お見合い

作:夏目彩香(2000年3月10日初公開)


 


出会い

どこの会社でも世話好きの上司はいるもので、断ることのできないことがたくさんあるのが現実の世界だ。最近は独りで暮らすことにも慣れてきて、優雅な独身生活を楽しんでいたというのに、また課長からお見合いの話をもらってしまった。

俺もお人好しな性格もあるせいか、何度となくお見合いをしている。望まないお見合いもあれば、望んだお見合いもあった。いずれにせよ、今は結婚したいという願望が薄れてしまっていて、どうでもいいような状態でお見合いにいったものである。

しかし、今回は課長から写真を見せてもらったときに驚いてしまった。そこに写っていたのは一緒の高校に通っていた同級生だったからだ、それも彼女は高校の時学年で一番の美人で、俺なんか同じクラスのくせに近づくこともそうできなかった。あれから10年の月日がたったとは言え、彼女の美しさが衰えてしまうことはないだろう。

彼女ほどの人がどうしてお見合いなんて、という疑問はあったものの、俺は二つ返事で課長にお見合いの話を承諾した。いつもは渋々なのに、あんまりにもあっさりと返事をしたせいか、課長の表情はやけに明るかった。

というわけで、俺は今日の13時からここのホテルで、たしか5度目のお見合いをすることになっている。高校のとき憧れの的だった彼女に会えることを考えるだけで、落ち着いた雰囲気の中、胸の高なりは続いていた。

それにしても俺の隣に座っている課長の方はやけに落ち着いている。さすがに何度もお見合いをし慣れているのからだろう。今回はどうやら課長もうまく行くことを信じているらしく、やけに余裕の表情を浮かべている。結婚まで漕ぎ付けたら、仲人させてくれなんて言ってくるに違いない。

約束の時間まではまだ時間があったので、トイレに行ってくることにした。課長を一人部屋に残して、トイレに向かう。用を足してすっきりするとすぐに課長の待つ部屋へと戻った。そして、時計を確認すると、約束の5分前になっていた。そろそろ、彼女がやってくるはずだ。

トントン!

扉を叩く音が聞こえ、課長が出迎えに行った。まず、課長の知り合いらしい彼女の付き添い人が軽くお辞儀をしてから、部屋に上がり、彼女もそのあとから部屋に入ってきた。

彼女は茶色いスーツ姿で、長めのタイトスカートにスリットが入っている。顔立ちは高校の時から変わっておらず、ぱっちりとした目に小さな口が印象的だった。化粧をした分だけ歳月を感じさせてくれていた。髪の長さも変わっていなくて、俺の知っている彼女のままだった。

そして、俺と彼女が向かいあうように、課長と彼女の付き添い人が向かいあうようにして、テーブルの前に座り、お見合いの席がはじまることになった。

まずは、課長が俺のことを彼女に紹介した。彼女は課長の話を聞いている間、ずっと俺の方を見ていた。高校の時以来の再会に戸惑っているのか、少し困惑した表情を浮かべていた。まさか、忘れ去られてるんじゃないかなぁ。なんて不安にもなった。

次に彼女の付き添い人が彼女のことを紹介してくれた。しかし、高校から今までの話については深く触れず、最近になってようやく結婚しようと思い始めたことを聞かされた。ちょうどよく課長から俺を紹介されたので、彼女もお見合いする気になったそうだ。彼女ほどの人ならばどんな男だって一度は付き合ってほしいものだが、今まで交際をしてきたことはないと言っていた。

お互いの紹介が終わると課長と彼女の付き添い人が部屋を出て行った。ここから先は二人っきりで話を進めていくことになる。当然のことながら俺と彼女の二人っきりである。和室のピーンと張り詰めた雰囲気が益々緊張感を高め、お互い話を切り出すことができないでいた。

「あのー」

お互い同時に声を掛け合ってしまった。なんて具が悪いんだろうか……そして、彼女が譲るような仕草をしたので、

「高校の時、覚えてますか?一緒のクラスだったの」
と一番聞きたかったことを聞いてみた。すると、
「卒業アルバムで見たことがあるから、たぶんそうだったんですね」
と彼女は答えた。よっぽど俺は印象が薄かったんだろうか。

「じゃあ、一応は覚えていてくれたんだ。どうして、彼氏できなかったのかなぁ?」
俺は最初から何を聞いているんだと思いながらも、多少強引に聞いているようだ。
「それは、今まで男の人を意識しないと思ってたんです。ようやく諦めがついて、もうそろろそろいいかなって」
「もうそろそろいいかな?って?」
「いえ、何でもないんです。ただ、あなたなら大丈夫かも知れません」
「大丈夫って?」
「それも今はなんとも言えません。私のことどう思います?」

