天使と悪魔の間に・・・そして

原案・toshi9

作・よしおか


あれからどれくらいの月日がたったのだろう。あの、幼く愛らしい香菜の体の中に、いやらしく、薄汚いあの男が、入り込んでから・・・

そして、今度は、優しく美しいお母さんの体の中に、あいつが入り込んできた。そして、お父さんや、他の人の前では、今までと同じ、優しい母親を演じ、二人っきりになると、本来のあのいやらしい目つきで、わたしを嘗め回すように、ねっとりとした視線で、見回して、お母さんの、あの優しい声で、わたしに囁きかける。

「優菜、お母さんと一緒にお風呂に入りましょう。そして、今日から、お父さんは、一週間出張だから、久しぶりに二人で寝ましょうね」

「なにが久しぶりによ。あなたとなんか、一緒に寝るのなんていやよ」

「あら、お母さんの言うことが聞けないのかしら。だったら、あなたの身体を・・・」

その一言に、わたしは、いやいやながら、頷く。

「まあ、いやならいいのよ。いやなら・・・でも、どうしても、一緒に寝たいのなら、お願いしなさいな。お母さん、一緒に寝てもいいでしょうか、てね」

「だれが、お願いなんて・・・」

「いやならいいのよ。いやなら」

お母さんの声で、はき捨てるように言い放す男の言葉に、わたしは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「いえ、寝るわ」

「ねるわ?」

「いえ、一緒に寝させてください。おかあさん・・・」

わたしは、そいつから、目をそらしながら言った。その時、わたしは、屈辱と嫌悪で、からだの震えが止まらなかった。だが、誰に言っても信じてもらえない真実。そして、真実を話したとしても、おかしいと思われるのは、わたし。なぜ、お父さんは、こいつが、お母さんじゃないことに気がつかないの。そんな思いを胸に抱きながら、わたしは、母の姿の悪魔の求めるままに、身体を任せるしかなかった。そして、わたしは、奴に気づかれないように、そっと涙を流した。

「いってらっしゃい。帰りを待っているわよ」

わたしが家を出ると、一羽の烏が、かぁ~と鳴いた。いつの頃からか、うちの庭の木に住み着いた烏だった。餌場になるゴミ捨て場は、離れているのだが、なぜか、いつも、わたしが、学校に行く時と、帰ってきたときに、一声鳴く。

その烏の鳴き声に見送られながら、わたしは、逃げ出すように、小走りに家を出て行った。わたしが、あの悪魔から離れられるのは、学校に行っている間しかないのだ。だけど、今日は土曜日。昼からは、また、あの地獄が待っている。わたしの足は、重く、安堵できる場所であるはずの学校に向かう足取りが、重くなっていた。


「お前、身体の調子が悪いんじゃないか?今日はもういいから、帰れ!担任の佐々木先生には、わたしから連絡しておくから」

2時間目の体育の時間に、わたしは、倒れてしまった。そして、運び込まれた保健室で、校医の先生にそう言われた。

「佐々木先生から、家へ連絡してもらって、迎えに来てもらおうか」

「いえ大丈夫です。一人で帰れますから、家には連絡しないでください」

「でもなぁ」

「大丈夫です」

家に連絡でもされたら、奴が学校にまで来てしまう。そうしたら、新たな犠牲者が・・・犠牲者は、わたしだけで十分だ。わたしは、強く校医の先生の申し出を断ると、だるい身体を引きずるようにして、保健室を出て行った。

校医の先生から連絡が行っていたようで、担任は、わたしの身体を心配してくれた。わたしは、担任に簡単に挨拶をすると、帰る支度をして、唯一の安堵できる場所である学校を後にした。


何とか家に帰り着くと、わたしは、そっと玄関を開けて、廊下を静かに自分の部屋に向かった。と、その時、父の書斎のほうからカチカチという音がした。そっと近づいて中を覗くと、母の姿をした奴が、父のパソコンで、どこかのHPを覗いていた。わたしたちの留守中に、ネットにつないで、遊んでいるのだろう。よくは見えなかったが、母の胸を揉み上げながら、どこかの掲示板らしきところに、書き込みをしているようだった。

「楽しいぞ。女の身体は。ぐふふふ・・・」

母の声で、薄気味悪く笑う奴に、わたしは、母を辱める奴に、激しい憎悪を感じた。書き込みが終わったのか。奴は、書き込みをやめ、ページを戻した。すると、そこに現れたのは、あのジュースの写真だった。それを見た瞬間、わたしは、それがどこかわかった気がした。そして、わたしの身体中の血は、一瞬に凍ってしまった。それは、あのゼリージュースを販売している裏世界のサイトだ。奴は、ページを開いて、また何か書き込みを始めた。そのページの表題は、『注文承ります』。そう、あのゼリージュースの注文コーナーなのだ。そこで、奴は、あのゼリージュースを2本注文しようとしていた。奴は、わたしの姿も狙っているのだ。

