少女体感(中編)
作:嵐山GO


 トゥルルッルー
 日曜日の朝、雅人の携帯が着信を告げている。
「うーーん…もしもし?あー、道郎か」
「良く分かったな。ああ、登録してあるんだっけか。
それより起きてたか?」
「いや、今この音で起こされたんだ。それより何?こんな
早くに」
「お前、今日空けてるだろうな?10時、いや11時に
駅前に小さな公園あるだろ?来てくれないか?」
「おい、おい、まだ3時間以上もあるじゃないか。なんで、
こんな早くにかけてきたんだよ」
 もう一度携帯を手に取り、液晶画面を睨みつけながら
不満をぶつけた。

「お前の今日の予定を確認しておきたかったんだよ」
「んー、あのさぁー…この前も言ったけど、男同士で映画を
見に行く趣味はないぞ」
「分かってるって。お前が飛び上がって喜ぶような企画を
思いついたんだ」
「企画って?」
 雅人はまだ下着姿のまま、毛布の中で寝返りを打ちながら
返答している。
「それは今は言えないんだ。ただ雅人が喜ぶ事だけは保障
する」
「分かった。そこまで言うなら行くよ。駅前の公園に11時
だな?」

「ああ。あ、そうそう…お金を持って出るのを忘れるな。
結構、使うかもしれないぞ」
「まさかギャンブルじゃないだろうなー。だったら俺は
行かないからな」
「違うよ。安心しろ。じゃな、俺は準備があるから、もう
切るぞ」
「ああ、分かった。俺はもう少し寝る」
「絶対、遅れるな」
 プチッ、ツーーーーー
 携帯が切れた事を確認すると、蓋を閉じて再び夢の世界へ
と向った。
(沙希ちゃん…うーーん、可愛いよなー…おやすみー)


 約束の時間11時少し前に、公園に着いた雅人はポケット
からタバコを取り出し、火をつけた。
「道郎のヤツ、一体俺をドコに連れて行くつもりなんだろう
…ふぅー」
 晴れ渡った青空を見上げながら雲でも描き出すように煙を
吐き出す。

「悪い、悪い。待った?」
 突然背後から女の子の声がしたので、振り返るとそこには木ノ実沙希が立っていた。
「さ、沙希ちゃんっ!!?」
 驚きのあまり吸いかけのタバコを口から落とすと、急いで
足で踏み消した。
「ちょっと準備に手間取っちゃって」
「い、いや…その、あの…なんでここに?あ、俺…いや、
僕は何を言ってるんだ」

「その調子だと気づいてないよな?ま、無理も無いか。
俺だよ。道郎だよ」
 少女は小柄な身体で、雅人を見上げるように言った。
「道…郎?どういう意味?君は沙希ちゃんでしょ?」
「その通り。姿かたちは沙希ちゃんだが、実は中身は
俺なんだ」
「な、何を言って…訳、分かんないんだけど」

「ちょっとベンチに座るか。走ってきたから疲れちゃったよ。
やっぱ、自分の身体とは違うもんだな。よいしょっと」
 少女は可愛いらしいポーチを傍らに置いて、腰を下ろした。
「本当に道郎なのか?催眠術とか?」
「話せば長くなるんだけどさ。以前、ネットで見てたら
『憑依薬』みたいなもんがあってさ、それのお試し版と
いうのを先着50名だったから申し込んだんだよ」
「憑依?…よく分かんないけど、それで?」
「薬を送ってきたんだけどさー、やっぱ胡散(うさん)
くさいじゃん。そのままほっといたんだよ。口に入れるもん
だし、怖いだろ?」
「…まあな」

 少女に似つかわしくなく、足を組んで話しをさらに続けた。
「覚えてるかな?先週だったか、TS製薬工業って所の
社長が捕まって家宅捜査受けてたんだけど、このニュース
見たか?」
「どうだろう…見たような」
「ま、いいや。結局、薬事法だか、危険物だとかで製品は
発売前に中止になったんだ。ま、こんな薬、使いように
よっちゃ、銀行強盗も、人殺しも出来るからな。
他人の身体でさ」