これは意外だった。彼女の方からそのことを聞かれるって言うのは。

「高校の時は憧れていました。だから、今こうして会えてとても嬉しいです」
「そうなんだ。じゃあ、今日だけじゃお互いのことを分かり合えるようになるのは、大変だと思うので……これから少し付き合いませんか?」
なんと彼女の方から誘われてしまった。俺は当然その気だったので、
「そうですね。その方が俺も楽です。それじゃ今日は、お互いの連絡先でも教え合いませんか?」

なんだか、俺の構想していたシナリオ通りに話は進んでしまった。

「いいですよ」

彼女はそう言うと、俺の手帳に連絡先を書いてくれた。逆に俺は、彼女の手帳に書いた。やっぱり、女性の方が字がきれいだななんてことを思いながら。お見合いの席はやけに早く終わってしまった。


夜の出来事

あれから一週間が経ち、俺は久しぶりに眠れなくなっていた。そう、あのお見合いの席以来彼女のことが頭から離れないからだ。お互い連絡先を書いたものの、彼女の方からはまったく連絡がないまま、こうなると俺の方から連絡をつけたほうがそろそろよさそうだと思った。

そういえば、彼女のメールアドレス書いてあったよな。メールで誘うのはどうだろうか、いいよな連絡先を教えてくれたんだもの……ということで、俺は早速彼女宛にメールを打ち込みはじめた。ゆっくりと、でも確実に自分の意志を伝えるために、なるべく簡単な内容にしてみた。そして、送信ボタンをカチッとクリックすると……勝手にインターネットに接続して、送信が終わると回線接続も切ってくれる。これで終わり!っと思ったら、1件のメールが届いていた。

俺の場合、メールがくる相手といったら、かなり限定される。だから、きっと友達の誰かだろうと思って、メールを開いてみると、それは、彼女からのメールだった。日付と時間を見てみると、俺とほぼ同じ時間にメールを出してるではないか。なんだか、運命的なものを俺は勝手に感じていた。彼女もそろそろ会いたがっているのか……とメールを読み始めた。


こんにちは。
この前の「お見合い」ではあまり話ができなくてごめんなさい。 まだ、心の整理ができてなくて、 あなたのことを一目見て、 安心できる人だと思って、 これから時間があったら会いませんか?
私は週末は暇なので、 その時、どこかでお話できたらと思います。 それでは、お返事お待ちしています。
彩菜



俺の書いたものと行き違いになったが、文面的にはほぼ同じ内容だった。ただ俺のには土曜日の昼頃に待ち合わせをしようと書いておいたので、たぶん、その返事が返ってくるはずだ。

俺はそれから10分おき位にメールチェックをしていた。そして、6回目のメールチェックでやっと彩菜のメールが入っていた。


大丈夫です。 あとで待ち合わせの場所教えてください。 電話でもいいですよ。
彩菜



そうだそうだ、携帯電話の番号も知っていたんだから。電話をかければすぐに連絡がとれるのを忘れていた。とは言え、今日はもう夜遅いので、明日にでも電話で伝えることにした。今日は、ようやく眠れる夜になったみたいだ。俺は興奮しながらもようやく手に入れた幸せを感じていたのだ。


喫茶店で

俺はあの次の日に電話を入れ、彩菜とデートの約束を取り決めた。今週の土曜日、12時に駅前の喫茶店で待ち合わせという内容だ。とにかく、彩菜と話をしてみたいと思っていたので、とっても気分がよくなった。眠れなかった1週間が嘘のように俺は毎日を明るく過ごしていた。

そして、初デートの日がやってきた。

俺は11時から喫茶店で待ち始めていた。今までの俺からは考えられないくらいに、時間に敏感になっている。とっても緊張していたが、それもすぐにやわらぐことになった。早くも彩菜が来たからである。純白のワンピースに身を包んでいる彩菜の姿は、今の俺にはとっても素敵に見えていた。

「久しぶりですね」
と俺が言うと、
「ええ、早かったんですね」
と彩菜が言った。

「ちょっと暇だったので、のんびりしようと思って。それで……」
「それで先に来ていれば格好付くなって思ったんですね」
「そうそう。良く分かったな。なんだか男の気持ち見透かれている見たいだね」
「それくらいは私にだってわかるわよ」

ここでお互い初めて笑顔を見せて笑った。
俺は、こんなにも自然な彩菜を見るのは初めてだった。高校時代は結構俺も寡黙だったので、話すことはなかったが、今こうして話してみると彩菜は割合とっつきやすいタイプだった見たいだ。