もうどうすることも出来ない。わたしには、あの母の姿をした悪魔をどうすることも出来ない。わたしは、自分の姿を奪われるのを、おびえながら待つしかないのだ。わたしは、懸命にモニターを見つめながら、パソコンのキーボードを叩く奴のいる書斎を離れ、廊下を戻って、玄関から外へと、そっと出て行った。ついに、わたしから、すべての希望が失われてしまった。

わたしは、ふらふらと、夢遊病者のように、どこへ行くともなく歩いていたが、近くの公園のブランコのそばに立つと、急に力が抜け、そのブランコに乗った。ギ~コギ~コと、油が切れたような音を立てながらブランコをこぎながら、これからのことを考えた。

「このままどこかに行ってしまおうかしら」

ふと、その考えが、一番いいように思えた。あのピンクのゼリージュースを捨てられ、きれいで優しい母も、おしゃまで可愛い妹にも、2度と会えないあの家では、居ても仕方なかった。鈍感なあの父では、ずっと母の正体もわからずに暮らせるだろう。それがいいかも・・・

そんなことを思ったとき、足元で、何かが触った。

「え?」

驚いて足元を見ると、そこには、薄汚れた野良猫が、わたしの足に擦り寄っていた。身体中に傷をおい、ぼろぎれのような姿のその猫は、確かこの近所の野良猫のボスだったはずなのだが、何かの拍子にけんかに負けて、ボロボロにされたのだろう。

「ふふ、ごめんなさいね。わたし、今日はお弁当ないのよ。だから、なにもあげられないわ」

わかるはずもないのに、わたしは、猫にそうつぶやいていた。だが、野良猫は、去ろうともせずに、わたしの顔のほうを見て、ニャ~と啼いた。まるで、懐かしむように・・・

「まあ、変な猫ね。あっちに行きなさい」

わたしは、思わず、まだ足元に擦り寄る猫を怒鳴りつけてしまった。あれ以来、わたしは、安らぎとともに、やさしさも失ってしまったような気がした。だが、まだ、擦り寄る猫に、叩くまねをして脅した。でも、一瞬おびえたような格好をしたが、また、甘えるような声で啼いて、わたしにすりよってきた。

わたしは、ブランコを降りると、擦り寄ってくる猫を残して、早足に、公園を出て行こうとした。それなのに、足を怪我しているのか、猫は、びっこを引きながらも、悲しそうな声で、ニャ~ニャ~と啼きながら、わたしを追ってきていた。そんな猫を、無視して、わたしは、公園を出て行こうとした。と、そこに学校帰りの小学生が、通りかかり、その猫を捕まえて、悪戯し始めた。傷だらけのその猫は、逃げることも出来ず、なすすべもなく、彼らにされるままになった。まるで、今のわたしのように・・・

「ニャ〜ニャ〜ニャ〜」

悲しそうに啼く、その猫の声は、わたしに助けを求めているようだった。わたしには、その声が、わたしに助けを求める妹の香菜の叫び声のように聞こえた。わたしは、その場に居たたまれなくなって駆け出してしまった。

どれくらい走ったのだろう。わたしは、駅前の繁華街に立っていた。

『お姉ちゃん、たすけて〜。お姉ちゃん』

あの猫の啼き声が、香菜の声に変わって、わたしの頭の中に響いた。

「ゴメンネ、香菜。香菜、ごめんね」

わたしは、耳を押さえて、しゃがみ込んで、泣き出してしまった。

それから、私は、またふらふらと、町の中をお歩きまわっていた。そして、いつの間にか日も暮れて、真っ暗になったあの公園に戻って来てしまった。わたしは、もう居るはずもないあの猫を、気づかぬうちに、探していた。

「ふふ、居るはずもないのに・・・だめね、わたし」

ふと、そんなことをつぶやいたとき、足元で、力ない啼き声がした。

「ミャ〜ミャ〜」

その声に足元を見ると、あの猫が、さらに傷を増やしながらも、わたしの足に擦り寄っていた。

「あ、あ、あ、生きていた」

わたしは、思わずしゃがみ込むと、そっと猫を抱きかかえて、胸に抱きしめた。猫は、わたしに抱かれながら、優しい声で啼いた。

『おねえちゃん』

その啼き声が、わたしには、そう聞こえた。わたしの目に、涙が溢れてきた。

ベンチに座りながら、近所のコンビニで買ってきたネコ缶を、ベンチの上で、おとなしく座っている猫に差し出した。だが、猫は、食べようとしなかった。それよりも、自分用に買ってきたサンドイッチのほうを欲しがった。

