火曜日7月7日、8日 凛太郎の決断(その2)


 初夏の光りの中を修一のもとに向かって自転車を漕いでいた。昼近くになって日差しも強くなっている。凛太郎が必死に自転車を漕ぐたびに、少しづつ汗が滲み出ていた。
 自分の心に嘘偽り無く従うなら、修一に会うという答えしか出てこない。しかし今自転車に乗っている時間は、何も考える事無く、ただひたすら修一の家を目指すだけだった。
 もう曲がり角一つで修一の家に着く。胸がドキドキして堪らない感覚。けして必死に自転車を漕いでいるから心拍数が高くなっている訳ではなかった。不安と歓喜、興奮、そして悲哀。近づくにつれ不安が大きくなってきたけれど。
 諸積家の門の前まで来ると、凛太郎は自転車を降りた。大きく深呼吸して呼吸を整える。
(来ちゃった)
 一つの決意を心に秘め、凛太郎はインターホンを押した。ややあって、インターホンが答える。
「……どちら様でしょう? 新聞はいらないですよ」
 怪訝そうな低い声。何か来る者を拒んでいるように聞こえる。しかしそんな修一の声も、凛太郎にはひどく懐かしく感じていた。
「あの、修ちゃん? 凛太郎です」
 久しぶりの第一声は、もっと何か違う事を言いたかったけれど、修一の声を聞いただけでそんな事は吹っ飛んでしまっていた。心拍数は自転車に乗っている時よりも高くなってしまう。
「リンタっ? ちょっと待ってろよ。そこ動くなよ」
 どこかに行ってしまえ、と仮に言われたとしても、今日の凛太郎はずっと門の前で待っていただろう。今日という日は二度と来ないのだから。
 修一が慌てて通話を切ると、家の中から次第に走る音が聞こえてきた。玄関でガチャガチャとカギを開ける音がしている。バンっと勢いよく扉が開く。
 学校指定のジャージ姿で現れた修一の顔は、少し痩せたのかと思える。けれど、殴られた痕や傷も無く、凛太郎はその事に安堵していた。
(あ、良かった……。笑ちゃんが言った通り、怪我、してない)
 軽くほっと息を吐くと、まっすぐ見つめる修一の視線が凛太郎の瞳を射抜いていた。途端に凛太郎は修一が全てを知っているだろう事を思い出し、少し俯いて視線をやり過ごそうとしていた。
(や、やっぱり、なんか、キツイ、な)
「あ、あの、修ちゃんに話が」
「リンタ、お前学校サボりか? 意外と不良だな」
 からかうように修一が凛太郎の声を遮る。以前の修一と同じように。
「あ、家、入れよ。立ち話もなんだし」
「うん、お邪魔します」
 優しく笑顔で応対する修一に促され、凛太郎は玄関前に自転車を置き、修一に続いて入っていった。

 二人は連れ立って修一の部屋に入った。コタツをテーブル代わりにしたいつもの部屋だ。以前と違うところと言えば、二人とも会話が無い位だろう。
「外暑かったろ。冷たいのでいいよな」
「あ、うん。ウーロン茶」
 修一が部屋から出て行くと、凛太郎は一気に緊張から開放されていた。肩の力がすーっと抜けていく。
(なにから話せばいいんだろう。修ちゃんに酷い事言ったの、先ず謝った方がいいよね)
 自分の中のもう一人の自分に尋ねるように思考を働かせる。今日が最期だと思うと悲しくなるけれど、それは絶対に修一に悟られる訳にはいかない。いつものように話をして、じきに消えてしまうこの瞬間の自分の心を、そして修一の心を一生懸命に感じていたい。修一が凛太郎にどういう答えを出すにしろ、それは凛太郎自身が招いた結果なのだ。
「お待たせ」
 凛太郎の思考を修一の声が遮った。お盆の上に背の高いグラスに入ったウーロン茶が注がれている。氷が「カラン」と音を立てた。
 修一が座ると、二人とも無言でウーロン茶で喉を潤す。時折凛太郎が窺うように修一を見ると、修一は凛太郎をじっと見つめながらグラスを傾けていた。しばし、静かな時が流れる。
「リンタ、ごめんな。俺……」
 低い響く声で修一が静かに話し出す。凛太郎は「ごめん」と言われて面食らってしまった。本来自分が先に言うべき言葉だと思っていたから。修一にしても次の言葉が見つからない。「俺がもっと早く気づけば」とか「守れなかった」という発言は、そのまま凛太郎の受けた屈辱を想起させるものだ。なるべくならそれに触れたくなかった。凛太郎の為、と言えば聞こえはいいが、修一自身、その事を思い出したくないと言うのもあった。
「僕の方こそ、酷い事言ったから……ごめんなさい」
 俯いて話す凛太郎の声は少し震えていた。
「それに、また迷惑かけちゃって」
