「不思議な鏡」 

作:しんご



登場人物
桜庭夕美 17歳  美咲のいとこ    高校生 
青峰美咲 29歳  夕美のいとこ    教師

桜庭和馬 45歳  夕美の父親     行員
桜庭晶子 46歳  母親        主婦
青峰信二 32歳  美咲の夫      教師
青峰藍   3歳  娘
大野一志 53歳  美咲の父親     会社員
大野綾子 51歳  母親(晶子の姉)  主婦





誰もが、祖父の死を悼み会場は、涙と悲しみの音で満たされていた。
でも、夕美は一人違うことを考えていた。
「あー早く終わらないかな」と。
夕美は、5年前に死んだ祖母とはいろいろ思い出すことのできる思い出はあったが、
祖父の思いでというのは皆無に等しかった。
祖母が死んでからは、会いに行ったことも無かった。
祖父の家が遠いこともあるが、母親である晶子が祖父を介護していた兄の嫁と
どうも合わないというのが本当の理由だった。
それは母の姉つまりは夕美の叔母に当たる綾子も同じらしく、
二人はよく電話や会って話す話題といえばその嫁の悪口ばかりだった。
もちろん、夕美にとっては晶子もその嫁も二人とも叔母に変わらなかったし、
意外に嫌われ者の叔母さんが優しそうな感じの人なんで何も感じてはいなかった。
夕美は一人、祖父に感情が移ることが出来ずにいた。
ただ頭には早く帰りたいということ、
受験生には貴重な夏休みをよくも潰してくれたなという
誰に当たったらよいのか分からない怒りが沸々と沸いていた。
ふと隣の女性を見ると彼女は手にハンカチを握りジッと下を見つめていた。
アンサンブル姿の彼女は、同姓から見ても良いプロポーションだった。
誰も彼女が一児の母親とは思わないのでないだろうかと夕美は思った。
出るところは出ていて締まるところは締まっている。
ワンピースのから伸び出る、光沢の無い黒いストッキングに
包まれた細い脚は妙に大人の色気を放っていた。

「それにしても、夕美ちゃんは美咲の若いころに似てるわ」
葬儀中の悲しみに暮れていた表情とは一転していつも表情で綾子は笑っていた。
「だめよ。姉さん。いくら外見が、美咲ちゃんに似ても頭は全然似てないしね」
笑ってこたえる母親に夕美はちょっとムカッときたが、
その通りだと納得してしまった。
昔から、よく従姉である美咲と似ているといわれていた。
綺麗な美咲に似ているといわれてうれしい反面、
それが重荷にもなっていた。
美咲は所謂、才女だ。
高校生の頃の成績は、いつも一桁の順位を保っていたというのが
母親である綾子の自慢話の一つでもあった。
将来は、弁護士や医者でもと思っていた両親とは裏腹に
美咲が選んだのは小学校の教師だった。
そがいつも自慢話のオチにもなっていた。
夕美は、母親である晶子にいつもそんな美咲と比べられて、
美咲という存在がプレッシャーの実像になっていた。
でも、夕美は美咲のことを嫌いではなかった。
むしろ好きだった。
一人っ子の夕美にとって美咲を、実の姉のようにしたっていたし
美咲も夕美のことを年の離れた妹として可愛がっていた。
夕美が教育学部を志望しているものそんな美咲のあこがれからだった。
そのことを知った美咲は、自分の事のように喜んでくれて頑張れと励ましてくれたが、
偏差値が思うように伸びない夕美にとっては親のプレッシャーと同じだった。
今度の夏休みに夕美は賭けていたのだ。
だが、そんな彼女に舞いこんだのは祖母の死という報だった。


親戚中の食事の支度に、自分のやる仕事は無いだろうし
手伝っても邪魔になるだけだと一人、夕美は屋敷のある部屋に逃げていた。
「こんなところに隠れていたんだ」
「お姉ちゃん!」
「あーあ。もう夕美ちゃん、どこかに隠れるんだもん。晶子おばさん、怒ってたよ」
「だって・・・」
「それより夕美ちゃんここ何の部屋?」
美咲は、辺りを見渡しながら言う。
「うーん。分かんない」
「わぁ、大きな鏡。こんなのあった?」
美咲は、部屋の壁に備えられていた等身大の古いおおきな鏡を見ながら言った。
鏡に映るように、立つ美咲と夕美。

