僕の大切な人

作:夏目彩香(2003年9月10日初公開)





あれからもう5年。僕は姉が亡くなった時と同じ17歳になった。

今日は僕の17歳の誕生日。外から入る強い陽射しによって起こされ本格的な夏がやって来たのを感じる。5年前の僕の誕生日に起こった出来事も思えば、同じような陽射しによって目覚めたのがはじめてだった。

今では都内の有名進学校に通っている。自分で言うのもなんだけど、成績は優秀でいつも学年でトップ5に入り、もちろんクラスではいつも1番だ。これと言うのもすべてはあの日の出来事から始まったようなものだ。

実は、12歳の誕生日を迎えた時、姉を交通事故で亡くしている。当時、高校1年だった姉はとても美人で可愛くて、うちの両親がよく自慢をしていたくらいだ。5歳年の離れた姉と僕との仲もよくて、いつも姉と一緒に休日を過ごしていた。そう、その事故のあった誕生日も一緒に過ごしていた。

姉は僕の目の前で交通事故に遭って、1度意識が回復しかけたものの、その後は症状が悪化を見せ、1ヶ月後に亡くなった。交通事故死にはならなくても、結局はあの忌々しい交通事故が原因だった。

僕は今日の誕生日には不思議なものを感じていた。何かが起きそうなそんな予感でもある。それは姉が死ぬ間際、意識を回復した時に言った言葉に所以する。姉は蚊の泣くような声で僕に言ったのを覚えている。

「私の分も任せたからね。私の叶えたかった夢も実現させてね」

たしか、こんな言葉だったと思う。姉のその言葉を信じて、僕は両親を落胆させることの無いように一生懸命に生きることにした。やはり勉強をしっかりやらなくてはと、突然決めた中高一貫教育の私立中学に行くことにして、そこでメキメキ力をつけて行ったのだ。

姉の亡くなった年になった僕。この年が人生で最後の年だったなんて、短い人生を生き抜いた姉のことを思わず考えずにはいられない1日になりそうだった。僕はようやく目覚めるとシャワーを浴びて朝ご飯を食べた。

母さんが準備してくれる朝ご飯は今日はいつもと違った。誕生日だから僕の好きなものばかり並べられていたのだ。昼や夜に食べるものが無くなってしまうのではと思うほど、豪華な朝ご飯になってしまった。

今は夏休み期間。ご飯を食べ終わるとすぐに自分の部屋に戻り、朝の涼しいうちに宿題を片づけることにした。もちろん、受験勉強も合わせてやる。誕生日になっても勉強はしなくてはならない、僕は姉さんが実現できなかった夢もかかっていたからだ。

集中力が途切れないように、途中で休憩を取ることにしている。その時間は決まっていて母さんが飲み物を持って来てくれるからだ。いつものように母さんが僕の部屋をノックしてから入ってくる。

今日の最初の飲み物はどうやら紅茶のようだ。最近、母さんは紅茶に凝っていて、わざわざ買ってきたなので、それをいつも飲むようになった。そして、毎年誕生日になると母さんと一緒に姉さんの使っていた部屋を開けて見ることにしている。

母さんは1週間に1度その部屋を掃除しているみたいだけど、僕は姉さんの部屋は怖くて見られなかった。なので、1年に1度だけ僕の誕生日になると姉さんの部屋を一緒に見ることにしたのだ。

あの日以来、僕が姉さんの部屋を見るのは、今年で5回目。すぐ隣の部屋なのに、見ようとしたことは無かった。母さんの願いで姉さんの部屋はずっと同じ状態で保存することにしたけれど、僕はそれが怖くて見ることができなかったのだ。

母さんに連れられて一緒に姉さんの部屋に入る。姉さんの使っていたクローゼットや机、それにベッドがそのままの形で置いてある。僕以上に几帳面な姉さんの部屋はクリーム色で統一されていて、とっても清楚な印象を受けた。

部屋の中に入ると、母さんは姉さんの位牌を目の前に立てて、正座をして座る。もちろん僕も揃えるようにして横に座った。そうなると、姉さんの使っていたものたちすべてが神聖なものに見えてくるから不思議だ。絶対に触れてはいけないもののような、そんな雰囲気がした。

姉さんの供養をしながら母さんは突然意外なことを話し始めた。

「香織(かおり)。貴之(たかゆき:僕の名前)も今日でお前と同じ17歳になったわよ。母さん、お前がいなくなってからずいぶんと寂しい思いをしているんだけれど、タカはお前の分も頑張って生きてるからね。きっと、お前の夢も叶えてくれるはずだよ」

