teruさん総合






               『皮剥丸異譚』


               2・新しい生活


「双葉、起きろ。 いつまで寝てるんだ。朝飯が出来たぞ」
いきなり俺の寝ている布団が引っ張られ、隅に押しやられる。

「ん?なんだ?」
俺は寝ぼけ眼で身体を起こす。見れば紀善が端に追いやっていたテーブルを真ん中に持って来て味噌汁の入ったナベやオカズの小鉢を並べている。

「あぁ、メシか……」
俺は欠伸をして立ち上がると、テーブルの前に座る。

「パジャマの間に手を入れて腹を掻くんじゃねぇ!お前はオヤジか! 今まで何を食ってたか知らないが、贅沢は言うなよ? ウチは昔から米の飯に決まってんだから、パンとかサラダなんて出ないからな」
いや、俺も今までそんなオシャレな朝食は食ってねぇよ?

ふと、壁に掛かった時計を見れば八時…… 俺、そんなに寝てたのか? 見れば紀善はすでにちゃんと服を着ているし、朝食の用意も一人で済ましたようだ。 いつもは俺と一緒に朝食を作るのに。

「すまないな、手伝わなくて」
「いいんだよ。お前を歓迎していなくても一応は客なんだし」
そう言ってご飯をよそって味噌汁と一緒に俺の前に置く。 俺はいただきますと言って箸を取る。

「それで、お前は昼間はどうするんだ?」
メシを食いながら紀善が尋ねてくる。

「ん?一応、俺の行方を捜してみるつもりだが?」
「お前もしつこいな? まだ自分の事をオヤジだと主張してるのか?」

「事実は事実だからな? お前もいい加減俺を父親だと認めろ?」
「父親というより乳親と言った方が説得力はあるぞ?」
紀善が俺の胸を見て嘲笑う。 まったく信用されてないな。

「で、お前は自分探しの旅に出るんだ?」
「お?何か言葉だけ聞くとかっこいいな?自分探しの旅か……」

「そのまま帰ってこなくていいぞ?」
「帰ってくるよ!ここは俺のウチだからな。 それでお前は?」

「まぁ、それでも親父から何の連絡もないことは事実だからな。 とりあえず警察に行って捜索願だけは出しにいくよ。 後は夜の店の準備だな。 親父が居ないから一人でやらないと時間が掛かるしな」
「あぁ、悪いな。 はやく帰ってきたら手伝うよ」

「なんだ?お前、料理できるのか?」
意外そうな顔で俺を見る。 

お前よりも料理歴は長いよ!と心で思いながら笑顔を向け
「ふふふ、これでも相当な腕前ですよ?」
と腕を上げてみせる。

「ふぅん、まぁ、話半分に聞いておこう」
そう言って味噌汁を飲み干す紀善。 ちぇ、軽くいなされてしまいました。 やっぱり父親と認められていないのが痛いよな……

               *

朝食が終わると俺は着替えて「自分探し」を行う事に、紀善は警察に相談に行って俺の捜査願いを出す事になった。 俺も一緒に行こうかと言ったが「お前が来るとややこしくなりそうだから来るな」と紀善に言われてしまった。 まぁ、否定は出来ないので指示に従うことにした。


「さてと、弟の遺体を運ぶのにレンタカーを借りたそうだからレンタカー屋から探すことにするか?」
俺は近くのレンタカー屋をしらみつぶしに探すことにした。 そう遠くでレンタカーを借りたとは思えないからな。

レンタカー屋はすぐに見つかった。 思った通り、俺の免許証で車は借りられていた。

が、判ったのはそこまでだった…… この皮を着てから覚えた色仕掛けや泣き落としを使ってわかったのは借りられたレンタカーは夕べ遅くに隣町の支店に返却されたということ。走行距離は三百キロを超えていたこと位だった…… って、最大半径百五十キロが行動範囲ってムチャクチャ広すぎるだろ?

結局、手詰まりだった。

あの女性は弟を訪ねてやってきて、弟を見つけたがボロボロで昏睡状態に落ち、病院に搬送された時にはすでに手遅れだった。 傷心の女性は近くの居酒屋まで食事に出たところで災難に見舞われる。

そこで居酒屋の店主の皮を奪った女性は、俺になりすまし、その免許証を使ってレンタカーを借りて弟の遺体と共に田舎へ帰った。 めでたしめでたし……

「って、めでたしじゃねぇよ! 半径百五十キロ圏内って殆ど絶望的じゃねぇか!そのまま田舎に引っ込まれたら絶対に見つけられねぇよ!」
俺は空に向かって叫ぶ。

「大体、俺の免許所を使うって本人は免許証持ってないのか!?無免許運転?無免許運転なのか? 事故を起こしたらどうすんだよ、俺の身体! 車が帰って来たって事は無事なんだよな?」
今度は頭を抱えて地面にしゃがみ込む。 

まさか身体が損傷してしまって二度と俺はこの身体から出られないなんて事はないよな? すっと、女のままで男と寝る事になったりは……

「お前は何を楽しそうに往来の真ん中で叫いてるんだ?」
背後から声が掛けられる。

「あ?紀善」
振り返るとスーパーのレジ袋を提げた紀善が呆れたように俺を見下ろしていた。

「紀善じゃないだろ? 紀善さん、または御主人様だろ?」
「ご、御主人様ぁ!? お、俺はお前の嫁かメイドかぁ!?」

「何を血迷ってるんだ?現時点では俺はお前の雇い主だぞ?」
そう言ってレジ袋からリンゴを取り出してシャリッと囓る。

「え?あ、そういう意味か? あぁ、驚いた」
「なに?お前、実は俺と結婚したいの? ………… あっ! まさか、そういう事じゃないだろうな?」
紀善が驚いた様に声を上げる。

「? どういう意味だよ?」
「親父が俺の見合い相手にお前を連れてきて、一緒に生活が出来るか見る為に身を隠しているとか?」

「ぶっ!! ねぇよ! 何が悲しくてお前と俺が結婚する為にバラエティ番組でやるようなドッキリ企画を企まなきゃならねぇんだよ!」
顔を真っ赤にして立ち上がる。 まかり間違っても息子と結婚なんてあり得ないだろ?

「いや、親父ならそんな悪趣味なことを考えないでもない……が、そこまでは考えすぎか?」
顎に手を掛けて考える。 いや、他人事なら面白そうな企画ではあるが、我が身を生け贄にしてやる企画ではないな……

「それでお前は警察に行って来たのか?」
「お前?」

「紀善さんは警察に行って来たんですか?」
仕方なく俺は息子に敬称を付けて問いかける。

「まぁな。 昼までに親父の立ち寄りそうな所に片っ端から電話を掛けて聞いて見たが手がかりがまったくなかったから行って来たよ。 でも捜索願いって警察が親父を探してくれるというより身元不明の死体が見つかったら調べてくれる程度らしいぞ?あまり期待はできそうにないな」
つまり、警察から連絡が来るのはロクな知らせじゃないって事か?

