「さあ、入って。」

おれは彼女をおれの部屋にいざなった。
彼女も疑うそぶりを見せずに部屋に入った。
おれは彼女をリビングに通した。

「へえ、結構いい部屋じゃない」

「疲れただろ?
好きなとこに掛けてていいよ。
 今、コーヒーでも入れるから」

おれはそう言い残して、ダイニングへと向かった。
お湯を沸かしている間、彼女の方を伺うと、
当たり前のように座って、テレビを見ていた。
彼女はそうやって、与えられるのが当たり前、
そんな風に考えるタイプの女なのだ。
普通に考えるなら、そんな女はお断りだが、
おれの目的を考えれば、理想的な女なのだ。

(ククク。見てろ)

これから彼女の身に起こる事を夢想して、
おれはほくそえんだ。




「人形」
作:sato
挿絵:あさぎりさん



彼女の名前は「坂上沙織」。
歳は22だと言っていたが、
そんな事はどうでもいい。
おれに必要なのは彼女の容姿のみなのだ。
性格すら必要ではなかった。
なぜなら・・・・・・

おれは彼女をさっき街でナンパして、
「お持ち帰り」したのだ。
おれはこう見えても容姿には自信があるのだ。
今までも同様の手でゲットしてきているのだ。
今日も最初は美味く行ったのだが・・・・・・

(あの女め。贅沢言いやがって!)

その後が大変だったのだ。
あちこち連れ回されて、
最後にはバカ高い食事まで奢らされたのだ。

それもこれもこの時のためだ。
おれは沸いた湯でコーヒーを煎れた所で、
彼女に聞いてみる。

「砂糖とミルクはどれくらい?」

一呼吸空いて、返事が返ってくる。

「砂糖だけ。2杯ね」

ぶっきらぼうな返事だ。
おれはそんな態度に怒るよりむしろ、
この後の事を考えて興奮を覚えるのだった。

「ああ、砂糖2杯ね。リョーカイ」

おれは興奮のせいか、軽いノリで答えてしまう。
まあ、あのタイプの女はそんな事は気にしないだろう。
案の定、彼女は再びテレビに見入っていた。
おれはそれにも構わず、
言われた通り、コーヒーに砂糖を入れてやる。

別にここで何か入れたりはしない。
おれの「力」にはそんなもの不要だ。

おれはコーヒーカップをトレーに載せ、
リビングに戻った。
テーブルの上にカップを並べる。
彼女はこちらを見ないまま、カップに手を伸ばす。
なかなか徹底した女だ。
せいぜいよく味わってくれよ。

・・・それが最後のコーヒーになるのだから。


一時間ほどは他愛無い会話に終始した。
落ち着いた頃を見計らって、彼女に話し掛ける。

「そうだ、坂上さん。ちょっとした遊びをしないかい?」
「は?遊びぃ?何それ?」

彼女の無気力そうな返事。
そんなに「頭が悪い」事を
アピールしなくてもいいと思うのだが。
おれは構わずに続ける。

「ああ、僕はこう見えても、手品とか催眠術とかが得意なんだよ」
「催眠術?ウソでしょ、そんなの。
 あんなのインチキじゃないの?」

ここで力説すると怪しませてしまう。
おれは一歩引いてみる。

「ほとんどはそうだと思うよ。
 僕のだってお遊び程度だし。
 あんなに見事にはかからないよ」

「それにこういうのって信じない人には
 効かないんじゃないの?」

「頼むよ。物は試しだ。
 ダメ元でやらせてくれよ」

おれはあくまでも低姿勢に徹する。
こういう女にはこれが効果抜群だ。

「しょうがないわね。
 やれるもんならやってみなさいよ」

掛かった。おれはほくそえんだ。
が、色にも出さず、

「ありがとう!なかなかやる機会がなくて・・・
 あ、そんな身構えずに楽にしてて」

おれはスッと彼女の方を指差す。
彼女は虚を突かれて一瞬、ビクッとする。

「じゃあ、この指をよ〜く見て」

彼女の視線が指に集中してくるのが分かる。
両目が寄り気味になってきて、
動きも停まってしまっている。
見かけによらず、
意外と素直な性格なのかもしれなかった。

「そのまま、そのまま。
 指先が大きくなってきただろう?
 さあ、もっとよく見て」

彼女は瞬きする事も忘れて、
おれの指を見ている。
彼女の意識がすっかり指へと注がれてきて、
口も半開きになっているのが分かる。
ここまでくれば、もう少しだ。

彼女の動きは完全に停止した。
ここからは、
彼女にとって、おれの言葉一つ一つは、
「魔法の言葉」になるのだ。

「ほら、段々とまぶたが重くなってきた・・・」

彼女の目が、ゆっくりと閉じられていく。
5秒ほどかけて、完全に閉じてしまう。
相変わらず、口は半開きのままだ。
どうやら、完全にかかってしまったようだ。
ここまでくれば、もうこっちのもんだ。
おれはニヤリとする。

「よし、じゃあ今から3つ数えて、
 おれが手を鳴らしたらお前は目を覚ます。
 その時には君はおれの忠実な下僕だ。
 分かったな?」

彼女は目を閉じたまま、コクリと頷く。
ホント、素直ないい娘だ。
おれはちょっと後ろめたくなるが、
ここまで来て、そんな事に構っていられない。

「よし!1・・・2・・・3!」

パン!

