teruさん総合







               『皮剥丸夢譚』


               3・全て世は事も無し


遠くで何かがざわつくような気配がする…… まるで昔にTVで観た大河ドラマの合戦シーンに立ち会っているような……

うっすらと目を開けると自分が薄暗い部屋の中で寝かされている事に気づく。 
ここは喧噪に沸く広い野っ原なんかではなく静かな部屋の中……

「ん?ここは……」
布団を押し上げて上半身を起こして周りを目を懲らす。 
どうやら、ここは昼間に来た秋奈の部屋のようだ。

「あら、清彦さん気がついたのね?」
部屋の中の気配に気づいたのか障子を開けてお母さんが部屋に入ってきて電気を灯す。

「あ、お母さん? えっと、俺は……」
「よかったわ。 すぐにお父さんを呼んできますからちょっと待っててね?」
そう言うとすぐに部屋を出て行ってしまった。

顔を下げて自分の姿を見ると、どうも着物の寝間着を着せられているようだ。 寝ている間に着替えさせられたようだ。 壁には気を失う直前まで俺が着ていた巫女装束が掛けられている。

「俺はあれを着て踊っていたのか……」

思い出すと恥ずかしくなるな。 汗で透け気味の白衣(びゃくえ)は確か、胸の先が透けていたような気がするし、袴の下はスッポンポンで踊る度に股間をスキマ風が嬲っていたし…… 
何人かのエロオヤジが鼻の下を伸ばしてたのを見たし……

踊っている間、姫の想いが俺の中に流れ込んでいた。 舞っていたときはパニクって気づかないでいたがいくつかの情報は俺の中に流れ込んでいた。 多分、それは俺の前世の想い……

てか、あれ? 
あれだけ汗掻いていたのにかなり綺麗だよな、巫女服? 洗濯したのか? それにしても夏とはいえ、そんなに早く乾くものなのか?

「清彦くん、目が覚めたそうだね」
巫女服を確認しようと立ち上がりかけたところにお父さんが部屋に入ってくる。

「あ」
四つん這いで入り口の方に尻を向けているハンパな体勢でお父さんをお迎えしてしまった……
浴衣の寝間着にノーパンのオケツ……

「な、なんだ?」
「あ、いえ。 なんでもないです」
俺は慌てて体勢を立て直し、浴衣を整えて布団の上にチョコンと正座する。

「そうなのか?まぁ、いい。 身体の調子はどうだね?医者は一応はただの過労だとは言っていたが」
「え?あ、あぁ、そうですね。 うん、大丈夫みたいです」
俺は座ったままの体勢で腕を回してみたり、身体をひねってみたりして身体の調子を確かめる。
うん、眠ったせいか身体も軽いし、意識もすっきりとしてる。

「そうか。 一昼夜眠り続けていたから心配したよ」
そう言ってホッとしたような顔になるお父さん。 って、一昼夜!?

「はい?一昼夜? 俺って丸一日も眠ってたんですか!?」
「正確には昨日の昼過ぎから、今は翌日の七時だ」

「丸一日と六時間程なのか……」
「まぁ、それだけの気力と体力が必要だったからね。 清彦くんは自分の身に起こった事をどれくらい覚えているのかな?」
お父さんに尋ねられて俺は倒れる前の出来事を思い出す。

「えっと…… 座敷で男の人の姿を見た途端に俺の身体のコントロールを誰かに奪われて、身体が勝手に庭に出て行って舞いを舞った所までですかね? 俺に乗り移ったのって伝説にあるお姫様ですか? 
最後に誰かが呪が払われたと言ってるのを聞いたような気がするんですけど?」

「そうか。そこまで覚えているのなら話は早い。 君に憑いたのは確かに姫だが、正確には憑いたワケではなく、あの姫は間違いなく君自身で、一時的に前世の記憶が甦ったのだよ」
「えっと、やっぱり俺の前世が伝説の姫? 自覚がないんですけど?」

「生まれ変わってしまえば姫と君とは別人と言っても差し支えはないからね。 姫が生前に放った呪のせいで一時的に姫の情報が君の身体に甦ったのだよ。 ただ、もう姫は目的を果たしたから多分、二度と目覚める事はないだろう」

「目的というのはこの村にある呪具の浄化ですか?」
「その通り。 ウチの村で作られた呪具は全て浄化されてしまったよ。 村の外に持ち出してあるわずかな呪具も例外なく無力化された事も確認した。 そして村の結界も見事に消えてしまった」
そう言って微笑むお父さん。 

その微笑みの中に若干の脱力感が含まれている事に気づく。 
何百年も守られ続けていた村の存在が自分の代で役目を終えるというのは、俺には伺い知れない想いがあるのだろう……

「すいませんでした」
「なにを謝る事がある? 今日ある事は四百年以上も前に予言されていたんだ。 君が謝る理由はなにもないよ。 それよりも謝るのは私の方だ」

そう言って俺の前に座ったお父さんは俺に向かって静かに床に付くほど頭を下げる。

「な、なにを?」
「私達は昨日から長老会を開いて、君の事や今回の出来事について語り合った。 今回の出来事は多分、全ては姫の放った呪によって組まれた歪んだ因果律の成した事だったのだ。 30年近い昔、私がノコノコと皮剥丸を携えて村を出なかったら、人の良い君の祖父は因果の罠に嵌まることはなかっただろう。 全ては被害者ヅラしていた私こそが原因だったのだ。 そして村の外に私がまんまと自分の皮を残していってしまったせいで因果は確実に動き出したんだ。 結果を基に原因を作り出す逆因果が動きだし……」

俺に向かって土下座をしながら理解できない言葉を紡ぐお父さん。

「あの時、多分、因果が組まれるパターンは三つあった。 弟の俊秋が村の外に住む女に子供を孕ませるパターン、私が君の祖父の子供を孕んでしまいあの居酒屋に残るパターン、そして…… 何らかの形で村の外で私達、姉弟の呪力を受け継いだ者が生まれ、孕むか孕ませる最悪のパターン。 私は自覚のないままに最後の最悪のパターンを選択してしまい、その結果。 なんの関係もなかった君たち家族を巻き込ませてしまった」

お父さんの言葉に理解がついていかない。 
なおもお父さんは語る。

「強大な呪力を持った私の皮が村の外に残されたせいで、姫の魂を落とし込む器が村の外でできる環境が整い……」

「ちょっと待って、ちょっと待って! なんだかすごくヤバイ事を告白しようとしてませんか? 俺の身体が姫の魂を落とし込む器? だったら、この俺を産んだ母さんは……」

俺の爺さんが因果の罠に嵌まった? お父さんの皮を残した? と言う事は今のお父さんは昔は別人だった? えっと…… 嫌な予感がするぞ?

「私は今でこそ、斎藤俊秋を名乗っているが、その前はこの身体の姉の斎藤俊香……」
「いや、だから、まって!」
俺は慌てて手を振ってお父さんを制止する。

お父さんが昔は女で……
そのお父さんは村の外に自分の皮を残して……
爺さんが罠に嵌まって……
その結果、姫の魂を持って俺が生まれたわけで……

詳しく聞いてしまうととんでもない真実を聞かされそうな気がするぞ?
うちの母と父の姿が脳裏に浮かぶ。 いい歳をしていつまでもラブラブな脳天気夫婦。 
しかし、中身は……

「うわぁぁぁぁ!! 言わなくていいです! 俺はまったく気にしてませんから頭を上げて下さい!」
俺は片膝立ちになって土下座しているお父さんを起こす。

「すまない。 いくら君が姫の生まれ変わりだとしても今は村とは関係のない木下清彦というまったくの別人だ。 それを巻き込んでしまったのは姫の放った呪のせいだ。 しいては私の責任だ」

「でも、それがなかったら俺は生まれて来なかったんでしょ? だったらそれに感謝ですよ。 俺が生まれて来れたんですから。 何があったかは知らないけど、母さんだって俺を産めたんですから感謝してますよ。 ……多分」
そう言ってお父さんに笑いかける。

「そう言ってもらえると助かる。 しかし、いいのかい?」
顔を上げて俺に問いかけるお父さん。

「いいっす、いいっす、問題はありません」
「そうか。よかった。 それでもとにかく、君は姫の生まれ変わりとして村では丁重に扱われるから」
ホッとしたような顔で微笑む。

「それにしても俺が姫の生まれ変わりとしてですか? なんだかおかしな気分ですね?男なのに」
「それで…… 厚かましいお願いがあるんだが…… 聞いてもらえないだろうか」
お父さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「なんずか? 俺に出来る事ならなんでもいいですよ」
「娘と…… 秋奈と結婚をしてもらえないだろうか?」

……はい?なんだか願ったり叶ったりなお願い事をされてしまったよ? 今回、俺が秋奈についてきたのは秋奈との結婚話を具体的にする為でもあったんだから、向こうから言われて拒否するわけがないじゃないか?

