連鎖 作:慶二 ジーンズのミニスカートにカラフルなピンクのパーカーを羽織った少女が、鏡に写る自分を見つめていた。 やがて意を決したのかパーカーを脱ぎスカートをおろすと淡いブルーの下着姿になる。 少女は鏡に映る全身を舐めるように上から下へと視線を動かしていった。小さくふくらみかけた胸、そして何度繰り返しただろうかショーツの下にわずか数日前まであったものをまさぐるように手をあてては数え切れなくついたため息を繰り返した。 ガチャ 彼女の耳は門扉を開く金属音を聞きのがさなかった。慌てて脱いだ服を着込むと、鏡に向かって髪の毛の乱れをチェックすると、何事もなかったかのように勉強机に座りヘッドホンをつけて適当な本を開き何事もなかったかのように装った。 「ただいま。美樹ちゃん」 「あ、お帰りなさい。ママ」 美樹と呼ばれた少女は机から立ち上がると、何食わぬ顔で階段を下り玄関でブーツを脱いでいる母親に抱きついた。両脇にはスーパーのビニール袋が置かれ重かったのだろうぬくもりをカーディガンの上からでも感じ取れた。 彼、満島吉朗が満島美樹になったのはある事故が始まりだった。 元々、美樹と母親のあかねは吉朗の父満島一昭の再婚相手だった。美樹と吉朗は3歳ほど年齢が離れており再婚当時は二人とも幼かったためか割合すんなりととけ込めていた。あかね自身も吉朗と気が合い以前からの母子のような関係を築いていた。 しかし、一週間前、一昭と美樹の二人は散歩中に交通事故にあった。左折してきたトラックに巻き込まれ、一昭は即死、美樹も意識不明で病院へ搬送されたのだ。 その時からあかねは変わっていった。 吉朗が異変に気付いたのは父の葬儀が終わった夜。その時点で美樹は面会謝絶で別の大きな病院へ転送されたとしか聞いていなかった。 心配でなんども見舞いに行くと言い張ったのだが、頑ななまでに拒絶された。それは拒絶と言うよりも恫喝に近かったと吉朗は感じている。 そのままの状態で数日が経過したある日、吉朗はキーボードを叩く音に目を覚ました。 時計を見ると23時を回ったくらいだ。何となくトイレにも行きたかったせいもあり、ベッドから抜け出すと廊下に出た。暗い廊下に何故か父の書斎から明かりが漏れていることに気付く。吉朗は不思議に思い近付くとそっと中を覗いて思わず声を上げ掛け、寸前で辛うじて飲み込んだ。 部屋の中には乱れた髪をそのままにモニターを食い入るように見つめる継母の姿。まるで昔話に出てくる鬼婆を連想させる姿であった。吉朗は静かにその場を後にすると、足音を立てないよう気をつけ、部屋に戻ると同時に飛び込むようにベッドに潜り込んだのだった。 それから数日。何事もなかったように時は過ぎ、継母は朝から美樹のお見舞いに行ってくるからと言って出て行く。なんどついて行きたいと訴えてみても、病院はどんな病気があるかもしれないから家にいなさいと口調は優しいが目は有無を言わさぬ雰囲気を醸し出していた。ただ、以前のような鬼気は感じられなくなっていたが。 その夜は久しぶりに継母がカレーをつくってくれた。事件以来、葬儀の準備や後始末、その他様々な用事に追われてなかなか家事まで手が回らなかったのだが、この日はある程度めどが立ったと言うことで、昼からカレーの準備を始めていた。食卓にはサラダとお皿に盛られたカレーが吉朗の食欲を駆り立て、掻き込むようにして食べていった。 「落ち着いて食べなさい」 あかねは呆れたように苦笑しながら、久しぶりの手料理を満足げに頬張る吉朗を見つめていた。 「あ……れ……」 どのくらい口に入れたのだろうか、ふっと体の力が抜けるのを感じスプーンをテーブルの上に落としたと同時に椅子から崩れ落ちていった。あかねは素早く回り込むと吉朗を抱き留めた。薄れゆく意識の中で吉朗は「美樹」確かにそう聞いた気がした。 あかねは吉朗引きずり居間へと移動し、服を全部脱がすと部屋の中央に横たえる。 そして傍らに置いてあったバッグをまさぐり肌色の物を丁重に取り出し、横へと広げる。それは空気の抜けたような美樹の皮であった。ただ、その肌の色はまるで生きてるかのような血色の良さを保っており潰れてさえいなければただ眠っているだけのようである。 あかねは皮の胸の部分に手を当てて左右に引っぱると胸を中心に分かれていく。そしてストッキングを履く要領で足の部分をたくし上げるとそこへ吉朗の足を差し込む。基本的に吉朗は15歳、美樹は12歳。背も10センチ以上違う。しかし、まるでそれは吉朗のためにしつらえられたかのように抵抗もなく吸い込んでいった。 腰の部分ではさすがに吉朗を後ろから支え持ち上げるようにして一気に引き上げなければならなかったためにあかねの額には玉のような汗が浮かんでいる。 