銭湯から憑いて来た彼(前編)
 
 
 
 

もわっとした湯気があたりを包み込み、ジワッとした熱気に包まれている。
ここはちょっとした街中にある銭湯。
女湯、男湯の暖簾が粋なこの銭湯には、ここから少し離れたところにある
アパートの住人達が毎日のように入りに来ている。
アパートの住人と言っても、殆どが若い女性達。
だってそのアパートは女子学生たちが住んでいるから。
更に少し離れたところにある私立女子大学。
かなり人気のある大学ということで、寮に入りきれなかった学生達が
学校の援助を受けてこのアパートに住んでいるのだ。
寮のように門限がないだけ、このアパートの人気は高い。
ただし、風呂が無いのが辛いところだ。
毎日240円を払い、この銭湯に入りに来るので金の無い学生達にとっては
銭湯代だけでも馬鹿にならないようだ。

今日も大学1年生、結城 伴子(ゆうき ともこ)は洗面器に
シャンプーやタオル、石鹸を入れて銭湯にやってきた。
 

「いらっしゃい」

伴子:「こんばんは」
 

いつものように番頭のおばさんにお金を払うと、女湯の赤い暖簾をくぐる。
脱衣所では同じ大学の学生が数人いて、中年のおばさんや
小さな女の子も服を脱いだり髪の毛を乾かしたりしていた。

伴子も木製の棚に洗面器を置き、セーターとジーパンを脱いだ。
 

伴子:「ん?」
 

下着姿のなった伴子が、何となく視線を感じて振り向く。
しかし、そこには先ほどの女性達がいるだけ・・・
 

伴子:「・・・・」
 

いやらしい視線を感じたような気がする。
伴子はそのまま下着を脱ぐと、洗面器を持ってガラス戸を開け
風呂場に入っていった。
 
 
 
 

もわっとした空気の中、風呂場には10人ほどの女性がいる。
この時間帯はまだ少ない方で、もう少し遅くなると人が込み始めるのだ。

あまり混んでいる時に入るのが嫌な伴子は、いつも少し時間を早めて
銭湯に来ていた。

かけ湯をした後、適当な洗い場に座ると、まず化粧をおとす。
そして、そのまま洗面器を置くとタオルだけ持って湯船に向かった。

湯船に片足を浸かると、ジーンと熱いお湯が皮膚を刺激する。
もう片方の足も浸かり、身体全体を湯船に沈める。
肩より少し長めで、茶色いウェーブのかかった髪。
首から下の髪がお湯に浸かると、水分を含んだ茶色い部分が
少し黒くなり、ウェーブが解(と)ける。
 

