好きよ好きよも今のうち(026 - 030)

作:夏目彩香(2003年11月7日更新)

026

トイレの中から何事もなかったのような表情で出て来る絵奈。絵奈の姿は周りからみればただの女子高生にしか見えないことでしょう。絵奈は敢えて立ったまま友達が来るのを待っていました。風が吹くと普通はスカートの裾を抑えるのですが、絵奈はそんなこともしないでいます。図書館を出入りする人の目は絵奈に集まっているような気がして、どうやらそれがたまらないようでした。

そんな風に待っているとまずは田島由奈がやって来ました。由奈はちょっとボーイッシュな女の子、小さいときから空手もやっていて、女らしさに少し欠けるところがあります。今日もいつものようにデニムパンツにルーズな着こなしのグリーンのブルゾン姿でした。

由奈は絵奈を見つけると、少し駆け足で近づいて来ました。もちろん、それが本当の絵奈で無いことは知るよしもありません。

「絵奈。なにその格好?今日は土曜日じゃん、学校でも行ってきた?」

由奈は絵奈が制服姿でいることに予定通り疑問を持ちました。

「たまには休みに制服着るのもいいかなって思ってね。今日はプールやってなかってし、なんか気分を変えたくて」

絵奈は由奈に見せるいつもの表情で言って見せた。心の中ではしてやったりと思っていることでしょう。

「まぁ、絵奈らしいな。変わったこと好きだから」

由奈は絵奈を疑うことも無いようだった。どうやら、絵奈がこんなことをするのは別に珍しいことでも無いらしい。

「ところで、奈美はどうしたの?一緒に来なかったの?」

絵奈が由奈に訪ねました。

「あっ。由奈はちょっと遅れてくるって、さっきメール入ってなかった?」

その言葉を聞いてカバンの中から自分の携帯を取り出すと、小窓にメールが入っている証が残っていました。確認してみると奈美からのメールが入っていました。

「さっきトイレに行ってた時にメールが来たから気づかなかったわ。そっか、奈美は少し遅れるのね。残念……」

絵奈は少し首を俯き欠けながら言った。

「そのうち来るんだから、いいじゃん。先に勉強してよう」

由奈はそう言うと絵奈の手首を掴んで先へ行こうとしました。絵奈は仕方なしに由奈について行き、一緒に静まりかえっている静寂な空間へ入って行きました。


絵奈が静寂な空間に移動した頃、祐介の部屋には恵美の不気味な笑い声が響いていました。ここには眠っている祐介と小瓶の中に入っている本物の恵美がいます。そして、真矢直樹が変身している恵美はその小瓶を右手の親指と人差し指の間に挟んでいました。

「そういえば、あんたに言うのを忘れてたけど、この小瓶は俺がつくったんだよ。他にも色や形の違う小瓶を何本かつくっておいた。それぞれに違った効果を持っている。田口はこれと同じものを1本、違うものを3本持ってるよ。今は祐介の妹、絵奈になって楽しんでるはず」

そこまで言ったところで、恵美の携帯電話にメールが届来ました。宛先は絵奈、つまり田口からのメールでした。それを一気に確認すると、小瓶に向かって再び話しかけました。

「田口は今、図書館にいるって、友達と一緒に勉強会をしているみたいだけど、それが終わったら行動に出るって書いてあるよ。いよいよ新しい小瓶の実験がはじまるってわけよ。新しい小瓶はまだ使ったことが無いから、まずはあいつに試してもらうんだ。どうだい?俺たちのやってることって愉しそうだろう?」

夕暮れ時の部屋の中、薄気味悪い恵美の笑い声には、まだまだ深い謎が隠されているようでした。

027

ここは図書館、絵奈と由奈が自習室で勉強をしています。これは絵奈の発案によるもので、もう一人の友達である奈美がまだ来ていないので絵奈はちょっと不満でした。なにしろ、絵奈にとっては由奈よりも奈美に興味があったからなのです。

大きな机が開いているのを見つけて絵奈と由奈の二人は向かい合って座っています。一緒に勉強しようと言うことでここに集まりましたが、絵奈はノートの上に俯せになりながら由奈の勉強する様子を眺めています。

