バレーコートの中に入った千紗と小阪先輩が練習に参加する。
いつものキレが見られない小阪先輩の動き。
しきりに股間を気にしているようだ。
スパッツの上からジャージのズボンを穿いているとはいえ、この状況で生えてくえば誰かに気づかれるかもしれない。
いや、絶対気づくだろう。
そうなったら馬鹿にされるどころか、変態扱いされてしまう。
今のレギュラーという地位だって手放さなくてはならなくなるだろう。
部活自体を止めなければならないかも。
そう考えると、満足に練習なんてできないのであった――





富雄と千紗の悪巧み(第8話)
作:Tira





「ねえ、今日の小阪先輩ってすごくおかしかったよね」
「うんうん。ずっと股間を気にしてたみたい」
「生理痛……とか」
「さあ。わかんない」

練習も終わり、外も暗くなった頃。
他の部員達はそれぞれの部屋で小阪先輩の噂話をしていた。
事情を知っているのは千紗と妹の亜衣、そして薬を飲んで透明な身体になっている富雄の3人だけだ。
結局のところ、練習の時に小阪先輩の股間からムスコが生えてくる事は無かった。
その間に富雄は何をしていたかと言うと、見えない身体をいい事に、施設を色々と見て回っていたのだ。
鍵が掛かっているので、部員達が泊まる各部屋には入れない。
でも、それは千紗や亜衣の身体に入ってしまえば怪しまれずに入ることが出来る。
まあ、透明な身体なのだから上手くすれば入れるのだろうが。

それよりも、興味があったのは風呂場。
宿泊施設の1階にある食堂の隣に並んでいる風呂場は、多くの生徒が利用できるようにとても広いつくりになっていた。
身体を洗うスペースは、一度に20人ほどが使えるようになっている。
浴槽は、3m×10mくらいあって、こちらも大勢で入れるようだ。
夕方の時点で、すでに気持ちよさそうなお湯が湧いていて、白い湯気が高い天井まで昇っていた。
脱衣所だってもちろん広い。


皆で風呂に入っている中で、いきなりムスコが生えてきたら驚くだろうな……
必死に股間を隠しながら身体を洗う小阪先輩。
不安と恥ずかしさで泣き出してしまうかもしれない。
そんな事を思っていた富雄だが、どうやら思い通りにはならないようだ。




「私はいい。後で入るから」
「そんな事言わずに一緒に入ろうよ。お風呂に入ってから夕食を食べるほうがすっきりしていいでしょ」
「いいって。ちょっと疲れちゃったから」
「それなら、尚更早くお風呂に入ってゆっくりすればいいじゃない」
「ごめん……後で一人になって入りたいの……」
「……ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ先に入ってくるね」
「うん……ごめんね」
「いいよ別に。部屋の鍵、置いていくから」
「うん。ちゃんと見張ってる」

小阪先輩は、他の部員の誘いを断って一人部屋に篭っていた。
もちろん皆と風呂へ入りたいに決まっている。
でも、もしまた男の……あのムスコが生えてきたら……
そう思うと、どうしても入れないのだ。

「……また……生えてくるのかしら」

ジャージのズボンの上からそっと股間を撫でてみる。
そこにはいつもの、のっぺりとした女性の股間があった。
もちろん、あのいやらしいムスコの姿は何処にもない。

不安な気持ちを抱きながら窓の外に見える暗い景色を眺めた小阪先輩は、部屋の部員が帰ってくるのをじっと待っていた――





夕食も終わり、ミーティングを済ませた部員達はそれぞれの部屋でくつろいでいた。
よほど疲れているのか、早いところでは既に電気が消え寝息が聞こえている。
しかし、小阪先輩のいる部屋では、まだ部屋の電気がついていた。

小阪先輩は他の部員達と話しながらも、ずっと股間を気にしているようだ。
ベッドの上で女座りをして、足の上に布団をかけている。
別に不自然ではなかったが、練習のときから股間を気にしていた小阪先輩に気づいていた部員達は、何かを隠しているのかもしれないと思い始めていた。