「それでお前の方は成果はあったのか?」
紀善が問い返してくる。

「ロクな成果はなかったな」
そう言うと俺は紀善と帰途についた。

お前の親父の皮は百五十キロ圏内にあるらしいという事を言った処で何の役にも立たないだろうし。

               *

その後も俺は昼間は俺の身体を探す為にアチコチ歩き回ったが成果と呼べるものはなかった。

せめて彼女の田舎が西か東かどちら方向なのかでも判ればよかったのだが、まったく手がかりと呼べるものもなかった。 
何度かあのマンションに行って、管理人にも彼女の弟について聞いて見たが、どこかの神社の跡取りだったらしいと言う話と田舎から女を追い掛けて出て来たらしいと言うことくらい。 

もっとも、管理人さんの話によれば恋人と言うよりも結婚詐欺だったんじゃないかと言うことだった。
「弟は詐欺師に骨までしゃぶられ、姉は立ち寄った居酒屋で強姦され、か。 ここにはイヤな思い出しかないから二度と田舎から出てこないかも知れないな……」

何人か住民にも話を聞いたが、弟がそこに住んでいた事も知らないようだった。 近所づきあいがないというのは都会の弊害だよな? 

聞き込みの方ははかどらなかったが、こっちが若い女の姿なものだから若い男に誘われるのには参った。
部屋に来て話でもしませんか?と笑顔で言われてもさすがに身の危険を感じてしまう程度には自分の状況は理解している。

               *

「双葉、考え事をしてないでこれをテーブルに持っていけ」
紀善がぼうっとしていた俺に盆に載った料理と酒を差し出す。

「はいはい、お待たせしましたぁ」
「ふい、どうも。双葉ちゃん、今日も可愛いね」

「イヤだ、おじさんったらお上手なんだからぁ」
「今度、おじさんとデートしない?」

「ふふ、ダメですよ。 奥さんに怒られますよ」
そう言って俺はお銚子を持って客の杯に酒を注いで離れる。

いや、もう女性従業員としてこの程度の接客が出来るようになった俺が怖い…… 

「紀善君、働き者のいい娘じゃないか?」
「どうだい、お嫁さんにもらったら?」
常連達が紀善にとんでもない事を吹き込む。

「以外と働き者だって事は認めますけどね。ちょっと頭が可哀想な所がねぇ?」
そう言って俺の方を見て苦笑する紀善。

「可哀想ってなんだよ!可哀想って!」
俺は紀善に向かって怒鳴る。

「あぁ、双葉ちゃん、まだ自分が親父さんだって言ってるんだ?」
「いいじゃないか、紀善君。 そのまま、お父さ〜んと言って双葉ちゃんに抱きついて押し倒しちゃえ」
客がどさくさに紛れて紀善にとんでもない事をそそのかす。

「あはは、田中さん。余計な事はいわな〜い」
俺は笑って酔っ払いの頭をお盆で叩く。

「こら、双葉!お客さんの頭をお盆で叩くんじゃない!」
「いいよ、いいよ、双葉ちゃんはその気安さがいいんだから」
酔っ払いがそう言って去り際の俺の尻を撫でる。 俺はもう一発を狙うが今度は避けられてしまった。

それにしても俺が木下清彦だと言う主張がネタとして皆に広まっているのが歯がゆい! 
そして、この生活に慣れていっている現実が怖すぎる。


そんな生活が半月ほど続いたある日の朝……

「え?」
それを見て俺は一瞬何が起こったか判らなかった……

「お〜い、双葉。 いつまで入ってるんだ? 便秘か?」
外から紀善が声を掛けてくる。

「えっと…… 紀善さん? 双葉、ちょっとお願いがあるのですが?」
「なんだよ!頼みがあるならさっさと出てこい!」
そう言ってトイレのドアをどんどん叩く。

「いや、ちょっと今は出にくい事情があってですね……」
そう言って俺は願い事を口にする。

「はぁ?生理用品を買ってこいだぁ!?」
「大声を出すなよ、恥ずかしいんだから」

「お前、それぐらい用意してねぇのか?」
「初めてなんだからしょうがないだろ」

「初めてってお前はいくつだ!初潮でもあるまいし」
「事実上、初潮みたいなもんだよ! 頼むから買ってきてくれよ?ナプキンとパンツ」

「男がそんな物を買って来れるか!」
「でないと、俺はここから出られねぇんだよ!」

「そんなもの、トイレットペーパーでも巻いて股に挟んでいけ!」
「行けるかぁ!もし、人前で何かあったら二度と外を歩けないじゃないか!」

「大丈夫だよ!そんなにドバドバ出てねぇだろ?薬局かコンビニに行くくらいは持つよ!」
「ダメだ、お前が買ってきてくれるまで俺はここから出ないからな?」

「巫山戯るな、ここは客も使うんだぞ?」
「だったら買ってきてくれ! いや、マジで頼む! 一生恩に着るから!」
俺は切実な声で頼む。 

「いや、マジでこれが判らないんだよ。 トイレットペーパーでどこまで持つかとか、ジーパンに染みてこないかとか?」
いや、マジで俺、泣いちゃうぞ?


「………… しょうがないな。 待ってろ」
そういうと紀善が店の裏口から出て行く気配がする。

行ってくれたか…… それにしても…… これがあるって事は俺の身体の中に完璧な子宮があるって事だよな? 皮が俺の身体をもう完全に女性のものに変えてしまったという事か?