由奈が心配そうに絵奈に言いました。もちろん周りに聞こえないくらい小さな声で。

「絵奈。どうかしたの?あんたやる気が無いみたいだけど……」

絵奈はシャープペンシルを持った右手を見ながら、由奈に言います。

「奈美がまだ来ないから、なんかやる気無くてね」

「絵奈ったら、私がいるじゃん。試験ももうすぐなんだから、一緒に勉強しようって言ったのは絵奈だったし、なんか嫌な感じ」

「そうだね。由奈がいるんだもの、頑張らないとね。それにしても、試験の範囲広すぎ、試験なんてしばらく受けてなかったから、こんなに大変だったなんて」

「そうだよね。久しぶりだもんね。3年になっての初めての試験だからお互いに頑張ろうよ」

そして、二人は再び勉強を始めました。


絵奈と由奈が図書館で勉強をしているその頃、佐伯奈美は二人の待つ図書館へ向かっていました。さっきメールを入れて由奈から返事が返って来たので、二人に連絡がとれてとりあえずは一安心、ゆっくりと図書館に向かっていました。

二人のいる図書館まではあと一駅まで来たところで、人身事故のために電車が遅れてしまったのです。そこで30分も電車が動かなくなったので、結局は遅れて到着することになったのです。

奈美が図書館のある駅に到着して、改札を出ると空はすっかり紅くなっていました。駅に着く前に由奈にメールをしていたので、図書館のホールで待ってもらうことにしました。駅から図書館まではすぐに着きました。図書館の入口から中に入るとホールの中には由奈では無く、絵奈が待っていました。

「待ってたよ。奈美」

出迎えてくれたのはセーラー服姿の絵奈でした。由奈が出て来ると思ったので、ちょっと意外でしたが、絵奈がちょうどトイレに行きたかったので、由奈の替わりにここで出迎えたと言うのです。

絵奈がトイレに行くと言うので奈美も一緒に付いて行くことにしました。二人は女性用トイレに入ると絵奈が一番奥の個室に入り、奈美はその一つ手前の個室に入りました。しばらくすると奈美が水を流して化粧台に向かおうとしたところ、絵奈が小さな声で自分を呼んでいるのです。

絵奈に何かあったのかと思って、奈美は絵奈の入っている個室の戸を開けました。なぜか鍵が掛かっていませんでしたが奈美は不思議だとも思わず、絵奈が俯いたままになっている姿を見つけたのです。

「どうしたの?絵奈。どこか痛いところあるの?」

奈美がそうやって絵奈の上体を起こすと、絵奈はニヤニヤとした表情を浮かべながら何か言って来たのです。

「佐伯奈美ちゃん。どうぞ小瓶の中にお入り下さい」

絵奈が右手に化粧品の試供品を入れているような小瓶を持ちながらそう言うと、奈美は周りのものが次第に大きくなっていくのを感じていました。それと同時に着ているものがするすると体から落ちて行ったのです。

そして、あっと言う間に小瓶の中へ体が吸い込まれてしまったのです。小瓶の中に入った奈美には何が起こったのかわから無い程のできごとでした。周りは全て鏡になっていて、そこには奈美の裸体が映し出されていたのです。

奈美が自分の姿をよく見てみると裸のままでした。周りは鏡ばかりしか無く、そこには裸の姿の自分がいる。外にもでられそうに無いので、絶望に暮れるしかありませんでした。奈美は小瓶の外で行われようとしていることに気づくことも無く、体の力が抜けて座り込むことしかできませんでした。

028

「絵奈、絵奈。起きてよ。目を覚ましなさいって……」

朦朧とした絵奈の意識がゆっくりと戻って来ると、奈美の声がだんだんと聞こえてきました。意識がはっきりして来ると、ひんやりとした小さな空間にいることにようやく気づいたようです。

ポニーテール姿の奈美がこっちを心配そうに見ています。自分に一体何があったのか、そして、なぜここにいるのか絵奈は思い出そうとしても思い出せません。どうやらここはトイレの1室のようでした。絵奈が目を開けたのを見て、奈美がにっこりと微笑んでいました。

「目が覚めたみたいでよかった。ずっと心配してたんだからね」

上にはスクエアカットの水色のチュニック、黒のデニムのミニフレアスカートと黒のストレッチパンツの重ね着といった姿の奈美が笑顔で絵奈に話かけて来ます。しかし、絵奈は何が起こっているのか状況を把握していないらしいのです。