「いいですよ、どっちかというと俺の方からお願いをしようと思っていたんですから」
「本当かね? ありがとう、清彦くん。 あんな娘だが私にとっては大事な一人娘だからね」
そう言って嬉しそうに俺の手を取る。 そんなに感謝される事か?

「そう言えば、秋奈はどこですか? 身体を元に戻さないと……」
そう言って俺は周りを見渡す。

「えっ?」
お父さんが意外な事を聞いたと言う風に目を丸くする。

「え? いや、だから俺達の身体を元に」
思わず問い返す俺。

「そうか。姫として覚醒していた記憶があるので理解していると思ったのだが……」
そう言って少し困ったような顔をするお父さん。

「え?ひょっとして秋奈に何かあったんですか?」
「いや、秋奈もだが、君もなんだよ」
そう言って少し躊躇ったあと、口を開き意外な事を告げる。

「清彦くん、君はもう私の娘の秋奈なんだよ。 秋奈も清彦くんとして生きる事になる」

「はあぁ!? え?それってどういう…… ひょっとしてそれは何かの罰ですか? 俺と秋奈が皮剥丸をおもちゃにしていたから? だったら謝りますから戻して下さい!」
そう言って俺はお父さんに訴える。

「違うんだよ、清彦くん。 君は姫になったときに何をしたか覚えてるんだよね?」
困ったように俺に問いかける。

「え?あ、結界! 結界を壊してしまった事がいけないんですか? でも、俺には直す事なんて出来ませんよ!?」
「それはいいんだ。 どちらかというと村人は結界がなくなったことに感謝している」

「だったら、呪具を払ってしまった事ですか?」
「うん、それが問題なんだ。 君は全ての呪具を一つ残らず払ってしまった」

「でも、俺にはそっちの方も直せませんよ?」
「うん、君が寝ている間に心当たりのある所に聞いて廻った。 それで判ったのは、術式も不明な呪具
を元に戻すのは不可能だと言う事だった」

「だったら…… え? ……あれっ? と言う事は…… あれれ?」
「気づいたようだね? 君は全ての呪具を払ってしまった。 皮剥丸を始めとする全ての呪具を」

「皮剥丸を始めとする……?」
えっと、それはつまり皮剥丸が使えなくなったという事で…… 皮を剥げなくなると言う事は……
頭から血の気が引くのがわかる。 

つまり、つまりつまりつまり、俺は秋奈の皮を着たまま一生……
お父さんがさっきから俺に対して過剰なまでに謝罪をしていたワケが理解できた。

俺はずっとこのまま秋奈として生きていくのか……
「…………」

「清彦くん?大丈夫かね?ショックが大きすぎたのか……」
ぼぉっとしてる俺に心配そうに声を掛けるお父さん。

「いえ、確かにショックですけど……」
「娘の話では清彦くんは娘の身体を気に入ってるから大丈夫だとは言っていたのだが……」

「身体を気に入っているって、それじゃまるで俺が変態みたいじゃないですか?」
「でも、娘の皮を着て出掛けたりすることに抵抗はないし、化粧も自分でできると娘が言っていたが」

「戻れるという保証があるから、女性を楽しむ事が出来るんですよ。 そのまま、一生女性をやっていけと言われて"はい、そうですか"と納得できますか?」
俺はお父さんに抗議する。 まぁ、この人に当たるのは筋違いなんだろうけど。

「出来れば君には私の娘として君の身体を持つ娘と結婚して欲しいという意味で先ほどのお願いをしたのだが、通じていなかったようだね」
「って、あれ? 俺が秋奈と結婚するというのはつまり……」

「斎藤秋奈として木下清彦と結婚してもらいたいと言う事だったのだが…… このままでは娘の秋奈は木下清彦という男性として生きることになる。 このまま、私達の娘という縁が切れてしまうのは私としては耐えられないんだよ。 だから、私の娘を婿にもらってくれないだろうか? 私と秋奈の縁を結び直して親子に戻してもらえないだろうか。 私が君の祖父にした事を考えればそんな事を言える立場
ではないのだが」
そう言って俺に向かって再び、頭を下げるお父さん。

昔、何があったのかは知らないが、この人もこの人なりに葛藤があったんだろうな。

「頭を上げて下さい、お父さん。 秋奈と結婚するのはOKだって言ったじゃないですか。 まぁ、自分が嫁になるとは思わなかったけど」
そう言って笑いかける。 心中はちょっと複雑なのだが……

「じゃあ、いいのかい? 君が私の娘として娘を婿に迎えてくれるのかい?」
「なんだか複雑な気分ですが、了解しました」
俺は笑顔を作って了承する。


「あら、お話はすみました?」
お母さんが微笑みながらお盆を持って部屋に入ってくる。

「あぁ、母さん。 清彦くんは秋奈と結婚してくれるそうだよ」
「まぁ、それはおめでたいですね。 お赤飯を炊いてきた方が良かったかしら?」
そう言いながら、お盆を俺の前に置く。 

お盆の上にはほかほかのご飯と味噌汁の入った椀、小皿に漬け物が何種類か乗っていた。

「ずっと寝ていたんですからお腹が空いたでしょ? 軽く何かお腹に入れたいんじゃない?」
それを見た途端、俺の腹が鳴る。

「すいません、いただきます」
俺はお母さんに礼を言うとお箸を取る。

「しかし、こうしていると本当に秋奈にしか見えないわよね」
湯飲みにお茶を注ぎながらお母さんが笑う。

「お母さんは娘さんの身体に他人の、それも男が入っていることに違和感はないんですか?」
俺はメシを食いながらお母さんに問いかける。

「う〜ん、そうねぇ? 秋奈の方とは夕べから清彦くんの身体のままで話をしてるから慣れちゃった。
清彦くんのことは秋奈から聞いてます。 向こうでは大変お世話になってるようね? 家事が何もできない子の世話は大変だったでしょ?」

「え?いや、まぁ。 それは俺が好きでやってる事もありますから」
「うふふ、だから、お母さんとしては娘の女子力が高くなっちゃったから、清彦くんが娘になるのは大歓迎よ?」
そう言って微笑むお母さん…… いや、いいのか?

「それにさすが父娘よね? 二人とも女の子として生まれたのに男性になっちゃうなんて……」
頬に手を当てて微笑むお母さん。
「ぶふっ!」
そして、隣でお母さんの煎れたお茶を吹き出すお父さん。

「な、なにを言いだすんだ、母さん」
お父さんが狼狽する。

「あ、この事は娘の秋奈に内緒にしていてね。 お父さんが昔は女性だったことは公然の秘密とは言え、村人は誰も口にしないので若い人は知らないのよ」 
狼狽するお父さんを余所に俺に微笑みかけるお母さん。

「ふふふ、大丈夫ですよ。 清彦さんもそのうち秋奈でいる事に慣れますよ」
「慣れますかねぇ? 元に戻れないんだから、まぁ、慣れるしかないんでしょうけど」
そう言って食べ終わったお椀を置くと手を合わせてご馳走様をする。

「はい、お粗末様でした。 清彦くん、お風呂も沸いてるけどどうする? 汗をかいていたようだから一応、昨日着替えさせる時に濡れたタオルで軽く身体は拭いておいたんだけど?」

「う〜ん、そうですね。 ちょっとお風呂をもらおうかな? さっぱりしたいし…… って、あの……
俺、この身体で風呂に入っていいんですかね?」

「いいよ。 その身体はもう君なんだから、変な遠慮はいらないから。 それに風呂に入ってリラックスすれば気分も落ち着くだろうし」
そう言ってお父さんが苦笑する。

「そうですか。なんだか娘さんの身体を勝手に使ってるようでもうしわけありませんが、お風呂をよばれさせていただきます」
そう言って立ち上がる。

「いいんですよ、それはもう清彦さんの身体なんですから。 お風呂でじっくりと確かめてもいいんですよ。 いろいろと……」
ずるっ…… 歩き出した足がずるりと滑る。

「母さん!」
お父さんが思わず叫ぶ。 いや、このお母さん絶対に何かが欠如してる。

「あ、あはは。 それじゃお風呂いただきます」
「あ、場所は……」

「来る前に入れ替わった正体がバレないようにと神社の間取りは秋奈にレクチャーされましたから」
俺は苦笑して風呂場があるであろう方向に向かう。

               *

風呂場にはいり、服……というか、浴衣の帯を解く。
浴衣の下はやはり全裸だった、まったく、なにも付けていなかった。

「いや、まぁ、完璧に下着とかを穿かされていたらそれはそれで恥ずかしいけど…… てか、浴衣でも着替えさせるのは大変だったろうな…… って、うぉっ!」
何気なく見下ろした自分の下半身……

"清彦君専用"…… ヘソの下の滑らかな曲線を描く下腹にそんな文字が書かれてあり、その中心から下に向かって矢印が……

「って、あぁきぃなぁぁぁぁ! 人が気を失ってることを良いことになにしやがってんだぁ!」
良いだろう、それなら次は三倍の速度でイかせてやろうじゃないか!

