結局俺は『チームTS』のレースクイーンをやるために、富士のレース場に行くことになってしまった。そしてレース場に行く前の日の夜の事、シャワーを浴びていると突然久美がバスルームに入ってきた。

「きゃっ! あ、いや・・・お前、勝手に入ってくるな」

 俺はトランクス1枚で入ってきた自分の姿の久美を見て、思わず胸と股間に手を当ててしゃがみこんでしまった。久美はそんな俺をおかしそうに見ている。手に持っているのは・・・

「あら、いいじゃない。お互い元々の自分の姿なんだし、気にしないでよ」

「お前は気にしなくても、俺は気にするんだよ。何だよ、いったい」

「主任、アソコの剃り入れとかなきゃ駄目よ」

「アソコの剃りぃ?」

「レースクイーンの衣装だったら超ハイレッグだってあるかもしれないんだから、きちんとお手入れしとかなきゃ見えちゃうでしょう」

「ハ、ハイレッグ・・・俺が、ハイレッグを着るのか」

「もしかしたらよ、超ミニスカートとかホットパンツかもしれないけれどね。でも用心に越したことはないでしょう。さあ足開いて」

「いいよ、自分でやるから」

「慣れてないと上手くできないわよ。微妙なところなんだから。あたしがやってあげるから、ほら立って! 足開く!」

 剃刀片手の久美は俺に命令した。俺は仕方なく股間から手を離して立ち上がると、ちょっとがに股に足を開いた。

 は、恥ずかしい。

 じっと股間を見詰める久美の視線を感じて、俺は思わずそっぽを向いてしまった。久美はそんな俺を気にするでもなく、自分のごつい手にシェービングクリームを付けると、俺の股間にそれを乱暴に塗りたくった。