なおも股間から染み出してくるものを覗き込んでため息を付く。

つまり、今の俺の身体は男にヤられたら赤ちゃんを宿してしまう可能性がある、と……うぅ…… 鬱になるなぁ…… まだ、皮さえ取り戻したら戻れる可能性があるとはいえ、それまではこの身体を使って行かなくっちゃいけないんだからな。 

この身体で赤ちゃんを産みましたけど皮を取り替えて下さい、なんて言ったら激怒されるだろうなぁ。
そもそも、俺が赤ちゃんなんて産みたくはないけど。 てか、誰の赤ちゃんを産むんだよ。

トイレで鬱々としていると裏口の方に人の気配がした。

「双葉、買って来てやったぞ!さっさとこのドアを開けろ!」
そう言ってドアをどんどんと叩く紀善。
俺はしゃがみ気味に股間を隠し、そっとトイレのドアを開ける。

「ご、ごくろうさま」
上目遣いに申し訳なさそうに愛想笑いを向けるが、紀善はそっぽを向くようにして薬局の袋だけを俺に差し出す。

「ムチャクチャ恥ずかしかったんだからな!この恩は大きいぞ、覚えておけ!」
見れば紀善は顔を真っ赤にしている。 30前の男が一人で生理用品とパンツを買いに行かされちゃたまんないだろうな、まぁ、これも父の為と優しく受け止めてくれ……

俺が袋を受け取ると紀善がドアをバタンと勢いよく閉める。
「さっさと用を済ませて出てこい!」

「あぁ、すまなかったな。本当に感謝してるから」
俺は袋の中から新しいパンツとナプキンを取り出す。 股間の辺りがちょっとごわついてる気がするけどしかたがないんだろうな。 これとナプキンを……

「なぁ、紀善?」
俺はドアの向こうの紀善に声を掛ける。

「なんだよ?」
ぶっきらぼうな声が返ってくる。 まだ、ご機嫌な斜めかよ?

「ナプキンってどうやって使うんだ? 股間に貼り付けるんじゃないのは判るが、これってどういうふうにパンツに付けるんだ?」

「知るか、ボケッ! 自分で考えろ!」
あらら?怒ってどこかに行ってしまったようだな? ダメだぞ、お父さんは女の子に汚い言葉を投げつけるような教育はしてませんよ?

仕方なく俺はナプキンを調べながらなんとかパンツに装着して、それに足を通して引き上げる。
なんとなく股間に違和感があるが暫くは慣れるまで仕方がない。 ……慣れたくないなぁ。

いや、それにしても若い女性客が来ないウチの中で、多分、初めてビデなる装置を使うのが俺になるとは
思ってもみなかったな……

「おーい、紀善。 終わったから使ってもいいぞぉ? あれ、いない?」
俺は紀善の買ってきた薬局の袋を持って二階に上がる。 

俺も少しは紀善に信用されてきたのか先日から紀善の部屋を俺の部屋として与えられている。 そして、紀善は俺の部屋にした。 まぁ、下の座敷で俺が寝泊まりしていると着替え中に障子を開けてしまったり、グループ客が使いたいと言ってきたりした時に支障も出るからなんだろうけど。

とりあえず、余ったナプキンをタンスにしまう。 あれ?まだ、袋の中には何かが残っているな? 予備のパンツまで買ってきてるのか? おぉ、半分が優しさで出来ている薬まで!

あいつ、何のかんのと文句を言っていてもちゃんと考えてくれているな。 いや、こんな優しい男に育てた親御さんの顔が見て見たいもんだ、うん。

階下に降りていくと紀善が裏口から帰ってきたところだった。

「なんだ?どこをほっつき歩いてたんだよ?」
「お前がトイレから出てこないから表通りのコンビニまでトイレを借りに行ってきたんだよ!」
そう言ってコンビニのレジ袋を俺に渡す。 中には甘いスイーツが入っていた。 ただ、トイレを借りるだけでは悪いと思ったのだろう。

俺はシュークリームを一つ取りだして袋を開けて食いつく。
「うん、なかなか美味いな」
「お前は朝っぱらからよくそんな甘い物が食えるな?」

「食うか?」
そう言って食べかけを差し出す。
「いらねぇよ。 食い切れない分は冷蔵庫に仕舞っておけ」
そう言って店の方に歩いて行く。

袋の中にはまだいくつかのスイーツが入っている。 食い切れないことはないのだが…… 最近、甘い物が美味くってしょうがないのはやはり女性化の影響なんだろうか?

料理の腕も…… 一度、料理を作ったら紀善に、腕は確かにいいけど味付けが薄すぎて店の味ではないと言われた。 舌の味覚がこの女性のものになってしまったのだろう。 それがショックで以来、俺は厨房に立っていない。

「はぁぁ、いつまでこの身体なんだろうなぁ?」
向こうから、そろそろ赦してあげます、と言ってきてくれないかなぁ? 俺はため息を付いて紀善のいる店の方に向かった。

「紀善。 俺、ちょっと出て来るから」
そう言いながら店の冷蔵庫にコンビニで買ったスイーツを入れる。

「店の冷蔵庫に私物を入れるんじゃねぇよ。 なんだ、また自分探しの旅か?」
「違うよ。 本屋に行って買いたいものがあるんだよ」

「なんだ?漫画か?」
「誰がそんなものを読むかよ! 家庭の医学というか、女性の医学関係の本だよ! ウチは男所帯だから女の身体の事は調べようがないだろ? お前知ってるのか? ナプキンっていつ代えるんだ?風呂に入っても大丈夫なのか?危険日とか安全日って知ってるか?」

「いや、俺に聞かれてもしらねぇよ?」
「だろ?だから調べに行ってくるんだよ!」

「って、お前、女の癖に今までどうやって生きてきたんだよ?」
「だから俺は半月前までお前の親父をやってたの! いい加減認めろよ!」
そう言い捨てて俺は本屋に医学関係の本を買いに行った。

               *

いつの間にか俺は自分の店で紀善の手伝いのバイト店員という立場になれてきてしまっていた。

あの女性の手がかりも見つけられないまま、探すという行為も止まっていた。 一応、あのマンションの管理人には斎藤家の縁者が尋ねてきたら連絡をしてくれるようにという約束はしていたが、それも期待はできそうになかった。

俺はそれなりに毎日を楽しく過ごしていた。 毎日の紀善との漫才のような掛け合いは楽しかったし、客達との接客も面白かった。

そんなある日、衝撃の事実がもたらされた。


「ごめんください。ここは木下清彦さんのお宅でしょうか?」
尋ねてきたのは背広を着た初老の男性だった。

「はい、清彦はウチの親父ですが今は行方不明で……」
店で仕込みをしていた紀善が顔を上げて返事をする。

「それが清彦さんの遺体が見つかりまして……、縁者の方に遺体の確認を」
警察手帳を出した男は隣街の警察の刑事だと名乗り、俺達を車で警察署の遺体安置所へと連れて行った。

「まさか、そんな……」
俺は人違いであってくれと祈り、紀善は無言で口を引き結んでいた。

               *

「……俺だ。 間違いなく俺の身体だ」
「はい、間違いなく親父です」

遺体安置所で対面したのは間違いなく俺の身体だった。

「どうして?どうして俺が死んでるんだ?」
「双葉、ちょっと黙れ。 お前が口を開くと話がややこしくなる。 これはどういう事なんですか?」
動揺する俺を制して紀善が担当の刑事に尋ねる。