「清彦くん、どうしたの?」
俺の叫びにお母さんが戸をガラリと開けて入ってくる。

「えっ、あっ、なんでもないですよ?」
俺は慌てて足を閉じ、手でヘソの下を隠す。

「あ、あら?」
そんな俺の姿を見てお母さんが目を丸くする。 見られた?

「いや、これは秋奈のヤツが……」
「あはは、ごめんなさいね?清彦くんを着替えさせている時につい悪戯しちゃった? でも矢印は秋奈が書いたのよ?」
笑顔で舌を出すお母さん。 犯人はよりにもよってアナタですか? 意外な真犯人、見事なミステリーだな? そう言えば「清彦"君"専用」って書いてあるな……

「アナタですか…… ごめんなさいね、つい、ノリで。 だって、秋奈がこの身体は清彦君だから自分が着替えさせるって聞かないから。 だから、だったら名前でも書いておきなさいって。 私が書いたら、そしたらそれを誤魔化す為に、秋奈が専用って書いて勝手に矢印を……」
「……母娘でなにをやってんすか? 人の身体を勝手に……」
俺はガクリと肩を落とす。

「あらあら、ごめんなさいね。 でも、それは石鹸で落ちるから安心して?」
「安心してって…… お母さんは結構、暢気ですね?」
俺は思っていたことを口にする。

「暢気ですよぉ? ウチの神社は色々と秘密を持ってますから普通の神経を持ってるとお嫁さんは務まらないんですよ。 とくにウチのお父さんは娘にも言えない秘密がありますから。 清彦さんには教えましょうか?」
暢気に笑うお母さん。 いや、その話はヤブヘビになるので俺も聞きたくない。

そう告げるとお母さんは笑って行ってしまった。

素っ裸になっている事に気づいて俺は風呂場に入る。
中は簀の子の洗い場にヒノキの香りの浴槽の如何にも田舎風な風呂だった。

俺は木の椅子に座ってタオルに石鹸を付けると下腹部をこする。
「おぉ。落ちる、落ちる。 よかった、こんな恥ずかしい落書きついたままなんてたまんねぇからな。
まぁ、誰かに見せる予定もないけど……」

清彦君専用…… 
しかし、これからはそれが冗談じゃなくなるんだよな? 将来、俺が秋奈の嫁になるんだから…… 
矢印が向かう下腹部のその部分…… 
今までは秋奈からの借り物という意識だったから、気軽にセックスもしていたけど……

……あれ? てかさ? 将来は俺が赤ちゃんを産むの?
思わず股間を覗き込む。

矢印が示していたワレメ。 皮を着たばかりじゃ子宮はまだできあがっていないらしいけど、たぶん、その奥では今、子宮が鋭意建造中な筈で…… 半月もしないうちに生理が始まるらしいと秋奈が言っていた。

思わず、自分のお腹が大きくなっている姿を想像してしまう。
妊娠するってどんな感じなんだろう? 愛する人の赤ちゃんを自分のお腹に宿すって……

「ふひゃぁあ♪」
自分の想像に思わず恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして両腕を抱きしめて身悶える。

「ど、どうしたんだい!清彦君! 何かあったのかい!?」
俺の奇声に今度はお父さんが風呂場の外から声を掛けてくる。

「い、いやなんでもないっす。 大丈夫ですから!」
「そうかい? もし何かあるのなら母さんか秋奈を呼んでくるが?」

「大丈夫です。 ホント、なんでもないですから」
そう言うとお父さんは何かあったら呼んでくれと言って去って行った。

ふぅ。 いやいや、おかしな想像はやめよう。 まだ結婚もしてないんだから妊娠なんてまだまだ先の話だし? 落ち着け、落ち着け、落ち着け。 何か他の事を考えよう。

俺は立ち上がって他の場所を洗いながらなにか他の事を考えるようにした。

「そう言えば姫って……」
俺の前世だという伝説の姫。 舞を舞っている間中、俺の意識の中に姫の意識のようなモノが入って来ていた。

「入って来た言うよりも甦ってきてたんだろうな。 俺と姫は同一人物らしいから」
姫が前世で何をしたかの記憶はないが、座敷であの男性を見た途端、心臓がはね上がった気がした。

舞を舞っている間中、姫は舞いを見守る初代と呼ばれる男性を意識していたような気がする。
初代に見守られて舞う俺の体が火照っていたのは舞いのせいだけではなかったと思う。
「なんてゆうか、胸がキュンとしていたというか、風に嬲られていた股間が男を意識していたというか
…… はっ」
思わず足を閉じて股間を擦り合わせている自分に気づく。

「ふひゃぁあ!! な、なにが胸キュンだぁ! 俺は何を考えて……」
思わず簀の子の上にへたり込んで叫ぶ。 胸キュン?これはまるで思春期の女の子の意識じゃねぇか?
その感覚を俺が共有していた? それは姫の意識と俺の意識が同一だという証明。
俺の意識は姫と完全に融合しているってのか?

「き、清彦君、どうしたんだね!? 胸がどうかしたのかい!」
俺の叫びにすっ飛んできたお父さんが再び風呂の外から声を掛けてくる。

「い、いや、ホント。 なんでもないですから。 ただの一人言です!」
「ひ、一人言? それにしては大きい一人言だったね?」

「あ、あははは。 風呂があまりに気持ちいいから一人言も自然に大きくなるんですよ。 本当にここの風呂は開放的になっていいですよね? 自然の木の香りが心をリラックスさせるというか?」

「え、あ、あぁ、そうなんだ? まぁ、ゆっくりしてくれたまえ」
そう言って再び去って行くお父さん。 そっと、戸を開けてその姿を見送る……
 
俺に神経質な程に気を使ってるんだろうな。 祖父に続いて俺まで巻き込んだと思ってんだから。

俺は身体を洗い終わると湯船に浸かる。

「実際の話。 爺さんはともかく、俺は俺の自業自得みたいなものだけど、お父さんはそう思ってないんだろうなぁ。 生真面目な人みたいだし?」
風呂桶の縁に腕を掛けて天井を見上げる。

これからは俺が"斎藤秋奈"か。 まぁ、慣れる期間があったので女になるのは嫌じゃないが、それでも胸中は複雑だよな? 
湯船から顔を出しているこの胸も、湯の中で漂っているワカメの中のアワビももう俺の身体なんだよな? あの暴れん棒は俺の身体に付いていない…… 湯の中に手を入れて股間を撫で回す。

これは秋奈の身体で当然そこに男のシンボルはない。 う〜ん、一昨日使ったのが最後の別れになってしまったか…… 思わずため息が出る。

う〜ん…… でもなぁ、多分、元に戻る方法があったとしてもダメなんだろうなぁ。
姫の意識が入った時に判ったことがある。 姫の放った呪は姫の魂に掛けられている。 
つまり、俺の魂に…… 

姫の記憶の断面が甦る。

侍の同士の会話が……

『遠い未来、里の外で生まれ、呪具を使う事ができる女が里を訪れたらそれが私です。 たとえ転生によって姿形が変わり自分の記憶も忘れていようと、この呪符が里への因果を結ぶのです。 黄泉返ったら、あなたの子孫のお嫁さんに迎えてくれますか?』

死の淵で武士の一人がもう片方に語った言葉。 多分、その武士が"姫"なのだろう。 相手はこの神社の初代様……

姫の"呪"は姫が初代様の子孫のお嫁さんになる事。 つまり、俺が男に戻ろうとしても呪の持つ因果がそれを許さない。 多分、何らかの"偶然"が俺を女に引き戻してしまうだろう。 なにしろ俺の魂に掛けられた呪は"秋奈のお嫁さんになる事"なんだから。

「ははは、やってくれるよな。 俺の前世」
これはもう、自分の自業自得と笑うしかない。

"男性から女性に戻ってから帰ってくるとはなかなか芸が細かいな?"初代様が姫に言った言葉。
前世で男の姿のまま旅立ってしまったから、俺は男に生まれて、秋奈の皮を着て女となってこの村に来てしまったのか。
「本当に芸が細かいな、呪に縛られた因果ってヤツは」

「ま、悩んだって仕方がねぇし?」
俺は心にリセットを掛けるようにザブンとお湯を手ですくって顔を洗う。

そういや、秋奈のヤツはなにをやってんだ? 俺が目を覚ましてから一度も顔を出してこないけど?
まぁ、風呂場に来られても困るけど。 今は裸を見られるのは恥ずかしいし……