「もう一度、自己紹介しようか」
と俺が提案すると。
「ええ、いいわよ」
と彩菜は了承した。

「俺の名前は木村孝則(きむらたかのり)、28歳の会社員です」
「私の名前は結城彩菜(ゆうきあやな)、27歳で今の会社には派遣で来ています」
「早生まれだったんだ。どうりで一つ若いわけだ……高校の時と少し雰囲気が変わったかもなぁ。やっぱり年月は人を変えるよな」
「そう思う?というか根本的に変わって……なんでもないよ」

話の途中で彩菜は弁解を始めた。その勢いがあまりにも強かったので、俺はちょっとつっこみたくなった。

「根本的とか聞こえたけど、そういや大学時代になにかあったの?」
「その話はまた場所を変えてからするわ」
と言って黙り込んでしまった。

二人の間には一気に会話がなくなってしまった。俺はそのとき、彩菜にはよっぽどのことがあったに違いないと確信していた。ただ、俺には彩菜の過去はどうでもよく、将来のことについて話をし始めた。

「なぁ、これからの話しないか?何だか、結城さんって嫌な過去があるみたいだし」
と俺が言うと、
「うん、いいわよ。それと彩菜って呼んだ方がよくない?」
「そうだね。俺ちょっと高校時代のイメージが強くて、彩菜さんでいいかな」
「彩菜さんじゃだめ(笑)……じゃあ、これからどうする?孝則」
「うーん、俺にリードすれってことだろ。彩菜」

やっぱり呼び捨てはとても照れ臭かった。

「それじゃ、買い物したいんだけど、つきあってくれる?」
「プレゼントはできないぞ、それでもいいならな」
「いいよ。絶対何か買って貰うから!それに、こうしてるともう恋人同士みたいだよね」
「もしかして、彩菜は俺のこと好きなのか?」
「そんなんじゃないけど、やっぱり男と女なんだなって……」
「そりゃ辺り前じゃないか、何考えてんだ?彩菜は?」
「時期にわかるわよ」
そうして、俺たちは喫茶店をあとにした。


買い物

繁華街の一本奥まったところには若者たちが集まるような店がたくさんある。俺たちはここで買い物をすることにした。彩菜は洋服が欲しいというので、すぐそこのブティックに足を運んだ。

この店はオープンしたばかりらしく、新装の匂いがかすかに香っていた。結局俺は彩菜に連れられて、この店での買い物につきあわされた。彩菜が試着をしては俺に似合うかどうか聞いてきた。俺にとっては彩菜が何を考えているのかよくわからなかった。普通の恋人どうしのやりとりのようにしていることが、果たして俺にとっていいことなのか、悪いことなのか……でも、彩菜の笑顔を見ていると、自然にそんなことは忘れてしまった。

高校の時から考えてみると性格はずいぶんと明るくなっているようだった。どちらかというと寡黙な優等生的なイメージが強かったので、今の彩菜を見ていると不思議な感じさえしてしまう。

「これにする〜、ねぇ買ってもいい?」
そんな事を考えているうちに彩菜は聞いてきた。
「いいよ。それとってもよく似合ってるし、俺が払ってやるよ」
「かーっこいい〜、さっきは何にも買ってくれないようなこと言ってたくせにー」
「今の彩菜を見てると買ってあげたくなっただけだよ」
「ありがと〜、うれしーな〜」

というわけで俺は彩菜に白のワンピースをプレゼントしてしまった。

それからも店に入っては彩菜のものばかりを買っていた。もちろん俺の財布のお金は減る一方だった。最初はまったくそんなつもりのなかった俺も、彩菜のことを好きになってしまっていた。そして、将来のことも考えたくなった。

買い物を終えた僕らはいつの間にか真の恋人どうしになっていた。俺と彩菜は駅で無言の時を過ごしていた。まだ一緒にいたいという気持ちが強くなってきて、彩菜をずっと抱きしめていた。

「そうだ、俺の家にこないか?」
そう俺が提案すると。
「いいよ。ただ、まだだからね。(彩菜には秘密があるから……)」

語尾が口篭もるような感じだったので、最後の方の言葉は俺には聞こえなかったが、彩菜の口からは予想通りの答えが返ってきた。

二人は同じ駅までの切符を買って、そして、一緒の電車で俺の家の近くの駅まで向かった。駅を降りてからも、俺たちはずっと寄り添うように俺の家に向かっていた。もう二人の間は強い恋愛感情で結ばれていた。そして、彩菜を俺の家に迎え入れた。


