若気の至り

作:夏目彩香(2003年11月16日初公開)


あれは、僕こと高沢成輝(たかさわなるき)が小学生だった頃の話です。今では若気の至りとして語り継がれていますが、その時に起こった出来事は未だに僕の人生に大きな影響を与えてくれました。その時の日記をたまたま見つけたのでその時に起こった出来事をこっそりと教えたいと思います。

 

そう、あれは僕が6年生の時でした。僕は小学校に入る前からピアノの教室に通っていたのですが、家で勉強をしなくちゃいけないとピアノの先生を家に呼ぶことになったのです。その時の僕はちょっとませていたので、ピアノの先生が来たときにはとっても興奮してしまいました。

今でもピアノの先生と初めて会った時のことをよく覚えています。今思うと、子供のくせによくもまあ大それたことをしてしまったと思います。それでも、僕が小学生だったからピアノの先生も大目に見てくれたのでしょう。

初めて会ったのは、僕の家の玄関でした。ピアノの先生が玄関に入って来た時の気持ちを僕の日記ではこう書いてあります。

今日ピアノの先生がやって来ました。ピアノ教室に通っていた時とは違って、僕の家に先生がやって来たのでとってもうれしかったです。ピアノ教室の先生はお母さんの友達が先生だったけど、玄関に急いで行ってみると若くてきれいなお姉さんが立っていました。僕はその時、感じたことが無いほど心がドキドキしていました。

初めて見たピアノの先生の印象は今でもまぶたの裏側に焼き付いています。初めて会ったが春の日でしたが、春にしてはとても暑い日だったので、今考えてみるとピアノの先生は夏の装いに近かったです。ノースリーブの白いワンピースから出た白い肌、細くて長い手の指に白いパンプス姿。小さな顔は逆光で輝かしい感じに見えて、瞳の奥にはしっかりと僕の表情が映っていて、長くてさらさらした黒髪は背中のあたりまでありました。そして、僕を見て「こんにちは」と小さなピンク色の唇を開いたのです。

こうやって僕は週に1回の土曜日だけ、ピアノの先生のレッスンを受けることになりました。ピアノの先生とはいっても音大に通う18歳の女子大生、僕のお母さんの知り合いの紹介でうちにやって来ることになったそうです。名前は乙葉京香(おとばきょうか)さん、ピアノの個人レッスンに切り替えてから、僕のピアノの実力はメキメキとあがりました。

僕にとっては待ち遠しいくらいの土曜日となりました。土曜日になると、朝から胸の中でドキドキが止まらず。ひどい時には金曜日の夜から眠れなくなっていました。それでも、ピアノの先生の京香さんがやって来ると、そのちょっとした緊張感のおかげでレッスンに集中することができました。土曜日のために毎日の練習も苦にならなかったのです。

 

そんなある夏の日のこと。夏休みに入ると僕はインターネットを使っておもしろいものを見つけました。僕のお小遣いでも十分に買える金額で、コンビニで支払いもできるようになっていたので、未成年の僕でもあるものを購入することができたのです。それは、金曜日に届けられ明日の朝に開けてみることにしました。この日もなかなか眠れなかったことを覚えています。

僕の待ち望んでいた土曜日の朝、天気は快晴です。ピアノの先生がやって来るのは午前中なので、朝ご飯を食べ終わると、僕は自分の部屋にこもって昨日送られて来た箱を開けてみることにしました。箱とはいっても家のポストに入るぐらいの小さなもので、中に入っていたのは短めの試験管でした。そして、短めの試験管の中にはなにやら白い液体が入っているのです。この試験管はしっかりと蓋がされて中の液体が漏れないようになっていました。

箱の中にはこの試験管以外、何も入っていませんでした。使い方が書いていないので、前に接続したインターネットのサイトに繋ごうとしたのですが、どうやら繋がらなくなってしまいました。お姉さんがやって来る時間が近づき、僕はどうしたらいいものか焦るようになりました。この箱の中に説明書でも入っていないかと、白い液体の入った試験管を取ってみると、その後ろにメモリーカードが入っていたのです。

さっそく、メモリーカードをパソコンに接続してあるリーダーを使って読み込んでみると、使い方のビデオが流れたのです。その時は、子供心すごいと思いながら白い液体の使い方を覚えました。使い方を覚えた頃には、そろそろピアノの先生がやって来る時間になっていたので、さっそくこの白い液体を使ってみることにしました。使い方は実に簡単でしたが、使うタイミングが問題です。この試験管をポケットの中に忍ばせてピアノの先生を待つことにしたのです。

 

それから、数分後。玄関のチャイムが今に鳴り響きまし、た僕の部屋にいながらにしてもこのチャイムは聞こえました。高鳴る鼓動を抑えながら、部屋の中でお母さんがやって来るのを待ちました。いつも、ピアノのレッスンの前は部屋で勉強している事になっているので、ピアノの先生を出迎えるのはお母さんだったからです。そして、思った通りに僕の部屋にお母さんがやって来ました。僕の部屋を軽くノックしてから、ドアを開けるといいました。

「成輝。ピアノの先生が来たわよ」

「は〜い」

僕はいつものようにピアノのレッスン道具を抱えて、ピアノが置いてある居間に向かいました。そして、居間に行くとピアノの先生がソファーに座って待っていました。ピアノの先生である京香さんは、立ち上がって挨拶をして来ます。