その後も、何事もなく時間が過ぎてゆく。

そして、そろそろ夜中の12時なるという時間。
さすがにこの時間になると、誰もお風呂には入っていないだろう。
周りの部屋から声が聞こえなくなってきたところを見ると、どうやら皆、眠り始めたようだ。
そう思った小阪先輩は、少し眠そうな顔をしながらベッドに寝転んで話をしていた部員達に、

「今からお風呂に入ってくる」

と告げると、着替えを持って風呂場へと向かった。



扉を開いた脱衣所の中。
キョロキョロと周りを見渡し、人影がないことを確認した小阪先輩は、
籠の中に着替えを入れて服を脱いだ。
そして、浴槽前に畳んで積み上げられている綺麗な白いタオルで身体の前を隠すと、誰もいない浴室へと入っていった。

しんと静まり返っている浴室。
浴槽からは湯気が立ち上り、まだ暖かいことを示しているようだった。

「よかった……」

ホッとしてかけ湯をし、広い浴槽に一人で入る。

「ふぅ……いい気持ち」

汗でベタついた身体から開放される。
今日は肉体的にも精神的にも疲れた……
そう思いながら、天井に上ってゆく白い湯気を見上げていた。

一体どうしてあんな物が生えてきたのだろう?

どう考えても納得がいかない。
というか、異常すぎる。

「あれが夢だったらいいのに……」

そっと呟いた小阪先輩。
でも、後輩の千紗にはしっかりと見られている。
それどころか、しごかれて気持ちが良くなって……

小阪先輩の顔が赤くなった。
それは、浴槽のお湯が熱いのか、それとも……

とにかく、今はこの気持ちよさに身を任せたい。
そう思っていた小阪先輩だった。

だが……


「あれ、こんな時間なのに誰か入ってる」

脱衣所から女の子の声が聞こえてきたのだ。
もちろんここには女子バレーボール部員しか来ていないので、その中の誰かだ。

「うそ!?今頃誰が入ってくるのよ」

とっさに浴槽から立ち上がった小阪先輩は急いで洗い場へと移動すると、
周りから身体の前を隠すようにして座った。
別にムスコが生えているわけではないのに。


カラカラカラ……


浴室の扉が開く音がする。

「あっ……小阪先輩」
「……た、田村!?」
「小阪先輩、今お風呂に入り始めたんですか?遅いですね」
「あ、あなた……どうして今頃……」
「何となく入りたいなぁって思ったんです。でもまさか小阪先輩がいるなんて思いませんでしたよ」

そう言って顔を見合わせたのは、もちろん千紗だ。
ニコニコしながら小阪先輩の後ろ姿を見ている。

(どうして、よりによって田村が入ってくるのよ。まさか……妹や他の部員達に言ったんじゃないでしょうね……)

秘密だと言っても、妹くらいには話しているかもしれない。
そう思いながら小阪先輩は、慌ててタオルにボディーシャンプーをつけると身体を洗い始めた。
その様子を眺めてクスクス笑った千紗は、かけ湯をして浴槽に身体を沈めた。

「気持ちいい……」

こうしている間も、小阪先輩は股間をずっと気にしているのだろう。
その様子が後ろからでも十分に分かる。
富雄が、そして自分が小阪先輩をそういう目に合わせていると思うと、優越感からか気持ちが大きくなる。
普段はあまり話したくない先輩でも、こういうときは自分から話しかけてしまうものだ。

「ねえ小阪先輩。練習の時は生えてこなかったんですか?」

わざとらしく大きな声で話しかけると、その声は風呂場の中で反響した。

「ちょ、ちょっと!そんなに大きな声でしゃべらないでっ!」

小阪先輩も同じように叫んだ。でも、そのあと「はっ!」として口を塞ぐ。

「小阪先輩だってそんなに大きな声出して」
「う、五月蝿いわね。もうしゃべりかけないで」
「そんなこと言わないで下さいよ。それより先輩、これからどうするんです?」
「な、何がよ……」