告白

俺の家とは言ってもアパートの一室だが、ここに女性が入ったのは初めてだった。玄関には俺の靴が雑然と並べており、その中にある彩菜のパンプスは印象的だった。

居間と称しているくつろぎ部屋に彩菜を通して、テーブルに向かい合うようにして座ってみた。そして、俺は話を切り出した。

「そういえば、彩菜って高校の時はもっとおとなしい感じの子だったよな」
ポツリと俺が言うと、彩菜は困ったような顔をして、
「そうだったっけ?あんまり覚えてないんだ私」と言い返した。
「そうだよな、もう10年以上も前だから覚えてなくても当然だよな。それじゃ、彩菜って今まで結婚する気ってなかったのは何故なのかな?」
「それは……いろいろとあったからね。一番は決心がつかなかったから」
「それって、つきあったことがあるってことかな?」
「いや、今までつきあったことはないの……短大の時にあの事があって以来ね」

彩菜は何かを思い出すように話し始めた。

「あの事?って……やっぱり何かあったの?」

彩菜の表情は突然と暗くなった。

「そのこと話したら、たぶん私たち終わりになっちゃうわ」

弁明するような口調だった……しばらく重苦しい空気が流れた。俺は気分を変えようと、コーヒーをいれることにした。高校のときから自分でコーヒーをいれることに関してはうるさかったため、部屋中にコーヒーの香りが漂った。

コーヒーを彩菜に差し出すと、
「いい香りね〜、私コーヒー好きなの」
と言って、早速飲み始めた。彩菜は一口飲むと、
「変わってないね。この味……」と言うのだった。
俺は彩菜にコーヒーを出したことは今まで一度もなかったので、聞いてみた。

「俺のコーヒー飲んだことあったっけ?」
「えっ!」

彩菜はしまったというような表情を浮かべている。

「もしかして……彩菜の秘密に関係があるのか?」

彩菜は困ったような表情を浮かべていたが、やがてぽつりと答えた。

「そうなんだけど、私の秘密をお話ししたとしても、愛してくれるって約束できるんだったら、お話ししてもいいわ」
「もちろんだよ。今の彩菜が好きだから、過去に何があっても構わないよ」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあ……言うから……後悔しないでね」

彩菜は一呼吸置いてから続きを切り出した。

「実はね……私は彩菜じゃないの」
「彩菜じゃないって???」

驚きを隠せない俺とは裏腹に彩菜は話を続ける。

「私は……」
「私は……」
「私は……」
「私は……私は彩菜じゃなくて……」
「私は彩菜じゃなくて……」
「私は彩菜じゃなくて……高校のときにあなたと親友だった高木康隆なの」

と彩菜は言ったが、おかしなことを言うもんだと思った俺は、

「なの?って高木だったらそんな口調なはずないだろう」と言ってやった。

「それはね、あの日から8年もたったから、男だったことも忘れてしまってる。だから、これからの話は頑張って昔を思い出しながら話してみるよ」
「どういうことかわからないけど、俺にわかるよう全部教えて欲しい」

彩菜はそれに応えるかのように頭を一度コクっと縦に動かした。
そして、彩菜は語り始めた。

「………………あれは、彩菜が短大を卒業式の出来事なんだけど。そのとき、私の元の姿、高木康隆と結城彩菜はその頃つきあってたんだ。そうそれは俺も彩菜も20歳の春だったんだけど。卒業式が終わって2人でデートをしてたんだけどな、彩菜がどうしても行きたいお店があるって誘うからそこに行ってみた。そこはどこにでもあるバーで、彼女はどうしても飲みたいカクテルがあるとか言って、それを注文したんだ。カクテルの名前は忘れたけど、そのあとの彩菜の行動がおかしくて、俺の家に連れ込んだときはすぐに寝てしまった。しかたなく、俺もすぐに寝たんだけど。次の日に起きると俺は彩菜になっていたんだ。そして、隣にあった俺の体は動かなくなっていた。

………………そう、俺の体は死んでいた。彩菜の魂はどこへいったのか、今もわからない。俺は彩菜へ報いるために、こうやって彩菜として生きてきた。今では、すっかり俺を忘れてしまっているよ。そして、お見合いの話があった時にびっくりしたんだ。相手が、高校の時の親友のお前だったから。お前ならわかってくれるかなって思って。それで、すぐにOKしたんだ。ようやく男とつきあう決心がついたのはそのためだったんだよ。これが大体の概要だ」

「俺とお見合いだなんて、普通は即答できるもんじゃないだろうからな。それじゃ彩菜、もっと俺の言うことを聞いてもらえるか?なんでもだぞ!」
「わかってるって、俺とお前の仲だったじゃないか。なんでも聞いてやるよ!」
「それじゃあ、今度、俺とデートしよう。その時に思いっきり愛を表現してもらいたいんだけど、いいか?」
「そんなのお安い御用よ!もう彩菜は彩菜なんだからね」
「あぁ、過去なんてつまんないよ。俺は今を生きてるんだ」

そう言って、俺たちは本当の意味での付き合いを始めるようになった。



(終わり)




 

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
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copyright 2011 Ayaka NATSUME.







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