「私、どうしてここに?ここってトイレじゃない、やっだ〜」

「何言ってるのよ。ここで気絶してたのを私が見つけたんだからね。突然何があったのか驚いたのはこっちの方なんだからね」

記憶を辿ってみるとプールに行くために家を出て、駅に到着してまでの所か思い出せなくなっていた。それに、どこか狭いところにずっと閉じこめられていたように思う。白いワンピースと水色のミュールは制服と黒のローファーに変わっていた。間のことが思い出せないが、自分の意思でこうなったとは思い難いことばかりだった。

「ねぇ、奈美。私、今日の朝までの記憶はあるんだけど、それから全然思い出せないんだ。どうして、ここにいるのか自分でも説明がつかないから」

「ん?そうなの?そんなことってあり得る?」

「あり得る、あり得る。朝に家を出て駅に着いたところ、そうだ!その時もトイレに行ったんだけど、その後から今までの記憶が無いの。いや、正しくはその間の記憶がはっきりしてないって感じかな。ここって図書館だよね」

「図書館に決まってるじゃない。絵奈が呼び出したんだから」

そう言いながら、奈美はちょっとふて腐れるような表情を見せた。

「そっか。やっぱり、覚えている記憶とそうじゃない記憶があるみたい。とにかく、今日の私って変だよね」

「そんな風に見えないって!少しでも一緒に勉強しようよ、外で待ってるから早く来てね」

奈美はそう言い残すとさっさと女子トイレから出て行ってしまった。絵奈は個室から出ると化粧台の大きな鏡に向かって、自分の身に起こった変化をしきりに考えていた。

(一体なんだったんだろう……私の考えすぎなのかな……それとも、これは夢の世界?)

ほっぺたをちょっと捻ってみると痛さを感じる。どうやら夢では無いようでした。

「わかんない!」

思わず頭の中が吹っ切れてしまい、絵奈は大きな声で叫んでしまいました。自分に起こった出来事は覚えていることと覚えていないことが混ざっているようでした。何かに巻き込まれていなければいいけど、そう思いながら絵奈は女子トイレの外で待つ奈美のもとへと向かいました。

029

絵奈は奈美の待っている女子トイレの前に出て行きました。

「絵奈。大丈夫?」

「うん。もう、大丈夫。わかんないことはたくさんあるんだけど、あとで家に帰ってから考えることにするから」

「それならいいけど、私が助けられることがあればすぐに相談にのるから」

「ありがとう、奈美。このこと優奈には黙っていてね。優奈がこんなことを知ったらとっても口うるさいんだから」

「わかってるって。」

「優奈が待ってるはずよね。早く行きましょ」

自習室に二人が行くと、そこには優奈が退屈そうに待っていました。二人を見るなり口が開きます。

「いつまで待たせてくれるの。心配しちゃうでしょ。トイレに行くだけなのにずいぶん長かったね。絵奈」

「うん。ごめんね。優奈。ちょっとお腹の調子が悪くて、奈美も待たせちゃった。さっきの続きを勉強しよう」

「優奈。私が遅れたせいもあるんだから、許してあげてよ。絵奈は全然悪くないんだから」

「わかった。早く席についてよ。奈美に聞きたいことがあるんだ」

優奈がそう言うと3人は静かに勉強を始めました。


3人が勉強を始めた頃、外はすっかりと暗くなっていました。祐介の部屋にいる恵美のそばで、祐介は未だに寝ていました。小瓶の中に入った恵美と話すのにも疲れ、そろそろ新しいことをはじめようと思ったのです。夜になれば絵奈が戻ってくるはず、そして、田口のことだからその時の絵奈は本物の絵奈に戻っているはず。そう考えました。

(田口が絵奈の友達になっているとすれば、それは奈美なはず。田口の奴がうまくやってるか見に行かないとな)