「あふっ!」

 久美の指が俺の肉襞に触れると、思わずため声が漏れてしまう。

「何感じてるのよ。変な声出さないでよ」

「ばか、ちょっとくすぐったいだけだ」

「そお? じゃあ剃るわよ」

 じょり・・じょり・・・じょりじょり。

 久美の剃刀が俺の股間の恥毛を剃っていく。毛が無くなっていくと、何だかその部分が一層敏感になっていくようだ。

「ほらっ、これがあなたのお毛毛よ」

 久美は剃刀についた恥毛を手にとってこれ見よがしに見せ付けた。

「そんなもん・・見せ付けるな」

 俺は恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしてしまった。

「うふふっ、かわいい」

 やがてすっかりつるつるに剃り上げられた俺の股間は、まるで子供のアソコのように割れ目が剥き出しになってしまった。いわゆるパイパンってやつだ。

「おい、全部剃ったのか」

「こういう時は、全部剃るものなの。どんな衣装か全くわからないんだから」

「しかしこれでは・・・・」

「そうね、つるつるでまるで小学生の女の子のアソコね。なかなかかわいくなったわよ」

 トランクス一枚の久美はその前面を大きく膨らませていた。こいつ、まさか・・・

「さあて、じゃあしようか」

「お、おい」

 久美の指が剥き出しの俺のアソコに乱暴に入っていく。その様子が丸見えだ。

「い、いやっ」

「主任、かーわいい。やっぱり感じてたんだ。ふふふっ・・・ほら、お前のここ、こんなに濡れてるぞ」

 急に男言葉に変わった久美は、股間から抜き出した指を俺に見せ付けた。その先がてかてかと光っている。

「さあ、なめな」

 その指を俺の口先に突きつける。

「お前なぁ」

「ほら!」

 最近俺は、俺の姿、俺の口調の久美に命令されると、どうにも逆らえない。どうなっているんだ。

 俺は仕方なくその指先をぺろぺろと舐めた。

「はい、よくできました。じゃあご褒美」

 久美はトランクスを脱ぐと、その怒張しきった一物を晒した。

 大きい! 俺の物ってこんなに大きかったっけ。

 久美はそれを見詰めて息を呑む俺の体をくるりと後ろ向きにすると、背中から両腕でぎゅっと抱きしめた。そして指先で胸の先を愛撫してくる。

 ああん、気持ちいい。頭の中がとろけそうだ。

 俺の背中に体を密着させた久美は、硬くなった自分のものを俺の尻にぐりぐりと押し付けてくる。

 この硬いのがまた俺の中に入ってくる・・・

 そう思うと、またアソコの中からジュンとしたものが湧き出てきたような感じがした。

 その時、久美はやおら後ろから俺の両太股を掴んでひょいと俺の体を持ち上げると、おれのアソコに自分のものを突き入れてきた。

「ひゃん、くっ、く、くふっ」

 久美は俺の太股をがっちりと両手で支えて、体全体をゆっさゆっさと上下に動かす。俺は成す術も無くただそこから湧き上がる快感に身悶えするしかなかった。

「は、はん、い、いやぁ、もう止めて、止めてくれ、頭がおかしくなる」

「止めてもいいのかい、くーみちゃん」

 久美が一層激しくぐいっと腰を突き入れてきた。

「は、はん・・・い・・いい、あ・・ああ・・あん、いや、止め、止めないで」

「はいはい、う、いくっ」

「あ、ああん、い、いくぅ」

 久美は一際力強く俺の中に突き入れると、その欲望を思いっきり俺に吐き出した。

 俺も同時に達し、俺たちは同時にいってしまった。

「はぁはぁ、あたしたちって本当に相性がいいのね。とっても良かった。じゃあ後はしっかり洗うのよ」

「はぁはぁ……はぁはぁ」

 息も絶え絶えにぺたりとバスルームに座り込んだ俺に久美はそういい残すと、剃刀を持ってシャワールームから出て行った。

 俺は力なく両脚を広げると、一人自分の股間をシャワーで洗い流した。生暖かい白いものが後から後からとろとろと流れ出てくる。

「ひくっ、ひくっ、もういやだ。いつまでこんなことが続くんだ」

 俺は自分の股間に指を入れて中のものを洗い出しながら、ただ嗚咽するしかなかった。






続・白い闇の中で(後編)

作:toshi9





 そんなことがあった夜が明けると、いよいよレースの日がやってきた。俺たちは朝早く久美の運転で富士のサーキット場に向かって出発した。俺も運転はできるのだが、久美が運転して俺を連れて行ってやると言う。連れて行くというのは口実で、その実俺のレースクイーン振りを見たいのだろう。しっかりとデジカメまで持ってきていやがる。

「こんなチャンスそうそうないわよ。うまくいけばレーサーといい仲になって玉の輿だって夢じゃないんだから」

「お前本気か? 俺がレーサーの誘いなんか受けるわけないだろう」

「あら、わからないわよ。レーサーってレース場では気持ちが高ぶっているしね。それにあっちも激しい人が多いって言うし、とっても気持ちいいかもしれないわよ」

「ばかやろう。そんなことがあるわけないだろう・・・」

「あたしとの時にはあんなに燃えているのに? あたし以外は駄目? なんだかうれしいなぁ」

「またそんな冗談を」

「あら、わかる」

「当たり前だ!」

「ふふっ、でもあなたのレースクイーン振りはこれでしっかりと撮らせてもらうわよ」

「そんなもん・・・頼むからやめてくれ」

「駄目、これって部長の業務命令なんだからね」

「全く何が業務なんだか」

「まあいいじゃない。いい記念になるわよ」

 はぁ〜

 車の中で大きなため息をつく俺の目の前にレース場の巨大なスタンドが迫ってきた。

 本当にやらなきゃならないのか。






「おはようございます」

「おはようございまーす」

 久美が元気よく『チームTS』の控え室に入っていく。その後に続いて俺も挨拶しながら部屋に入った。こんなところでもすっかり立場が逆転している。

「ほら、もっと背筋を伸ばして。しゃんとしなさいよ。これだって立派な営業なんだから」

 久美がちょっとおどおどしている俺に向かって囁く。

「いやそれは俺だってわかってるさ。でもなぁ」

「いい加減観念しなさいな」

「お、広岡さん来たね、その子が最後の一人かい。これでようやく揃ったようだね。じゃあよろしく頼むよ。君、えーっと」

「安田久美です」

「安田・・・久美ちゃんか。更衣室は突き当たり左にあるから。そこでこれに着替えてきてくれ。それから打ち合わせだ」

「は、はぁ」

 マネージャーらしき人が小振りの紙袋と箱を俺に手渡した。どうやらレースクイーン用のコスチュームと靴が入っているらしいが・・・

 紙袋を持った俺は、何となくいやな予感がした。小さいし、それにやけに軽い。

 言われた通り突き当たり左の更衣室に入ると、空いているロッカーを使って着替えることにした。そして渡された紙袋の中身を出してみると、

 あっちゃー

 そこに入っていたのは鮮やかなブルーカラーで統一されたコスチュームだった。パンツが超ハイレッグになっているビキニの上下、そして背中に『TEAM TS』のロゴが入った丈のやたら短い薄手の半袖の上着とミニスカート、それに極小のサポーター、光沢のあるパンティストッキングも一緒に入っていた。