話はこうだ。 3日前の朝、この街のホテルの裏で倒れているのを異音を聞いて出て来たホテルの従業員が見つけ、救急車を呼んで病院に運ばれたがすでに手遅れだった。

どうもホテルの非常階段から足を滑らせたらしいと結論づけられた。 なぜ非常階段にいたかというと、宿泊したはずの俺が無一文だったからだ。

刑事が語るには、前日の夜に俺と連れの女性の二人で宿泊したのだがいつの間にか女性の姿が消えていて、俺だけが取り残された。 所持金も身元を証明するものも何もない状態で。
 
だが、宿泊の時に俺が見せた財布にはかなりの大金で膨らんでいたと従業員が証言しているので、どうも一緒に宿泊した女性が全てを持って行ってしまったのではないかと警察はみているらしい。

俺と一緒に宿泊した女性は昏睡強盗や美人局等で前から警察がマークしていた女性らしかった。

つまり、俺の皮を着たあの女は、俺の姿で女と一夜を楽しもうとホテルに泊まったが女に全てを持ち去られてしまい、払う金がなくなり裏の非常口からこっそりと逃げようとして足を滑らせたらしい、と……

「「な、なんてバカな死に方をしてくれたんだ!」」
刑事の説明を聞いた俺と紀善の声が我知らずハモる。

そんなバカな。 俺の身体が死んでしまったら二度と元には戻れないじゃないか? 
いや、待て。 死体でもあの短刀があれば皮は剥ぎ取れるかも。

「刑事さん、この人、短刀を持ってませんでしたか? 柄が10pほどで、刃は5pあるかないかの短い変わった形の短刀なんです!」

「え?さぁ?この人は何も所持品を持ってませんでしたよ? 免許証だって、夕べ、ホテルの外のゴミ箱から発見されて警察に届けられたからやっと身元が判明したんですから。 多分、お父さんの財布を持っていった女が免許証だけ不要だと思って捨てたんでしょうな」
刑事の言葉は絶望的だった。 もし遺体から皮を剥ぎ取れるとしても肝心の遺体が腐ってしまえば着る事もできないだろう。 俺は脱力感に襲われて膝を付く。

つまり、俺はもう一生この皮を脱ぐことはできなくなり、女として生きていかなくてはならないという事で…… 今まではとにかくこの女性を見つけて謝り倒せば時間が掛かろうとも元に戻れると信じていた。

この姿は仮の姿だと頭の隅では気楽に考えていたと思う。 単なる女装の延長線上だと思っていた。
いつかは戻れると……

しかし、もう元には戻れない…… 男に戻れない。

俺は力なく立ち上がり、寝ている俺の身体に縋って泣いた。 背後でショックから立ち直ったらしい紀善が刑事と何か今後のことを話しているのを感じながら……

               *

「お前が……、お前が本当に親父だったらよかったのにな……」
帰りのタクシーの中で紀善が力なくつぶやく。 実際、俺の遺体を見せられてしまったらここに居る俺が父親だなんて戯言以外の何ものでもなくなってしまったのだろう。

俺だって、もう元に戻れないのが確定されてしまった今、父親を名乗る意味を失ってしまった気がする。
「あぁ、そうだな……」

それっきり、帰るまでタクシーの中での会話は途絶えた……


夕方に俺の皮を着た遺体が帰ってきて、死因に事件性はなく事故であると告げられた。

「ただ……」
刑事は何か言い難そうに口籠もった。

「なんでしょうか?」
「お父さんは最近、体調不良を訴えておられませんでしたか?」

「いや、べつに…… まぁ、高血圧気味ではありましたけど……」
「何かあったんですか?」
紀善と俺が刑事に尋ねる。

「司法解剖結果、傷を負わされたりという痕跡はなかったのですが……」
言い難そうに躊躇う刑事。

「なんです?はっきり言って下さい」
紀善がじれったそうに刑事に迫る。

「お父さんの身体の中にはできかけの子宮と消えかけの精巣があったんです。 担当した医者が言うにはお父さんはTS病に掛かっていたのでは、と……」
刑事が口を開く。 

違う、多分、逆だ。 本当は彼女の子宮が消えかけていて、俺の皮を着たせいで精巣が作られようとしていたのだろう。

「TS病? TS病ってなんですか?」
「私も知らなかったんですが、男性が女性化してしまう奇病なんだそうです。 通常は若い男性に発症するので、年配の男性に発症するのは稀なんだそうです。 担当医が言うにはお父さんのTS病は長期変化タイプで、長い時間を掛けて女性化するものではなかったかと……」

どうやら、警察は俺はTS病に掛かってそれを苦に家出をしたとみているらしい。 
そして、今の自分の生殖機能を確かめるために女性とホテルに入ったが、そこで女性に財布を盗られて逃げられてしまった、というのが警察の見方だ。 

司法解剖で睡眠薬の痕跡が発見されたので、俺はホテルで睡眠薬強盗にあった可能性があるとみて消えた女性の行方を追っていくと言って刑事は帰っていった。


「親父が病気だった…… 一緒に暮らしていたがまったく気づかなかったな……」
「…………」
俺は掛ける言葉を思いつかなかった。 それを否定したところで俺が元の身体を取り戻すことはもう出来ないのだ。 だったら、もうそれで落着させてしまってもいいんじゃないか、という思いもある。

そのあと、紀善は俺の葬式の準備に追われ、俺も複雑な気分で喪服を着て自分の葬式の手伝いをしたのだった。

               *

俺の葬式から1週間が過ぎた。

親戚がいない俺の葬式には常連客の連中が来てくれたおかげで、それなりな葬式だった。

紀善は葬式の翌日から店を開けた。 ウチのような店はいつまでも休んでいると死活問題になるからな。

俺の遺体が見つかった以上、紀善が俺をここに置いておく理由はなくなったのだが、紀善は俺に出て行けとは言わなかったので行く先のない俺はそのまま、店のバイトとして手伝いを続けた。

……が。

「なぁ。双葉? お前いつまでここに居るつもりだ?」
紀善が仕込みをしながら、顔を上げずにテーブルを拭いていた俺に声を掛ける。

「え?なに?それは私に出て行けって事ですか?」
「誰もそんな事を言ってねぇよ。 お前に出て行かれるとここは俺だけになっちまう。 新しいバイトを雇うにもこんな寂れた居酒屋に来てくれる奇特なバイトもいないからな。 出来ればいて欲しい」

「まぁ、私だって身元不明の人間ですから行く当てはありませんからね」
そう言って笑う。

「でさ。 いつまでもバイトのままじゃ不便だろ?」
「なに?私を正社員にしてくれるんですか?」
俺はおどけて見せる。

「…………」
しかし、紀善からの反応はない。 
ここは普段なら、バカヤロ、調子に乗るな!とツッコミが入る場面なんだが?