「迷惑ってなんだよ? お前は何も悪い事してないだろ。悪いのは」
(ミシマ達じゃねぇか)
 そこまで言うとギリッと奥歯を噛み締める。苦々しい感情が修一の心を支配していた。悪いのはミシマを含めたあの三人なのだ。凛太郎は苦しめられただけで何の落ち度も無い。
「……お母さんも隙があるって言ってた、僕の事。だから、修ちゃんの事もういいって言った日に、あ、あんな事になっ」
「そんな事聞いてねぇだろっ!」
 自分の口から全て伝えてしまうつもりは無かったけれど、口を開くと次第にあの日の話に行き当たってしまう。凛太郎が突っ掛かりながら言う言葉に、修一がその時の状況を思い浮かべ居たたまれない気持ちになって思わず怒鳴ってしまった。けして凛太郎の言う事を否定しようとか怒っているとか、そんな事ではなかったけれど、凛太郎の反応は違った。怒鳴り声に身体がビクっと動いた。
(あ、やっぱり修ちゃん……もうダメなんだ……)
 正座したその膝に置いている手が、カーゴパンツをギュッと掴んだ。俯いた凛太郎は修一の顔を見る事が出来なかった。酷い事を言って傷つけて、しかも言葉は悪いが、後始末までさせてしまった。汚れた身体の事も知っている修一は、もう自分が嫌いなのだと凛太郎は考えてしまった。
 嫌われてるんだ、と思うと途端に涙が止まらなくなって、はらはらと落ちる雫がカーゴパンツに吸い込まれていく。
「ごめん、なさい。……僕が女の子に、ならなかったら、修ちゃんの事、好きにならなかったら、良かったんだ……。一杯、助けてくれたのに、酷い事言って。好きじゃないって、嘘だから。迷惑だろうけど、ほんとに好きだから……。退学には、絶対ならないよ、安心して。――――ごめん、もう帰るね」
 しゃくりあげながら、言葉を少しづつ紡ぎだす凛太郎の唇。ゆっくりと顔を上げて、睫毛にも頬にも涙が溜まり落ちて行く。無理やり笑顔を作りながら凛太郎は立ち上がろうとした。
 その凛太郎の言葉を聞いて、修一が口を開いた。
「ちょっ待てよ、リンタ。お前なにする気だ?」
 退学にならない、その言葉は、凛太郎が全ての事を誰かに、学校の誰かに話すという事だと瞬時に考えが及んでいた。修一自身、どんな処分が下ろうと構わないと思っている。暴力を使ったのは仕方ない。それ以上に卑劣な奴らを凛太郎の前から排除する事が優先だったのだ。凛太郎本人が自分の受けた仕打ちを言う事は、結果として自分は助かるけれど、救いたいと思った人が傷つく結果になってしまう。そんな事を修一は容認出来なかった。
「何って……あ、ちょっ」
 立ち上がる凛太郎の腕を掴むと、バランスを崩した凛太郎が修一の胸に抱き留められていた。どくんと、凛太郎の心臓が大きく跳ねた。阿部、ミシマ、ヨシノにも抱き締められたけれど、嫌悪感しか沸かなかった。一瞬その場面が頭に過ぎると、凛太郎は猛烈に気分が悪くなった。でも、修一に包まれるように優しく抱かれ、その体臭が鼻腔を擽ると、嫌悪感ではなく、反対に落ち着くような気持ちになっていた。
 修一も、久しぶりに触れる凛太郎の柔らかな肉体と、そこから醸し出される女の子の香りに心がときめいてしまう。もう離さないとばかりに抱き留めた腕に少し力を入れた。しかし。
「ダメだよっ」
 いつもなら殆ど抵抗しない凛太郎が、大きな声と共に力いっぱいその身体を修一から引き剥がして行く。胸元を抱えるように前屈みになりながら、凛太郎が一歩後ろに下がった。その尋常ならざる様子に、修一は目を丸くして見つめていた。
「僕、汚れてるから、汚いから、触ったら修ちゃんまで汚れちゃう」
 悲痛な表情と声。「汚れてる」と言う言葉の裏に隠されている事。勿論、修一は凛太郎が何を言っているのか知っている。阿部が持っていた写真を見たのだから。けれど修一は、だからこそ凛太郎を抱き締めたかった。少しでもその心が軽くなればと。恐らく、普通ならば陵辱された女性に近づいて抱き締める、そんな事はかえって逆効果になるだろう。けれど、凛太郎と修一の心の絆は、そうではなかった。近づけば近づく程、強くなる。
「お前が汚いなんて事ある訳ないだろ。俺そんな事一度も言った事ないだろ? 中学の時だって、男の時だって」
 そう言いながら、修一は凛太郎の手を取る。小さな手はいつも以上に白い気がする。顔を伏せている凛太郎の表情は、前髪に隠れて修一からは見えなかった。
「女になってからだって……今だって、リンタ綺麗だよ」