風呂から上がり、脱衣所に出る。
「あ、しまった。 着替えを持ってくるのを忘れた」
バスタオルは用意してあるが、着替えが無い事に気づく。 

まぁ、どうせ夜になるんだから浴衣でも問題はないのだろうけど、下着だけでも持ってくるべきだったな。 ブラはともかく、ショーツがないのは心許ない。

「さっき、お母さんが来た時に頼めば…… いやいや、さすがに娘とはいえ、女の子の下着を持ってくるように頼むのは恥ずかしいか……」
仕方なく俺はバスタオルで拭いた身体の上から浴衣を羽織って帯で結ぶ。 浴衣なんて小学生の頃の夏祭り以来、着た事はないがなんとか見られるだろう。
洗面台の鏡に全身を映してみるが、まずまずだ。

風呂場から出て部屋に戻ろうとすると、座敷の方から声が聞こえてくる。
耳を澄ましてみると秋奈の声だ。

「だから清彦は私のお嫁さんになるのよ。 ふふふ、あなた達、前に言ってたよね。 俺たちの中で一番先にお嫁さんをもらうのは誰だって?正解は私でしたぁ。 賭けは私の勝ちね? なんでも一つ言う事を聞いてくれるんだよね?」

「くそぉ、まさか女の秋奈が嫁さんを貰うとは盲点だった!」
「てか、女が嫁をもらうなんて誰が考えるかぁ!」
「というか、お前、賭けの対象に入ってねぇだろ!」
相手が秋奈にクレームを唱えているようだ。 ま、もっともな話だけど。

どうやら会話の相手は同級生か、幼なじみ達か? 俺をほったらかしておいてなにを脳天気に話し込んでんだ?

俺は腹を立ててズカズカと座敷の方に向かう。

「いやいや、あの場に私もいたんだから賭けの仲間ですよ?」
「秋奈ぁ、お前はなぁ! あれっ?」
フスマを開けて怒鳴り込んだ先には、秋奈と同級生らしき数人の男性の他にも村人達がそれぞれ雑談をしていた。 その目が一斉に俺に注がれる。

「あ、あれ? あれれ? あ、あははは。 お邪魔しましたぁ……」
誤魔化し笑いをしながらフスマを閉めようとする俺の腕を素早く立ち上がった秋奈の手が掴む。

「あ、こら、なにを」
「はいはい、皆さん。 ちゅうも〜く! これが私の婚約者の木下清彦ちゃんでぇ〜す!」
そう言って座敷の上座に俺を引っ張っていき、皆に紹介する。

「おぉ。姫だ」
「あれが伝説の……」
「あぁ、間違いない。昨日は見事な舞いじゃった」
言わないで、言わないで。 それは俺の中で黒歴史認定されました。
村人達が俺をみて歓声をあげる。

「姫って、どう見ても秋奈だよな?」
「伝説の姫の正体が秋奈だったとはな?」
「てか、こっちの秋奈の方が新鮮じゃね?」
幼なじみ達がそう言って笑い合う。 ほっといて。俺もなりたくてなったんじゃねぇから。

「てか、誰が婚約者だよ?」
「婚約者でしょ? さっき、お父さんから聞いたわよ?清彦が私をお婿さんにもらってくれるのを了承してくれたって。 違うの?」
そう言って微笑む秋奈。

「いや、まぁ、違ってねぇけど……」
「はい。だから清彦は私の婚約者!」
笑顔で俺に笑いかける秋奈の顔にちょっとドキッとする。 
いや、元は俺の顔な筈なんだが、なんでこの顔に異性を感じてしまうんだ?

「だ、だったら、俺の目が覚めたときになんで様子を見に来ねぇんだよ?」
「なに? それは焼きもち?いや、私だって行こうとしたのよ? でも、お父さんが村長さんや西村のおじさんに清彦が目を覚ましたことを伝えてこいって」

「電話でいいだろ?」
「電話のあるところにいればね? 畑とかに出ていたらつかまえられないでしょ?」

「携帯があるだろ、携帯が!」
「ふふふ、ウチの年寄り達が携帯を持ち歩いているとでも?」
「あぁ、姫。 それとウチの村はアンテナが立たない場所がいくつもあるんですよ」
秋奈と話をしていた幼なじみの一人がそう言って苦笑する。

「そうなのか?」
「そうなの。 畑どころカウチの中でも立たない家が何軒もあるのよ?」

「どれだけ田舎だよ……」
「姫。 でも、これからは大丈夫ですよ。 姫が結界を壊してくれたお陰で電波も通りもよくなるし、これからは接続用のアンテナも山の上に立ててもらえますから」

「無かったのかよ、アンテナ」
「何故か付けようとすると不都合が出来るんですよね」
別の幼なじみがそう言って笑う。

「何でもありだな、結界」
「その結界も清彦君が解除してくれたお陰でこれからはよくなるよ」
そう言って西村さんがやってくる。

「あ、西村さん。 どうも」
「おかげで昨日からね。 道の駅のあるバイパス道の車の数が増えてきてるんだよ。 今まで無視されて来た道の駅にもただの休憩目的のお客さんが停まるようになってね」

「いや、普通はそうでしょ?」
「あはは。ウチの道の駅は明確な目的が無い限り、ドライバーが停まってくれないんだよ。 トイレが我慢できないとか?」

「ダメダメじゃないですか?」
「でも、これからは大丈夫」
そう言って笑顔を向ける西村さん。

「姫様。 村長の山崎ですがちょっとお願いが……」
今度は昨日お父さんと話していた老人がやってくる。
「ん?なんでしょう?」

「実は昨日の舞いを秋の祭りの時にやっていただけないかと?」
「はぁ? 呪具や結界はもう全部解除されちゃったんでしょ?」

「いやぁ、秋祭りの村興しイベントとして姫様の舞いを目玉にしようという意見が夕べの村の会議で出ましてな」
そう言って笑顔で俺に問う村長さん。

「いやいやいや、俺はもう舞なんて舞えませんよ? 昨日のは俺の中のお姫様が舞ったんであって、俺が舞ったんじゃありませんから!」
「いや、大丈夫、大丈夫。 姫様が了承して下さるのなら、舞いの型はこの神社の俊秋さんが教えて下さいますから」

「え?お父さんが?」
秋奈が村長に尋ねる。

「そうそう。 お父さんはこの神社に伝わる巫女舞いを覚えておられるから」
「え?巫女舞いって言うと巫女さんの舞うやつでしょ? なんでお父さんが?」

「まぁ、秋奈ちゃんが生まれる前になくなった俊秋さんのお姉さんがこの神社の最後の巫女さんだったんだけど、お父さんはそのお姉さんから型を教えてもらってたんだよ」
そう言って村長が微笑む。

その姉さんって、それはお父さん本人なんだろうな…… てか、俺がその舞いを受け継ぐの!?

「おぉ、それは良い考えですなぁ?」
「昨日の巫女装束は素晴らしかった」
「あれなら観光客も呼べますなぁ」
村人の老人達がはしゃぐ。

ちょっと待て、お前ら。 お前らは昨日、俺が舞ってたときにエロい目で見てたヤツらだよな?

「とりあえず、由来としては『その昔、悪い妖怪が村を襲って村から村人が出られなくなってしまった。 その時、どこからか旅の巫女が現れて破邪の舞を舞って妖怪を退治した。 そしてその巫女は村の神社の開祖となり、村にとどまった』と言う線で話を作ろうと言う事で話はまとまっているんだがね」
そう言って村長が俺に笑いかける。

「ちょっとまて、『その昔』って昨日の出来事だろ? 『悪い妖怪』ってアナタらの先祖だよな? 村の開祖も間違ってねぇか? どこをどうしたらそういう話になるんだよ?」
「まぁ、ちょっとだけ脚色してあることは認めるが大筋においては間違ってないでしょう?」
そう言って村長と周りの老人達が笑顔でウンウンとうなづく。

「ちょっとだけ!? それはちょっとだけなんですか?」

「まぁ、時代的には数百年程のズレがある事は認めるけど、国産みの時代から考えると些細じゃな?」
「結界の解き方を伝えてなかったご先祖様も悪いわなぁ……」
「姫様は神社の娘さんになるんじゃろ? 開祖か、代を重ねてるか、は些細な誤差じゃよ?」」