伴子:「ふぅ〜」
 

今日は経済学のテストがあったのでとても疲れていた。
湯船で座った伴子は太ももの上にタオルを置いた後、
両手で顔を擦った。

さっぱりした表情で、何気なく男湯と女湯の間の仕切っている壁を見ると、
ちょうど天井と壁の隙間に人らしき影が見える。
 

伴子:「ん?」
 

目を擦ってよく見てみると・・・それは若い男性の姿だった。
その若い男性は、数メートルもある壁の上でキョロキョロと女湯を覗いている。
 

あんな高いところにのぼったりして・・・・

いや、そんな事より女湯を覗いているという行為に驚いた伴子。
 

伴子:「や、やだっ!誰かが覗いてるっ!」
 

伴子は大きな声でそう叫ぶと、湯船の中、太ももの上に置いていた
タオルで胸を隠した。

周りの女性達が伴子の方を向くので、伴子は左手でタオルを
押えながら、右手で壁の上にいる若い男性を指さした。
 

伴子:「ほら、あそこ。あの壁の上に男がっ!」
 

一斉に女性達が伴子の指さす方を見る。

しかし・・・・
 

「どこにいるのよ」

「男なんていないわよ」
 

それが返ってきた言葉。
 

伴子:「いるじゃない。ほら、こっち見てるわよ」
 

伴子と男性の目が合う。
 

伴子:「やだっ。ずっと見てるじゃない」
 

伴子は両手でタオルを押えながら女性達を見た。
でも、みんな首を傾げてばかりいる。
 

伴子:「見えないの?あそこにいるじゃない」

「湯気がそう見えたんじゃないの?」

「誰もいないよ。それにあんな高いところに登れるわけないじゃない」
 

その意見に肯く女性達。
みんな何度も壁の上を見ていたが、結局誰も伴子の話を信じないまま
それぞれ身体や髪を洗い始めたのだった。
 

伴子:「どうして・・・まだあそこにいるのに・・・」
 

伴子には壁の上に座って、じっとこっちを見ている男性の姿が
はっきりと見えていた。しかも彼は裸なのだ。
 

伴子:「ちょ、ちょっと・・・・・ほんとに見えないの?」
 

伴子は自分の目がおかしくなったのかと思い、何度も目をこすった。
 

伴子:「絶対にいるのに」
 

そう思い、両手を目から離して壁の上を見てみると、先ほどまでいた
男性の姿は見えなくなっていた。
 

伴子:「あ、あれ・・・・」
 

目を凝らしてじっと見てみる。でも、そこには男性の姿は見えなかったのだ。
 

伴子:「お・・おかしいな・・・」
 

伴子の思い違いだったのか?
とにかく、男性が見えなくなったのでほっとした・・・・のも、つかの間だった。
 

「君には僕が見えるんだ」
 

横から話し掛けられて、ふと視線を向けると・・・

そこには先ほど壁の上でずっと伴子を見ていた男性が湯船で立っていたのだ。
 

伴子:「ひっ・・・・・」
 

声も出ない・・・
 

男性:「ごめん、驚かせたりして」
 

伴子の顔から血の気が引いた。
 

男性:「僕、5日前にそこの交差点で車に惹かれちゃったんだ。
          どうやら死んじゃったみたい(^^)」
 

さらりと言い放った男性。
 

伴子:「・・・・・」
 

男性:「なんか、幽霊になっちゃたみたいでさ。何日もウロウロしてたらたまたまこの銭湯を見つけてね。
          そしたら、つい覗きたくなっちゃって・・・ははは・・」
 