恵美は恵美の携帯電話を取り出すと、文恵に電話をかけはじめた。そして、電話のベルが何回も鳴り続けてからようやくのことで文恵が電話に出た。

『恵美?どうしたの?』

「あっ、文恵やっと出たね。ちゃんと家に帰ったのかなと思ってね」

『うん。家に帰って来たわよ。昨日は恵美の家で寝ていたせいか、ちょっと疲れていてね。寝ていたところよ』

「そっか。せっかく、彼の部屋に来たのに彼が疲れたのか寝ちゃってね。そろそろ帰ろうと思うの。今日は私が文恵の家に行ってもいいかな」

『そうだね。これから晩ご飯の支度をしようと思っていて、一人じゃなんだから来ていいよ。恵美は何か食べたいものある?』

「文恵がつくるんだったら何でもいいわよ。じゃあ、家の近くまで行ったらメールするわね」

『うん。待ってるね』

文恵がそういうと電話を切った。本物の恵美が入っている小瓶を恵美のバッグの中に入れると恵美は祐介の揺さぶって起こした。祐介は寝ぼけたような表情で恵美の方を向いた。

「あれっ?俺って寝てたの。ごめんな。一人で退屈させただろう」

「寝顔が可愛かったからね。起こすのも悪いなって寝かせてあげたの。あなたが寝ても一人じゃなかったから退屈じゃなかったし」

「そうか、これから何する?」

「祐介。あのね、今日はこの辺で家に帰ろうと思うの、昨日私の友達と会ったでしょう。彼女の家で晩ご飯を食べることにしたから」

「うちで食べていけばいいのに」

「まだ、私たち早いわよ。それに友達と話したいことがあるから」

「わかったよ。次はいつ会う?」

「そうねぇ。会いたくなったらメールか電話して」

「うん。わかった」

祐介と話しながら恵美は帰りの準備を終え、祐介の部屋を出ようとした。

「玄関までは送っていくよ」

祐介と恵美は階段を下りて行った。

「今日はありがとう、楽しかったよ」

「うん、私も。色々とありがとうね」

「こちらこそ」

「あっ。絵奈ちゃんによろしく言っておいてね。今度また遊ぼうって」

「おい。俺よりも絵奈の方がいいのかよ」

「女同士だもの、時にはいいでしょ」

きれいに揃えてあった白いハイヒールに足を入れると、玄関の扉を開けた。五十嵐家の番犬であるラブが恵美の方を向いて吠えてくる。

「まだ吠えられてる。私のこと警戒してるのかしら」

「大丈夫。何度もここに来たらそのうち慣れると思うから」

「それも、そうね。じゃあ、また」

祐介はサンダル姿で玄関の扉越しにいた。恵美はその祐介の頬に軽くキスをすると祐介の家を後にした。文恵の家に向かい始めたが、キスをした時の感触がなかなか消えることは無かった。

030

祐介の家を後にした恵美は文恵の家に向かっていました。もちろん、本物の恵美はバッグの中に入れてある小瓶の中に入っています。しかし、周りから見ると誰もが女性が歩いているものと思うしかないでしょう。

すっかり薄暗くなって、駅までの道は街頭が無ければ見えないほどでした。駅までの道筋で周りの視線を感じていたが、それがどことなく心地よかったのです。駅に着くとバッグの中からカードを取り出し、改札口に入れようとした時、恵美にある考えが浮かびました。

(そうだ。図書館に立ち寄ってみよう……)

そう、絵奈たちがいるはずの図書館に寄ってみようと思ったのです。もちろん、田口の奴も一緒にいるはず。そう考えると恵美は方向を変えて図書館へ向かうことにしました。改札口の前まで来ていたので、後ろを振り向くとサラリーマン風の男が恵美にぶつかって来ました。

「あっ」

ぶつかった衝撃で恵美は倒れそうになりましたが、その男の人が背中を押さえてくれて助かりました。

「どうも、すみませんでした」

お詫びをしながら、恵美はその男の顔を見ると、祐介よりちょっと年のいった感じの青年が立っていました。

「気をつけてくださいね。僕は急いでるので、これで」

そう言ってその男は改札口をくぐり抜けて行きました。そして、彼の後ろ姿を見る間も無く、恵美は図書館へ向かうことにしました。

 

少し歩くと図書館に到着。ここで勉強をしているはずなので、図書館の中にある自習室へ入ってみました。ぐるっと見回してみると高校生ぐらいの人たちが静かに勉強をしている光景が広がっていました。

その一角に見たことのある顔を見つけました。そうです。絵奈たちがいる座席を見つけたのです。どうやらみんなで熱心に勉強しているので、恵美がここに来たことを分かっていないようです。

恵美がゆっくりと歩いて近づくと、絵奈が顔を上げた瞬間に恵美に気づきました。そして、絵奈が手招きするのを見て奈美も恵美が近づいていることに気づいたのです。恵美は初対面になるはずの奈美の動きを見て、もしやと思いながら3人のもとに到着したのです。

 





本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです
・本作品についての、あらゆる著作権は、すべて作者が有するものとします
・よって、本作品を無断で転載、公開することは御遠慮願います
・感想はメールや掲示板でお待ちしています

copyright 2003 Ayaka Natsume.







inserted by FC2 system