(この作品を原案を書かれた菓子鰹さんに捧げます)




 ‥夢‥‥

 ‥遠い夢‥‥

 走り始めるトラック‥

 笑顔のアイツ。

 追いかけるオレ‥

 少しずつ差が広がっていく。

 必死で追いかける‥

 あっ‥‥

 サンダルが引っかかる。

 身体は前へと進もうとする‥

 世界が90°回転。

 アスファルトに顔がブツカる‥

 みるみる遠ざかっていくトラック。

 行ってしまう‥

 アイツが行ってしまう‥

 起き上がろうとした‥

 うっ!!

 足が痛む‥

 傷口から、幾つか小石が見える‥

 あ痛っ!

 トラックは涙でぼやけるオレの視界から消え去っていった。




 アヤ‥

 オレ、絶対お前に会いに行くからな。そして‥‥





「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」

「う、ううん」

「お嬢ちゃん、もうすぐ札幌だよ」

「あ、あふっ‥ゆ、ゆめ? いつのまに寝ちゃって‥」

 フリーウェイを走るワゴンの助手席‥

 窓から風が優しく通り抜けていった。






『アナタに訊きたいコトが‥‥』

原案:菓子鰹
作 :toshi9






 函館で乗っけてくれたおやじさんにお礼を言うのももどかしく、ワゴンから下りるや否やオレは走った。

 はぁはぁ‥‥

 今まで幾つの野と山を越えただろう?

 今まで一体何人に訊いただろう?

 鹿児島→博多→広島→神戸→西宮→大阪→名古屋→横浜→所沢→東京→千葉→仙台→青森→函館→札幌(省略アリ

 今度こそ‥‥

 そしてオレは手に入れた情報に記されたマンションの前に立っていた。

 屋上に伸びるパイプに手をかけるオレの中に散々空振りしてきた今までの出来事が思い浮かんでくる。

 今度こそ‥‥ガセじゃありません様に‥‥

 祈りながら、マンションのパイプを登っていく‥

 屋上には‥‥プールの側で、イスに横になって、半そでのアロハを着て、キンパツで

 グラサンかけてて、いかにもバカンス気分な、そんな男がいた‥この寒い6月に‥‥‥

「何なの?」

 男が驚きの声を上げる。

 コイツだ‥

 オレの中のアイツとは全く違うその姿‥‥

 でも‥

 多分、コイツで間違いないだろうな‥‥‥

 念のため、あの言葉を言ってみる‥

「元気ハツラツぅ?」
 
「オフ・コース!」

 親指を立てて、男は楽しそうに答えた‥

 そして次の瞬間はっとした表情でオレのことをじっと見詰める。

 そうだ、コイツだ‥





「アヤ‥‥」

「ツヨシ‥‥なのか?」

「なんで‥なんでなんだよ!」

 オレは全てを話した‥別れてからあったこと、本来のオレの人生なら、なかったこと。

‥それに‥‥あんなことや、こんなことを‥‥‥

 話しているうちに、涙が溢れてきた‥

「ひっく‥ひっく‥訳を言え」

「え?」

「どうしてあの時お前は笑っていた」

「え?」

「オレはそれが訊きたくて…からずっとお前を探して‥」

 オレは掴んだ袖を握りしめて泣いた。

 涙が何故か止まらなかった‥

「…嬉しかった」

 ぽつりとソイツの口から言葉がこぼれた‥

「嬉しかった?」

「ずっと小さい頃から‥‥ツヨシに野球して遊んでもらっている頃からプロ野球選手に憧れていた。いやなりたかったんだ。そしてプロ野球選手を目指していたツヨシが羨ましかった」