「えっと、紀善さん?」
「俺と結婚しないか?」

「………… えっ!? はぁ?えっ、えっ、えっ? なに?結婚? だ、誰と?誰が?え?」
俺は紀善の言葉にあたふたと腕を振り回し、パニックに陥る。

「俺とお前がだよ。バカ……」
見れば紀善が顔を真っ赤にして大根を切って鍋に放り込んでいる。 えっと、紀善さん?鍋に野菜が山盛りになってますよ?それ以上入れたら零れますって。

「はい?私と紀善さんが?」
親子で結婚? てか、俺はこの女性を一度ヤっちゃてるんで紀善ともヤっちゃえば親子丼盛り合わせ?

「ダメか? お前、俺の事は嫌いか?」
顔を上げて俺を見つめる紀善。 いやいや、お父さんは息子として好きですよ? でも、俺と紀善に男女の愛は…… でも結婚か…… 確かに紀善とこのまま暮らすには最強に言い訳にはなるな。 

しかし、結婚となるとなると夫婦生活を行わないといけないワケで…… 特に夜の営みは……
「どうなんだ、双葉?」

「すいません、少し考えさせて下さい」
そう言って紀善に頭を下げる。 

「ダメなのか……」
そう言って肩を起こす紀善。

いやいやいや、お父さんとしては息子に嫁が来るのは大歓迎ですよ? でもですね?いくらなんでもお父さんを嫁にするのは如何なものかと……

まぁ、俺の身体はこの女性の身体へと変化してしまってるから紀善とはもう身体的には他人なんだろうし、生理もあるようだから赤ちゃんだって産めるんだろうけど……

「いえ、ダメじゃないけど…… 私は頭が可哀想な女ですよ?」
「あれは悪かった。 でもお前はなんというか感覚が合うというか、話していても前からの知り合いのような気安さがあるというか、なぜか安心できるんだよ」
いやまぁ、あなたが産まれた時からのつき合いですから…… 

だからぁ、男の癖に捨てられた子犬のような目で俺を見るんじゃないって!

結婚だぞ、結婚!一緒に生活するだけなら問題はないけど、セックスするんだぞ?男の、息子のペニスを自分の股間の穴に入れるんだぞ? 息子の希望は叶えてやりたいが、俺の覚悟が……

「すいません、もう少しだけ返事は待って下さい」
そう言って紀善に頭を下げる。

「そうか、いきなりだったからな。 すまない」
そう言うと紀善は仕込みを続ける。

やがて夕方になり、店を開けたが俺は上の空で仕事が手に付かなかった。 息子の嫁、息子の嫁、セックス、セックス…… そんな単語が頭の中を回り続けた。

このまま女として一生生きていくのなら、身元の不確かな俺には結婚は有効な手段だろう。 まぁ、戸籍も不確かなせいで内縁の妻という立場にしかなれないが。 愛のない結婚かと言えば、紀善はどうやら俺に惚れているらしいし、俺も紀善の事は(息子として)好きだ。でも、肉体的も他人……

紀善との結婚……、それは一生を女として生きていく俺に残されたベストな選択かもしれないが……

何度考えても、後は俺の覚悟の問題か……

               *

店も終わり、誰もいなくなった店内。
俺はカウンターの奥から酒の瓶を出し、コップに注ぐ。 それを一気に仰ぐと二階に上がっていく。

この皮を着てから俺はずっと自分の身体を意識しないようにしていた。 身体も必要以上に触らないようにしていた。 あの女性に対しての遠慮もあったし、自分が女であるという現実を受け入れたくもなかったからだ。

でも、今日からは俺は女として生きる。 覚悟は出来た!


「紀善!」
俺は紀善の部屋の障子を勢いよく開け放つ。

「な、なんだ、なんだ?双葉ぁ? こんな夜中に俺の部屋に何の用だ?」
紀善がビックリして上半身を起こす。

「お前、本当に俺と結婚したいのか?」
紀善の寝ている布団の腰の辺りに馬乗りに座り、酒に酔った目で尋ねる。

「お前?酔ってんのか? 酒に弱いんだろ?どうしたんだよ?」
俺を見上げて尋ねてくる紀善。

「俺が酔ってようが酔っていまいが関係ない。 俺はお前が本気で俺と結婚したいのかと聞いてるんだ」
「な、なんだよ?お前、親父みたいな口調になってるぞ?」

「質問に答えないって事は昼間のことはただの冗談だったんだな?」
「冗談であんな恥ずかしい事が言えるか!本気だよ」

「よし、わかった。 だったら今すぐ俺を犯せ。 上手く犯せたらお前の嫁になってやる」
「はぁ?意味がわかんねぇよ。 なんで結婚するのにお前を犯さなきゃならねぇんだよ? 結婚をすりゃ普通にできるだろ?」

「俺は男で処女だからセックスが怖ぇんだよ! お前が俺を犯さない限り、俺は結婚に躊躇し続けるぞ?
いいのか? 俺が欲しかったら、勇気を振り絞って酒の力を借りてお前の部屋に忍んできた俺に応えてみせろ」
「……夜の夜中に大声を出しやがって。 忍んできたという言葉の意味を理解してるのか?」
紀善が背後の全開に開け放たれた障子を見てつぶやく。

「そんな事はどうでもいい。 どうなんだよ? 俺を犯せなければ結婚の話は無しだ」
「……お前、お前はそれで後悔はしないのか?」
紀善が俺をじっと見て尋ねる。

「お前に昼間、求婚された時から考え抜いた結果だから後悔はないよ! 後で酒のせいにはしたりしないから安心しろ」
そう言って俺は自分のパジャマのボタンを上から外していく。

「酔っ払いに言われてもなぁ? わかった。 言っておくが、後で後悔するなよ」
そう言ってパジャマのボタンに掛かった俺の手を退けると自分で俺のパジャマのボタンを外し、上着を肩から脱がせる。 そして、布団に手を付き起き上がる。

その勢いで俺は後ろにひっくり返り、体勢が逆転する。
露わになった胸に紀善の手が伸びる。
「うっ」

「なんだ、怖いのか?」
「怖いに決まってるだろ!初めてなんだぞ?」

「そうか……」
そう言うと紀善は優しく俺の胸を揉み回す。

「はうぅっ」
「大丈夫、俺を信用しろ」
今まで俺に掛けたことがないような優しい声を耳元でつぶやく。 その声が俺の性感を昂ぶらせる。
俺のパジャマのズボンが下着ごと引き下ろされる。俺は腰を上げてそれを助ける。

