春の変装

 

 「どう?そっくりでしょう」

 鏡台の前に座っていた女性が、背を捻じらせて後ろを見た。その視線の先には両腕、両膝、足首を縛り上げられ、白い布で猿轡をされた下着姿の女性がベッドの上に座っていた。

 

「どう、どこから見ても姉さんにそっくりでしょう?これで、広瀬先輩は私のものよ」

鏡台の前に座っていた女性は立ち上がると、クローゼットのほうに歩いていった。扉を開けて中から白のポシェットを取り出すと肩にかけて、縛り上げられた女性のほうを見た。その顔は・・・縛られてベッドに腰掛けた女性に瓜二つだった。

ただ、縛られた彼女と違うのは、ピンクのスーツとスリットの入ったスカートから伸びる足にベージュのストッキングを履いて、きれいにメイクをしていることだった。

「姉さん、悔しいでしょうね。双子の妹に大事な彼氏を奪われるのですものね。でも姉さんが悪いのよ。いくら双子だと言っても間違われたからって,妹の憧れの人と親しくなるんだもの。ラブレターを出したのは私のほうだったのに。姉さん、今日のわたしは、ねえさんだもの。この間の姉さんみたいに、今日は帰らないかもよ。しっかり彼を私のものにしてあげるわ。じゃあ、姉さん、妹の成功をそこでおとなしく待っていてね」

そういうと彼女の片割れは、ハミングしながらスキップしていた。縛られた姉は楽しそうに出て行く妹を黙って見送るだけだった。そんな妹を見送りながら、姉は声にならない声でもごもごとなにか呟いていた。だが、妹はそんな姉に気づかずに部屋を出て行った。

『へえ、手紙をくれたのは春ちゃんのほうだったのか。僕はいつも僕のほうを見つめている友ちゃんの方かなと思って彼女をデートの誘ってしまった。その天罰かなぁ。この間のデートで二人の身体が入れ替わってしまうなんて・・・あ、待てよ。まさか浩二の奴が僕に成りすませてこないだろうな。あいつ友チャンのことが好きだから・・・』

この間のデートで、初めて身体をひとつにした広瀬広一と篠崎友子は、お互いの身体の相性がよかったのか感極まりイってしまった。そして二人が目覚めるとお互いの身体は入れ替わっていた。それから次のデートのチャンスを待ってお互いの振りをしていたのだ。だが、友子になった広一は、友子の双子の妹の春絵に縛り上げられてしまったのだ。そして春絵は、友子としてデートに行ってしまった。広一には、ひとつ下の浩二という弟がいた。まるで双子のようにそっくりのこの弟は、兄が付き合いだした友子が好きだった。だから、もしかして弟も同じことを計画していたとしたら。そして、二人が、彼らと同じように結ばれたとしたら・・・

縛られた広一の友子はただじっと春絵の帰りを待つしか出来なかった。弟になったかもしれない妹の帰りを・・・


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