「あんたらなぁ……」
突っ込む事に疲れる。 しかもこの爺達、本気で言ってるような気がする……

後に続くように俺の廻りに村人達が押し寄せて、俺に声を掛けていく。

「まさか、秋奈ちゃんが姫様だったとは知りませんでしたよ」
「婆さん、見た目は秋奈ちゃんだけど、中身がかわってるんだよ」
「いや、昨日の舞いは見事でしたなぁ」
「姫様、姫様。 ウチで漬けた漬け物ですけど食べませんか?」
口々の勝手な事をほざいていくが、皆が俺を歓迎しているのが判る。

気がつけばいつの間にか、座敷のテーブルの上には料理が並べられて酒も出され、宴会モードに入っている。

「おぉ、清彦。 こっちに来いよ」
赤い顔をした秋奈の幼なじみが笑って俺を自分達のグループに手招きする。

「人を呼び捨てかよ?」
そう言いながら老人達から離れて彼らのテーブルに行き、秋奈の横に座る。

「いや、顔が秋奈だから親しみやすいんだよ。 それにこいつ、少し酔っ払ってるから」
コップを持った幼なじみが笑って取りなす。

「まぁ、いいけどな」
そう言ってテーブルの前に置いてある煮物を指で摘んで口に放り込む。

「で、こいつらはお前の幼なじみ?」
俺は煮物の汁がついた指を舐めて、目の前の男達を指さし隣の秋奈に尋ねる。
「そうよ。 こっちの酔っ払いがゴンちゃん、隣の眼鏡がトシちゃん、で、端っこがヒデちゃんね」

「こいつら、失礼な夫婦だな? 嫁は人の事を指さすし、旦那は渾名で紹介かよ?」
ゴンちゃんがそう言って笑う。

「なによ? フレンドリーでいいじゃない。 あぁ、そうそう。 ゴンちゃんチは農家をやってるからもし食べ物屋をやる気ならここから仕入れると安くつくわよ」
「え?なに?食材をただでくれるのか?」
そう言って俺は目の前にヒデが注いでくれたコップ酒を口にする。

「まったく! 失礼な上に厚かましい夫婦だ! 金を払え、金を! こっちは丹精込めて作ってんだ」
ゴンちゃんが笑う。

「いや、安く仕入れさせてくれるなら金を払うことは吝かではないんだが、なにを作ってるんだ?」
「なんでも作るな。 野菜も果樹も牛豚、鶏もいるぞ?」

「ちょっとまて? それはいくら何でも手を広げすぎじゃないのか?」

「ウチの村は元々が隠れ里だからな。 村の中で殆どが自給自足でいる独特のシステムが出来上がってんだよ。 興味があるなら見に来いよ。 どこでも見せてやるから。 その酒だってヒデん所で造ってる酒だぞ? 美味いだろ」
そう言って豪快に笑うゴンちゃん。

「確かに美味いな。 純米、吟醸か……」
「ウチの村はご先祖様が風水とかいろんな事を調べてここに村を作ったから作物も出来が良いんだよ」
「霊脈だっけ、龍脈だっけ?それが通っているって話よね。 日本の要を押さえてるって父さんが前に言ってたわよ。 海水魚はさすがに無理だけど、他の食材は村でまかなえるわよ」


「なに? 清彦君は食べ物屋をやりたいの?」
トシちゃんが尋ねてくる。

「あぁ、清彦は料理バカ。 ジャンルを問わずになんでも作って人に食わせるのが好きなのよ。 実家が居酒屋をやってて調理師免許も……」
そこまで言ってなにかに気づいたように俺の方を振り返る秋奈。 その意味を瞬時に悟る俺。

「あぁ!調理師免許って俺は資格がなくなったのか!?」
秋奈になってるって事は清彦に発行された調理師免許は適用されないって事で……

「あぁ?入れ替わってるってイイワケはつかえないよね?」
コップ酒を傾けながら微笑むトシちゃん。

「あれ?って事は私は調理師免許が使えるんだ? 料理を作ってお金をもらえるんだ?」
ざわっ、秋奈がその言葉を口にした途端、座敷の空気がざわめく。

「え?なに?」

「だ、だれだぁ!殺し屋に殺人許可証を与えたやつはぁ!」
ゴンちゃんが吠える。
「人を苦しめて金を取る…… 人として間違ってませんか?」
トシちゃんが眉をひそめる。
「盗人に追い銭を地でいく話だなぁ……」
ヒデちゃんがつぶやく。

離れた場所では俺達の会話を漏れ聞いた老人達が無言でうなずいている。

「ちょ、ちょっと、なによぉ? そりゃ、私は料理は得意じゃないけど、見た目はちゃんとしたモノを作れるわよ?」

「だからタチが悪い。 見た目は他のヤツの料理と一緒なのに無味無臭。 かなりの食材や調味料を使ってるのに無味無臭ってなんだよ!」
「あぁ、中学の卒業式の後の懇親会のあれか。 他の人の作った料理と見分けがつかないからうっかり
食べると見本の蝋細工を食った気分になるヤツ」
「腹を壊したヤツもいたな。 毒物を検出できない毒料理…… 完全犯罪だよな?」

考えてみれば、つき合いは長いのに俺は秋奈の料理を食ったことがない。 自分で積極的に料理を作る事が俺自身を救っていたのか!

「ちょっと、清彦! なによ、その目は!」
「いや、芸は身を助ける、ってホントだなぁ、と」
そう言って俺は笑う。

「言っておきますけど、確かに私は料理だけは苦手なのは認めるけど……」
「料理だけ? 家事一般を全て俺に押しつけてる癖に?」

「うっさい。 でもね。 私にも料理についてはプライドはあるのよ?」
「ほほう? どのようなプライドが? 聞かせてもらおうか?」
ゴンちゃんがジト目で秋奈を睨む。

「教えてあげましょう。 私の料理を食べて死んだ人はいません!」
立ち上がって拳を握りしめて自慢気に主張する秋奈。

「おぉ!確かに。 ジロさんも向こうに行く直前に帰ってきたしな?」
「あぁ、三途の川の向こうで婆さんにまだこっちに来ちゃダメと言われたからな」
「ダメだよ、ジロさん。 可愛い女の子の作ったものなら、なんでも無条件に口に入れちゃ」
死にかけはしたのか、エロ爺さんズ……

「まぁ、確かに死人は出てないな」
「って、納得すんじゃないよ! 料理は本来、生死をかけて食うもんじゃねぇ! 食っても死なないは自慢にならねぇよ!」

「でも、秋奈の料理は異常だからな。 どうしたらあんな料理になるんだ?」
「何か、呪いでも掛かってんじゃないのか? 前世で料理人を大量虐殺したとか?」
トシとヒデがそう言って笑う。

「いいわよ、もう! この話はここまで!」
そう言って秋奈が強引に話を打ち切る。


「でも、秋奈に料理をさせないで店主として名前だけ借りりゃ、清彦が調理しててもOKじゃないのか」
ゴンが酒を飲みながら提案する。

「あぁ、その手があるか。 でも、こいつが店主で俺が使用人かよ。 何か、理不尽な気がするな?」
漬け物を口に放り込んで愚痴る。
「ふふふ、大丈夫。 私は優しい雇用主よ、従業員くん? 就業時間は寝るとき以外は認めないけど」
そう言って秋奈が上から目線で笑いながら俺の頭をなでる。

「って、どんなブラック企業だよ、睡眠時間しか認めないなんて!」
そう言って睨みながら秋奈の手を払いのける。

「あら?睡眠時間を認めるなんて言ってないわよ?」
「なに言ってんだ? 今、寝る時以外って……」

「そうよ?私と寝る時だけはプライベートを認めてあげる。 好きなように痴態を晒してね」
「バカヤロ。 寝る時ってそういう意味かよ!俺は性奴隷か!」
俺は脳天気に笑っている秋奈の頭をはたく。

「恋人の皮を着て女になった挙げ句に、元の自分の性奴隷かよ? 清彦はなかなかスリリングな人生を歩んでいるな」
そう言ってゴンが愉快そうに俺の肩を叩く。

「歩んでねぇよ! 俺が許すのは"嫁"までだよ!」
「それはそれでスリリングと言えないか、男として?」
トシがツッコミを入れる。 いや、仕方がないじゃないか。戻れないんだから。

「清彦君、清彦君」
ワイワイとくだらないことを話していると西村さんがやってくる。

「あ、西村さん。 なんですか?」
「秋祭りの巫女舞いの件なんだけどね。 本当にやってくれるのかい?」

「やりませんよ! いつの間にやるって話になってんですか?」
「いや、村長達がその話で盛り上がってるから確認にきたんだけど……」
そう言ってコップ酒をあおりながら盛り上がってる一団を示す。

「なんで俺があんな恥ずかしいマネを公衆の面前で……」
「まぁ、確かに恥ずかしいかも知れないけど、村全体が盛り上がると思うんだよねぇ。 勿論、引き受けてくれたらそれなりの報酬は出すよ?」
そう言いながら、俺のコップに酒を注ぐ。