「そっか…でもよく道郎のは回収されなかったね」
「通知は来たけどね。一錠だけだから、もう使ったって
返信したら、それから何の連絡も無いよ」
「で、それを今日使ったわけだ」
「ああ。警察が動いたって事は誰かが通報したのか、
あるいは内部告発でもしたのか、つまるところこれは
安全でしかも使用価値があるってことだろ?だから
捨てずにとっといたんだよ」

「じゃ、こういうこと?身体は沙紀ちゃんで頭の中は
道郎なの?」
「ピンポーン!ようやく理解してくれたみたいだな」
「じゃさ、沙希ちゃん本人の意識は?」
「眠ってんじゃねーの?その辺は、よく分かんねー」
「へー、凄い薬があったもんだね…」

「じゃ、約束だ。出かけようぜ。お金持ってきただろうな?」
「あ、ああ…でも」
「でもじゃねーよ。貴重な一錠をお前の為に使ってやった
んだ。ちゃんと見返りは貰うからな。まず映画、それから
CD。ZEPのアルバムが出たんだ。今なら、まだ初回版が
手に入る。飯もご馳走してくれるんだろう?」
「…」
 雅人は、すぐには即答できないでいた。
「おい、おい、まさか中身が俺だから約束は無し、なんて
言わないだろうな」
「いや、そんな事ないよ。嬉しくて驚いてるんだ」
「じゃいいんだな。行こうぜ」
「うん」
「手でも繋ぐか?」
「いや、いいよ」
「そうか」
 二人は公園を出て、駅に向った。

「おい。雅人」
「何?」
「分かってると思うけど、俺は子供だ。電車の切符もそう
だが、全部子供料金でいいんだからな間違えるなよ」
「あ、そっか!そうだよね」
「急げ。電車、来るみたいだ。アナウンスが流れてるぞ」
 二人は個々に切符を持つと改札を抜け、矢の様に電車の
ドアを目指して走った。

「ふー、間に合ったな。まったく今日は朝から走りっぱなし
だぜ」
「次の電車でも良かったのに」
「行きたいところが一杯あるんだよ」
「そっか」
 休日とはいえ空いた車内に、乗客はまばらだった。
 二人は長いイスの真ん中に陣取って座る。

「ところで昨夜、新しい総理大臣の所信表明あったけど
見た?」
 どうも道郎の癖なのか、座るとすぐに足を組んでしまう。
「見たよ、なんだかまた野党とやりあってたね」
「そうだなー。俺は新総理が次の党首討論で何を言うか
楽しみなんだよ」
「マニフェストを守れるかどうか、だろうね」
「何でもいいから、ちっとは景気を回復してもらいたいよ。
なぁ?俺たちの将来がかかってるんだぜ」
 二人のこんな会話を、数少ない乗客が聞き、視線を集中
させていた。
 もちろん視線の先は小学生の少女だ。

「ちょ、ちょっと…道、いや…沙紀ちゃん。足、足」
「あ?あぁ。ゴメン」
 それでなくても座って短くなったスカートの裾が、組んだ
為にさらに捲れ上がって太股を露出していた。
 もっとも乗客が関心を引いたのは、そんな乱れた姿勢より
会話の方だったのかもしれない。

「きょ、今日さ。朝、美少女戦隊プリティキュート、やってたんだけど見た?」
 雅人が急遽、話題を変更した。
「あ、えーと、見逃しちゃった…えへ。見たの?面白かった?」
「う、うん。悪のグールが出て一騎打ち。長い触手で戦士の
身体を宙で羽交い絞めにしたんだ。でも、その後いい所で
終わって、来週に続いちゃったよ」
「そ、そうなんだ」
「あは、あはは…」
「うふふ」

「そうだ。ねぇ、今日の服、どう?可愛いでしょ?」
 少女の服装はチュニックというふわりとしたデザインの
半袖ブラウス。
レモン色に白いフリルとレースがたっぷりと施され、
バストの下はゴム入りのギャザーで絞られているので、
胸の膨らみが強調されている。
一方、スカートの色は薄緑でこちらも裾部分に幅広レースが縫いつけられているので、スリップを覗かせているような
錯覚を受ける。

「可愛いよ。すごく…いままで見た中で一番可愛い」
「今日はお出かけだから、お洒落しちゃった」
「そ、そうなんだ…ありがとう」
「ううん、いいの」
二人は差しさわりの無い会話を続け、降りる駅まで時間を潰した。



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