露わになったシミ一つない俺の女の身体。 俺はこれから息子を受け入れる……
覚悟をして、目を瞑って布団を握りしめる。

「緊張しなくていいから、俺に全部任せておけ」
そう言って薄毛に被われた恥丘を撫で擦る。 

「あぁん……」
処女の本能が思わず足を捩って紀善の手を拒絶する。

「足を閉じるんじゃないよ。力を抜いて」
少し強引に手が股間をこじ開けて侵入し、指先がワレメに到達する。
紀善の指示に従って身体を弛緩させる。
「よし、いい子だ」
胸を吸われ、股間のクリを弄ばれる。
「ひぃ、あはぁ、だめ、くぅん」
腕で顔を隠し、喘ぐ。
「ほら、顔を出して。可愛いよ」
腕を引っ張られ、アヘ顔が紀善の目に晒される。
「ダメ、恥ずかしいから……」

くそっ、なんで俺はこんなにも女な反応をしてしまうんだ?それにしても紀善のヤツ、こんなテクニックをどこで覚えたんだ? 

紀善の指が股間の穴の入り口をなで、その中へと…… 途端に全身に稲妻が走る。
「ひゃぁうっ!」

「色気のない喘ぎ声だな?」
「いや、ちょっと待て!」
俺は股間に伸びた紀善の腕を押さえる。

「なんだ?」
「合格」

「合格?」
「君は私のテストに合格した、おめでとう。 じゃ、今日はここまでと言う事で……」
俺は必死に笑顔を作って布団に膝を付いて起き上がろうとする。

「おい?」
そんな俺を紀善が再び布団の上に押し倒す。

「な、なんでしょうか?」
「何を巫山戯てんだ?」

「いや、紀善君は私の試験に合格しました。 とても素晴らしいテクニックでした。それでは今夜はこの辺で……」
そう言って起き上がろうとする俺を塞ぐように顔の横を紀善の腕がドンと布団の上に付く。 
えっと、壁ドンと言うか布団ドン?

「何を誤魔化そうとしてるんだよ? テストだってんならこれからが本番だろうが?」
あぁ、紀善さんが本気で怒っていらっしゃる。

「お前、初めてで怖い気持ちは判らんでもないが、お前から誘ってきたんだぞ? 夜の夜中に叩き起こされて、ここまで男の性欲を昂ぶらせておいてお預け食わす気か?」
上から紀善が睨みつけてくる。

「いや、それは……」
「言っておくが昼間お前と結婚したいと言ったのは伊達や酔狂じゃないからな? すっと、お前のことが気になってたんだ。 お前は美人なくせに気取ったところがないし、仕事もマジメで気もきくし…… 客受けもいいし…… それに…… 身体だって」

「か、身体?」
思わずビクッと身体が反応する。

「正直な事を言うと、お前と寝たくってたまらない夜は一夜や二夜じゃなかったんだからな! 特にお前が二階で寝るようになってからは障子一つ隔てた向こうにお前が寝ていると思うと、今すぐにでも踏み込んでお前を犯したいとどれだけ思ったか……」

うわぁ、そうだったのか。双葉ちゃん、大ピンチだったんだ? 俺の方は相手が息子だと思って安心して安眠してたよ?

「ずっと、耐えていたのに……」
そう言って耐えるように目を瞑る紀善。

いや、君は偉い。 それに耐えられなかった男は、今、罰が当たって女にされた挙げ句に息子に手籠めにされようとしてるんですよ? 

「それでやっと、お前から許可が出たと思ったらその仕打ちか? お前は鬼か?」
いや、紀善君? 悔し涙が滲んでますよ? 俺、そこまで酷いこと……してるか。 はい、してます、男としてはその気持ちは痛いほど判ります。

やっていいよと言った女から、銃を暴発させる寸前に中止を要請されたらヘビの生殺しもいいとこですよね。 俺は今、それをやってしまったわけで……

「わかった、悪かった。 続けてくれ」
俺はもう一度布団の上に仰向けになって目を瞑る。

「いいのか、本当に?」
「いいよ、俺とヤりたかったんだろ? 俺から誘っておきながら悪かった。思う存分、蹂躙してくれ」
そう言って身体の力を抜く。

「蹂躙って……、お前なぁ? ……いいのか?」
「いいよ、好きにして」
と言ってもこの状況で紀善から手が出せるワケが無いか……

俺は下から腕を上げて紀善の首に回し、顔を引き寄せる。
「な、なに?」

紀善の驚く顔に向かって口を寄せていく。 正直、男とキスをするのは抵抗があるが、こうでもしないと紀善は手を出してこないだろう。

俺は紀善の口に舌を入れて舌を絡みつかせると、すぐに紀善は舌を絡みつかせ返してきた。
「うっ」
いや、意外と不快感はなかった……

再び紀善の手が俺の胸に伸び、あいた手が俺の股間を刺激しはじめる。

「あ、あふっ、あぁん…… あひっ、あふぅ」
俺の口から吐息に似た喘ぎ声が漏れる。

紀善の手が俺の全身を這い回る。 そのたびに俺の口から恥ずかしい喘ぎ声が漏れる。

「あ、あ、あぁ、あふぅ、ヤ、も、もう……、りゃめ……」
あ、よだれが…… 俺はそんな顔を紀善に見られたくなくて腕で顔を隠す。

息子に弄ばれて痴態を演じてしまう事に自らに戸惑いを覚える。 いいのか?本当にいいのか?

「どうだ?そろそろ入れていいか?」
そう言って紀善が俺の胸を揉みながら、はだけていた自分のパジャマを腕から引き抜く。

こいつ、なかなかいい身体してるじゃないか?子供だ子供だと思っていたが…… 
そんな事をぼぉっとした頭で考えていると、俺の上にあった紀善の体重が急に消える……

「え?」
顔に掛かった手を外して紀善を見上げると、ズボンを下ろしているところだった。

「え?えっ?」
そこは立派に育った息子の"息子"がそそり立っていた。 
あぁ、少し見ない間に立派になって…… 小学生の頃、一緒に風呂に入っていた時は可愛いかったのに。

「…………、って。 ちょっと待て! まさか、それを俺に入れる気じゃないだろうな!?」
「はぁ?当たり前じゃないか? 大丈夫、お前の股間はもうトロ、トロッに濡れているから楽に受け入れられるって」
そう言いながら凶悪なモノを手で支える。

