雲母
作:necro


「とうとう、警察から電話があった」
食卓で皆が食事中に父はそう切り出した。
「申し訳無く思ってる」
頭を下げて、父は謝った。
母が横から助け船を出す。
「気にしないで貴方。何時かはこの日が来るって言うのは分かってたはずよ」
「そうだが・・・」
すると、姉が切り出した。
「父さん、私父さんやみんなと出会えて凄く幸せだったから」
その言葉を聞いてさらに父は深く頭を下げた。
「すまない・・・・本当に・・・・」
妹も言う。
「お父さん、私達何も後悔してないよ」
兄はイスに座りなおして、少し張りのある声で言った。
「親父、俺達の出会いには何か意味があったのかもしれない。
それが例えどれだけ短い期間だろうと、俺はこの思い出を一生忘れない」
「ありがとう、みんな、本当にありがとう」
父はボロボロと涙を流した。
「貴方、ご飯冷めちゃいますよ」
「ああ・・・・」
嗚咽を抑えつつ、ご飯を口に運ぶ。
妹が、姉の方を向いて言った。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃんから借りてた本、今日全部返すね」
「いいの、そんなの。貴方が元気でいてくれるだけで嬉しいから」
「ううん。私何も出来ることないから、せめてお姉ちゃんと私の間の約束だけは、果たしたいの」
「そう・・、でも寂しいな・・・」
「お姉ちゃん、離れ離れになっても気持ちはずっと一緒だから」
「当たり前、例え脅迫されても、殺すぞと言われても、貴方は私の妹」
そう言って姉は妹の頭をぎゅっと抱いた。
「お姉ちゃん、良い香りがする」
「しっかり、覚えておこうね・・・・この香りを・・・・」
「うん」
姉妹の姿を兄は横目で見ながら、食事を黙々と続けた。

食事の時間はあっと言う間に終わる。
何時もより早く終わる。
みんな、黙って食事をしたからだ。
「じゃあ俺、準備するから」
そう言って兄はさっさと二階の自分の部屋に行く。
「私も」
そう言って母は席から立とうとした。
父がそれを引き止める。
「あと一日。一日だけはダメなのか」
「分かってるでしょ。一日でも手遅れになれば、私達の存在は・・・・」
「分かってはいるんだが・・・・せっかく、せっかくここまで・・・・」
「生き残る為よ、管理官に直ぐ連絡しないと」
「また会えるよな」
「そう願うわ、貴方」



家族全員が必要最低限の物をカバンに詰めて、二階の兄の部屋に集まった。
父、母、兄、姉、妹。
「誰から行くんだ・・・」
父がそう言うと、姉が手を挙げた。
「じゃあ、私から」
妹が手を振る。
「またね、お姉ちゃん」
「またね、私の大事な、大事な妹・・・」
母が姉の手をぎゅっと握った。
「元気でね」
父もまた、
「健康には注意してくれよ」
兄も
「じゃあ姉さん、また」
カバンを背負い直すと、姉は家族全員ににっこりと微笑んだ。
「またね」
バタン。部屋のドアが閉まった。
ドアの向こうには、姉がいる。
ただ、それを絶対見てはいけない。
これは家族を守る為の鉄則。

ただひたすらみんな沈黙した。

ごそごそ・・・・ドアの向こうで服を脱ぐ音がする。
ドサッと何かが落ちて、今度は服を着る音がした。

キィィ・・・・キィ・・・。

家の玄関にある門が動いた音がした。
姉が出て行ったのだろう。
「じゃあ次は・・・」
「私」
手を挙げたのは妹だ。
父が言う。
「分かってると思うが、姉の後は絶対追うなよ。探そうとするなよ」
「うん、大丈夫」
母は妹の頭を優しく撫でた。
「貴方は、誰よりも優しい子だからね。無理しないでね」
兄はただ黙って財布からお金を取り出して妹のカバンに入れた。
「お兄ちゃん・・・・」
「俺も、これぐらいしか出来ないから」
「うん・・・・」
妹が部屋のドアのノブに手をかける。
「みんな・・・またね・・・・」

バタン・・・。

部屋のドアが閉まった。
ドアの向こうから服を脱ぐような音と同時に、すすり泣く声が聞こえる。
それでも、今ドアを開けて迎えにいってはいけない。
絶対に破ってはいけない掟だからこそ、この関係が今まで続いてきた。
例え、その掟が破られそうになっても、それは絶対に口外してはならない。
それこそが信頼と信用の基盤にあったし、それだからこそここまでやってこれた。

「・・・・・」
ただひたすら沈黙の時間は続く。

キィィ・・・・。
門が動いた音だ。
妹は出て行った。

とうとう、残る三人になった。

「じゃあ、次俺な」
兄は立って父と母を見て言った。
「俺、幸せだから。この先、どんなに辛い事があっても、この思い出が俺を助けてくれると思う」
そう言って兄は部屋から出た。

バタン・・・・。

母が口を開いた。
「みんな、良い子ね」
父も大きく頷いた。
「ああ良い子だ」
「みんな、楽しい人生送って欲しいわね」
「そうだな。幸せな人生であって欲しいな」

床に服を叩きつけるような音がする。
ほんの一瞬幼い女の子の「ちくしょう」と言う声がドアの向こう側から聞こえた。

でも、その事について父も母も何も言わない。
それがこの家族のルールだからだ。

キィィ・・・・。
門が再び動いた音がした。
「じゃあ、私ね」
母が立ち上がり、父に軽くキスをして部屋から出て行った。

ドアの向こう側から服を脱ぐ音がして、次にこんこんと足で軽く床を踏み鳴らす。
最後の別れの合図だ。
言葉を交わしてはいけない。
なぜなら、お互い泣いてしまいそうだからだ。
泣いてしまっては意味が無い。
お互い何も知らないと言う事が、大前提なのだから。

父はただひたすら地面を見つめていた。
「幸せな、人生だった・・・」

キィィ・・・・・
門が動いた。
もう、家に残るのは自分だけだ。

「んっ・・・」
父が背中に手をかけると、べりべりっと言う音と共に、頭部が抜け落ちた。
ぼたっ・・・。

その下からは、高校生ぐらいの女の子が出てくる。
「ふっ・・うっ・・・」
女の子は中年の男の体を脱ぐと、その抜け殻を掴む。
部屋のドアを開けると、床には母、姉、妹、兄の抜け殻、それぞれの服が散乱していた。
「みんな親も親戚もいない孤児で、本当の顔も知らない擬似的な家族だったけど、幸せだったよ」
そう言って女の子は服を着替えバッグを背負い、家から出て行った。

家には、父と母と姉と妹と兄の抜け殻が、絡み合うように折り重なっていた。





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