「はぁ〜、本当にこれを着なきゃならないのか」

 俺はしばらくそのコスチュームを広げて呆然と眺めていたが、このままでいるわけにもいかない。どうにか意を決して長い髪をポニーテールに縛ると、着ているノースリーブの白いカットソーと黒のサブリナパンツを脱いだ。

 ブラジャーとショーツも脱いですっかり裸になると、まずサポーターを穿いた。何とも頼りなく不安感を掻き立てるそのあまりの小ささに赤面しながらも、続いて光沢のあるパンストに脚を通し、そして超ハイレッグの青いビキニパンツを穿いた。それは久美の標準より長めの脚を一層長く見せるが、覆われている部分は本当に少ない。俺は自分の股に食い込んだデルタ状の狭い生地を見て、昨晩全部剃ったのは正解だったことを思い知らされた。もし剃っていなかったらこんなものとても穿けたもんじゃない。

 穿き終えた超ハイレッグのパンツと同じ青色のブラジャーを着けて、胸をフィットさせる。そしてへその上までしかない丈の短い上着を羽織り、ミニスカートに脚を通して腰の一番くびれたところでそのホックを留めると、ようやくレースクイーンのコスチュームに着替え終えた。

「さ、さて、靴はっと」

 俺は腰を屈めて箱を開けると、中に入っていた靴を取り出してみた。

 するとそれは踵が8cmはあろうかというハイヒールだった。 

「これを履くのか。こんなのじゃあ歩けないぞ」

 恐る恐る履いてみると、かかとが高く持ち上げられて歩き難いことこの上ない。いつも履いている踵の低い通勤用のパンプスとはえらい違いだ。それでもしばらく歩く練習をしていると何とかバランスを取れるようになってきた。

 しかしこんな格好でスタッフや観客の前に出なきゃならないのか。

 ロッカールームの鏡の前に立つと、そこにはすっかりレースクイーンの姿になった久美が映し出されていた。

 これ、俺なのか!

 そう、改めて鏡に映った自分の姿を見詰めると、久美の理知的な顔とセクシーなレースクイーンのコスチュームが微妙にマッチして、何とも言えない魅力を発散していた。一瞬その姿に結構いけてるんじゃないかという気持ちを抱いたが、それ以上に自分がこんな格好をしていることに対してどうしようもなく恥ずかしい思いに囚われてしまった。

