アナタに訊きたいコトが‥‥4

俺は、犯人を追っていた。東京で、奴のヤサ(住まい)にガサいれ(捜索)したときに逃げられ、やっとこさ、ここまで追い詰めたのだった。奴は、ある薬品会社の新しいドリンクのサンプルを盗み逃亡していた。

「もう逃げられないぞ。諦めろ!」

「フン、諦めるものか」

奴は、盗んだサンプルの入ったアタッシュケースを大事に胸元に抱き、芦ノ湖の桃源台の方へ逃げていった。芦ノ湖に逃げても、逃げ道はないはずだ。その時、俺は、油断していた。奴は、芦ノ湖に出ると桟橋へと走っていった。と、東の空から何かが飛んできて、湖に落下した。大きな音と共に、湖に大きな波が起こった。だが、それはすぐに静まった。一瞬、俺たちはその事に気をとられ、立ち止まったが、気を取り直して、また追いかけっこを始めた。奴が、湖に突き出す桟橋に駆け込んだとき、芦ノ湖から一人の女の子が這い上がってきた。彼女は、何とか桟橋に這い上がったが、立っているのがやっとのようで、ふらふらとしていた。奴は、その女の子とぶつかって、胸元に持っていたアタッシュケースを桟橋の上に落としてしまった。アタッシュケースは、落ちたショックで鍵が開き、中のサンプルを桟橋に散らばしてまった。奴は慌ててそれを拾った。女の子も一緒にそれを拾い出したが、ほとんど拾い終えた奴に突きとばされて、湖の中に落ちてしまった。そして、桟橋に括り付けてあったスワンボートに飛び乗り、アタッシュケースから一本のドリンクを取り出すとそれを一気に飲み、信じられないほどのスピードでペダルを漕ぎ出し、水しぶきを上げながら、箱根町の方へと逃げ去っていった。

「なんてことを・・・」

俺は、桟橋に駆け寄ると、着ていたスーツを脱ぎ捨て、桟橋の端から湖へと飛び込んだ。女の子は力尽きたのか、動く気配もなくだらんと浮かんでいたが、間もなく沈んでいった。俺は、水の中に潜ると沈んでいく女の子を抱きかかえながら桟橋へと泳ぎよった。そして、女の子を何とか桟橋の上に抱えあげると、胸に耳を当てた。膨らんだ胸の感触が・・・いや、かすかな鼓動が聞こえた。俺は、人工呼吸を行った。

柔らかな唇の感触と、若い女の子の甘く優しい香り・・・てなにを言ってるンだ俺は!とにかく人工呼吸をおこない、何とか彼女の意識が戻った。だが、かなり疲労しているようで、取り留めのないことをつぶやいていた。

「あなが・・・くらい、暗い、暗いの怖いよ〜狭いの怖いよ〜〜。おちる〜〜。いや〜〜とんでるよ〜〜」

奴に湖に落とされたショックが怖ろしかったのだろう。女の子はうなされていた。

「大丈夫だ。もう大丈夫だぞ」

だが、俺の声は聞こえないのか、うなされ続けていた。

「これを飲んで・・・奴の下へ・・・今度こそ・・・」

そう言いながら、彼女の右手が上がった。しっかりとつかまれたその手には、黄色いラベルのドリンク剤が・・・

「わかった。頑張るぞ!」

俺は彼女が掴んでいたドリンクを取ると、フタを開けて一気に飲み干した。口の中に、少し苦く酸っぱい味が広がっていった。俺は、桟橋に繋いであったスワンボートに飛び乗り奴を追っかけた。水の抵抗で少し重いが、スワンボートのペダルを踏み込む足にも力が入り、徐々にボートのスピードが上がっていった。いつしかペダルも軽くなり、まさに奴に迫らんばかりになった時、奴のボートの速度が落ちてきた。俺は、ついに追いつき、奴のボートに近寄った。奴の乗ったスワンボートの中には、長い逃走で、汚れてヨレヨレになった男物の服を着た中年女性がぐったりとなって座席にへばりこんでいた。

「あれ?奴はどこに??それにこの人はだれだ」

 

桟橋には俺とタッグを組んでいるベテラン刑事が、息を切らしてたどり着いた。そして、うわごとをつぶやく女の子のそばに転がっている空いたドリンク剤のビンを見つけてつぶやいた。

「の、飲んじゃったみたい・・・」

奪われたドリンクのサンプルは、毛深い人の余分な男性ホルモンを汗と一緒に体外へ放出し、女性ホルモンを分泌する効果があった。そして、飲んだ後に急激な運動をすると体内の男性ホルモンが、必要以上に体外へ汗と一緒に放出され、そのかわりに女性ホルモンが異常に分泌されてしまうのだ。つまり飲んだ後に過激な運動をすると男性は、女性化をしてしまうのだった。

それを知らない俺の身体は、自分でも気付かないうちに、微妙な変化が起きはじめていた。

 

 

inserted by FC2 system