「いや、いやいやいや!入らないだろ? 無理無理無理!無理だって! そんなにでっかいモノを入れられたら壊れるって!
「処女は大概そういうんだよ。 大丈夫だって、女はそこから赤ちゃん産めるんだぞ? それに比べたらこれくらいどうって事ないだろ?」
そう言って俺の上に乗ってくる。

「いや、まて。 あ、あぁん、ひゃう……」
再び始まった紀善の愛撫に抗議の声がさえぎられてしまう。
「お前のクレームに応えていたら、まったく先が進まないからな。 先に了承は得てるんだからこのまま続けさせてもらうぞ」
冷酷に宣言する紀善。 ……お、鬼ぃ。 

いや、それよりも今は俺の股間に銃口が突きつけられようとしていることが問題で…… でも……
「あ、あの……」
「なんだ?やめないぞ?男はここまで来たらやめられないもんなんだからな」
いや、わかってます。 俺も男だったんで。 しかも、過去にこの女性の懇願を無視して挿入してしまいましたから。

「は、初めてだから優しくしてね?」
そう言って、アレが入って来る光景を見ないように目を手で隠す。風邪を引いた子供が医者の注射針から目を反らすのと同じ心境かな。

しかし、こんな定番なセリフが俺の口から出る日が来るとは……

「大丈夫。 俺を信じろ」
耳元で優しく囁かれる。 

「はい……」
思ってもみない殊勝な言葉が俺の口から漏れ、俺は身体から力を抜く。
「よし、いい子だ」
そう言うと紀善は自分のペニスを俺の股間にあてがい……

「痛い、痛い、痛いっ! ミシっていった!ミシっていった!ミシっていった! 股間が、あそこが引きつれる! 裂ける、裂ける、裂けるって!」
俺は身体を動かして紀善のペニスから逃れようと身体をずり上げる。 さっきまでの甘い快感が嘘のように消え去っている。

「大丈夫だって。 ほら、逃げるな」
そう言って逃げようとする俺の肩を押さえる。

「大丈夫って、お前は男だから挿入される側の気持ちなんてわからないんだよ!」
それは過去の俺に対するあの女性からの糾弾でもあったのだろう。 男には理解できないこの痛みは。

しかし、俺の抗議を無視するかのように紀善のペニスは暴力的に俺の中に入ってくる。
「大丈夫だって。 俺を信じろ」

いやいやいや、この痛みのどこにお前を信じる要素がある?
しかし、今の女の俺に男に逆らえる力もなく…… あぁ、これがあの女性が俺に下した真の罰なのか……

ズブズブ、ミシミシ…… そんな擬音が俺の耳に聞こえてきそうな気がする。

「ほら?奥まではいった。 別にそれほど痛くなかっただろ?」
紀善が優しく耳元で囁く。

「痛かったわ! てか、今も痛いよ! もういいだろ、抜け!抜いてくれ!」
まるでカエルの串刺しのような体勢で紀善に懇願(?)する。 

いや、マジで股間がジンジンする。 紀善のペニスを全身で包み込んでいるような感覚…… まるで自分自身が巨大なペニスケースにでもなったような…… もうそこにしか神経が伝わってないような……

「抜けって、これからが本番だって事はお前も理解してるだろ?」
「いや、知ってます。知ってますけどそれは女性と致す場合限定で、致される事は想定外というか……」

「何を言ってるんだ? 動くぞ?いいか?」
そういうと紀善が腰を動かす。

「い、痛い痛い、痛いって! まだ、了承してないだろ!」
「お前の了承を待ってたら夜が明ける。 大体、痛がってるわりには結構余裕があるように見えるがな?
それにちゃんとゆっくりと動かしてやってるだろ?」

"やってるだろ?" あぁ、息子に上から目線で女として犯される屈辱が……
いや、まぁ、確かに痛いんだけど、考える余裕はあるよ。 それに痛さ以外の何かが芽生えようとしている、それが激痛を癒してくれる。

でも、その"何か"に身をゆだねてしまうと"何か"が決定的に変わってしまいそうな予感が……

「あっ、あ、あ、あ……」
やがて、紀善の声に合わせるように俺の口から喘ぎ声が漏れ始める。

「どうだ、双葉?まだ痛いのか?」
「あ、あ、あ、あん、い、痛いに決ま…… あぁん、あ、あ……」
痛いに決まってはいるが、"何か"が俺の心の中で大きく膨らんできている。

紀善のペニスを感じる余裕が生まれ始めている。 俺の中のアレが膣壁を擦りあげる。
「ひゃう、あ、あう、あ、あうん、あん…… あ、あ、あ、あぁん、あん、あん、あん」

「声が変わってきてるぞ?」
「べ、べつに…… あん、あん、あん、あぁん、ら、らめ、もっとぉ、あぁぁ、い、いい……」
紀善の言葉を否定しようとするが、俺の口から漏れる声が甘くなってきている事実に気づく。

「可愛いな、双葉は。 最初は変なヤツだと思ってたが、慣れてくるとそのおかしさが愛おしい……」
そう言って微笑んで俺の頬に掛かった髪を優しく指で払う。 くそっ、なんだよ。その顔は……
今までそんな顔を俺に見せた事がない癖に…… お前の方が可愛いじゃないか……

「あぁん、あん、あん、いい…… いいよ、紀善……、もっと、もっと激しく……」
俺は紀善の背中に手を回し抱きつく。 俺のリクエストに応えるように紀善の腰が俺の股間を叩く。

「ひゃ!あ、あん、ひゃん、ひゃん、ひゃん、あん、あん……」
俺の子宮の入り口にまで迫る紀善のペニス。

「いいか、双葉? 出すぞ?」「え?なに?」
夢見心地な快感の中で紀善が何かをつぶやく。

「え?あ、あぁぁぁぁん!」
俺の返事を待つ事もなく、俺の中に熱い何かがほとばしる。 
だ、出しやがった……、紀善のヤツ、俺の中に中出ししやがった……

「はぁ、はぁ、はぁ……、こ、このやろう……」
身体が脱力感に襲われ布団の上で五体を投げ出し、なんとか口を開く。

「よかったよ、双葉」
俺が文句を言おうとするより先に紀善が俺のそばに横たわり、肩肘で身体を持ち上げ、髪を優しく撫でながらおでこにキスをする。

くそっ、なんでだ?そんな事をされるのが嬉しい……

「どうだ?これで俺と結婚してくれるよな?」
髪を撫でながら俺にささやく。

「…………」
いいのか?本当に。俺達は親子だぞ?身体は確かに赤の他人になってしまったけど……

「なんだ?まだ不満なのか?俺と結婚するのはイヤなのか?」
「いえ、そうじゃないけど……」

「わかった。それじゃもう一度、双葉を説得するとしようか」
「え?説得って……」
紀善の手が俺の胸に伸びる。 俺の胸の先は今の情事のせいでまだ固く尖っている。それを指先で摘む。