 慣れてきたとは言えスカートを穿いて人前に出るだけでも恥ずかしいのに、こんな格好で歩き回らなければならないなんて・・・

 第一ただ立っているだけなのにミニスカートからはちらりとハイレッグのパンツの股の付け根の部分が見えている。これってちょっと動いたらパンツが丸見えじゃないか。

 目の前に映し出されているその現実に、俺はその場にへなへなとへたり込んでしまった。

「安田くん、出来たかい?」

 その時ドアの外から久美が声を掛けてきた。

「駄目だ、こんな格好で・・・俺、いやだ、帰る」

「あんたねぇ」

 バタンとドアを開けて久美が入ってきた。

「主任、一度引き受けたらあなたも営業のプロでしょう。最後までやりなさいよ」

「し、しかし」

「大丈夫、その格好いけてますよ。思わず抱きしめたくなる程にね」

「それがいやなんだよ!」

「ほら、駄々こねてないで行くぞ。みんな待っているんだから」

「あ!」

 久美は俺の手を掴むと、強引に部屋から引っ張り出した。

 仕方なく俺はミニスカートの丈の短さを気にしながらも、レースクイーン姿で控え室に戻り、久美に促されて恐る恐る皆の前に出た。

「ど、どうですか」

「ほう、似合うじゃないか。安田さんなかなか似合ってるぞ」

「・・・恥ずかしい」

「もっと胸張りなさい。とってもいけてるんだから自信持って」

「そうかな」

「ねえ皆さん、そうですよね」

 久美が周囲の『チームTS』のスタッフに同意を求めると、皆うんうんと頷いている。

 そうか。俺っていけてるのか。

 そんなみんなの評価に俺はちょっとにやけてしまった。

「さあ、じゃあこれからすぐピットに行ってくれ。はい、これ」

 久美は俺に大きな青いパラソルを渡した。

「サーキットに入ったらそれを広げるんだぞ。日差しが強いし、まあ『チームTS』のレースクイーンだという目印だしな」

「なあ、チームの他のレースクイーンはいないのか・・いないの?」

「みんなもうピットに行ってるみたいだよ。安田くんも早く合流するんだ」

 それからすぐに久美や他のスタッフと一緒に控え室からサーキットに下りてピットに向かった。しかし通路で観客とすれ違うと、みんな俺のほうをじろじろと見ている。しかも胸の谷間と股間にばかりいやらしい視線が集中していた。ちょっと後を振り返るとじっと俺のミニスカートから覗くお尻を見ていた数人の男があわててその視線を逸らした。

 な、何なんだこれは、は、恥ずかしい。

 歩いていると、あちこちから舐めるような視線を感じる。シャッター音が聞こえると、思わずびくっとしてしまう。覚悟は決めたものの、やっぱり恥ずかしい。俺ははっきり断らなかったことを今更ながら後悔した。もっとも久美のことだから結局しゃにむに俺をレースクイーンに仕立てたんだろうが・・・

 サーキットに出ると、ピットの場所を教えてもらった。

「ほらあそこですよ」

 スタッフの一人がピットの一つを差し示す。

 皆でピットに入ると、中にいた監督らしき人に挨拶した。

「お早うございます」

「おはよう。君が安田久美さん?」

「はい、素人の助っ人ですがよろしくお願いします」

「ははは、いいよいいよ。メカニックもドライバーも目尻が下がってるよ。美人だしとても素人とは思えないな。まあこちらこそよろしく頼むよ。じゃあみんなに挨拶してきてくれ」

 この人がどうやらチームのオーナー兼監督の斉藤孝雄氏らしい。(後から聞いたんだが『チームTS』のTSというのはオーナーのイニシャルから採ったらしい)

 俺は斉藤氏に挨拶を済ませると、続いてメカニックのメンバーとドライバーに挨拶した。

「こんにちは、安田久美っていいます」

「ほう、久美ちゃんか。俺はドライバーの土田だ。君って今日だけなんだって。君が来てくれて今日は何だか勝てそうな気がするな」

「は? あははっ、がんばってくださいね。ところでこの車ってGT-Rですか」

「ああ、よくわかったね。市販車とは別物だがね」

「車って好きなんですよ」

「じゃあレースクイーンにぴったりじゃないか。美人で車好きで、いっそのことうちの専属にならないかい」

「え? あはっ♪ 考えておきまーす」

 土田ドライバーから美人だと言われると、何だか無性にうれしくなった。

 俺はそれから土田ドライバーとひとしきり車談義に花を咲かせた。レーサーに会って一度話がしたいとは思っていたけれど、こんな形で実現することになろうとは・・・



 さて、『チームTS』のレースクイーンは他に2人いた。つまり俺と合わせて3人だ。

「安田久美です。よろしくお願いしまーす」

「私は井原ゆかり、こっちは西村まゆ、こちらこそよろしくね。ところであなたって普通のOLさんなんだって」

「え? ええ、まあ」

「きれいな体してるのね。私たちも負けられないな」

「いえ、そんな。お二人ともきれいで、私なんか駄目ですよ」

「ふふ、お世辞はいいわ。じゃあ今日はがんばりましょう」

「それでレースクイーンのお仕事って、あたしって何をすればいいんですか」

「午前中はフリー走行タイム。その間にチームや私たちへのマスコミの取材があるわ。余裕があればフリー走行を観戦できるかもね。お昼頃に一度イベント会場に顔を出して、午後になったらピット周りでピットウォークをして一般のお客さんの応対、まあほとんど写真の撮影とサインかな。もしかしたらポラロイドチャリティにも呼ばれるかもね。2時になったらナンバーボードを持ってスターティンググリッドで土田ドライバーをお出迎えしなくっちゃね。レースのスタートは2時半。その後でもう一度ステージでイベントがあるわ。レースのフィニッシュは5時近くになると思うけれど、その前にピットに集合。みんなで応援しながらゴールを見守るの。もし入賞したら、スタッフと一緒に私たちも表彰式に出ることになるわね」