「お魚が嫌いなんて、香菜みたいな猫ね」

わたしが、そういうと、まるで返事でもするかのように、にゃ〜と啼いた。

「あなた、香菜って言うの?」

「にゃ〜」

また猫が啼いた。

「おかしいわね。あなたオスでしょう。それなのに、香菜だなんて」

さっき、抱き上げた時に、見えたものを思い出しながら、わたしは、そうつぶやいた。すると、猫は、恥ずかしそうに顔を背け、静かにベンチを降りると、歩き出した。そして、ふっと、振り向いて、さみしそうに、一声啼くと、街灯の光の届かない闇の中に消えていこうとした。その、猫の後姿を見えると、わたしにある思いが浮かんだ。

「まさか、でも・・・」

あまりのバカらしい考えに、わたしは、自分自身、信じられなかった。そんなことを考えるなんて。でも、もしかすると・・・

「香菜?もしかして、あなた、香菜なの。行かないで、香菜!」

わたしは、信じてもいないのに、失ったと思っていた妹が、もしかしたらここに居る。その思いだけで、わたしは、叫んでいた。

「行かないで、香菜」

わたしは、涙ぐみ、泣きそうな声で、そう叫んでいた。

「にゃ〜〜〜ぉ」

あの猫が、うれしそうな声をあげると、振り返り、不自由な足を引きずりながら、懸命に、わたしのほうに駆け戻ってきた。

「香菜ぁ〜」

わたしは、しゃがんで、懸命に駆けて来る、猫になった香菜を抱きかかえると、優しく抱きしめた。とめどなく流れる涙をぬぐうこともなく、薄汚れた猫に顔を摺り寄せながら・・・

これは、わたしの想像だけど、あいつが捨てた香菜のゼリージュースを、この猫が食べたのだろう。そして、香菜は、猫として蘇ってしまったのだ。まだ幼い香菜が、見も知らない猫の世界で生きていくには、言い尽くせない辛さがあっただろう。でも、懸命に生きてきた香菜。そのくせ、自分のままでいられるのに、あの辛さから逃げ出そうとしていた、わたし。でも、今は、あいつと戦う決心が出来た。香菜を、可愛くて愛らしいわたしの妹を元に戻し、わたしの家族を取り戻すんだ。わたしは、香菜を抱きしめながら、強く心に誓った。わたしは、あの屈辱と嫌悪の家にもどることにした。


「おねがい、何でも行くことを聞くから。いえ、聞きますから、この猫を飼ってもいいでしょう?」

「ふん、何でもね。何でこんな薄汚い、傷だらけの猫を飼いたいんだ」

「だって、可哀想でしょう。傷が治るまででいいんです。お願いします」

「ま、いいか。猫ぐらいで、お前が、俺の言うことを何でも聞くというのならな。それに、お前が裏切った時の、切り札になりそうだ」

奴は、母の姿のままで、薄汚い笑いを浮かべながら、この猫を飼うことを許した。

「さて、今日は、ちょっと趣向を変えてやってもらおうか」

そういうと、奴は、キッチンに行って、冷蔵庫から、あの黒のゼリージュースを取り出すと、コップにつぐと、リビングに戻ってきた。もう、あのゼリージュースは、届いていたのだ。そして、わたしの前に差し出した。

「こいつは、15歳以上に、一人2本しか買えないんだ。だから、今度は、お前さんの姿で、もう2本買うのさ。それに、俺は、美人の女子高生にもあこがれていたのでね。さて、お前さんには・・・そうだな、この猫にでもなってもらおうか。かわいがってやるよ。お前さんの姿でな。ガハハハハ・・・・」

奴は、母の姿で、いやらしく汚らしい笑い声を立てた。

「香菜の上に、お母さんまで居なくなったら、お父さんが悲しむわよ」

「大丈夫、こいつは、こういうこともできるのさ。おねえちゃん」

そういうと、奴は、来ていた服や、下着を脱いで、全裸になると、豊かな胸を両手で掴んで、ニヤッと笑った。そして、掴んだ胸を思いっきり左右に引っ張った。すると、胸の谷間から縦に裂け、そこから、香菜が現れた。