よく見ると、男性の身体が透けている。
後ろの壁や、身体を洗っている女性の姿が身体を透して見えているのだ。
 

男性:「君だけだね。僕のこと見えるの」

伴子:「・・・・き・・・・・・・・・・・・・きゃぁ〜〜〜〜〜っ!」
 

伴子は思いっきり叫び声を上げた。
銭湯中に叫び声が響き渡る。

何事かとみんなが振り向くのだが、そこには伴子一人しか見えないのだ。
 

「またあのお姉ちゃんだよ」
 

小さな女の子がお母さんに話し掛けている。
 

「ちょっとおかしいんじゃないの?」
 

一瞬シーンと静まり返ったが、さっきの事もあるのでみんな伴子の叫び声を
聞き流してしまった。
 

男性:「こ、怖がらないでよ。杉田 厚志、僕は杉田 厚志っていうんだ。
          二十歳になったばかりだけど・・・死んじゃったんだ・・・」

伴子:「た・・・たすけて・・・・」

厚志(あつし):「僕が助けてほしいよ。これから僕はどうすればいいんだ」

伴子:「た・・・たた・・・・たすけ・・・て・・」
 

伴子は腰に力が入らないまま湯船の淵を両手で掴み、この場から逃げようとした。

その時・・・
 

菫(すみれ):「あ〜!やっぱり伴子だったの、さっきの叫び声はっ(^^)」
 

伴子の親友である菫が浴場のガラス戸を開けて入ってきたのだ。
 

菫:「扉の外まで聞こえてたよ」

伴子:「す・・・菫・・・た、たすけて・・・」

菫:「どうしたのよ、そんなに顔を引きつらせて」
 

菫は持ってきた洗面器でかけ湯をした後、伴子がいる湯船に浸かった。
 

菫:「ふぅ〜、今日のお湯熱いね」

伴子:「そ・・・そこ・・・そこにいる・・」

菫:「何が?」

伴子:「お・・お化け・・・お化けよ・・・ほら・・・菫の横・・・」

菫:「はぁ?」
 

菫は伴子が震えながら指さす方をじっと見た。
でも、菫にはお化けなんで全然見えない。
 

菫:「何言ってるの?何もいないじゃないの」
 

菫が首をかしげて伴子を見つめる。
 

伴子:「そんな・・・まだいるじゃない。本当に見えないの?」

厚志:「だから君にしか見えないんだよ、僕の身体は」

伴子:「そ・・・そんな・・・」

菫:「ねえ、さっきからどうしたのよ。何言ってるの?」
 

菫は湯船に座って、湯船の壁のもたれかかった。
 

伴子:「絶対にいるのよ。さっきからずっと私の方を見てるんだから」

菫:「そんな事言われても・・・ほんとに何も見えないよ。
       伴子の勘違いじゃないの?」
 

菫は右手で左腕を擦りながら、気持ちよさそうに浸かっている。
伴子はまだ顔を引きつらせながら厚志を見ていた。
 

厚志:「そんなに怖がらないでよ。せっかくこうやって話が出来るんだから。
          もしかしたら、君だけが僕の唯一の友達になってくれるかもしれない」

伴子:「な・・・何言ってるのよ・・・だ・・誰があんたなんか・・・」

厚志:「僕だからダメなの?幽霊だから?」

伴子:「どうして私がお化けと友達にならなけりゃいけないのよっ」

厚志:「・・・・そうなんだ・・・やっぱりダメなのか・・・せっかく初めて話せた人だったのに・・」
 

厚志はとても残念そうな顔をしている。
 

伴子:「は、早くあっちに行って!」

菫:「ねえ伴子。あんたさっきからぶつぶつ何独り言いってるのよ」

伴子:「独り言じゃないの。そこのお化けが・・・」

厚志:「お化けって・・・幽霊なんだけどなぁ・・・あ、そうだ。幽霊だから怖いの?
          それならちょっと待っててよ!」

伴子:「ちょ・・・」
 

厚志はニコッと笑った後、お湯の中にゆっくりと沈んでいった。
身体がお湯に使った後、頭もそのまま沈んでしまう。

そして、厚志は湯船のお湯の中に消えてしまったのだ。
 

伴子:「・・・・」
 

お湯の中には幽霊の姿はまったく見えなかった。
伴子はキョロキョロと周りを見渡したが、その姿を見つける事は出来なかった。
 

伴子:「い・・いなくなっちゃった・・ど・・・どこ・・・どこに行ったの?」

菫:「ん?」

伴子:「・・いなくなった・・」

菫:「あんたが言ってるお化けが?」

伴子:「・・・うん・・・」

菫:「それはよかったわね」

伴子:「そんな人事のように言わないでよ」

菫:「だって全然分からないんだもの」
 

菫はそう言って、両手でお湯をすくい、短く切った髪の毛を湿らせた。
 

伴子:「やだ・・どこに行ったんだろ・・・」
 

不安な気持ちを隠せない伴子。
またひょっこりと現れるかもしれないのだ。
 

伴子:「早くアパートに戻った方がいいかも・・・」

菫:「えっ・・・あっ・・・あ・・・」
 

菫が急に変な声を出し始めた。