「結構忙しいんですね」

「まあ慣れればどおってことないから。じゃあがんばって行きましょう」

「はい」

「すみませーん、写真撮らせてくださーい」

 ピット近くにはすでに一般の観客が入ってきていて、あちこちからデジカメを構えた素人カメラマンたちの声がかかる。

「はーい、どうぞ」

 他の2人は愛想良くそれに応じる。

 お、俺も

「こ、こうかしら」

「はい、じゃあいきまーす」

 パラソルを広げてにっこりと微笑むと、シャッターの嵐。

 その瞬間俺の心の中で何かがきゅーっと締め付けられたような気がした。

 こんな格好を見られるって、写真に撮られることってたまらなく恥ずかしい。恥ずかしいんだけれど何でこんなに気持ちがいいんだ。

 最初はレースクイーンのコスチュームを着た自分の姿を写真を撮られることがただ恥ずかしくて、舐めるように下から向けられる視線に足も小刻みに震えていた。それが段々慣れてくるに従ってポーズを取ることに快感さえ覚えてきた。

 写真を撮られることに快感を感じるなんて、男の時には考えもしなかったことだ。

「すみませーん、こっちもお願いしまーす」

「はーい」

 呼び掛けられた声に振り返って微笑む俺。

 何してるんだ、俺って……



 ・・・段々変わっていく自分に言い知れぬ不安を感じながらも。その快感にどっぷりと浸かっていく秀雄であった。そして、そんな秀雄の姿を時折デジカメに納めながら久美はにこにこと眺めていた。



 お昼前の休憩時間に、俺はふとゆかりさんに聞いてみた。

「すみません、ちょっと聞いていいですか」

「え? 久美さん、何かしら」

「レースクイーンって何なんでしょうか」

「うーん、そうね。みんなレースクイーンってレース場の華程度にしか思っていないけれど、あたしは自分のことをピットの女神だと思って仕事しているわ」

「ピットの女神・・・ですか」

「そう、メカニック、監督、ドライバー、皆さんが最高の仕事をできるようにするの」

「それって」

「レースのことで、あたしたちにできることは何もないわ。でもね、ピットの雰囲気が良ければみんなの気合が違うものなのよ。やる気一つで順位なんてくるっと変わるんだから。だからあたしたちはこのピットがいつも最高の雰囲気でいられるようにするの」

「そうですか、それって確かに大切な事ですね」

「ふふっ、そう言えば久美さんってレースクイーンの素質があるかもしれないわね」

「え?」

「今日はね、ピットがとってもいい雰囲気なの。こんなの初めて。くやしいけれど、これってきっとあなたのおかげよ」

「そ、そんなことないです」

「ううん、もっと自信を持ちなさい。絶対この仕事に向いていると思うな。最初は緊張していたみただけれど、あなたも段々楽しくなってきているでしょう」

「そ、それは」

「まあいいからいいから、じゃあ午後もがんばりましょう。いよいよレースもスタートするしね」

「はい!」

 ピットの雰囲気か・・・確かに和やかな中にも緊張感があってとっても居心地がいい。ゆかりさんと話していると、ふと自分の職場のことを思い浮かべた。

 そうか、俺は……




 午後も取材を受けたり、トークショーに参加したりと忙しかった。そしてピットウォークすると相変わらず大勢の素人カメラマンに追いかけられた。レースがスタートする頃には俺はもうすっかりレースクイーンになりきってゆかりさんとまゆさんと三人一緒にカメラマンの前で当たり前のようにポーズを取っていた。

 そうしてレースがスタートすると、それこそあっという間に時間は過ぎていった。

 俺たちが他のチームのレースクイーンと一緒にステージに立ってイベントをこなしている間にも各チームの車は順調に周回を重ね、2時半にスタートしたレースもいよいよゴール間近だ。

 レースが終盤に近づくにつれ、ピットの中も緊張感に包まれていく。

 土田の操る『チームTS』のGT-Rはその時点で4番手に付けていた。もう時間がほとんどない。このまま4位入賞かと思われたが、その時事故が起こった。

「あ!」

 先頭を快走していた車がシケインのインから無理やり抜き返そうとした2番手の車と接触したかと思うと、2台ともお互い弾き返されてしまい、先頭の車は何とコースアウトしてしまった。もう一方の2番手の車は反動で3番手の車とぶつかってしまう。そしてその間をすり抜けていく土田の車。