「こいつは、脱ぐこともできるのさ。あるときは、お前の母親、そして、あるときは、お前。どうだ。トロイお前の親父なら騙されると思うだろう」

確かに、奴の言うように、お父さんなら、騙せるかもしれない。でも・・・奴は、母の皮を脱ぎ捨てると、黒のジュースの入ったカップを手に取った。

「さあ、お姉ちゃん、これを飲んで」

香菜の姿になった奴は、黒のゼリージュースの入ったコップをわたしに差し出した。

「いや、いや」

「あら、何でも言うことを聞くんじゃなかったかしら?あれは嘘」

香菜の姿をした奴は、猫になった香菜に近づいて言った。

「じゃあ、この猫は、飼えないわね。これだけの怪我をしていたら、生きていけそうもないから、殺しちゃうしかないわね」

奴は、不意に猫の香菜の首を掴むと、首を締め出した。香菜は、苦しそうに啼いた。

「わかったわ。呑むわ。呑むからやめて」

「やさしいおねえちゃん。だから、わたし大好き」

奴は、香菜の姿で、微笑んだ。それは、天使のような悪魔の微笑。

わたしは、黒のゼリージュースの入ったカップを持った。まだ、首を掴まれたままの猫の香菜が、悲しそうな声で啼いた。わたしは、そんな香菜に優しく微笑んだ。

「ヒトゴロシ」

わたしが、カップを口につけようとしたとき、どこからともなく、しゃがれた気味悪い声がした。

「ヒトゴロシ」

わたしが、またカップを口につけようとしたら、あの声が、再び聞こえてきた。

「だれだ」

香菜の姿の奴は、あわてて辺りを見回した。わたしは、カップを、テーブルの上に置いた。

「ヒトゴロシ、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ」

「どこに居る?ん?外か」

その声は、確かに外の闇の中から聞こえてきた。

「誰だ!」

奴は、リビングのサッシを開けて、外を睨んだ。すると、黒い物体が、家の中に飛び込んできた。

「ヒトゴロシ、ヒトゴロシ」

それは、わたしのうちに住み着いていた、あの烏だった。

「この烏が・・・」

奴が捕まえようとすると、さっと飛び上がって、逃げ出した。だが、夜では、鳥は自由に飛ぶことは出来ない。サッシのガラスにぶつかって、落ちてしまった。

「く、まったく手こずらせやがって、こいつも始末してやるか」

奴が、烏に気を取られた瞬間に、猫の香菜が、母の身体に飛び込んだ。それを見ていたわたしは、その胸を閉じた。すると、傷は消え、母になった香菜が立ち上がった。奴が気づいた時には、香菜は、母になっていた。

「きさま・・・なにをするんだ。返せ、その身体は、俺のものだ」

「そっちこそ、返してよ。わたしのからだを」

「な、なに、まさか、あのお嬢ちゃんかい。いい子だから、その身体を返しなさい。そうしたらこの身体を返してあげるから。さあ」

母になった香菜に、奴が、気をとられている瞬間に、わたしは、奴に飛び掛った。そして、羽交い絞めにした。幼い香菜の姿では、奴も逃れることが出来なかった。

「香菜、こいつにそれを飲ませて。そうしないと、こいつは、あなたに身体を返してくれないわよ」

「嘘だ。お前の姉さんは、嘘をついている。こいつは、自分が助かるために、お前を捨てたんだぞ。俺の言うことを信じろ」

「嘘よ。香菜を助けるために・・・おねえちゃんを信じて」

「その証拠に、こいつだけは元のままだろう。さあ、お姉ちゃんに飲ませるんだ。お前が味わった苦しみを味あわせるために」

「香菜。こいつにそれを・・・はやく、香菜」

母になった香菜は、わたしが、テーブルに置いたカップを手に持つと、わたしたちのほうに近づいてきた。だが、その顔は、憎悪にゆがんでいた。

「お姉ちゃんは、わたしがわからなかった。そして、助けてといったのに、助けてくれなかった。わたしは、あの男の子たちに殴られて、蹴られて、死ぬほど痛かったのに。お姉ちゃん助けてと何度も叫んだのに・・・」

やはり、あの時の啼き声は、わたしに助けを求めていたのだ。その時、わたしは・・・奴を捕らえていたわたしの力が緩んだ。

「わたしは、わたしは・・・」

わたしは、涙で、眼が眩んだ。その瞬間に、奴は、わたしの腕から身体を解放すと、母になった香菜に近づいた。

「そうだ。おまえのお姉ちゃんは、そういう奴だ。俺が、もっと優しいお姉ちゃんになってやろう。さあ、そいつに、そのゼリージュースを飲ませるんだ。そして、俺が、お前のお姉ちゃんになってやるよ。かわいがってあげるわよ。香菜ちゃん。わははは・・・・・」