「成輝くん、こんにちは」

「京香先生、こんにちは。今日もレッスンよろしくお願いします」

僕はいつものようにピアノの先生に挨拶をしました。その日の服装は初めて会った日と同じ、白いノースリーブのワンピース。ひざが完全に見えるミニ丈だったことはその時、全然気にすることは無かったのですが、僕の一番好きな京香先生の姿でした。

「じゃあ、まずは先週の復習からやってもらいます」

お姉さんがそう切り出すと、僕はピアノの前に座り、先週練習したパートを弾きはじめようとしました。鍵盤の上に手を揃えた時、お母さんがやって来て、買い物に行って来るといいました。留守番を頼まれた僕は、京香先生と家で二人っきりになることになりました。しかし、これも予定通りのこと、僕がピアノのレッスンを受けている間は、いつも買い物にでかけることを知っていたからです。

お母さんが買い物に出かけると京香先生のレッスンが本格的にはじまりました。いつものように、優しく厳しい京香先生が側で見守ってくれるので、僕は頑張りました。間違ったとしても京香先生は真摯な気持ちで向かってくれるので、ピアノ教室の先生よりもずっと気持ちが楽でした。

そして、レッスンの中間までやって来るといつものように少しだけ休憩時間を与えてくれました。僕はこの休憩時間にさっきの白い液体を使ってみることにしたのです。ここで僕はソファーに座った京香先生にいつもコーヒーを出していました。その日のコーヒーも僕が煎れたものでしたが、いつもと違ってさっきの白い液体が混ぜられていました。京香先生はミルクを一緒に入れるので、混ぜても妖しく見えなかったのも幸いしました。京香先生の座っている目の前にコーヒーカップを差し出す時、カップを持つ手が少し震えましたが、ちゃんと京香先生の目の前に置くことができました。

「京香先生、コーヒーが入りました」

「成輝くん。いつもありがと」

京香先生はソファーの上で足を組み、譜面を見ながらコーヒーに口を付けていました。レッスンは2時間で、その間の10分ほどの休憩時間、この時間が僕にとって一番楽しい時間でもありました。京香先生と向かい合いながらに一週間の出来事を話すのです。いつもだと学校であったことを話のですが、この時は夏休みだったので、自由研究について話をしていました。

休憩時間も終わろうとした時、京香先生が残ったコーヒーを全て口の中に入れました。そして、化粧品の入ったポーチをバッグから取り出して、口の周りのメイクを軽く整えている時です。京香先生は強烈な眠気がやって来たのです。

「あれっ?私、どうしたのかしら、なんだかものすごくね……む……ぃ」

体の力が自然に抜けて、組んでいた足もだらんとだらしの無い格好になりました。どうやらさっきの白い液体によるものだと僕はすぐにわかりました。京香先生の意識が無くなって行くのを見ながら、僕は次の準備をはじめました。さっきの蓋を開けた試験管の口元を京香先生の口に当てたのです。そして、次の瞬間試験管の中に白い煙のようなものが見えました。白い煙が逃げないように試験管の蓋を閉めます。

これで京香先生の意識は完全に無くなったはずです。なぜなら、この試験管の中にある白い煙こそが京香先生の魂なはずだからです。目の前にいる京香先生は魂が無くなった抜け殻の状態になったのです。試験管をテーブルの上に置いて、説明のムービーにあった通り、僕は京香先生の唇に自分の唇を重ねて魂を入れていく感じを思い浮かべながら、ゆっくりと息を吹き込みました。

するとどうでしょう。一瞬気を失ったかと思うと、すぐに体の感覚が戻って来ました。目をゆっくりと開けると、目の前には人形のようになった僕が唇をこちらに向けたままの姿でした。目の前に自分の姿があるのに気づいた僕は、僕の体を床にゆっくりと置いたのです。僕はそのまま洗面所に向かって行きました。

洗面所の鏡には思った通り、京香先生が映っていました。僕が微笑むと京香先生も微笑むのです。いつも僕に見せてくれる優しい表情を、僕が盗んだのだと思いました。実は京香先生の体になって僕はやってみたいことがあったのです。僕の手よりも細くて長い指を持っている京香先生なので、見本を弾いてくれる姿がとてもきれいだったからです。

床に僕の体を寝かせたまま、さっそくピアノの前に座りました。ワンピースの裾からちょっと出た太ももがピアノの椅子に触れて、ちょっと冷たい感触が伝わって来ました。ストッキングを履いていても冷たい感触は伝わって来ます。京香先生がピアノを弾いている時のことを想像しながら、僕はゆっくりと鍵盤の上に手を持って行きました。足をペダルの上に持っていきます。

休憩時間に京香先生が見ていた譜面を置いて、まずは軽くさわりの部分から弾いてみます。僕が思った通り、指の動きがとても滑らかで、優しいピアノの音が流れます。初めて見る楽譜の曲を弾きながら、目を閉じて耳を澄ましてみると、まるで京香先生が弾いているかのようです。僕のピアノの才能と京香先生の一体感で居間は溢れかえっていました。ほんのりと甘い香りも僕の体から出ているんだと思いながら、京香先生の姿で曲を弾き続けました。




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