「これってもしかすると」

 土田のGT-Rはそのまま最終コーナーを先頭で走り抜け、スピードを上げると一気にホームストレートを駆け抜ける。そしてチェッカーフラッグが振られた。

「やった、優勝だ」

「ついてる。こんなことが」

「優勝・・・ですか」

「そうだ、優勝だ、初優勝だ、やった、やったぞ」

 ピットの中は全員大喜びだった。俺も思わずスタッフと一緒に車を降りてきた土田の元に駆け寄った。

「やったなぁ、土田」

「土田さん、おめでとうございます」

「いやぁ、ラッキーでしたよ。もう少しタイミングが遅れていたらこっちが危ないところでしたけどね」

「いや、ツキも実力のうちだ」

「はは、このツキ、久美さんが持ってきてくれたのかもしれないな」

「え?」

「さあ、土田、表彰台が待ってるぞ」

「そうですね。さあみんなで行きましょう」



 しばらくするとメインスタンド前で表彰式が始まった。表彰台の一番上でシャンパンシャワーをする土田、そして喜びを分かち合うスタッフたち。

 ああ、良かったな

 俺も感動していた。そしてただ無性にうれしかった。

 チームのスタッフと一緒に優勝の喜びに思いっきり耽った。ゆかりさんやまゆさんと一緒に抱き合って泣いた。そこには一人だけで得られる達成感とは全く違う、仲間と一緒に優勝を勝ち取ったんだという喜びがあった。

 チームの一人一人が互いに自分に与えられた仕事をこなし、それがチームとして大きな力になる。それは俺が男の時に進めていた仕事のやり方とは全く違うものだった。

 もっと女の子たちを信頼してやればこんなことにはならなかったのかもしれないなあ。

 そんなことを思いながらちらりと久美のほうを見た。

「はいこれ」

「これは」

 久美が俺に手渡したもの、それは今日の俺の写真だった。デジカメで撮った写真をもう焼いたらしい。





 写真の中では、青い大きなパラソルを広げたレースクイーン姿の久美がにっこりと微笑んでいた。そこに映った久美・・・俺は何だかとてもうれしそうに見える。

 俺ってこんな顔して写真に撮られていたのか。

「とってもいい表情ね」

「よせよ。でも俺こんな表情してたのか」

「そうよ。楽しそうだったわよ。まるでほんとのレースクイーンみたいだった」

「俺は、もう俺自身がわからなくなってきた」

「あら、あなたはあなた。それを受け入れれば良いのよ」

「そんな簡単にできるか。・・・なあ」

「え? なあに」

「本当に元に戻れないのか。今日は良い経験ができたよ。俺は何かを間違っていたのかもしれない」

「そっか……」

 久美は俺の顔で一瞬だけうれしそうに笑った。

「それに、これ以上このままだと、もう俺は」

「俺はなあに」

「本当にお前になってしまいそうなんだよ」

「あたしになってしまうのは嫌? やっぱり戻りたいの」

「それは前にも言ったはずだ」

「そうか。でもまだしばらくは駄目」

「どうしてだ」

「まだやることがあるし……あたし大きな仕事がしたいの。思い残すことがないような。それに・・・」

「それに?」

「あなたとのセックスって本当に気持ち良いんだもん。まだまだ楽しみたいしね。さあて、今晩も帰ったらやるぞぉ」

「お前なぁ」

 元に戻れない、でもそれは絶対に戻れないということではなさそうだ。前とはニュアンスとは違う久美の言葉の端々からそれを読み取った俺はちょっぴり安心した。

 仕方ない、もうしばらく久美としてがんばってみるか。

 完全に久美になってしまうのか、それとも元に戻れるのか。

 先にあるのがどちらなのかはわからない。でもなるようになれだ。

 そう割り切った俺は改めて久美をじっと見た。

「なに?」

「ううん、何でもないさ」





(了)

                                2003年7月18日脱稿



後書き
 「白い闇の中で」のお話は終わりのつもりだったのですが、何だか広岡秀雄と安田久美のその後をまだまだ描いてみたくなり、続編を書いてみました。ただし、今回の話にはゼリージュースは出てきませんでしたね。いいのだろうか・・・ 
 さて、久美の姿になって散々自分の姿になった久美に弄ばれる秀雄。そればかりかレースクイーンまでやらされることになってしまいました。でも彼の中で段々何かが変わって行ったようです。さて、彼はこのまま久美になってしまうのか。それとも元に戻れるのか。それとも・・・
 いずれまた続きを書いてみたい気がします。しばしお待ち下さい。
 それでは、ここまでお読みいただきました皆様、どうもありがとうございました。

 toshi9より感謝の気持ちを込めて。
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