「報酬?」
注がれた酒を飲みながら聞き返す。

「清彦君は店をやりたいんだよね? 道の駅の店舗予定地はみただろう? 引き受けてくれたらあそこに清彦君が希望するジャンルの店を建てて、そこを任せようじゃないか?」
「えっ?マジッ!?」

「マジマジ。 君が希望するとおりの店舗を用意するよ? その辺りは今、村の役員会の承認を得て私に一任された。どうだろう?悪い話ではないと思うんだけど?」
そう言いながら自分のコップにも酒を注いで飲む西村さん。

「えっと、後で酒の席の冗談だったって事は?」
「言わないよ。 ここいる秋奈さんや藤原君達が承認だよ」

「藤原?」
「ゴンちゃんの事よ」

「えぇ、似あわねぇ名字を持ってるな?」
「放って置け、酔っ払い! てかお前の方が酔っ払って忘れるんじゃないのか?」
「ウチの村は余所に出てる企業からの献金が結構あるから村の予算は潤沢なんだよ」
ゴンに続いてトシが補足する。

「清彦、顔が紅くなってきてるわよ? 酔ってきてない? あんた私の皮を着ると酒に弱くなるんじゃなかったの?」
「いや、まだ酔っ払うほどには飲んでないから大丈夫らよ」
それにしても…… 十数分ていど舞っただけで店一軒か…… 美味しい話ではある。

なんとなくだが…… 心を無にすれば、俺の中に残っている姫の残滓に頼って舞いを舞うこと自体はできそうな気はする。

「舞を舞えば店一軒……」
「どうだろ? 居酒屋であろうと小料理屋であろうと、和に拘らず、洋食屋、中華やフレンチ、イタリアンでも何でもありだよ?」
そう言って空いた俺のグラスに酒を注ぐ。

「店を任せてもらえるのかぁ……」
そうつぶやきながらコップに口をつける。 心がぐらつくなぁ。

「無論、中の設備も君の希望通りの物を準備させてもらうし、当然、家賃なんてものも発生しないから料金は君の設定次第だよ?」
「いや、マジでなんでそこまで俺を優遇してくれるんですか?」

「君は我々が400年以上の時を待ち望んだ伝説の姫であり、結界を壊してくれた恩人でもあるからね。
言ってみれば"姫"と呼ばれる我が村の女王様なのだよ」
女王様ねぇ……

「で、どうかね? 姫様」
にこやかに尋ねる西村さん。

いや、まぁ、舞い一つで店一軒なら安いもんだよな? ヒラヒラと舞うだけでいいのなら……

「清彦、清彦。 目がトロンとしてきてるよ? 酔ってるでしょ?」
秋奈が俺の肩を揺する。
「え?大丈夫だって。 酔ってないから」

「酔っ払いは皆そう言うんだよな?」
「ゴンちゃんが言うと説得力があるねぇ」
「というか、西村さんの尻から尖ったシッポがみえないか?」

「失礼だよ、ヒデ君。 私はちゃんとマジメに清彦君と交渉してるんだよ?」
そう言いながら俺の空いたコップに酒を入れる西村さん。
そういや、この人、さっきから俺のコップが空くと酒をつぎ足してくるよな?

「清彦君はこれくらいの酒で酔っ払ったりはしないだろ?」
「当たり前です。 これでも居酒屋の息子ですよ?」

「だったら問題はないだろう? どうかね?」
「まぁ、秋祭りに舞うだけでいいんですよね?」

「あぁ、その通り。 あ、そうだ。 詳細はこの紙に書いておいたんだ。 とりあえず後で万が一、酔っ払っていて忘れていたと言われると困るから軽くサインしておいてくれないかな?」
そう言って背広のポケットから紙を取り出す西村さん。

「あ、いいッスよ。 どこに書けばいいですか?」
俺は西村さんに渡された万年筆のキャップを取ってサインする場所を探す。

「あぁ、俺、昔にこんな漫画を読んだことがあるな?」
「外泊届けとか言われて気軽にサインしたらとんでもない事になる話な。 俺も読んだ」
トシとヒデが何かを囁きあう。

俺は鼻歌を歌いながら気軽にサインをする。

「あぁ、ありがとう。 これで清彦君が舞ってくれることを前提に村長達と秋祭りの計画を進められるよ。 期待していてくれたまえ、清彦君」
そういうと西村さんは村長達のところに帰って行った。

「どんな秋祭りにする気だろ? 長老会は?」
「まぁ、俺としては昨日の清彦の舞いってヤツを観られなかったから歓迎だけどな」
「いやイロっぽかったぞ。 清彦の舞いは」

「あんな踊りは二度としねぇよ!」
「しなくてすむといいわね?」
立ち上がって力説する俺を可哀想な子を見るように見上げる秋奈。

「いやいや、さっきから思ってはいたんだけど、その浴衣姿も充分色っぽいよな?」
「あぁ。酔ってほんのりと桜色したお肌がなんとも……」
そう言ってゴンとトシが笑う。

「あれ?」
秋奈が俺を見ておかしな声を漏らす。

「なんだよ?」
「清彦…… ひょっとして下着を穿いてない?」
そう言うと俺が防御する間もなく浴衣の裾を持ち上げる。

密かに俺を注視していた座敷中の人間の目が一気に俺に集中する。

「うぉっ?」
「おぉ!」
「まじっ!」
俺の晒した下半身を見て三人が目を丸くする。

「おぉぉ、儂は今日、この日の為に生きてきた」
「我が人生に一片の悔いなし、じゃぁ!」
「いや、これであと百年は生きられる!」
黙れ、エロ爺ども! てか、見ないで。 俺、涙目。

「ば、バカヤロウ、捲るんじゃねぇ。風呂上がりで着替えを持ってくるのを忘れたんだよ! 部屋に帰ろうとしたら秋奈の声がこっちから聞こえてきて……」
俺は秋奈に捲り上げられた浴衣の裾を戻して抗議する。

「あははは、ゴメン、ゴメン。 本当に何も穿いてないとは思わなかった」
少しも反省した気がないように頭を掻いて謝罪する秋奈。

「大体、この身体はお前の物だったんだぞ! 恥ずかしくないのかよ!」
「いや、もう私はこっちの身体の方が私だし……?」
悪びれてない……

「あのなぁ! あ、あ、あぁぁ……」
秋奈に抗議を続けようとした俺の身体が傾く。

「よ、っと。 ほらほら、酔っ払いが興奮するから酔いが一気に回るのよ」
倒れかける俺の身体を秋奈が受け止める。

「いや、酔ってないって」
それにしては周りがふわふわしてるけど。

「酔っ払いは皆そう言うんだって言ってるだろ」
ゴンがそう言って笑う。

「清彦は私の皮を着ると酒量が変わることを自覚してないんだって。 これからは自分のペースを私のペースに変えなさいよ」
うわっ、なんか上から目線で言われると屈辱的だな。

「らいじょうぶ。 すぐに慣れてみせる」
「ダメだと思うよ。 ウチは酒にあまり強くない家系みたいだから。 お父さんも前に酒で失敗したと言ってあまり飲まないもの」
そう言って苦笑すると、俺をお姫様のように抱き上げる。

「ウチの嫁が酔ってしまったので、今日はこれで失礼させていただきます」
そう言って座敷の皆に頭を下げる。

「あぁ、おやすみ。 姫様もおやすみ」
「姫様、ゆっくりと身体を休めて下さい」
「二人はもう完全に夫婦だねぇ」
部屋中から明るく返事が返ってくる。

「あい、おやひゅみ〜」
俺も手を上げて返事を返そうとするが少しばかり舌がもつれる。

そして俺達は座敷を後にした。

               *

うっすらと目を開けると自分が薄暗い部屋の中で寝かされている事に気づく。 

「………… さすがに二回目ともなると自分がどこに寝かされてるのかはわかるな」

立ち上がって興奮したら酔いが一気に回って……、秋奈に抱きかかえられて座敷を出て……

「抱きかかえられて歩いているうちに眠っちゃったんだっけ?」
天井を見上げて考える。

秋奈にお姫様抱っこで抱きかかえられる日が来ようとは……
すっかり、女になってしまったなぁ……
元に戻れないから仕方がないとは理解してるが……

それでも、引っ掛かるなぁ。 大学を卒業すれば秋奈の嫁かぁ…… 
就職活動をするまでもなく永久就職が決まっちまったなぁ。 

ため息を付いて、何気なく腕を横に伸ばすと何かに手の先が当たる。

「え?」
横を向くとそこには秋奈が寝ていた。

……そういえば、こいつは俺になって生きていく事に抵抗はないのだろうか? 
ずっと女として生きてきたのに突然、性転換を強いられる事になって。 
表面上はまったく気にしてないように見えたが……
まぁ、男に馴染んではいるようだけど……