伴子が菫の方を向くと、菫が湯船のなかでギュッと足を閉じて
両手で股間を押えている。
 

菫:「んっ・・・んっ・・・や・・やだ・・・」

伴子:「す、菫?」

菫:「ん・・・ん〜・・・ぁっ・・・・はぁっ・・・」

伴子:「ど、どうしたの・・・」

菫:「あっ・・・あっ・・や・・な・・なに・・何かが・・・中に・・・」

伴子:「えっ?」

菫:「んはっ・・・そ・・そんな・・・は・・入ってくる・・・」

伴子:「な・・何が?・・・・・」
 

菫はまるで欲情しているような顔つきで伴子の顔を見た。
 

菫:「はっ・・・・あっ・・・す・・・すご・・・い・・・・あっ!」

伴子:「ちょ、ちょっと・・・」

菫:「んっ・・・んんっ・・・はぁ・・・ああぁぁぁ〜・・・」
 

菫は湯船の中でビクンと身体を震わせた。
その時の表情は、まるで「イってしまった」ときと同じ・・・
高い天井を見上げ、しばらく放心状態のようになる。
 

伴子:「・・・・・す・・・菫・・・」

菫:「・・・・ふぅ・・・・」
 

天井を見ていた菫が伴子の顔をみてニコッと微笑む。
 

菫:「最近知ったんだ。身体に乗り移る方法をっ!」
 

菫はそう言うと、湯船の中で馬のように手をつきながら伴子に
近づいてきた。
そして、伴子の横に座る。
 

菫:「こうやって知っている人間の身体になれば怖くないだろ」

伴子:「菫?」

菫:「ううん、菫じゃないよ。僕の名前は厚志。杉田厚志さ」
 

菫は笑顔で伴子に話した。
 

伴子:「・・・・」

菫:「どう?これで僕と話しても大丈夫だよね」
 

菫はそう言うと、うれしそうに伴子の手を握ってきた。
 

伴子:「す・・菫じゃ・・ないの?」

菫:「うん。彼女の身体はしばらく僕が借りる事にしたから」

伴子:「や・・・やだ・・・」

菫:「だって君が幽霊だったら怖がるからこうやって彼女の・・菫ちゃんの
       身体に乗り移ったんじゃない」

伴子:「そ、そんな・・・」

菫:「僕、寂しかったんだ。こうやって他人に乗り移らないと話が出来ない・・・
       でも君は幽霊のままの僕でも話せることが出来たんだ」

伴子:「・・・」

菫:「お願いだから怖がらないでよ。僕は・・・」

伴子:「ほ、本当に菫に乗り移ってるの・・・」

菫:「・・・うん・・・」

伴子:「本当に菫じゃないの?」

菫:「・・・うん・・・」

伴子:「・・・・・」
 

伴子は信じられなかった。
お化け・・・いや、幽霊が菫の身体に乗り移っているなんて。
しかもこうやって話をしているのだ。

外見はどう見ても菫。
でもその身体には、厚志という二十歳の男性が乗り移っている・・・
 

菫:「ふぅ・・・熱くない?ずっと湯船に浸かりっぱなしじゃ、のぼせるよ」

伴子:「・・・・」

菫:「せっかくだから彼女の身体、綺麗に洗ってあげようか」
 

菫は軽くウィンクしたあと、湯船から出て鏡のついている洗い場に歩いて行った。
 

伴子:「・・・・本当に菫じゃないの・・・」
 

何度もつぶやく。
でも、菫の歩き方は女性の歩き方には見えなかった。
少し蟹股で、どこを隠すわけでもなく堂々と歩いている。
いつもの菫なら絶対にそんな歩き方はしない。
 

菫:「ねえ、君も一緒に洗おうよ。隣の場所、取っておくから」
 

菫はニコニコしながら椅子に座り、シャワーで髪の毛を濡らし始めた。
伴子もすっかりのぼせてしまった身体で湯船からあがると、
恐る恐る菫の隣に座ったのだ。
 

菫:「彼女の髪って綺麗だね。全然指が引っかからないな」
 

菫の持ってきたシャンプーを使ってゴシゴシと頭を洗う厚志。
それは男らしい手つき。
指の腹で洗うわけでもなく、爪を立ててガシガシと洗っているようだ。
そんな菫に対してどう接すればいいのか迷っている伴子。

伴子の心臓はずっとドキドキしたままだ。
とりあえず髪にシャンプーをつけたあと、頭皮をマッサージするように優しく洗う。
 

本当に菫にあの幽霊が乗り移っているんだとしたら、私はどうすれば・・・
 

シャワーでシャンプーを洗い落とし、リンスを丁寧に髪に浸透させる。
伴子は菫の方を見ないようにしながら、タオルにボディソープを染み込ませ、
少し泡立ててから身体を擦り始めた。
 

このあとも、あの幽霊は私にまとわりついてくるのかしら・・・
 

そんなことを考えながら体を洗っていると妙な声が隣から聞こえ始めた。
 

菫:「うっ・・・・ふっ・・・・はぁっ・・・・ううっ・・・おっ・・・」

伴子:「・・・・」
 

伴子がゆっくりと菫の方をむくと、菫は身体にたくさんの泡をつけたまま
両手を太ももの間に滑り込ませいていた。
座ったままなのに両足はつま先立ちをしていて、その表情には締まりがない。
 