おれは両手を打ち鳴らす。
彼女の目が弾かれたように開いた。
が、その目の焦点はおれには合っていない。
おれ自身、この状態になった事がないため、
よくは分からないが、
おそらく、彼女の視界は、
「何も見ていないが、全体的には見えている」
状態だと思う。
要するに、どこも見ようとしていないという事だ。

・・・おれが何も言わなければ。

「沙織、おれが今から質問した事に
 素直に答えるんだ。いいね?」

「はい。ご主人様」

「さて、まずは君の名前を聞こうかな?」
「・・・坂上・・・・沙織です・・・」

彼女はゆっくりとだが間髪入れずに答えた。
順調のようだ。

「歳はいくつなのかな?」

おれは子供に対するような聞き方をする。
この状態ではこの方が確実なのだ。

「・・・24・・・です・・」

彼女は躊躇なく答える。
(やはりサバ読んでやがったな)
おれは彼女を手の内に入れた事を実感する。
こういうのも、このシチュエーションならではだ。

おれはさらに質問をしていく。
必要な情報を集めなければならない。

住所、出身地、家族構成、出身校、交友関係など、
次々と聞き出していく。
やはり、この性格だからなのだろう、
同性の友人は少ないようだ。
おれにとっても、一人暮らしってのは好都合だ。

さあて、ここからはおれの趣味にしか過ぎない質問だ。

「身長、体重はどれくらいなんだい?」
「・・・・161cm・・・49kgです・・・・」
「スリーサイズは?」
「・・84・52・88・・・です・・・」

ふむ、そんなものなのか。
もっとありそうに見えたけどな。

さらに質問を続ける。

「靴のサイズはいくらだい?」
「・・24です・・・・」
「血液型は?」
「・・・・B型・・・・です」
「趣味はなんだい?」
「・・ウィンドーショッピングです・・・」

さて、こんな普通の質問してても、
これじゃ、見合いと変わらないな。
そろそろ、本題に行くかな。

「初体験はいつだ?」

口調も変える。
ここまでかかっていれば、
もう質問に対しては、機械的に答えるだろう。

「・・・・14・・の春・・です」
「そりゃまたはえーな。んで、相手は誰だ?」
「・・・クラブの・・先輩・・と・・」
「場所はどこなんだ?」
「・・先輩の・・部屋・・で・・・・」
「それから今までに何人とヤッたんだ?」
「・・・・・・・・46人・・・・・です・・・・」

今までより少し間が空いて答えてくる。
いちいち人数を数えているはずはないのだが、
彼女が記憶してるかどうかなど関係なく、
直接、脳から記憶を呼び出す事ができるのだ。

「そりゃスゲーな。その内付き合ったのは何人だ?」
「・・・・・・15人・・・です・・・」
「微妙だな。ちなみに妊娠した事は?」
「・・・20歳の時に・・・一度・・」
「墜ろしたんだろ?」
「・・・はい・・・」
「そうかい。次の質問だ。
 性感帯はどこだ?」

「・・うなじ・・と・・・乳首・・・です・・」
「そうなのか。下半身じゃねえんだな」
「・・・はい・・・」

ふむ、こんな所かな。
おれの"術"の真骨頂はこれからだ。
普通なら、こいつをひん剥いて・・・・
って所なんだろうがおれのは違う。
いや、それもやった事はある。
が、そんな事、おれはしらふの女にでも出来る。
別におれは女に困るタイプの男ではないのだ。