そんな事を考えていると秋奈が身動ぎをして目を開ける。
「ん?清彦、起きたのか?」

「あぁ、ってお前はなんで一つの布団で横に寝てんだ?」
「それは私が清彦の夫だからでしょ?」

「気が早ぇ。 結婚は大学を卒業してからだろ!」
「婚前交渉は普通でしょ? てか、前の身体の時は普通に寝ていたでしょ?」

「お前の許可があればな」
「だから、私はOKよ?」

「この場合、許可を出すのは女側だろ! 俺は許可してないぞ?」
「なんだ、もう女気取りかよ?」
そう言って笑う秋奈。

「うっさい。 ……そういや、悪かったな。 お前は俺のとばっちりで男になってしまって……」
「あぁ、その事は気にしないで。 清彦の身体って結構気に入ってるし?」
そう言って笑いながら布団から手を出して俺の頭をなでる。

「なんだかなぁ。 俺は前世が姫だった事もあって仕方がないかと諦めもつくんだが……」
「うわぁ、あの脳天気な清彦が変な心配をしてる!」

「変な心配ってなんだよ。 俺だってお前のことを心配くらいするって!」
俺は秋奈を睨みつける。

「はぁ〜、マジで私の事を心配してるの?」
睨みつける俺を見て、ため息を付く秋奈。
「当たり前だろ」

「う〜ん、これは言わないでおこうと思ったんだけど…… 私の話を聞くと清彦が後で困った事になるわよ? 覚悟が出来てるのなら話してあげるけど、どうする?」
そう言ってニヤリと笑う秋奈。

「どういう事だ?」
「清彦の心の負担が軽くなるかもしれないって話。 勿論、いい話の裏には悪い話もあるけど?」
そう言って笑う。

「わかった。話してみろよ」
俺は話の続きを促す。

「昨日、清彦が倒れた時、私はずっとそばに付いてたのよね。 そして考えてたの。 清彦は伝説のお姫様だった。 私の皮を着てこの村に帰ってくる事で言い伝えは成就された。 それなら清彦に皮を奪われた私はただの被害者?」

「だから、それは俺の責任……」
言いかける俺の口を軽く押さえる秋奈。

「"男性から女性に戻ってから帰ってくるとはなかなか芸が細かいな" あの時、初代様の霊がアナタに言ったわよね?」
「え、あ、あぁ」
俺は秋奈の言葉にうなずく。

「つまりお姫様はなぜか男の身体で死んだって事よね? 想像だけど、それは皮剥丸を使って誰かの皮を奪って男に化けたという事が考えられる。 だったら、誰の身体を奪ったのかしら?」
「え? さぁ?」

「さてと、ここからが肝心。 私は夕べ、今と同じようにこうやって清彦の横で寝ていたのよね」
「それで?」

「夢を見たの」
「夢?」

そして秋奈が語り出す。


「断片的にしか覚えてないのだけど、夢の中で私はどこかの国の若き領主になっているの。 当然時代は戦国時代だと思うんだけど」
「ほぉ? 上杉謙信とか伊達政宗とかそんなヤツか?」

「バカね。 そんな有名どころの筈ないじゃない。 多分、どこか地方の名も無い領主よ。 そして、ある時、隣の敵国の姫との婚姻話が持ち上がったの。 私は輿入れしてきたその姫をひと目見て気に入ったの」
「一目惚れってやつか?」

「まぁ、そうね。 でも、私は若かったから敵国の姫に惚れたとは素直に口に出来ない。 でも姫の気は引きたい。 だからバカな事をしたり、くだらない自己顕示を示したりしたのよね」
「お前は小中学生のガキか?」

「その通りよ。 でもある時、問題が起きたの」
「問題?」

「ある日、目が覚めたら私は姫の姿だった」
「それって……」

「そう。 姫に身体を盗られてしまっていたの。 多分、皮剥丸を使って」
「ちょっと待て。 って事はその姫って俺か?」

「多分ね。 そして私になりすました姫は私の国を乗っ取ってしまったのよ。 一方の私は姫に刀で殺すと脅されて姫として暮らすことを余儀なくされるの」
「えっと、俺、ずいぶんな性格をしてないか?」

「ずいぶんな性格よね。 それからの私は姫の部下達によって女に仕立て上げられていったの。 昼はお姫様として綺麗な着物を着せられ、美味しいお菓子やご飯を食べ、お付きの侍女と遊び、夜は私の皮を着た姫に私の女の身体を凌辱される。 アメとムチによって私の心は女へと堕ちていったの」

「えっと…… その姫は何をしたかったの? 秋奈の国の乗っ取り?」
「違うと思う。 何かもっと大きな事よ。 私は城の中にいて、外の事の情報が入ってこなかったからわからなかったけど、それからの姫は度々戦で城を空けるようになったの。 多分、他国に攻め入ってたんだと思う。 勝ち戦もあれば負け戦もあったと思うし、家臣から死にかけたこともあったと聞いたわ。 姫の目的は国一つを手に入れるくらいじゃ収まらなかったのよ」 
そう言って秋奈は何かを思い出しているかのように笑う。

「でも、問題はそこじゃないのよ。 私はいつしか女としてそんな夫が好きになっていたの。 地方の領主である事に満足していた私から見れば、彼女の生き様は眩しかった。 実際、彼女はどこまで天下に手を届かせていたかは知らないけど、確実に前進していたことはわかったの」

「最初こそ、私はなんとか彼女の目をかいくぐって自分の身体を取り戻すことばかり考えていたのだけど、すぐに身体を取り戻すことはあきらめたの。 私はこの人の邪魔をしちゃいけない、私はこの人についていこう。 かつては私のモノだったペニスに身体を貫かれながらそう思うようになったの」
「えっと…… ちょっと変態入ってる?」

「仕方ないでしょ? 男は女になってしまうとそのセックスに抵抗できないのよ?」
「まぁ、判らないでもないけど。 でも、やっぱりペニスを股間に突っ込まれるのはすっげぇ違和感を感じるぞ? 快感も感じはするけど」

「強引に毎日突っ込まれてみなさい。 もう、精神も身体もおかしくなっちゃうから」
そう言って悪戯っぽく笑う。

「そうすると今度は相手の気持ちが気になってくるの。 相手は私の事をどう思っているだろう?私の事を愛してくれているのだろうか、ってね」
「愛してる人間を自分の皮に閉じ込めて凌辱したりしないだろ? って、俺が言う資格は無いのかもしれないけど」

「ところがある日、私は気づくわけですよ。 なんで私は殺されていないのだろう、ってね?」
「殺されてない?」

「その頃になると私の利用価値って皆無なのよね。 必要な情報は全て私から聞き出してしまっているし、名実共に領主は彼女なのよ。 私を生かしておいて得になる事なんてこれっぽっちも無いのよね。
それどころか私が何か不都合なことを口走る可能性の方が高いの。 でも、彼女はどこかに遠征する度に私にその地方の名産や反物を持ち帰ってくるのよね。 あいかわらず、寝屋では私を乱暴に抱く癖に……」

「いつしか、私は彼女に愛されているのではと思う様になったの」
「そうなのか。 で、結局はどうなった?」

「ところが私は彼女が海のそばに建てた眺めの良いお城に移った後、流行病に掛かって死んでしまったのでしたぁ」
そう言って苦笑する秋奈。

思わずつんのめる俺。
「なんだよ、それは!」

「まあ、私が見た断片的な夢の話だからね。 ここからが終盤」
「終盤って死んじゃったんだろ?」

「その臨終の際に私はどうしても彼女を愛していたことを伝えたかった。 だから、そばにいた信頼のできる家臣の一人にだけ彼女への感謝の言葉を託したの」
「それで?」

「ここからは更に夢っぽい話よ。 伝言を託した家来よりも先に別の家臣が戦場に居る彼女に私の死を伝えたの。 私は霊となってその光景を上から眺めていた。 彼女は"そうか"と一言だけ言って家臣を下がらせたの」
「素っ気ないな?」

「でも、誰も居なくなった陣幕の中で背後を振り返って天を見つめたその目からたった一粒だけど、涙が流れたの。 "そばにいてやりたかった"小さくそうつぶやいた彼女の言葉を聞いた時、私ははっきりと彼女に愛されていたことを自覚したの」
そう言った彼女の目は遙か四百年以上前の戦場を見ていた。 その目が少し潤んでいる事を敢えて指摘するのは野暮というものだろう。

「………… それで?」
「泣いてることに気づいて目を開けたらアンタの顔が目の前にあった。 それが夕べ私の見た夢」

「結局、何が言いたいんだ?」
「だからぁ。 この身体は清彦に押しつけられたモノじゃなくて、私が四百年以上の時を掛けて取り戻した自分の身体なのよ?」
そう言って胸を張る秋奈。