菫:「う・・・ううん・・・・・あっ・・・・くぅ・・・」

伴子:「・・・・な、なにやってるの・・・」
 

菫は伴子に視線を向けると、片目を瞑って半笑いしながら答えた。
 

菫:「うっ・・・すごいね、女性の身体って・・・・ちょっと触っただけなのに・・・
      こんなに気持ちがいいんだ・・・」

伴子:「や、やだ・・・・菫・・・あなた一体何してるのよ」

菫:「気持ちよすぎて・・・手が・・・止まらないんだ・・・ううっ・・・」

伴子:「や・・・やめてよっ!菫の身体なんだからっ」
 

伴子は少し大きな声でそう言った後、菫の腕を掴んで股間から引き離した。
 

伴子:「本当にあなた、幽霊なの。菫の身体に乗り移ってるの?」

菫:「だからさっきから言ってるじゃない。僕は厚志だって」

伴子:「・・・ね、ねえ。もう菫の身体から出て行ってよ。菫がかわいそうだから」

菫:「だって・・・こうしないと君が怖がるだろ。幽霊の僕と全然話をしてくれないじゃないか」

伴子:「怖いんだもの・・・幽霊だなんて・・・」

菫:「だから彼女ならば怖くないだろ。ねっ。ちょっとの間こうやって身体を借りていたいんだよ」

伴子:「ダメよ。菫の身体から出て行ってっ」

菫:「そんな・・・・じゃあ僕は・・・」
 

菫はしゅんとしてしまった。
そんな菫を見ても伴子はどうする事も出来ないが・・・・
 

伴子:「・・・分かった。分かったから・・・お願いだから菫の身体から離れてちょうだい」

菫:「分かったって・・ほんとに!ほんとに怖がらない?」

伴子:「・・・・うん・・・」

菫:「幽霊の姿でも怖がらない?」

伴子:「うん・・・怖がらない・・たぶん・・・」

菫:「それなら彼女の身体から出て行くよ」
 

急に元気な表情になった菫は、
まるで気が抜けたように身体の力を抜き、頭を垂れてしまった。
菫の背中からひょっこりと厚志の頭が出てくる。
 

伴子:「きゃっ・・・・」

厚志:「それじゃあ彼女の体から抜け出るよ」
 

厚志はスルスルと菫の身体から抜け出てしまった。
それと同時に、菫がビクンと身体を震わせる。
 

菫:「う〜ん・・・・」
 

菫が目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡したあと伴子の存在に気付く。
 

菫:「あれ?伴子?わ、私、どうしたの?」

伴子:「えっ」

菫:「あれ・・・いつの間に・・・身体洗ってたのかしら・・・・」

伴子:「い、一緒に洗ってたじゃない・・・」

菫:「でも・・・たしか湯船に浸かってから・・・・あれ・・どうして?思い出せない・・」

伴子:「一緒に湯船から上がってここに座ったんだよ」

菫:「ほんと?・・・おかしいな・・・」
 

菫は首をかしげながら納得のいかない表情をしていた。
 

厚志:「僕が乗り移っている間の記憶は無いみたいだね」

伴子:「・・・・・・」
 

伴子は菫の横で立っている厚志を見ていた。
幽霊だというけど、なぜか足まではっきりと見えている。
冷静に厚志を観察すると、ごく一般的な若者でそれほど怖いとは思わなくなっていた。
顔は・・・・少しだけ・・・ほんの少しだけかっこいいかもしれない・・・
 

厚志:「待ってるよ、そとで・・・」

伴子:「・・・・・」
 

厚志はニコッと笑いながら話したあと、空中を飛ぶように移動し、ガラス戸を突き抜けて
出て行ってしまった。
 

伴子:「・・・・・」

菫:「どうしたの?伴子」

伴子:「やっぱり幽霊なんだ・・・」

菫:「はぁ?」
 
 

伴子と菫は身体を洗ったあと、もう一度湯船に浸かってから脱衣場で服を着た。
風邪を引かないように髪の毛を乾かして、銭湯を後にする。
 

菫:「それじゃ、またね」

伴子:「うん」
 

二人は銭湯の前で別れる。
そのあと、ひょっこりと厚志が現れた。
 

厚志:「遅かったね」

伴子:「きゃっ・・・・し、しょうがないでしょ。女性はしっかりと身体を洗うのよ。
          あなたみたいに無理矢理ゴシゴシとこすらないし」

厚志:「乱暴だったかな。僕はいつもああやって洗ってたから」

伴子:「菫、頭がヒリヒリするって言ってたし」

厚志:「そっかぁ。彼女には申し訳ない事したかなあ」

伴子:「もういい?これで色々と話が出来たでしょ。天国か地獄か知らないけど
          そろそろ成仏すれば?」

厚志:「冷たいなあ・・・せっかく幽霊のままでもこうやって話しが出来る人が現れたって
          言うのに・・・もう少し一緒にいてもいいだろ」

伴子:「いやよ。どうして私が幽霊と一緒にいなきゃならないのよ」

厚志:「僕が成仏するまで。ねっ。お願いだから、頼むよ。」

伴子:「嫌だって。私がそこまでする義理も無いんだから。それより私の裸を見られて
          気分が悪いわ」

厚志:「ごめん・・・それは悪かったよ。僕もやっぱり男だからこんな状況にでもならないと
          女湯なんて覗けないだろ。ついつい出来心で」

伴子:「菫の身体にも悪戯するし・・」

厚志:「幽霊になってから女性の身体に乗り移ったことは何度かあるんだ。でも、悪戯したのは
          初めてだったんだよ」

伴子:「そんなの信じられない」

厚志:「本当だって。いままでは普通に仕事している女性にしか乗り移った事なかったから・・・
          今日は裸になった彼女に乗り移っただろ。もうなんだかムラムラしちゃって・・」