 毎日竹刀の素振り千本やり遂げてきた修一の掌は、肉刺の上に肉刺が出来てごつごつしている。しかし、凛太郎にとっては、それが修一の手であり一番触れて貰いたい手なのだ。その手が右手を取り、掌と甲を両手で包み込んだ。
(あったかい……でも)
 いつまでも触れていたいと思うけれど、同時に穢れたものがどんどん修一を汚染して行くイメージが膨れ上がってくる。凛太郎が軽く手を振り払おうとしたけれど、修一の手も一緒に付いて来てしまう。一瞬だけ涙目で修一を見上げ再び視線を落とした凛太郎は、白い肌に映える唇を動かした。
「けど、穢れてる。もう、修ちゃんが触れたとこ、みんな、あいつらが……それに……」
 目を瞑るとまざまざとその時の光景が瞼に投影されてしまう。凛太郎が汚いと思う理由はそれだけでは無かった。犯され輪姦されていたと言うのに、感じてイキまくってしまった事。媚薬入りのローションだと言っても、凛太郎は言い訳出来なかった。ただ、それを言う事はできず、言葉を飲み込んでいた。
「穢れてないって。俺は今のままのリンタがいいんだ」
 手を引きもう一度修一が抱き締める。凛太郎の耳が修一の胸に押し付けられ、修一の心拍数が異常に早い事が解る。そして無論凛太郎自身の心拍数も。
「……気づかなくて悪かった。守れなくて……許してくれよ」
 その言葉に、凛太郎は修一の胸に頭をつけたまま首を振った。
「でも、怖かった。ヤダった。――――こんな事なら、修ちゃんと、って」
 熱っぽい、潤んだ凛太郎の瞳が、漸く修一の目を真っ直ぐに捉えていた。修一の身体と凛太郎自身の身体に挟まれた腕を、器用に修一の背中に回し、凛太郎も修一を抱き締める。肌と肌が直接触れている訳ではないのに、二人は溶けてしまうような気持ちになっていた。
 修一がゆっくりと顔を近づけてくる。それに呼応するかのように、凛太郎が瞼を閉じる。柔らかでくすぐったいような唇の感触が心地好かった。
「ん……」
 修一に抱かれている安心感と、触れられている心地好さ。凛太郎がそれらの感触に酔い始め唇を緩めると、修一がゆっくりと舌を差し入れて来た。上唇をなぞり下唇をなぞる。次第に凛太郎の口が開いてくると、修一の舌が前歯をつるつると舐めて行く。
(あ、修ちゃん)
 小さく開いた歯の間から、凛太郎が修一の舌を迎えに行く。ちろちろと舌先で刺激すると、お返しとばかり修一が「ぬるり」とたくさん入ってきた。表面のざらつく味蕾を舐めあげられたかと思うと、舌の横へ。そして口蓋。少し修一が凛太郎の口内で蠢く度に、凛太郎は次第に性感を高ぶらせていた。
「ふっん、あぅん」
 湿った「ちゅぷ」とか「にちゅ」とか音が聞こえる。凛太郎から熱い吐息が漏れ出していた。修一も、久しぶりの凛太郎とのキスに、もう、下半身がぎちぎちと音を出しているみたいに、高ぶらせている。ただ、それを一気に開放しようなどとは思わなかった。
 お互いの唾液が絡み合う舌で混ざり合う。どちらもそれを嚥下しているけれど、徐々に激しくなる舌使いのせいで口の端から流れ出していた。
(ああん、気持ちいっ。修ちゃん……? あ?!)
 輪姦されていた時には、キスだけで感じるなんて事は有り得なかった。ローションの力があったからこそ、濡れもしたし、感じもしたのだ。けれど今、修一とキスしているだけで、性的に興奮してくるのが解る。その証拠に凛太郎の秘裂の奥から、とろりとした熱い粘液が溢れ始めていた。
 凛太郎が修一の背中に回した手で、軽く修一の身体を押す。修一も軽く身体を離して行く。
「っはぁ……。修ちゃん、好きだよ、凄く。ずっと好きだから……あの、修ちゃんが、僕の事好きでいてくれてるなら……」
 好きでいてくれてるなら、最後までしてもいい、いや、寧ろして欲しい、そんな事を続けて言いたかった凛太郎だったけれど、それを言ってもし修一が拒否したら。よしんば拒否しなくても躊躇するところなど見たく無かった。男から女の子になった自分が気持ち悪いとか、もう何度も犯された身体には興味ないとか、そんなくだらない妄想が凛太郎の心に過ぎってしまった。
 修一は凛太郎の言葉に隠された意味をちゃんと受け取っていた。けれど、そこではたと思い出した事もあった。千鶴との約束。卒業まで我慢する、そう誓った手前、いい雰囲気になっているからと言って、ここでしてしまっていいのだろうかと思ってしまう。心の大多数は「リンタを抱きたい」と訴えていたけれど。それに。
(リンタとしたいって欲望だけでしたら……あの三人と同じじゃねぇか?)