あかねは首の位置まで皮を引き上げると一度床に吉朗を横たえ、立ち上がって全身を満足げに眺める。そして、膝に吉朗の頭を乗せると狂気じみた笑みを浮かべた。 「お帰り美樹ちゃん」 あかねはしずかに吉朗の顔に美樹の顔をかぶせていく。そして目と鼻、口の位置を合わせると吉朗の体が次第に縮んでいき、そこには15歳の少年ではなく、12歳の少女が横たわっていた。 吉朗が意識を取り戻したとき、妹のベッドに横たえられていた。そして、兄の死、つまり自分が死んだとあかねから告げられ、数日後、まさか自分の葬式を体験することとなった。 そして自分の部屋は真っ先に片づけられあかねは吉朗という人間の痕跡を抹殺していった。 それから数ヶ月、吉朗は皮を脱ごうと何度も試みたがまるで自分の皮膚のように赤い筋ができるのみで、またあかねは毎日吉朗に言い聞かすように「あなたは美樹よ」とかなにかにつけて「美樹」と言う名を発して暗示をかけるように言い聞かせていく。 吉朗も思ってはいた。この生活がいつまで続くのか。確かに、父親と自分の死亡保険金。賠償金など多額の金額が入ったのは確かだが、それが二人の生活を永遠に支えていける物とは到底思えない。あかねも事故以降、家にいる時間を考えると告げられてはいないが仕事は辞めているはずである。自分も学校は精神的にまだ安定していないと休み続けていた。 吉朗は二日に一度買い物に出るあかねの隙をついて、父の書斎のパソコンからあかねが何を行ったかを知った。 ある怪しげなサイトから「皮を残し着れるようになる薬」なるものを購入していた。 「よくこんなものを買う気になったな」 普通なら詐欺かギャグだろうと思うような説明内容、金額もドル表示だったので吉朗には実際いくらかぴんと来なかったが、それでも半端な額ではないことだけは分かった。 次にメールをチェックすると「美樹」とのフォルダを見つけ、それをクリックすると膨大な量のメールが保存されていた。中には意識を変えるための暗示だとか、ひどい物になると女性ホルモンを投与させ脳を女性化させてしまえばいい。なんて物もあった。 吉朗はあかねの本気を知った。本当は吉朗自身どうにかして元に戻りたかった。自分の友人をすて、学校生活を次第に放棄し、美樹と父を失った悲しみに暮れるあかねに同情していった。しかし、それは単なる独りよがりでしかないことをつくづく思い知ったのだ。 あかねは数日に一度買い物に出て行く。休日は無理矢理にでも吉朗に美樹の服を着せ連れ歩くが、平日はさすがにそれは出来なかった。吉朗はその隙をついてあかねの部屋や父の書斎などあかねが使ったと見られる薬を探した。 限られた時間。それに以前の自分より小さい体が壁になって思うような成果は得られなかったが、ある日、何気なく見た洗面台の上の棚の奥にラベルの貼ってない茶色い小瓶を見つけた。蓋を開けて中を覗いてみると英語か何かで書かれた説明書と薄黄色い錠剤が入っていた。 「これか…」 吉朗の口には笑みが浮かんでいた。そう、まるであかねがそこにいるかのような雰囲気を持っていたのだ。 そして、吉朗は行動を起こした。 「ママ、はい、ジュース」 吉朗はジュースを注ぐとカウンターの死角で美樹に飲ませたあの薬を溶かし込み、テーブルに腰掛けて一息ついてるあかねに手渡した。 「あら、ありがとう美樹ちゃん」 あかねはにっこり笑うと、よっぽど喉が渇いていたのだろう、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。 「ねぇ、ママ聞いてくれる?」 「なに美樹ちゃん」 「わたしね、ううん、ボクは吉朗だよ。美樹じゃない!」 吉朗は声を荒げた。笑顔で聞いていたあかねは次第に頬が硬直していき、まるで鬼の形相で傍らにあった醤油の瓶をつかむと振り上げたその時、腰が抜けたかのように床へと倒れ込んだ。 それでもにらみ付けるように下から吉朗を見上げる。 「おまえ…まさか…」 「大好きだったよ。ママ…さよなら…」 吉朗は何か言いたそうに口を動かすあかねを見つめた。それから一時間ほどであかねは皮になっていった。 あれから一年の時が流れた。 「おはようございます」 あかねはにこやかに隣のおばさんに会釈した。 「あらあら、お出かけかい?」 「ええ、美樹も昨日から友人の所に遊びに行ってるので、たまには私も良いかなと」 「楽しんできなさいな」 あかねとおばさんはたわいのない会話をしたあと会釈して分かれた。白のニットのワンピースに紺のコート。そしてブーツを履いたあかね。いや美樹、それは吉朗であった。 「今日はどこに行こうかしら…ね、吉朗…」 |