「でも、それは秋奈が見た夢の話だろ? 何かそれが事実だと証明する根拠があるのか?」
「ないわよ? でも、私に家事に関する女子力が欠けてる所とか、清彦についつい意地悪をしてしまう所とか、私なりに納得がいっちゃったのよね」

「お前だけが納得してもダメじゃん?」
「でも、そう考えると清彦の気は軽くなるでしょ? 何百年の時を越えて正しい身体に戻って愛し合う恋人同士ってロマンチックじゃない? 根拠はないけど、私達だけ信じてれば良いだけの話だし?」

「いいのか、お前は?」
「私はそれでいいの。 清彦はそれを事実とするのはイヤ?」

「俺は別に異存は無いけど……」
「だったらはっきりと宣言してよ? 私が見た夢は現実に有ったことだと認めると」
そう言って秋奈が悪戯っぽく微笑む。

「わかった。 お前の見た夢が真実だよ」
そう言って俺は秋奈に微笑みかける。 俺の精神的負担を少しでも軽くしようとしてくれる秋奈の心遣いが嬉しい。


……と、思ったのだが。

「認めたわね?」
秋奈がニヤリと笑ったかと思うと手が俺の腰の辺りに伸びる。

「え?」
気がついた時には俺が寝間着として着ていた浴衣の帯を解かれてしまっていた。

「おい、こら。 なにすんだよ! 帯を返せ。 前がはだけるだろ!」
「だ〜め。 これから清彦の身体を凌辱します」
俺の浴衣を広げ、胸を露わにする。

「はぁ?何を言ってるんだ?」
「あれ?清彦が今言ったじゃない? 私の見た夢を真実と認めると?」

「それが俺が浴衣を脱がされる事とどう関係してるんだ?」
「仕返し、または復讐」
そう言って笑いながら俺のおっぱいに手の平をあてる。

「ふ、復讐?」
「そうよ。 私は前世で男だったにも拘わらず清彦に自分の皮を着せられたうえに妻として清彦のいいように調教されたのよ? わかってる?」

「はい、なにを?」
「だから今度は私の番。 今度は私が私の皮を着た清彦を調教する番が廻ってきたのよ? 私に従順な女にして…あ・げ・る」
俺の耳元に囁く秋奈。

「ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待てぇ! それはお前が見た夢の話だろ!」
俺は秋奈から身を守るように身体を丸め込ませる。

「そうよ、私が見た夢の話。 でもたった今、清彦はそれが真実だと認めたのよ? だから私は四百年たった今、こうして復讐のチャンスを得たの」
そういってニヤリと笑うと両腕を背後から俺の胸に強引に回してきて愛撫し始める。

「ひゃん、あん。 夢!それはお前の見たただの夢!妄想! 前言撤回!」
「だ〜め、男だったら一度口にしたことは翻さな〜い」

「俺は女だから翻していいんだよ! あはぁっ」
「女だったら男の言いなりになることに不満は無いわよね?」

「それは男女差別、いや男尊女卑ってヤツだぁ。 あ、そこは……ひゃ」
「はいつべこべ言わずにこれを受け入れなさい」
にこやかな声で俺の背後から秋奈の声が迫る。

「あ、あぁ、やめてぇ、ペ、ペニスが、俺のペニスが俺の中にあ、あひゃひゃあ」
「だから、もう少しイロっぽい喘ぎ声を出しなさいって」
苦笑しながら俺の中にペニスを挿入しはじめる秋奈。 俺の下腹辺りでペニスが蠢くのがわかる。

「あひゃひゃぁ、ペニスが、ペニスが腹の中を……」
「あはは、清彦も初めてじゃないんだからいい加減に慣れなさいよ?」

「慣れるかぁ! 抜け、抜いてくれ、気色悪い。 身体の中で異物がぁ!」
「大丈夫、大丈夫。 もうすぐこれ無しではいられなくなるから。 それどころか自分から求めてくるようになるんだから。 前世での私のように」
「ないない、絶対にない!」

背後から秋奈にペニスを突っ込まれ、胸を揉まれながらも必死に抵抗するがすでに女の力しかない俺に男の力を得た秋奈に敵うはずもなく……
「うん、私も前世で女にされたばかりの頃はそう思ってたのよ。 でもすぐに慣れたから」 

「あひゃぁ!いやぁ!やめてぇ!なんで俺が戦国時代の姫の起こした事の責任を取らなくちゃいけないんだよぉ!」
「同一人物だからに決まってるからでしょ?」

「お前が見た夢を現実と混同するなぁ! 理不尽だぁ!」
「大丈夫、大丈夫。 前世の私と違って今の私は清彦をちゃんと愛してる事を自覚してるから。 さぁ、この世界ではちゃんとした男と女として、普通の夫婦としてやり直しましょう」
楽しげに俺を犯す秋奈。

「違う、それは絶対にちゃんとした男と女でもなければ、普通の夫婦にもなってねぇ!」
俺は秋奈に股間を貫かれながら悲鳴を上げる。

  こうして俺は身に覚えのない戦国時代の責任を四百数十年後に取らされることになったのだった。




               エピローグ



そして、俺達は大学を卒業すると村に帰り、すぐに結婚式を挙げる事になった。

結婚式は当然、俺の身内も招待され結婚式の前日から村にやってきていた。

村の連中は宴会が好きな性格らしく、その日から神社の大広間では村人が集まって俺の家族を歓待する宴会が自然発生していた。

その夜。 お義父さんは俺に母さんと話を出来るようにして欲しいと頼み込み、秋奈が座敷で俺の振りをして村人達と一緒に家族の接待をしている間、お義父さんは俺の前で母さんに頭を下げて全ての事情を話して謝った。 


30年近く前に母さんと義父さんの身の上に起こった事、そして現在、俺と秋奈の身の上に起こった事、お義父さんは全てを包み隠さず話した。


結局、その場に同席した俺は母さんの方の事情まで全て知ってしまった。 いや、薄々は感づいていたのだが母さんの正体が祖父だとは知りたくなかった。

「30年近い前の事じゃないですか? 私が"因果"とやらに操られていたとしても、女性にやってはいけない事をしたのは事実なんですから。 それに結果的に今の私はすごく幸せな生活をしてますから逆にお礼を言いたいくらいですよ?」
スーツ姿の母さんは頭を下げて謝る義父さんの肩に手を添えて優しく微笑んだ。

「それに悪いヤツがいるとしたらその"呪"を放ったヤツでしょ? そいつの放った"呪"が私にあなたを襲わせて、私はそいつを産む為にアナタの皮を着ることになり……」
「あの?母さん? それって?」

「つ・ま・り・は お前が全ての元凶って事よねぇ。 私はお前を産む為に女にされて紀善さんの嫁になったって事よねぇ、きぃよぉひぃこぉ?」

「痛い、痛い、母さん、痛いよ。 別に俺が企んだわけじゃないよ! それに俺だって秋奈になっちまったんだから被害者の一人だよ」
拳を俺のコメカミに当ててグリグリする母さんに抗議する。

「お前の場合は自業自得。 斎藤さんと母さんの場合はとばっちりでしょ?」
俺の頭から拳を外すと、そう言ってにっこりと笑う母さん。

「ひでぇ。 女になって嫁入りすることになってしまった息子に掛ける言葉がそれかよ?」

口を尖らせて文句を言う俺に母さんは微笑んだ。
「まぁ、女は不便な事も山程有るけど慣れてくると楽しいわよ? アナタだってすぐに慣れてしまうわよ。  なにしろ、私の息子で孫なんだもの」

「嫌な事実だな。 絶対に知りたくなかった」
「まぁ、応援はしてあげるから秋奈さんの嫁として頑張りなさい。 困ったことがあればいつでも電話してきなさい。 相談くらいには乗ってあげる。 アナタは私の大事な息子の嫁なんだから」
そう言って意地悪く笑う母さん。 ホントにこの人は……

「あ、そうそう。 結婚について私のアドバイスを聞きたい?」
母さんが何かを思い出したように明るく微笑む。

「え?アドバイス? なんだよ?」
尋ねる俺に母さんは俺の耳元に囁く。


「出産は無茶苦茶痛いぞぉ。 なにしろ、アソコの孔から血だらけになって赤ちゃんがメリメリと出て来るんだからな。 男には想像を絶する痛みだぞぉ。 お前もあの痛みを味わうがいい! あぁ、同じ境遇の人間が出来るってホント楽しいな。 一番の孝行息子だよ、お前は」


    すっごく、本当にすっごく楽しそうに男口調で俺の耳元にささやく母だった。



               E N D











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