ある神社の地下(後編)
 作:岩原


降りた先は地下洞窟。歩く音のみがコツコツと響く。
新田は無言で歩くのがすこし怖くなり適当な話題を切り出す。
「自然の洞窟でしょうか」
質問の声まで反響した。
「一部はね。残りは私が少しずつ年月をかけて作っていったのよ」
数年ほど前、巫女が代替りしていたことを新田は思い出す。それは彼が水凪に出会うまでかなり前の事だったそうだが。勿論その数年間でこれだけの洞窟が作れるとは新田には思えなかった。
5分ほど歩いただろうか。遂に水凪が足を止める。
「今、明るくするから目を閉じていて」
パチンとスイッチ音がすると、先程までの暗闇は消え洞窟の終点が現れる。
同時に新田が気づいたのは、足元にある2つの木の箱。長さは彼の身長よりもやや小さいだろうか。表面には複雑な模様が描かれている札が一枚ほど貼られていた。
「これから先あなたはこの村の秘密を抱えることになる。それを漏らしたら最後、あなたもそれを聞いた人も無事で帰すことは出来ない」
それでも。
「……構いません。もう後には引きませんから」
ふっと溜息をつくかのようにして水凪が肩の力を抜く。
「何年ぶりかしらね。あなたのような目をする人を見るのは」
「僕は弱いですよ」
そういうことじゃなくて、と水凪は否定した。
「人の秘密を聞こうというなら、覚悟はしているわね?」
水凪は、今度は笑顔で質問してきた。
「水凪さんの秘密は漏らしません」
今度は新田のほうが、日常的に返してみせる。
口元に笑みを残しつつ水凪は箱に貼り付けてある札を剥がし、箱を開く。
箱のなかには患者服らしきものを身に着けている、短髪の女性が居た。
その瞳は閉じられており、呼吸をしておらずやや肌が青白い。不健康そうに見えるもののその姿は一般的に可憐だと言われる類であることが新田には見て取れた。

やや長く言葉を失っていた新田。ようやく、質問を紡ぎだす。
「生きて……いるんですか?」
「生きていないけど死んでいない。この体には『魂』が宿っていないの」
妖怪も、幽霊も信じていない新田にとってその単語は胡散臭いものだった。でもこの状況では彼にとって何を言われても信じてしまいそうであった。
「体が存在して魂が無い存在。じゃあその反対は?」
水凪の問いかけ。まさか、と新田は戦慄した。
「……魂だけの、存在」
水凪はその端正な口の端を歪め、嘯いてみせた。
「よく見ていて。キミが親愛の情を抱いた存在を。その正体を」
水凪が大きく口を開き、息を吐く。
……否、息だけではない。彼女の体から灰色の煙のようなものがじわじわと溢れ出してきているのが見て取れる。徐々に部屋の中に煙の濃度がましてゆく。新田はその様子を静観するほか無かった。
ずっと息をはき続けている水凪。その体に異変が訪れた。段々と新田よりも背丈が小さくなってゆく。違和感を覚えて水凪の足元を見ると、なんと足そのものが放り投げられた布のようにクシャリと丸まっていたのだ。今日何度となく驚かされていた彼も、さしものこの状態では小さく声を漏らしてしまうのを抑えきれなかった。
縮小はなおも続く。潰された紙風船のような彼女の足。その異常はとうとう胴体の部分まで差し掛かる。当然支える足は存在せずにクッタリしているので地面と胴体が接しているようなのだが、それでも水凪は煙をはき出し続ける。
ハッとしたように新田は彼女の胴体を支えた。彼女の表情は一変もしなかったが。
とうとう、圧縮は首にまで、そして頭も。
水凪は、布のような一枚の切れ端のような何かになってしまった。
辺りを覆う煙の中でその事を理解しようとするも、新田は呆然とする他無い。

部屋中に漂う煙。それらが濃さを変え1点に集中し始めたのを新田は見る。
ゆるやかに、しかし明確に。ある1点を目指して煙が集まる。遂にはそれが1つの球を形成した。
「……水凪、さん?」
空中に漂う煙の真球。それはより上に浮かび上がり、ちょうど新田の見上げられる限界まで昇ってゆく。
同時に足元にも新田の予期せぬ自体が起こっていた。地面から光が溢れ出している。それは地面に円と五芒星を書き、ある1片だけが水色に鈍く光っていた。
煙玉の中心から光が差し込み、その1片に強烈な光を突き刺す。周囲には冷気が漂い新田も水凪の残滓を手に持ったまま思わず身震いする。
光を受け続けていた三角形の一部は、鈍い水色からハッキリとした青色へと変化していた。