 ―こうしてみると、やっぱり夕美ちゃんって私の若い頃に似てる。でも、もう私は夕美ちゃんのように若くはないし。顔にも、シワが増えたし夕美ちゃんのような制服を着たら犯罪ね。でも、もう一度、女子高生になってみたいな―

―やっぱり、お姉ちゃんって綺麗。大人の女性だよね。私もお姉ちゃんのようになれたら良いな―

その時だ。

鏡がいきなり光を放った。

どのくらい経ったのだろう美咲は、意識を取り戻したときには床に倒れていた。
夕美のことが頭を過ぎり、一瞬不安にかられたが同じように倒れていた
夕美の体が動いたことで安堵した。
だが、夕美の顔を見た瞬間、彼女は恐怖心のあまり言葉を失った。



夕美編

「入れ替わるしかないよ」
私は、そう言った。
その言葉に、お姉ちゃん黙ってしまった。
黒い喪服に首には真珠のネックレスをかけている。
今日、何度も見たお姉ちゃんの服装だ。
でも、一つ違うことがある。着ているのは、お姉ちゃんじゃない。
私なのだ。
幼い顔をした子供が、不釣合いな格好をしている。
いいや、それだけじゃない。
私があの鏡を見るとお姉ちゃんの姿が映る。
私のいつも着ている制服を着ているお姉ちゃんが立っている。
私たちは、体が入れ替わったのではない。
お互いの年齢が入れ替わったのだ。
私は年をとってお姉ちゃんの年へとなった。
お姉ちゃんは、私とは逆に若返ってしまった。
それは、体が入れ替わったように思えてでも実は年が変わっただけなのだ。
だから、お姉ちゃんになったわけではない。
「そんなの無理だわ。まずは、元に戻ることを考えましょう」
お姉ちゃんは、悲しみを堪えたような小さな声で答えた。
その通りだった。
でも、私はそんなことはしたくない。
なぜならこのことを仕組んだのは私なのだ。
私は、知っていた。
この鏡が映るお互いの年が入れ替わる鏡だということは。
この鏡は、5年前に死んだ祖母のものだった。
この鏡の秘密も祖母が教えてくれたことだった。
一度、美咲お姉ちゃんになってみたい。そう思ったから・・・
「その内、元に戻るから平気だよ」
「えっ」

私はおねえちゃんにこの鏡の隠された秘密を話した。
最初は信じようとしなかったお姉ちゃんも、
今の現実には勝つことができず半信半疑で私の説明に聞き入った。
「つまり、明日にならないと元には戻れないってこと?」
「そういうこと。だから今はお互いが入れ替わるしかないよ」
「すごく前向きね・・・でもこのままではマズイもんね」
「そうだから、ここはいったん入れ替わるしかないよ」
「でも、入れ替わるっていうことは夕美ちゃんが私になるということよ。できる?」
「大丈夫だって。それだったら、お姉ちゃんこそ私になれる?」
「私は、夕美ちゃんと違って大人よ。それに、私は母親なのよ」
お姉ちゃんみたいになりたい。
その気持ちが私を突き動かしていた。
お姉ちゃんみたいになりたいが、
一瞬でもお姉ちゃんになりたいという衝動に変化していた。
「大丈夫だよ」
しぶしぶお姉ちゃんは、私の提案に納得した。