「オマエそんなこと一言も‥」

「いくらなりたくても‥‥女じゃ‥」

「オマエ、じゃああの時のドリンク、飲んだらこうなるって知ってて‥‥」

「前の日、鹿児島に旅に来たというある人に出会ったんだ。甲突川のほとりに二人で座って‥プロ野球選手になりたいって夢を話したらあれをくれた」

「小野さん?」

「あれ? 知ってるのか」

「ああ、あの後いろいろ調べたから」

「そうか」

 ため息をつく男‥

「そしてあの時、本当に夢が叶った。男に、ツヨシになれたんだ。嬉しかったよ」

「オレのことはどうでも良かったのかよ」

「そんなことない、そんなことない‥けど」





 あの日の出来事が蘇る‥

 遠い遠いあの日、でも絶対に忘れられないあの日‥




「ツヨシくん、ほらこれ」

「オマエなぁ、年上に向かって『くん』は止めろ」

「だってツヨシくんはツヨシくんじゃない」

 笑って答えるアヤ。

 全くこいつときたら‥

「ツヨシくん好きなんでしょう。オロ○○○C」

「ああ、オレは必ずプロ野球選手になる。そしてこいつのCMに出てやるんだ」

「へぇ〜、じゃあ巨人の星だね、でもあたしは何てったってタイガース」

「だから何なんだよ」

「真弓‥」

「へ?」

「弘田‥」

「おいおい」

「バース、掛布、岡田、佐野、平田、木戸、中西、そして、そして」

「お前なぁ」

「川藤さま〜♪」

 がくっ

「ねえ、ツヨシくんもプロ野球選手になるんだったらタイガースに入ろうよ」

「馬鹿、オレがタイガースになんか入る訳ないだろう」

「ちぇっ、ツヨシくんだったら、絶対縦縞のユニフォームが似合うと思うのに。あたしはそう思うのに‥」

「もう時間がないんだ、そろそろ行くぞ」

「あ、待って、ねえここで一緒に飲もう」

 アヤが自分の手に持った栄養ドリンクのフタを開ける。

 それにつられて俺も自分の手の中の栄養ドリンクのフタを開けた。

 シュポン!

 シュポン!

「がんばってね♪」

 太陽のような笑顔を投げかけるアヤ。

 そんな彼女の笑顔に不機嫌になりかけたオレの気分はたちまち吹っ飛んだ。

「元気ハツラツぅ」

「オフコース!」

「へ? 違うだろう」

「アタシはいつだって元気だよ」

『オロ○○○C』という答えを期待したオレ、でも彼女の答えは違ってた。

「やれやれ」

 分かってないなと思いながら、ドリンクをぐぐっと飲み干す……飲み干?……あれ?……出て来ねぇ。なんだこれ‥

「多分こうするのよ」

 彼女はフタをもう一度はめるとビンを軽く振るった。

 フタを取ると、もくもくとゆっくりと湧き上がってくるビンの中身。

「なんじゃあこりゃあ」

 思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう‥

 けれどもアヤは一向に構わずそれをぐっと飲み干した。

「ね!」

 パチンとウィンクするアヤ‥

 なるほど

 オレもフタを締め軽く振るとフタを開けると、もくもくと湧き上がってくるそれをぐっと飲んだ。

 オレの喉を泡状の塊が、マムシドリンク味のゼリーが通り抜けていく。

…へ? 『オロ○○○C』じゃねえ。

 そう思った瞬間、オレの心臓がドクリと鳴った。

 ドクン、ドクン、ドクン

 どんどんと鼓動が高まっていく。

 なんだ? どうしたんだ‥オレ。

 このドリンク剤って効きすぎ?

 ふとアヤを見ると彼女は己の胸を抑えて苦しそうにうずくまっている。

「どうした、アヤ」

「あ、ああ、あああ‥‥」

 アヤに駆け寄ろうとするオレの視界が突然ぼやける・・霧がかかってくるように‥

 力が抜ける。がくりと膝をついてしまう‥

 アヤ‥

 ツヨシ、ツヨシ‥

 苦し気にオレの名前を呼ぶアヤの声が遠くなる‥

 オレはそのまま意識を失った‥‥
 




 アヤ、アヤ‥

 気が付くと誰かがオレのことを起こしている。オレを揺すっている。

 でもおかしい。アヤって? オレはツヨシだ‥

 どうしてアヤって‥アヤ‥そうだアヤはどこだ‥

 アヤ、アヤ‥

 誰だ、さっきからオレのことをアヤって呼ぶのは‥

 突然目がぱちりと醒める。

「え!」

 オレの目の前には‥‥日焼けした浅黒い顔の男が‥それは鏡でよく見慣れた顔で‥そう、オレだ‥‥オレがいた。

「オレ? オマエ‥オレ? どうして‥え!?」

 目の前のオレは目覚めたオレににっこりと笑いかけた。

 口から覗く白い歯が眩しい‥

「じゃあオレ行くわ」

「え? え?」

 オレじゃないオレがオレに向かってオレ行くわって‥じゃあオレは???

 尻餅をついたオレは、気が付くとさっきまでアヤが着ていた筈の青色のワンピースを着ていた。

 アヤが穿いていたサンダルを履いていた。

 はだけたワンピースの裾から伸びる細くて華奢な両脚‥

 大きく広げた両脚の間からイチゴ柄のパンツが覗く‥

 オレ、こんなパンツを穿いている?? 

 さらさらした髪が風に流れてはらりと頬にかかる。

 オレって坊主頭の筈なのに‥

 ポン!