やがて、光を放出し終えた煙の玉は新田のすぐ近くまで降りてくる。片手に水凪を抱え、右手で煙の玉へと触れる。少しだけ痺れたかのような感覚を受けるが、煙の球体はくすぐったがるかのように僅かに震えるだけだった。
その後、球体は水凪の体に戻ろうとせずに箱のなかに居た少女へと近づく。
恐る恐る新田も近づいてみる。煙はその形を解き、糸のように彼女の口へと入り込んでゆく。水凪から排出された時よりも短い間隔で、全ての煙が少女へと入り込んだ。
水凪の皮のようなものを手に持ち、新田は固唾を呑んで待つ。
――――少女が目を開いた。
「お待たせしました、新田センパイ♫」
「……せ、せんぱい!?」
「だって、『この娘の体』はまだ新田センパイよりも年下に作ってありますから」
発言の一個一個が理解に追いつかない。だがひとまず確認したかった。
「水凪さん、ですよね」
「元はね」
新田はその笑い方に懐かしさを覚える。

新田は儀式の招待を『元』水凪に尋ねる。すると今回のことは初めてではないということを知った。村の生活が危機に陥ったとき、今回のような儀式を行ってきたこと。そのため数百年単位も生きていること。村を守ることで、退魔を行う人物から身を隠していること。
今までの彼の生活とは全くかすりもしなかった裏側に、一気に晒される事になる。

「今まで水凪さんと思っていた人が、全くの別人だったと」
「ちょっと違いますよ、今まで何人もの巫女をやってきただけです」
「だけって」
今はもう、木の箱から飛び起きて普通に喋っている。しかし、新田は少しだけ違和感を覚えた。
「同じ水凪さんにしては、少し元気すぎるかなぁ……って」
新田より年下に見える少女だが、水凪が優美といった感じだったのに対して彼女はいくらか快活そうに見える。
「センパイの洞察力、すっごいですね! いくらか製作時のカラダに引っ張られる部分が有るんですよっ」
なんだか調子が狂うな、と新田は感じる。そうそう、と言いながら少女は服を脱ぎだした。
「ずっと患者服だと気持ち落ち込んじゃいますんで脱ぎます!」
「ちょちょちょっとまって」
「良いじゃないですか、裸よりすっごいもの見たんですから!」
「その理屈はおかしいですって!」
新田の生死も聞かずに、あっという間に脱ぎ捨ててしまった。思わずその肢体を新田は見てしまう。
先程は不健康そうだと思ってしまったが、全身をよく見てみると意外とそうでもない事に新田は気がついた。見てくれの青白さはともかく、細く見えながらもある程度ぷにぷにしていそうなお腹の肉付き。さほど大きくはないものの、確かに存在を主張している乳房。短くしてある髪の毛は、彼女の気力あふれる姿を端的に表しているかのように見えた。
「見ちゃいましたね?」
クスクスと少女に笑われ、思わず新田の顔が高潮する。
「ご、ごめんなさいっ!」
「そこで謝るのは男の名折れです、『ラッキースケベ大成功』って喜ぶのが普通ですよ!」
「そんなことされたら嫌じゃないですか水凪さ……」
そこで、ふと今まで大事に手に持っていた水凪の『皮』を見つめる。来ていた巫女服はずり落ち、今は肌色の全身タイツのようにのっぺりとしている。目が有るはずの部分は空洞になっており、より不気味さを駆り立てていた。
「そう。今の私は『青葉』です。代替りの水凪先輩とは違うんですよっ」
指をビシリと立てて指摘してくる『青葉』。
「それじゃ、この水凪さんは……」
そうですね、と少し考えこむ少女。
「例年どおりだと神社に奉納して各種封印や解呪を施した上で焼却、なんだけど」
いたずらっぽく青葉が笑う。
「センパイ、水凪さんを『着てみませんか』?」


彼女が言いたいことは新田に伝わった。だが、脳が理解を拒む。
「着るって、僕が水凪さんを……」
「直接儀式を見ることの出来た新田センパイなら、それが出来る霊力はありますよっ」
改めて、この事態の異常さに気がつく。
きる。切る。着る。
水凪さんを。
まだあの人の暖かさの残っている彼女の残り香。
彼女のカラダには、性格には背中の部分にはいつの間にか穴が開いていた。
新田は自分でも驚くほどに呼吸が乱れていた。
幸いにして身長はさほど変わらない、しかし明らかに男の新田と女性の水凪とでは肉体も骨格も異なる。今の彼女が例え柔軟な状態だとしても着られるものとは思わなかった。
「……無理だと思うよ」
「物は試しって言うじゃないですか! ひとまず右手を通して見てください、さっき触った分が一番着やすいですから」
衣1つつけていない青葉がいきなり近づいて新田の右手を握る。その手の柔らかさにちょっとだけ心が跳ねるが、それよりも彼にとって驚くべきことがあった。
青葉が水凪の皮の右手部分をグイと押し付けると、その部分がまるで自らの手になったかのような感覚に包まれたのだ。普通ならば先ほどのように布を持ったようなスベスベとした触覚に触れるはずだったのに、である。
新田は試しに右手に握りこぶしを作ろうとしてみる。布を持つような感覚はなく、文字通りに空を掴んだ。
「これって……一体……!?」
「ほれほれ、次は両足をお願いしますっ♪」
まさか、と思いつつも水凪の皮を垂らし片足ずつ入れてゆく。
元々筋肉質ではない新田だったが、足が自分と異なるものになって一瞬バランスを失いかける。このままではパニックに陥るままだと直感的に彼は感じた。
「ええい、ままよっ」
自分自身のものになった水凪の手で、グイと水凪の頭の部分を自分の頭に重ねる。
一瞬、目に見える全てのものが暗転した。