背中越しに話す小阪先輩に問いかけた千紗はゆっくりと浴槽から上がると小阪先輩に近づいた。

「何がって……決まってるじゃないですか。男のアレのことですよ」
「ど、どうするも何もないじゃない」
「いつか皆にばれますよ。それなら先に言っておいたほうが気が楽じゃないですかぁ?」

そう言って小阪先輩の横に座ると、タオルにボディーシャンプーを付け始めた。

「あ、あっちで洗いなさいよ」
「だって一人だと寂しいですから。折角小阪先輩がいるのに」

白々しくそういった千紗。
その時、浴室の扉が独りでに開いたかと思うと、また閉じた。
小阪先輩は気づいていないようだが、千紗は気づいているようだ。
クスッと笑った後、身体を洗い始める。

「ねえ小阪先輩。もし私が皆に言ったとしたらどうします?」
「なっ……何を言い出すのよ。誰にも言ってないでしょうね」
「言ってませんよ。今は」
「今はって……」
「クスッ!ねえ小阪先輩。もう一度アレが生えてきたら、また気持ちよくしてあげますよ」
「だ、誰がっ!もう生えて来ないわよ。あれからは一度もなかったんだから」
「そうなんですか?でも、一度生えてきたものが、またいつ生えてくるかなんて分からないじゃないですか」
「いちいちそんな事は気にしないの。そうよ、あれからは生えてきてないんだから、もう生える事なんてないのよ」
「そうかなぁ……」
「そうに決まってるわ。だから別に田村の妹に言っても構わないわよ。他の部員達にも」
「え〜。そんな事言っていいんですかぁ。また生えてきても知りませんよ」
「だからもう生えてこないのっ!」

そう言った時、太腿の辺りから嫌な感触が伝わってきた。

「えっ!?」

そう言って俯いた小阪先輩は……

「き、きゃあっ!」

と叫び声をあげると、タオルで股間を隠したのだった。

「どうしたんですか!?急に大きな声を出して」
「ア……アレが……」
「なんですか?」
「あっ……な、なんでもないっ!」

明らかに動揺している小阪先輩。
その原因が分かっていた千紗は、嬉しそうに……いや、心配そうな表情をして小阪先輩を見つめた。
千紗の心配そうな、でもどこか小バカに見えるその視線を嫌った小阪先輩は身体についた泡も落さずに立ち上がると、そのままタオルで股間を隠しながら浴槽へ向かって小走りし始めた。
しかし……

「きゃっ!」

千紗が振り向いた時には、小阪先輩の身体は浮いていた。
正確に言うと、足を滑らせて後ろに倒れようとしていたのだ。

「あっ……」

ゴツッ……

千紗には何も出来なかった。
小阪先輩は尻餅を付きつつ、後頭部を床に打ち付けてしまったようだ。
とっさに手で身体を支えようとしたのはさすがに運動神経が良いところ。
でも、その勢いを止める事は出来なかったのだ。

「こ、小阪先輩?」

さすがにまずいと思った千紗は慌てて立ち上がると、動かなくなった小阪先輩の下へと駆け寄った――








富雄と千紗の悪巧み(第8話)……おわり





あとがき

toshi9さん、TS解体新書50万ヒットおめでとうございます!

さて。このお話、本当に久しぶりに書きました(苦笑
前まで何を書いていたか忘れていたので、何度か読み直しましたよ(^^
で、TS解体新書の50万ヒット記念には間に合わせたいと思って書きましたが、
どうも波に乗れずにズルズルと……

とりあえずキリの良いところまで(!?)書き上げたので良しとしましょう!
今回は風呂場での出来事でした。

小阪先輩を精神的に追い詰めた千紗と富雄。
結構仕返ししているようにも思えますが、まだ頑張るようです。

それでは最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
Tiraでした。

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