 目の前のオレはオレの肩を叩いて再びにっこりと笑う。

「元気で‥がんばって。今日からあたしをやってね」

「ちょ、ちょっと待て、お前‥まさかアヤか」

「お〜い、ツヨシ、行くぞ」

 オヤジの声

「は〜い」

 駆け出す目の前のオレ‥

 トラックに乗り込むオレ‥

 本当にオマエはアヤなのか‥

 動き出すトラック。

「ちょ、ちょっと待って!」 

 必ずプロ野球選手になってやるから 

「え? 何だって?」

 遠ざかるトラックの上でアイツは笑っていた。

 そして‥‥アイツとはそれっきりになった。




 オレは次の日からアヤとして赤いランドセルを背負って小学校に通った。

 高校生のオレが小学生にスカートを捲られる‥

 何故か顔が赤くなってしまう。

 セーラー服を着て通った中学生生活。

 少しずつ胸が膨らみ、華奢な体が段々と女らしい線を描いていく‥

 ブレザーで通った高校生活。

 最早スポーツするには邪魔と思えるほど大きくなった胸‥

 勿論野球などできない。

 ソフト部もなかった高校で仕方なしに入ったテニス部では、コーチにしごかれる毎日が続いた。

 まあそれはそれでオレにとっても心地よい毎日ではあったのだが‥

 アヤの身体は鍛えられながらも、どんどん成熟し、そして美しくなっていった。

 そして引っ越していったアイツにもう一度会う為に博多の女子大に進学したオレは、やっとアヤの両親から離れて一人の生活ができるようになった。

 でも‥あいつは最早そこにはいなかった。

 高校を卒業してタイガースに入団したアイツは、オレが女子大生として博多で生活を始めた時には日本にさえもいなかった。

 大リーグで活躍していたのだ。

 そしてまた4年が過ぎた‥…

 日本に帰ってきたアイツをオレは追った。

 でも追いかけても追いかけてもアイツに会えなかった。

 でも今日やっとこうして‥‥






「夢が叶うと思った。オレもオマエのこの体でがんばったさ」

 アイツが再び口を開く。

「そして夢は叶った。甲子園に行って、タイガースに入団して、大リーグにもチャレンジして」

「そんな、オレだって、オレだって‥‥」

 またじわりと涙が溢れてくる‥

 何時からだろう、こんなに簡単に涙が出てくるようになったのは‥

「悪かった‥お互いに‥元の身体に戻ろう‥‥」

 あっさりとそう言うアイツ。

「‥ひっく‥ひっく‥‥ホントか?‥オマエもそれで良いんだな?‥」

「ああ。どちらかと言えば、もうこの身体に馴染んでいるんだけど、

 それでも、お互い、本当の身体が良いと思うしな‥‥それに‥‥」

「それに?」

「夢は叶えたし」

「‥ひっく‥ひっく‥‥ひっく‥‥」

 涙が止まらなかった‥






「‥とは言ったものの、どうやったら元に戻れるのか‥‥」

「‥アレをもらってきた」

「アレってアレか?」

「中に入ってるから、すぐ出すよ」

 バッグに手をツッコむ‥

「ところで‥」

「え?」

 バッグに手を突っ込んだまま顔を上げる。

「オマエさぁ‥‥そのミニスカでパイプを上ってきたワケ?」

「そうだけど‥‥それがどうした?」

 はぁ〜。とコイツは頭を抱える‥

「いやさ、オマエ、オンナ、向いてないわ‥‥」

 もしかして‥それはオレが男らしいってコトか?

「当たり前だろ」

「いや、ホメてねーけど‥‥」

 あった、あった。コレだ‥

 バッグの中から、それを取り出す‥
 
 ゼリージュース.ver.ゴールド。

 別名.マムシドリンク味。

 見かけは『オロ○○○C』そのもの。

「おぉっ!ホントにアノ時オレたちが飲んだのと全く同じだな」

「当たり前だろ?なんったって、直接、アレを作った人に会いに行って、

 全くおんなじヤツをもらったんだから」

「なら、間違いなしに、ホンモノと」

「そうだ」

 胸を張って答えるオレ。

「だから、ホメてねーって」





「でも、何だな‥今まで‥お世話になった身体と別れるってのは‥

‥何か‥ちょっとさみしい気もするな‥‥」

「それよりも、元に戻った後も、ちゃんとやれよ?」

「まぁ、オレは今札幌の球団にいるワケだが‥‥オマエの身体の方はどうなんよ?」

「‥ゴメン‥‥オレ‥仕事なんて就いてない‥‥」

「ま、こんなとこに来るぐらいだから、そーじゃないかとは思ってたケド‥‥

‥ならさ‥‥元に戻ったらオマエの嫁さんにしてくれよ?」

「え?」

 白い歯がキラリと光る。

 あの時と変わらない白い歯‥

 何だ?心臓がバクバクゆってる‥

「‥‥まぁ‥‥気が向いたらな‥‥‥」

 とりあえず、笑ってゴマカした‥

「せーの。で飲むぞ?ってバカ!もう、飲んだのかよ!?」

「早く飲め」

 グラサンの奥にある目がじっとオレを見詰めている‥

 ドクン・ドクンっ

 心臓が再び高鳴りだす。

 シュポン!

