ある日偶然

作:なやか(2005年12月3日初公開)

 

あの日、目覚めるといつもよりも時計の針が進んでいました。朝の身支度を手短に済ませて家を出ましたが、いつもよりも遅れて家を出るだけで通勤時間の人並みが違っていました。

家の近くの駅から電車に乗って電車から降りると、始業時刻の10分前になっていました。軽く走ればまだ間に合うので、パンプス姿のまま軽く走りながら会社に向かいました。

歩道にいる人が多いので、隙間を見付ながら間を割って走る状態、遅刻をしたことが無い私は焦りながら人の間をかき分けていきました。

会社に着くと急いでタイムカードを押しました。遅刻1分前に打刻され、ほっとして自分の席につき鞄の中を整理しようとすると何かが足りなくなっていることに気づきました。昨日買ったばかりの定期券が見あたらないのです。

私にとっては初めての6ヶ月定期だったのですが、またの出費となるとかなり損をしてしまうため、とりあえず来た道を探すことにしました。隣の席にいた同僚に事情を伝えて事務室を出ると会社のビルの中を注意深く探していました。エレベーターの前まで来てもそれらしいものがありません。

私はエレベーターを待ち下に降りました。すると同じ職場で女性従業員に人気がある中山光一郎(なかやまこういちろう)さんが、手にヒラヒラとしたものを持って、エレベーターを待っていました。私がエレベーターから降りるやいなや、手に持っているものを渡してくれました。1階の玄関ホールに落ちているのを見つけてくれたそうです。

「ありがとうございます。これ無くしたかと思って焦っていたところだったんです」

彼は、いつも会社の制服姿でしか私のことを見かけないせいか、私服姿の私にちょっと心を奪われた表情をしていました。

「私服姿の君って、いつもと違って見えるね。定期券はよく目立つ場所にあったよ。誰も拾って無いようだったから、拾っておいただけ、名前を見ると武田春美って書いてあったから後で渡そうと思っていたところ」

私はここぞとばかりチャンスだと思って、彼を食事に誘うことに決めました。いつも女性従業員の噂のまとになっている彼とは、同じ職場とはいえ話す機会が無かったからです。

「よく目立つところにあっても、なかなか拾ってくれないと思うわ、中山さんがやさしいから拾ってくれたのよね。今夜、簡単にお礼でもどうかしら?」

彼は驚いたような顔をしていました。

「そんな。定期券を拾っただけで食事だなんて、ちょっと大げさじゃない?」

「それって6ヶ月定期で、昨日買ったばかりだったの。無くしていたら食事代がいくらあっても払えなかったわ」

「それなら、誘ってもらおうか。女性からおごられるのはちょっと気が引けちゃうけど」

彼は私におごられるのが嫌では無いようでした。ここぞとばかりに強引に私は攻め込みました。

「簡単に食事だけだから、ファミレスでも行きましょうか?」

「わかりました。じゃあ、今夜また」

そう言って、私たちはエレベーターの中で簡単に今夜の予定を決め、それぞれの持ち場に戻りました。



そして、仕事が終わり食事にでかけることになりました。私は彼と会社近くのファミレスへ行き食事をしていました。食事中に話をしながら私たちは意外と気の合うことに気づきました。私の心は彼にすっかり持って行かれてしまいました。

少し酔った勢いもあって、食事の後は、彼の家にお邪魔することになりました。一等地の高級マンションに住んでいるのはさすが独身貴族と言ったところでしょうか。大きな居間に通されるとソファーに座るよう勧められました。

彼は台所から珍しいワインを持って来て、私のために開けてくれると言いました。二人で乾杯をして、さっきの話の続きを話しながら、自分の好みや嫌いなもの、過去の出来事から最近の出来事と言ったことまで、幅広い話に渡っていました。

11時を過ぎた頃、そろそろ私は彼の家を出て自分の家に帰ろうとしました。彼はもう帰っちゃうの?と言うような表情を見せましたが、彼からお茶を飲んで帰って欲しいと言われました。

彼の煎れるお茶を飲むと急に眠気がして、ソファーの上でぐったりとしてしまいました。私はいつの間にか、深い眠りについていたのです。


目覚めると、さっきとは別の部屋、どうやら1畳ほどしかない物置部屋にいました。しかも足首と膝、それに胸と腕が紐で巻かれて縛りつけられて、口には白い布がしっかりと縛り付けられ、声が出せない状態になっていました。そして、私が身につけているのは下着だけに姿になっていたのです。

ガチャガチャ

物置のドアノブが動く音がして、入って来たのはなんと私でした。さきまで身につけていたコーラルピンクのノースリーブとタイトなジーンズ生地のミニスカート、すらりとした足にはブラウンのストッキング、肩からはショルダーバッグをかけている今朝と同じ私がいました。

「お目覚めかしら、武田さん?」

「……」

声を上げようにも私は声を出すことができません。彼女は、時計に目をやると彼女は私の姿をみながらニヤッと笑っていました。

「どうやら、終電には間に合うようね。私があなたの代わりに家に帰ってあげるわ」

武田春美

「あっ、そうだ忘れてた」

彼女はそういいながら、白い布の隙間から私にカプセルのようなものを飲ませました。するとみるみると体が変化して、男性の姿になってしまいました。さっきよりも紐がきつく感じます。

「私は自分の家に帰るけど、この家の持ち主がいなくなったら困るわよね。あなたに代わりをしてもらわないと」

そういい残し、彼女は部屋を出て行きました。そして、彼女が再び私の目の前に現れたのは、次の日の夜でした。

 

あとがき

「TS解体新書」へ投稿するために書いてみました。イラスト企画に投稿してみたいとずっと思っていたのですが、時間が無くて実現できていませんでした。携帯電話を使って原作を書き上げてPCで修正したものです。感想等がありましたら ブログメールに直接送って下さい。それでは。

2005.11.23 なやか
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