新田にとって少しだけ頭が重かった。理由は髪の毛の量の違い、彼女は長髪だったためだ。だが、その感覚が示すのは今新田が完全に水凪になっているということ。
「よく似合ってますよ、新田センパイ。今は水凪先輩でしたっけ?」
飄々とした風に、張本人である青葉が楽しそうに告げた。対する新田、否。水凪はひどく混乱していた。
「今の自分の姿見てみますか? ちょうどワタシ用の姿見があるので試してみましょう♬」
一体洞窟のどこに有ったというのか、2、3人は映るのではないかという姿見が現れる。
初めて見る水凪のヌード姿。思わず水凪の中の人物は慌ててしまう。
「み、水凪さん! そんな姿でどうしたんですか」
「新田センパイ、身内から面白い人扱い受けてないですか?」
そうだった、と思い出す。今は自分自身が水凪さんなのだと。目の前の彼女はかなり緊張しているように見えるが、それでもなお美しくそして可愛らしかった。普段はまじまじと見つめなどしない、たわわな胸。すらりと伸びている手足。艶やかさをよりかきたてる黒髪。それらが全て自分と共に有る。自分のものである。
初めは好奇心だった。彼女の胸がどうしてこんなにも盛り上がっているのか、一寸それを確かめようとして水凪の腕で水凪自身の胸を触ってみた。
右手で触れた感覚と、右胸に触れられた感覚。そして目の前の鏡から映る光景。それら全てが合わさり、自分が水凪そのものになったことを突きつけられる。
「そこだけじゃないですよ、水凪先輩?」
水凪にとっては不意に、彼女の局部を青葉が触れた。そこに有るはずのものが無い。そして触れられる感覚は、背筋から力が抜けるのを体感する。
「ひぅっ!」
「あちゃー、倒れないでくださいね?」
慌てて水凪の肩を支える青葉。体格の変化もあるが、不意だったのも水凪にとってよく効いてしまったのだ。もう一度姿見で水凪の容姿を確認してみる。今度は青葉も一緒だ。隣に並んでいると、より水凪の艶かしさが引き立つように新田には思えた。かといって青葉が劣るわけではなく、むしろ彼女の溌刺たる雰囲気がより顕になっている。
「先輩、暗い所で2人っきりになってヤる事と言ったら1つですよね?」
考えを巡らせ、気がついた水凪は慌て出す。
「そ、それって男女でじゃないと」
「問答無用!」
ギュッと両胸を軽くつままれる。その瞬間に水凪のカラダに痺れるような感じが襲いかかる。それが快感だと理解するまで、水凪は一瞬時間がかかった。
「い、いったい……どうするっていうんですか」
「どうするもこうするも、水凪先輩にはよーく分かってもらいたいんですよ」
青葉はもう一度、水凪の体に本来備わっている『穴』をスッと撫でる。再び快楽が水凪の脳を突き刺す。
「はうぅ!」
「今の自分は『オンナ』であるっていうことをね♪」
目の前の姿見は、1人の少女と1人の女性を映し出している。どちらも一糸まとわぬ姿だが、片方は感情を寄せている人物。彼女が目の前で痴態を晒している。
イヤらしい姿でこちらを誘っているかのように見えた。
「…………。」
「せーんぱい、ポーッとしすぎですって。ほら向こうで本番いきますよー」
「……本番?」
「向こうにはアタシ専用の休憩室が有るんです。畳も敷いてありますから横になってゆっくりしましょうよ」
そうだ、休憩したい。新田は心の底からそう思った。怪奇現象を見せられたと思ったら今度は淫靡な世界にまっしぐら。彼の緊張はもはや限界に達していた。
「向こうには服もあるんでそれ着て少し寝ててください、それじゃあついてきてっ」