少し間を置いて今度は僕の方を見ながら話出した。

「貴之。この部屋に入るのが1年ぶりになるわよね。今日からは貴之がこの部屋を管理しなさいね。母さんがいつもこの部屋を掃除していたけれど、いつも香織がいる時のことを思っていたのよ。でも、母さんついにわかったの。香織のことをいつまでも考えるのはいいことだけど、母さんには貴之もいるんだし、これからはもっと前向きにならなくちゃって」

結局、今日から僕はこの部屋を管理することになった。姉さんが亡くなって以来、気落ちしていた母さんも、僕が17歳を迎えたことで安心したようだ。僕も17歳を迎えて母さんと同じく、前向きな気持ちに切り替えることを決めました。

「じゃあこれからお願いね。部屋の中にあるものは全部、貴之のものにしていいから」

「全部僕のものにしていいって?これって全部姉さんの持ち物だろ。母さんの方が相応しいんじゃ」

そこまで言うと、母さんは無言のまま階段を降りて行ってしまいました。

僕にとっては大きな誕生日プレゼントになった。大好きだった姉さんの部屋が僕のものになり、その中にある姉さんの物も僕のものになった。姉弟じゃなければ姉さんと結婚したいぐらい好きだったので、この上無い機会だと思った。

僕は勉強をすることも忘れて、姉さんのベッドに横になり、姉さんがいつも見ていた部屋の光景を見ていました。整然とした物の置き方がする姉さんの部屋にいると、姉さんがいた時のことを思い出してしまいました。

ベッドから起きあがってクローゼットの中を開けると、姉さんの着ていた服がところ狭しと揃えられています。姉さんの着ていたものを見ているだけで、大好きな姉さんが今も生きている。そんな感じがしました。

クローゼットの中にある、姉さんの着ていたものを見ているとふと目に付いたのは、姉さんの高校の時の制服です。ブルー系チェックスカートとリボンがとっても可愛い夏服を見つけたのです。

この制服を見ているといろいろな思いが駆け抜けました。5年前の誕生日、姉さんが亡くなる日の朝に、姉さんから無理矢理この服を着せられて遊ばれたこともあって、この制服はよく覚えていたのです。あとで母さんがその時の写真を現像して、机の上に置かれていました。

その制服をじっと見ているとなぜか無性に着てみたい衝動に駆られ、5年間前のようにその制服を身につけ始めたのです。トランクス1枚だけになると、まずはスカートに足を入れます。5年前はずいぶんと長いスカートだったのですが、今ではひざ上ぐらいの位置になりました。ウエストにあるホックを留めると、ちょっときついけれど入りました。

今度は、上着に袖を通します。僕の肩幅が広いためか、ボタンが留まりにくく、それでもなんとか着ることができました。首元にリボンを取り付け完成です。姉さん部屋にある大きな姿見でその姿を見てみることにしました。






僕は姉さんの制服を5年前のように身につけてみました。5年前は大きかったこの制服もちょっときつくてなんとか入った感じ、目の前にある大きな姿見には姉さんの制服を着た自分の姿が映っていました。鏡の中を見ながら俺はこの制服を着た姉さんの姿を思い出していた。

スカートからはすらりとした脚が伸びて、きゅっと引き締まったウエスト、揺れる胸元、長い赤みがかった髪、白くてほっそりとした腕、小さな顔。そうやて、姉さん制服を着た自分の姿を見ながら姉さんの姿を思い出しました。すると、不思議なことに鏡の中に映し出される姿がだんだんと姉さんの姿に変わっていきました。

そして、姿見の鏡には姉さんの姿が映っていたのでした。こんなことってあり得るのでしょうか、冷や汗を拭こうと手で額をさすったのですが、なんだか感触が違います。不思議に思って自分の姿を見てみると、鏡の前に映っている姉さんの姿と同じ姿になっているではありませんか。これには僕は驚いてしまいした。

しかし、もっと驚いているのは母さんでした。僕が姉さんの姿になってしまった時に、姉さんの部屋の入口で立ちすくんでいる母さんがいたのです。これには僕もどうしたらいいのか迷ってしまいました。母さんにこのことをどうやって説明したらいいのか、すぐには思いつかないからです。

「香織ちゃん」

入口に立っていた母さんはそういいながら僕に泣きすがって来ました。

「母さん。僕だよ。貴之だよ」

僕が必死になってそう言っても母さんの耳には入っていかないようでした。

「香織ちゃん。母さん。会いたかったんだよ」

母さんのそんな姿を見ていると僕は抵抗する気も無くなって、自然に身を任せることにしたのです。母さんが泣きやむと、ようやく僕の顔を見ました。

「あなた、タカなんでしょ。母さんこの日が来るのをどれだけ待っていたことか」

母さんは遠い昔のことを思い出すかのような感じで、僕の方を見ていました。








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