まずは、お互いの服を交換しなければならない。
「ねぇ下着も?」
恥ずかしそうに聞く、私はこう言った。
「だって胸の大きさも違うよ。今の私にはこのブラじゃ合わないよ」
12年後の私の体には、このブラは少しきつかった。
ほんの少し、大きくなった乳房がブラを外すとぶるんと震えた。
気のせいだろうか?
乳首がしっとりとベージュに翳っている。
自分の体なのに、数分前の自分ではないようことを再認識される。
逆に、お姉ちゃんの方も合わないらしい。
お姉ちゃんは自分のブラを外すと私の方へと渡す。
脱いだばっかりで熱を保っている。
「へー、お姉ちゃんこんなの付けてるんだ。」
大人っぽい黒いレースのブラジャーを渡される。
今までつけたことも無い、黒いレースのブラは、今の私にはピッタリだった。
「ショーツは良いでしょ?」
私の黄色いブラをつけて、恥ずかしそうに胸の前に腕を組むお姉ちゃんの姿は、
私そのものだった。でも・・・
「でも、そのブラにそのショーツは似合わないよ」
最初は恥ずかしそうにショーツに手をかけていたお姉ちゃんは、
心を決めたのか一気に下へと下ろした。
お互いの穿いていたショーツを交換する。
当たり前だけど、他人の下着なんて着たこともない。
第一、気持ちがわるい。
でも、なぜか私は心を躍らせていた。
まるで、本当に自分が青峰美咲という全くの他人になったような
そんな気持ちが普段の感情をも抑えていた。
お姉ちゃんの大事な場所を守っていたものが、
今度は私の大事な場所を守ってくれる。
ショーツは私の股の間に隙間無くピッタリと密着してなじんだ。
お姉ちゃんが着ていたワンピースを手に取ると、
お姉ちゃんの香水の匂いが鼻についた。
喪服なんて着たことが無かったけど、
ただ生地の手触りが、ほかの生地とは違うだけでワンピースには変わりない。
お姉ちゃんの匂いが染み付いたワンピースに、
脚を通し背中のファスナーを上げようとすると、うまく上まで閉まることができない。
お姉ちゃんに助けてもらおうと隣を見ると、
既に着替え終わったお姉ちゃんは、鏡に自分を映し見入っていた。
「私、そっくり・・・」
その姿に、私は思わず声が出た。
「そう・・・まるで昔に戻ったみたい」
お姉ちゃんは私の方を見ながらそう呟いた。
でも、その態度は自分の今の状況をまるで楽しんでいるような、嬉しそうだった。
「あの、ファスナーを上げてくれる?」
「わかった」

「これ、一志さんのお母さんにもらったものだからなくさないでよ」
お姉ちゃんは、自分の真珠のネックレスを私の首にかける。
「怖いくらい、私に似てる・・・」
私の背中でぼそっと呟く。
声のトーンは低く、とても悲しみが含まれている。
「それをいうなら、お姉ちゃんだって私にそっくりだよ」
と私は決して他の誰にも聞こえない声で言い返した。
振り返る私は、妙な違和感を感じた。
私の制服を着たお姉ちゃんは、私そのものだったけど、
いつも私が自分には無いものを身に着けていた。
逆に自分の足元を見ると私もこの喪服には似合わないものを身に付けている。
「お姉ちゃん、ストッキングを脱いで」
「えっ」
他人の下着もないけど、他人のストキングを身につけたことなど経験も無い。
そもそもストッキングを穿くことも指で数えるくらいだった。
私の穿いていた黒いソックスを渡し、変わりにストッキングを渡される。
伝線しないようにゆっくり爪先から穿き上げた。

お互い外見にあった服に着替え終えた私たちは、お互いがどう行動するか話し合った。
今日、一日をどう乗り越えるか?
どう行動すればいいのか?

「いい?今から私は夕美ちゃんで、夕美ちゃんは私だよ」
「うん」
答えた私は、あるものに気がついた。
「お姉ちゃん、指輪」
「あっ。そうね」

指輪を私の左の薬指にはめる。
これでお姉ちゃんの身に付けていたものは全て私が身に付けている。
指にはめた指輪を見ながら、まだ結婚もしてないのにと思ったけど、
でも今の私はそうは見えない。
青峰美咲という別人なんだ。



 

あとがき

「えっこれで終わり?続きは?美咲編は?」
すみません。
書いてありません。
本当はもっと書くはずだったんですけど^^;
でも書きたかったことは書いたつもりです。
この話を書くとき、服交換を書きたかったんです。
映画「ふたりのロッテ」など双子の入れ替わりには欠かせない服交換を
書いてみたかったので、とりあえずそれを書いて、
その日はそれで終わりにして書くのをいったんやめました。
そして、結局そのまま書いたこと自体、忘れてしまいました。
もう、これがどういう結末にする予定だったのかも覚えておりません。
これをアップするかどうか悩みましたけど、
最後の機会ですし、載せました。

最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
今までどうもありがとうございました。
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