畳の上で、薄めの毛布を被り眠っている水凪。様々な疲れからかぐっすりと眠っている。だがそこに、1人の少女が近寄ってきた。青葉は毛布に潜り込む。
「水凪おねぇーちゃん♬」
「……すぅ……すぅ」
「ぐっすり寝ているねぇ。しかしこれから起こることに寝たままでいれるかな?」
青葉は眠りこけている水凪のハーフパンツをするりと脱がせる。このために上下共にサイズの大きめな服をあてがっていたのだった。素肌が顕になり、毛布一枚にのみ包まれている水凪。彼女はまだ目を覚まさない。
「ここまで行くと肝っ玉がありますねセンパイ♪ ……そういう所も好きだよ」
下着の一部をずらしつつ、青葉が狙うのは彼女のワレメ。顔を近づけ、舌をだしペロリと舐めあげる。
「ひゅぃ!?」
全身をビクつかせようやく目を覚ます水凪。しかしこの体勢から逃れることは出来ず、そのまま勢い良く立ち上がった青葉に押し倒されてしまう。小柄な割に体力があり、とっさにはねのけることが出来なかった水凪は青葉と密着する形になる。
「そんな顔しちゃって、可愛いんだー先輩ったら」
水凪の返事を待たず、青葉はぐいと顔を近づけて口づけをする。クチビルと唇とを合わせるだけのものではなく、青葉のほうから舌を入れ込んでくる。
「んっ!? んんんっ!?」
呼吸を塞がれ、鼻息荒くなる水凪。侵入してくる舌を防ぐことも出来ず、ただ荒い息をひたすらに沈めようと呼吸している。先程までの元気そのものを表していたような姿は、今や水凪の内の人物を興奮させようと誘惑する妖艶な気をまとっていた。水凪の動揺しているその隙を見逃さずに青葉は次の手を打つ。青葉の右手は水凪の胸に迫り、優しく摘む。
「プハッ……ケホッ……あふぅ……」
「今の姿、とーってもイヤラしくって可愛らしいですよ、センパイ」
ようやく口づけを中断し、青葉がくすくすと笑いながら呟く。その言葉が水凪に届いているかは青葉には分からなかったが、今日はとことんまでやる気で居た。
「今日は先輩の記念日ですよっ、誕生祝いで就任祝い。だから今日は徹底的に楽しませてあげます♬」
傍目から見れば楽しんでいるのは青葉の方だが、水凪もその事を指摘できない。既にこうすることがとても気持ちの良いものだということが感覚に刻まれていく。
女性だけの快感。
憧れである水凪として自分が振る舞うこと。
新田少年にとっての理性がどんどんと侵されてゆく。
「気持ちを楽にして下さい、力を抜いて。最後の一撃をキメてあげますから」
水凪にとって不穏な一言が聞こえる。青葉は決して凶器の類を持っては居ない。では一体。
水凪が考えるより先に青葉は行動していた。
「スポットライトをあててあげますからね? ここだったかな……こっちかなー……?」
「えっ、ちょっとまっ……!?」
青葉は既に水凪の秘部に指を入れ込んでいたのだ。そのまま肉壁から探し求める。
青葉の探していたザラリとした感覚は数秒と経たずに見つかった。
「ふむっ! むぅ~っ!」
あまりの衝撃に、毛布を噛みしめて耐えることしかできない水凪。
「『私』のころにじっくり開発してたかいがありましたねっ」
それじゃあ、と水凪の耳元で青葉が囁く。これからの時間をじっくり、お互い楽しむために。
「これから、本番イッちゃいますよ♪」




『儀式』から数日後。
無事に雨は振り、水不足から村は開放された。新田は肝試しのネタに困ったものの、巫女さんが残ることで話題は無事にお流れとなった。
そう。水凪は村に残ることになったのだ。
「水凪せんぱーい、お茶が湧きましたよ」
「ええ、少ししたら行くわ」
水凪の中には新田が居る。時折彼女の皮の中に入り込んで神社のお手伝いをする。そういうことになったのだ。水凪と慣れ親しんだ人も決して少なくはなく、村人はこのニュースを喜んでいた。
「とはいっても、ばれないかヒヤヒヤするなぁ……」
基本的に記憶は肉体に宿るため、会話に支障はないがふとした時に『新田』としての癖が出る。その事を指摘するのは青葉だけだったが。
箒で神社を掃き終えて、一旦青葉の元に戻る。新田としても、水凪としても生活している彼。彼にはまだ分からないことがあった。
「どうして水凪さんのマネをすることになったんだろう……」
明確な答えがでないまま、茶室へと向かう。そこには既に下着姿になっていた青葉が居た。
「ちょっ、青葉ちゃん!?」
明らかに誘惑してきている。小柄な体をしなやかに近づけて水凪を扇情する。
「良いじゃないですか水凪先輩、それとも新田センパイ? 今日の学校は大変だったんですよー宿題も沢山あって。だからストレス発散がてらに1回」
「どんな理由ですか!?」
新田の疑問はあっさりと流れることになった。





inserted by FC2 system