じゃあ、何をやるのかって?
フフフ、まあ見ててくれよ。

「さて、まずは服を脱いでもらおうか。
 全部脱いで、全裸になるんだ」

「・・・はい・・・」

彼女は立ち上がって服を脱ぎ始める。
脱いだ服の事などお構いなしに脱ぐため、
あっという間に彼女は全裸になってしまった。

ふむ、なかなかいい体じゃないか。
なるほど、バスト84と言うのは納得だった。
だいぶ、「寄せて上げて」していたようだ。
ふふふ。こいつはなかなか楽しめそうだな。

いや、そんな事を確かめるために脱がせた訳じゃない。
これからやる事に対しては、服が邪魔なのだ。

「さて、沙織。お前の手は万能なんだ。
 おれがそういう風にお前の手に細工したんだ。
 お前の手は何でもこじ開ける事ができるんだ。
 いいね?」

「・・・はい、ご主人様・・・」

彼女はコクリと頷く。
おれの"術"にかかった人間は、
相手にそう思い込ませる事で、
おれの言葉に完璧に従うのだ。

・・・例え、それが人間には不可能な事であっても。

おれはいつもの仕上げの言葉を吐く。

「さあ、お前はその手で、
 お前の体を脱ぎ捨てるんだ。
 服を脱ぐように・・・・
 お前の魂から体を切り離すんだ!」

彼女はスッと胸元に手を添える。

「そうだ、そのまま胸に手を当てて。
 そして、左右に開くんだ!
 シャツを脱ぐように・・・そうだ」

彼女の手が胸倉を掴んだかと思うと、
そのまま一気に左右に腕を開いた。
その様は、まるで露出狂がガバッと、
コートを脱いだかのようだった。
唯一つの違いは・・・・・

「彼女の体」が二つに裂けているのだ!
文字通り、彼女の胸のど真ん中で二つに。
左右の手には、有り得ない角度でぶら下がっている、
乳房が握り締められていた。
不思議な事に、全く血は流れていなかった。
しかも、その中にあるはずの、
内臓や骨などは、どこにも見当たらないのだ。
さらに、そういう状態でありながら、
彼女は何事もなかったかのように、
表情も変えず、そこに立ち尽くしている。

おれはニヤリとして、最後の仕上げにかかる。
おれは本棚の上に置いてある棚から、
女の子をかたどった人形を取り出した。
それをテーブルの上に置く。

「さあ、沙織。最後の命令だ」
「・・・はい・・・」

彼女はそのままの状態でおれに答える。

「お前はその体を抜け出して、
 この人形に入るんだ。
 これからはこいつがお前の体だ
 分かったな?」

「・・・はい・・・分かりました」

言うが早いか、彼女の体から力が抜け、
崩れ落ちるように倒れこんだ。
しかし、その体にはまるで重量感がなかったのだ。
そう、例えば、マンガなんかで、
服を着たままテレポーテーションした時に、
服だけ残ってしまい、服がひらひらと・・・・
まさにそんな感じなのだ。

しかし、服ほどは軽くはなく、
ドサッという音とともに、彼女の体、
いや、もう皮だけと言うべきかも知れない、
が床に倒れこんだ。
相変わらず、そこには一滴の血も流れていない。

おれは人形に視線を移した。
そしてそれを手に取る。

「沙織、どうだい、気分は?
 くく。もう答えられねえか」

おれは彼女を棚に持っていく。
そこには既に、10体ほどの人形があった。

「さあ、こいつらも君の仲間だぜ。仲良くやれよ?」

おれは棚の扉を閉めた。
そして、沙織の「体」の方に向かう。
それはもはや「体」には見えなかった。
「髪の毛の生えた全身タイツ」とでも言えばいいのだろうか?
しかし、肌の質感などはそのままだった。

おれは裸になり、
まだ体温の残るそいつを手に取って、
裂け目のところから体を入れ、着込んだのだ。
彼女の身長から考えると、入るはずはないのだが、
「彼女」はおれの体の大きさに合わせて、伸びるのだ。

初めこそまさに「全身タイツ」そのものといった感じで、
胸元の裂け目などもそのまま残っていたのだが、
しばらくすると、変化が現れる。

体が締め付けられるような感覚と共に、
骨も軋んでくる感じがしてくる。
身長が縮み始めているのだ。
いや、身長だけでなく、
手足も短くなり、ウェストも細くなってくる。
逆にたるんでいたバストやヒップは膨らんできた。

デスマスクのようだった顔が、
完全に沙織のそれと見分けがつかなくなった頃には、
おれは完全に「坂上沙織」そのものになっていた。

「どうやら終わったようだな。
 よし、声も完璧だな。」

おれは鏡台の前に立ち、自分の体を見た。
さきほど見た全裸の沙織の姿と全く同じだ。
胸の裂け目も最初からなかったかのように消えてしまっていた。
腕を動かしてみる。動く。
どうやら、完全に沙織の体に馴染んだようだ。

「さて、と」

おれはさっき彼女が脱ぎ捨てた服を着込んだ。
鏡に映る姿はここに入ってきた時と全く同じだった。
おれは鏡の前を離れ、クローゼットに向かう。



「ククク。しばらくこいつで遊ばせてもらうぜ!
 この前の女子高生も楽しかったけど、
 やっぱり大人の色気ってやつは捨てがたいんだよな」

おれはクローゼットを覗き込みながらそう言った。
中には数々の女物の衣装と共に、
今までのエモノ、つまり「皮」が掛かっていた。

「さて、こいつのマンションにでも行くかな?
 じゃあな、沙織。留守番よろしくな♪」

おれは棚に向かってそう言った。

そして、扉を閉める音が室内に鳴り響く。
棚の中ではただ何も言わず人形が並ぶばかりだった・・・・



(おわり)





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