 あわてて、フタを開けて、一気に飲み干す‥

 アレ?


 


「なぁ‥‥大体コレ、どれくらいで効果が出るの?」

「‥オレが聞いた話だと、3分くらいだって話だったけど‥‥おかしいな‥

 ‥‥そろそろ何か起こってもいい頃なのに‥‥」

「‥ひじょーに言いにくいんだけどさ‥‥もしかして‥只の栄養ドリンクだったってコトは?」

「‥‥バカなコトをゆ〜なよ!‥‥直接もらってきたんだぞ?‥‥」

「じゃあ、オマエがどっかに落としたとか?」

 えっ?

 新幹線の網棚、駅のホーム、青森のりんご農家‥‥

 思い当たるトコは、山ほどあるっ!

「こーしちゃいられないっ!」

「おいっ、待てっ!」

「待ってられるかっ!」

 慌ててパイプを、滑り降りる‥

「あ〜あ、やっぱ、アイツ、こーしてきたんかな? エレベータ、あるんだケド‥」

 男は呟いた。






 ゴポゴポ

 光の入らない暗い部屋。

 わざわざ窓を暗幕で覆っている。

 幾つか在る机の1つで、液体が泡を出している‥

 その前に佇む1人の男。
 
「良し、今回こそは成功か?」

 ボンっ

 試験管が割れ、飛び散る。

 シュッ・シュッ・シュッ

 男はある映画の1シーンの様に身体を仰け反り、華麗に避ける。

「あ〜あ、また失敗か‥‥こんな技術ばかり上がっていくよ‥‥」

 爆発した時に生じた光で、辛うじて男の顔を見る事が出来た。

 顔には万が一の為の‥その万が一がさっきも起こった様な気もするが‥‥

 黄色いゴーグルをつけていた。

「俊行さんっ!」

「入る時はノックして下さい、由紀さん!」

「コレは何?」

「‥‥ど‥どこでソレを?‥‥‥」

「アナタのデスクからよ。そんなことよりコレは何?」

「えーと、ソレはですね‥‥」

「これの中身ってあの時の解除剤でしょう」

 由紀が持っていたのは『リポ○タンD』だった。

 褐色のビンの中で中身がゆらゆら揺れている。

「そうだ‥渡さなきゃいけなかったのは『リポ○タンD』で、『オロ○ミンC』の方は

 カモフラージュだったんだ‥‥‥」

 俊行さんと呼ばれた男の顔に汗が流れ、顔が青ざめてゆく‥

 ツヨシくん‥‥すまん‥

「何か、隠してるコトがあるんだったら、言いなさいよ?」

 ぴゅーぴゅぴゅぴゅー

 しばらくすると、彼は口笛を吹き始めた。

「俊行さんっ!」





 その頃、吉岡海底駅のタイム・マシンのモニュメントの隣で何かを探す少女の姿が在った。

「あ゛〜、も〜、ドコに落としたんだろ〜っ!?」

 一方、札幌のあのマンションでは庭のイスの上に置かれたメモが風に飛ばされようとして・・いや飛ばされて空をひらひらと舞っていた。

「オレ遠征だからもう行くわ」


 
 そしてまた少女の旅が始まる。




(了)

                                    2004年6月11日 脱稿



後書き

 菓子さんから6月2日にゼリージュースの新作を頂きました。なかなか面白い作品だったのですが、アップ日程を打診した私に菓子さんからは完成された作品ではないし、完成できそうもないのでアップは勘弁してくださいという返事が……。

 そんな、勿体無い!

 そこで考えました。不遜ですが、それなら私が作品を補完してみようか……と。
 それから菓子さんにその旨をお話して快諾して頂いた後、なるべく菓子さんのテイストをいじらずに、自分なりに修正と書き足しをしてみたのがこの作品です。まあ元の作品より良くなったかどうかは疑問ですが(^^;

 それにしてもこの話、年齢設定が難しかったです。
 昔の二人は18歳と12歳、それから10年・・現在の二人は28歳と22歳というところでしょうか。それでもまあちょっと苦しいです。勿論モデルのあの二人の年齢とはちょっと違います。

 ところで10年前と現在の両方に関わっている小野俊行の年齢って???
 10年前に小学生のアヤと鹿児島で会っているのがゼリージュースの開発初期の頃だとすると、10年後の現在は高原ビューティクリニックから某食品会社に戻った後、即ち由紀さんとは別れた後の筈ですが……。
 まあ、もしかしたら「ゼリージュース!本編」よりずっと後でこの二人は再びパートナーとして仕事をしているのかもしれませんね(笑

 ということで菓子さん、私の作品どうぞお受け取り下さい。そしてお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。
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