奴は、勝ち誇ったように、大口を開けて、笑い出した。香菜は、カップを持ったまま、わたしに近づいてきた。が、次の瞬間、香菜は、振り返ると、大口を開けて笑う奴の口の中にあのゼリージュースを放り込んだ。

「う、ぐ、げ、が、な、なにをする。飲んでしまったじゃないか。飲ませるのは、俺じゃなくて、あいつだろうが」

「お姉ちゃんは、泣いてくれたわ。わたしのごめんなさいって言って。ボロボロのわたしを抱きしめて。わたしのお姉ちゃんは、お姉ちゃんは、暖かいの。あなたは、つめたいわ」

「なにを、ばかな・・・」

黒のゼリージュースを飲み込んだ奴は、咳き込みだし、苦しそうに、胸を両手で掴むと左右に引き裂いた。裂けた香菜の胸の隙間から、あの男が飛び出してきた。そして、香菜から抜け出すと、二・三歩、歩み、その場に崩れるように倒れた。

「香菜」

「お姉ちゃん」

わたしと、香菜は、抱き合って泣いた。わたしは、やっと、あの悪夢から開放されたのだ。でも、これで、終りではない。あの男が壊した家族を元に戻さなければならないのだ。香菜に胸を開かせ、中から、猫の香菜を取り出した。そして、キッチンから包丁を持ってくると、香菜にあの黒のゼリージュースを飲ませた。そして、気味悪かったが、気を強く持って、猫のお腹を引き裂いた。猫のおなかの中には、あのピンクのスライムがあった。それを、掬い取ると、男が抜け出し、ぺちゃんこになった香菜の身体に移して、胸の傷を閉じた。すると、たちまち傷は消えて、香菜の身体に、厚みが戻っていった。

「お姉ちゃん」

「香菜」

ほんの少しの間なのに、何年もあってなかったような気がした。本当のわたしの妹が帰ってきたのだ。

「お姉ちゃん。お母さんは、どうしたんだろう?」

ふと、わたしは、気になることがあった。そこで、ガラスにぶつかって、気を失っている烏に、残っていた黒のゼリージュースを飲ませ、おなかを裂いて、同じように、ピンクのスライムを取り出すと、お母さんの身体に移した。さっきの香菜と同じように、胸を閉じると、厚みが戻ってきた。

「優菜、香菜」

「おかあさん」

「おかあさ〜ん」

わたしたちは、三人で抱き合って、再会を喜んだ。わたしの感は当たった。あの烏は、母のピンクのスライムを食べた烏だったのだ。傷を元のように閉じると、猫も、烏も、元にもどった。

こうして、わたしたち家族は、元に戻ることか出来た。

猫と烏は、あれから、わたしの家に住み着いている。今では、わたしの大事な家族だ。そして、出張から帰ってきたお父さんは、香菜が帰ってきたことに驚き、泣き叫んで、喜んだ。涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃになりながらも、喜んでいる父の姿を見ていると、母や香菜の変貌に気づかなかった父に、腹を立てていたけど、わたしは、いつの間にか許してしまっていた。

母と話し合って、香菜は誘拐されたが、無事、開放された。だが、誘拐された時のショックで、犯人も、どうしていたかも記憶を失ったことにして、あのことは誰にも話さないことにした。

こうして、わたしの家に起こったこの怖ろしい出来事は幕を閉じた。


あの男はどうなったかって、わたしたちは、あの男のおなかを裂く事にした。二度と、こんなことが出来ないようにするためだ。そして、そのゼリージュースをどこかに処分しようとした。だが、あの男を裂いてみると、中から出てきたのは、あの黒のゼリージュースだった。わたしたちは、男の黒のゼリージュースを、下水に流し、男の皮は、燃えるごみとして、ごみ収集に出した。あのジュースを使い続けると、黒のゼリージュースになってしまうのだろう。


「いってきま〜す」

「いってきます」

「いってらっしゃ〜〜〜い」

「にゃ〜〜〜」

「かぁ〜〜〜」

今日も、わたしと、香菜は、母と、プルート(あの猫の名前)と、勘三郎(烏の名前)に、見送られて元気に登校する。


あとがき

toshi9さん。これが、わたしの完結編です。Toshi9さんの作品に比べると、はずかしい。ということで、また。

 

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