのコップをシンクから取ってきて、その中へ注いだ。

文恵は久しぶりにのんびりとした休日を過ごすことに決めた。このところ仕事で疲れていたのかも知れないし、たまには何もしない休日もいいと思ってのことだ。そうやってゆっくりと準備をしてから自分の家に向かうことにした。

ちょっと汗の匂いやアルコールの匂いが残った服を着ると軽くメイクをして準備が整った。ここから文恵の家までは地下鉄に乗って15分ほどかかる。まずは家を出て行く時は恵美にメールを送って欲しいと頼まれていたので、さっそく恵美に送ってあげた。

玄関にある青のパンプスを履いて恵美の家を出た。扉がちゃんと閉まっているのを確認すると、文恵は久しぶりに自分の足で地面を歩いて近くの地下鉄駅へと向かった。


さっき祐介の部屋をのぞきに来た絵奈は、コーラルピンクを基調にした部屋に戻った。祐介の部屋とはまた違って落ち着いた暖かみを感じる部屋。ベッドの上には大きなイヌのぬいぐるみが置いてある。絵奈はそのぬいぐるみを抱きかかえるようにベッドの上に座ると、携帯を片手に持ちながら恵美のアドレスを眺めていた。

「お兄ちゃんの彼女か……ってことは私の何?」

天井を見上げながら絵奈は初めて会った恵美に好印象を持っているようだ。さっきからずっと恵美のことばかり考えている。祐介のような兄しかいなかったのでどこかお姉ちゃんに憧れる気持ちがあるようだ。そして、絵奈はいつの間にかイヌのぬいぐるみの中に包まれながら眠りについてしまった。


絵奈が恵美がいるかどうかを見に来たあと、恵美の携帯にメールが届いた。メールの送り主を見ると文恵からのメッセージで、これから家に帰るとのことだった。ついでに昨日の出来事はやっぱり覚えていないということも付け加えられていた。恵美はこのメールを見てニヤッとした表情に変わった。

このニヤッとした表情を祐介に見つけられ、恵美は慌てて普通の表情へと戻した。しかし、時すでに遅し祐介には不思議な感じに写ってしまったようだ。
「恵美。携帯見て何ニヤッとしてたんだ」
「あっ。友達からのメールがおもしろくてね」
恵美は携帯を閉じながら、祐介と目線を合わせないようにしている。
「そう。何かおもしろいことあんのかなって思ったけど、そんなことね」
祐介はこれ以上追求しなかった。どうやら、個人の根深いところまで聞いてくるタイプでは無いらしい。

相変わらず二人は祐介のベッドの上に座っていた。祐介の腕が恵美を包み込むような感じで、恵美はこの腕が暖かい気持ちにさせてくれることを知った。しかし、ちょっとお腹の調子がよくなくて下腹部に違和感を同時に感じていた。恵美はとっさにトイレに行くことを思いついた。

「あのさ。私、トイレ行きたいんだけど、どこにあるの?」
お腹の下の方を手で押さえながら祐介に聞いた。
「部屋を出て、さっき上ってきた階段の方に行くとすぐにわかると思うけど」
祐介がその言葉を言うや否や恵美はトイレに駆け込んで行った。

020

恵美は祐介の家のトイレに駆け込むと、大慌てでワンピースの裾を捲し上げ、ショーツを下げるとお腹の中に溜まっていたものを便器の中に吐き出した。ウォシュレットを使ってお湯でお尻をしっかりと洗うと乾燥させながらホッとした息をついた。

「危ないところだったぜ。急にお腹が痛くなり出して、一時はどうなるかと思ったぞ」

恵美は一人でいる空間で独り言をつぶやいていた。冷静さを無くして、恵美の行動を真似ることはできないでいるらしかった。

「少し、ここで落ち着かせてから祐介の奴と遊んでやるかぁ。。。待てよ」

そう言うと、恵美にいい考えが浮かんでいた。

「そろそろ、あいつをここに呼ぶことにするか。俺はあの絵奈ちゃんがたまらなく気に入ったんだが、俺一人の状況じゃちょっとまずいからな。よし、決めた」

そう言うと必死に持ってきた携帯を手に取り、どこかへ電話をかけ始めた。

「もしもし、直樹か?」

直樹とは田口康夫の親友の真矢直樹(まやなおき)のことだ。恵美の声で聞かれた直樹は知らない声に驚いているようだ。

「知らない女の声で直樹かって、あんた誰?」
全然気づかないので、恵美はちょっとここで直樹をおちょくってやることにした。
「私よ。田口康夫って知ってるわよね」
恵美はとびっきりの色声を使って話し出す。
「あぁ、もちろん。俺の親友だからな。であんたは、康夫とどう言う関係なのさ」
「んっと。会社の同僚で恵美って言うわ。田口さんに頼まれてあなたに電話してくれないかってね」
直樹はまだ恵美の正体に気づかないようだ。
「なんで、あんたの携帯からかける必要があるのさ。康夫の奴から何を頼まれたって?」
「田口さんがねぇ。頼まれたのは、小瓶の効果がすごいって伝えて欲しいって、それだけだったわ」
直樹は小瓶と聞くと一瞬にしてぴ〜んと来た。
「メグミさんだっけ、なんであんたが小瓶のことを知ってる?あれは俺と康夫との間で秘密にしていることだ、もしかして、康夫なのか?」

「あなた何馬鹿なこと言ってるの?私が田口さんだなんて。そんなこと、あり得る話よね」
「やっぱりだ。康夫だろ。メグミって会社の同僚なんだろ。まさか本当に小瓶を使ってみたんだな」
「鈍感なのね。直樹のこと信用してるの私しかいないじゃない」
恵美は相変わらず恵美の話し方そのものを使っていた。しかし、直樹にとってはたまらない事実であった。
「俺だって、お前のこと信用してるよ。やっぱり、あの小瓶の効果って本当だったんだな」
「そうね。すっかり恵美に成りきっちゃったわ」
「どうやら、変身したら完璧になるみたいだな。俺でさえ最初は気づかないわけだよ」
「そうだろ。俺の迫真の演技力もまんざらじゃないだろ」
思わず康夫の口調が出てしまう。
「お前、その声でそのしゃべり方はやめてくれよな。俺と話をしてるのはメグミさんなんだから、元通りやってくれなきゃ」
「わかったわ。直樹ったら女が好きなんだから」
「俺以上にお前の方がすごいだろ」
「お前って何よ。恵美って呼びなさいよ。ちゃんと名前があるんですから」
「いいから、いいから。で、何か俺に用があって電話したんだろ。今どこだよ」
「今?彼氏の家に来てるわよ。あとで、詳しいことはメールするから。とにかく、小瓶を何本か用意して持ってきてくれる?」
「あぁ。わかったよ。俺も小瓶を使ってお前のいるところに潜り込んでやるから」
「うん。ありがとう」
そこまで言うと、恵美は携帯の通話口にチューをした。
「すっかり、メグミって子に慣れちまったな。あとで俺が行くから待ってろよ」

電話を切ると、恵美はしっかりと手を洗い、トイレから廊下に出た。廊下に出ると絵奈が自分の部屋のドアを少し開けて、顔を出しながら、手招きをしている。祐介の部屋を開けて、ちょっと絵奈の部屋に行ってくると言付けをすると、恵美は絵奈の部屋へ向かって行った。





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copyright 2003 Ayaka Natsume.







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