「ひゃぁん、な、なにを……」
「再説得」
ニコニコと俺を見つめる紀善。俺の尻に何かが当たる。 目を下に移していくと……

「うわっ、なんだ、なんだ! お前、いま出したばかりだろ!な、なんでそんなに立派なんだよ!」
「それだけ双葉が魅力的だって事だよ?」
そう言って首筋にキスをしてくる。

「はぁん……」
思わず口から吐息が漏れる。

「双葉もその気になってきてるんじゃないのか?」
「ち、ちがう、勝手に口から声が漏れるんだよ!」

「それがその気になってる証拠だろ?」
そう言って再び俺の胸に紀善の手が這う。

「あ、あぁん…… ひゃぁん」
「可愛い声で鳴くじゃないか? 最初の頃は悲鳴に近かったけど、今は甘い声が混じってるじゃないか?
本当は気持ちいいんだろ?」
そう言って空いた手が俺の股間を優しく撫でる。

「あうぅ、あん、だめぇ」
足を捩って拒もうとするが、強引にその手は俺の股間に割り込んでくる。

「ダメと言いながらも、力が入ってないぞ?」
そう言って面白そうに俺の身体を弄びはじめる。 いや、拒もうとは思ってるんだが身体が勝手に紀善の蹂躙を許してしまうと言うか……

「ひゃぁん、あん、あ、あぁん、りゃめ、感じちゃう……」
「感じていいんだぞ?ほら、またこんなに濡れてきてる」
紀善の指先が俺の前につき出される。

その指先はテラテラと濡れて糸を引いている。 これが俺の愛液?恥ずかしさで顔がかぁっと熱くなる。

「ふふ、双葉、顔が赤いぞ?」
そう言うと指先は再び俺の股間を責めはじめる。
「あぁん、やめて……」

「と言いながら双葉の手は何をしてるのかなぁ?」
俺の手?え?私はなんで紀善のアレを握ってるんだ?

「いや、えっと、ちがう!」
俺は慌てて手を放す。
「判ってる、欲しいんだろ?」

いや、マジで違う、おかしい、おかしい、おかしい!俺は男なんだからペニスに興味なんか……

その後、俺は紀善に身体中を愛撫され、いつの間にか紀善のモノを自分から受け入れていた。
「あぁ、あぁん、い、いい!も、もっと……」

一回目と違って今度の紀善は優しく全身を包み込むように性感を刺激してくる。 
その快感の波に私はいつのまにか微睡むように身を任せていた。
我知らず口から漏れる喘ぎ声に反応するように紀善の肉棒は硬度を増す。
「あん、いい。コレ……、気持ちいい…… いいの、あぁん、くる、きちゃう……はぁぁん」


考えてみれば…… この皮を着たせいで体内が女性化してしまうのなら、脳も例外なはずがない。
記憶こそ"木下清彦"という男のままだが、感性は女性のそれに流されているのかも……

それに気づく頃、私は自分から腰を使って紀善のペニスの快感に酔っていた。
そして二回目の中出しが終わった頃には私の脳は女性化の急激な覚醒を果たしていた。


「どうだ、双葉?俺と結婚してくれるよな?」
「はぁはぁ…… ど、どうしようかな……」

「なんだ?本当にイヤなのか?」
「も、もう一度、シテくれたら…… け、結婚してもあげてもいいよ?」
私は上目遣いでおねだりするように紀善に告げる。

「…… く、くくく。 なんだ、この可愛いヤツめ。 さっきまでイヤだ、やめろって叫んでたのに」
「ち、違います。 き、紀善さんが私をこんな風にしたんですよぉ」
私は紀善さんの言葉に反論する。

「よおし、わかった。 今晩は双葉を完全に俺色に染め抜いてやろうな」
そう言って紀善さんが私に覆い被さってくる。

「あん、だめぇ〜♪」
私はそんな紀善さんの背中に手を回して笑顔で受け入れてしまい第三ラウンドが開始されたのだった。

               *

翌朝、私は紀善さんの胸の中で眠りから覚めた。

「起きたかい、双葉」
紀善さんが私の頭を優しく撫でる。 

その優しさがなんだか、恥ずかしい。 
私はこの人の父親なのに、その腕に抱かれて眠る事が嬉しい……

いいのだろうか?このまま紀善さんに身をゆだねてしまって……

「どうしたんだ?双葉」
私のそんな顔を覗き込んで尋ねる紀善さん。

「本当に私でいいんですか? 世の中には他にもちゃんとした女性がいるんですよ?」
「お前だからいいんだ。 なんの遠慮もなく本気で言い合える女性なんて貴重なんだぞ?」
そう言って私のおデコにキスをしてくる。 あん……、夕べの名残かキスが気持ちいい。

「お前はもう俺のモノだからな? これからは俺が守ってやるから俺に付いてこい」
そう言って彼が私を抱きしめる。

ぎゅっと抱きしめられた事で私の中の"女"が悦びを覚える。 
もういいや。 このままこの人に妻となって付いて行こう。

なにしろ、この人は私の息子なのだから。 スケベではあるが頼りにならないワケがない……

             「はい。あなた」

     私は彼の目を見つめ、羞じらいながら返事をした。


               *


そしてその後、俺の生命保険が下りた金を頭金にして、あの女性の弟が住んでいた管理人さんの縁で表通りに格安の店舗を買う事が出来た。

前からの常連客に加え、新しい常連客も出来て、私達はまずまずな生活を送る事が出来るようになったのだった。

そして、私も新しい常連客の中にその手の事に詳しい弁護士さんがいて、新しい戸籍を作る事に協力してもらい紀善さんの正式な妻の座に着く事が出来たのだった。

結婚式こそ挙げなかったが、一応、紀善さんの希望でウエディングドレスで記念写真は撮った…… 少し照れくさかった。

「双葉さん、暫く見ない内に益々お腹が大きくなったね。 おめでとう」
「あら、長井さん。 ありがとうございます。 出産予定は来月なんですよ」
マタニティドレスで歩き回り、料理を出す私を弁護士の長井さんが祝福してくれる。 

そう、私のお腹の中には今、赤ちゃんがいるのだ。 息子であり、孫でもある赤ちゃんが……
出産は怖いが、私の心は愛する紀善さんとの赤ちゃんを産む事が出来る喜びに満ちている。

本当に世の中はなにが起こるかわからないものだ。 
あの時、私があの女性に手を出さなければ、このような数奇な運命を辿る事はなかっただろう。








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