伴子:「そんなこと言われても、悪戯したことには変わりないんだから・・・」
 

なんだかんだと話しているうちに伴子が借りているアパートに着く。
 

厚志:「へぇ、ここなんだ。君が住んでいるところ」

伴子:「どこまで付いて来るのよ」

厚志:「しばらく一緒にいさせてよ。そうすれば成仏できるかも!」

伴子:「あなた、何をすれば成仏できるのよ」

厚志:「さぁ・・・僕にもよく分からないんだ。何の未練があるんだろ・・」
 

ポケットから鍵を取り出し、ドアノブに差し込んだ伴子。
 

伴子:「あれ・・鍵が空いてる」
 

確かに締めたはずの鍵。それが空いていたのだ。
 

厚志:「もしかして泥棒か?」

伴子:「やだ・・・」
 

伴子が鍵を抜いて、恐る恐るドアを開けると・・・
 
 
 

未久(みく):「遅かったね、伴姉ちゃん」
 

部屋の中には、伴子の妹である高校2年生の未久がいた。
未久はゴムで茶色い髪の毛を一つに束ね、赤いトレーナーに白いジーパン姿で
ちょこんと座っている。
姉妹とあって顔つきはよく似ていた。
 

伴子:「なんだぁ、未久だったの。ビックリしたわ」

未久:「へへ。伴姉ちゃんをビックリさせようと思って」

伴子:「どうしたのよ、急に来て」

未久:「うん・・・あのね、ちょっとお母さんと喧嘩しちゃったんだ」

伴子:「またわがまま言ったんでしょ」

未久:「違うよ。私がバイトでちょっと帰りが遅くなっただけなのに
          すっごく怒るんだ。お父さんに告げ口するし、もう腹がたっちゃって」

伴子:「それで家を飛び出してきたの?」

未久:「うん。でもきっと伴姉ちゃんのアパートに来てる事、分かってると思うから
         電話がかかってくると思うよ」

伴子:「もう・・・」
 

そう言っている間に、携帯電話が鳴り出した。
液晶画面には、父親の名前が表示されている。
 

伴子:「あんたの言うとおりね」
 

伴子はボタンを押して電話に出た。
電話からは母親の声が聞こえる。
 

伴子:「もしもし。うん、来てるよ」

未久:「伴姉ちゃん、今日は帰らないって言って」

伴子:「うん・・・何か今日は帰りたくないんだって・・・・うん・・・うん・・・・分かった。
          じゃあ明日帰るように言うから・・・うん・・・じゃあね」
 

伴子が電話を切ると、未久がニコッと笑った。
 

未久:「やったぁ。今日は家に帰らなくてもいいんだ」

伴子:「ほんとに未久はっ。今日だけだからね。明日はちゃんと帰るのよ」

未久:「うん。分かったよ。でも迷惑じゃない?」

伴子:「どうして?」

未久:「もしかして今日はその人と一緒に過ごすんじゃないかって思って」

伴子:「えっ・・・」

厚志:「えっ・・・見えるの?僕の事が・・・」

未久:「うん。さっきから伴姉ちゃんの横でじっとしてるから、彼しかと思ってたんだけど・・・
          でも恥ずかしくないの?ずっと裸で・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 

銭湯から憑いて来た彼(前編)・・・・おわり
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

ありがちなストーリーで申し訳ありません。
始めは意識していませんでしたが、この話は「おじゃまユーレイくん」を
大人にした話にとてもよく似ていますね。
読んだ事のあるのは小学生のときにかった月間少年ジャンプ(?)の
1話だけだったのですが、今なお覚えている
という事はそれだけ印象深い漫画だったのでしょう。

今回は軽い一人エッチで終了しましたが、次回ははてさて?
と言いつつ、実は殆ど書き終えているのでした(^^

後編は珍しくまとも(?)な話に仕上がっているのでエッチくないです。
ひさしぶりだなあ・・こんな展開は。

話は変わって、未久にも厚志のことが見えるようですから
厚志はきっと嬉しいでしょうね。
しかし、他人に乗り移れば誰とだって話が出来るのに、幽霊の状態で話が
したいというのは不思議なことです。
きっと彼は、他人ではなく「自分」と話が出来る人がいたという事に
嬉しさを感じているんでしょうね。

さて、次回、アパートで3人がどのような状況になるのでしょうか?

それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

Tiraでした。

 

inserted by FC2 system