 じっと見つめてくるだけで何も語らず、何もしない修一に、凛太郎は少し悲しくなっていた。修一はやはり自分と触れ合ったのを後悔していると思ってしまった。一度収まった涙が、涸れる事無く再び凛太郎の滑らかな頬を伝わって行く。
「き、汚いから、やっぱりヤダった? 好きじゃない?」
「やっ違うって。俺、千鶴さんと約束しただろ? それにリンタが欲しいからって抱いたらあいつらと同じに……」
 最後の言葉を言った時、修一はしまったと言う表情を見せた。直接凛太郎が誰に何をされたか言った訳では無いのに、それを連想させるような事を言ってしまったのだ。凛太郎の頬に両手をあて、親指で涙を拭って行く。目の前の可愛らしい少女が欲しくて堪らないのに、二つの枷のせいで修一は思った行動を採れないでいた。
「僕よりお母さんとの約束が大事? 僕は、修ちゃんの肌に触れたい。たくさんぎゅってして欲しい。全部、忘れちゃいたい。……換わりに今、好きな人とシタのを覚えていたい……」
 自分から抱いて欲しいと言うのと変わらない。けれど、修一に自分の素直な心を伝えたかった。それを言うだけで凛太郎は自分の身体が火照って、修一の手が触れている頬も朱に染まって熱を帯びてきている。
「リンタ――」
 修一のトリガーはあっけなく搾られ、ハンマーが落ちて行く。柔らかな唇が触れ合うと、くすぐったいような感触を二人に齎していた。
「ずっと好きだ。赤くってむしゃぶりつきたくなる唇も」
「ん」
 修一の唇が凛太郎の上唇を軽くはむ。そうしておいて、今度は下唇へターゲットを変えていく。
「白くて華奢な首筋も」
「はっン、やっ」
 唇から離れると、涙の後を横切って耳の後ろから首筋へと唇を移動させる。触れるか触れないかの微妙なタッチは、凛太郎の背筋をゾクゾクさせて行く。その快感が腰に溜まり先程から熱くなり始めているワレメから一層、粘液を湧き立たせていた。
「弾力の丁度いいおっぱいも」
 右側が終わると左側へ。修一の唇が凛太郎の首筋を移動して行く。移動しながら、大きな手が凛太郎のたわわな左の乳房を包んで軽く揉んでくる。
「ぅあぅん、はぁっ」
 揉まれただけ、しかも服の上からだと言うのに、凛太郎は快楽の波に飲み込まれつつあった。やわやわと揉まれると「もっと」と口に出そうになる。その度に陰裂は益々濡れてしまうのだ。既にショーツの中は洪水状態になっていた。
(あぁ、ん、すごっい、なんで? なんでこんなに感じちゃう、っはあンッ)
 パーカの上から揉みしだかれると、身体の芯がジンと熱くなってくる。ふと気づくと修一の左手がカットソーをくぐり抜けレースが綺麗に刺繍されているブラジャーに触れていた。丁度乳首の辺りを指で弄られるとこれまで以上の愉悦が凛太郎を襲う。一瞬、その快楽の波に身を任せてしまっていいのかと、戸惑いを覚えてしまう。
(んふっ、くぅン。修ちゃんが好きな分だけ、感じてる? でもっこんなに感じたら、淫乱て思われちゃうよ)
 身体が快感を求めてしまい、それを自分では止められない。それは丁度ミシマ達に嬲られたのと同じ様に感じてしまうのだ。それに座ったままで服も脱がない事も凛太郎にそれを思い出させてしまう。
「しゅう、ちゃぁん……。ここじゃヤダよぉ……」
 少しづつ息を荒くしながら凛太郎が拒否らしくない拒否をしていた。瞳を潤ませて頬を染めているその姿は、修一が主観的に見なくても感じているんだろう事は明白だった。自分の愛撫を受けて、そんな表情をされたらなかなか止まれるものでは無かったけれど、それでも修一は凛太郎の言葉を、凛太郎自身を大切にした。一旦凛太郎の身体から快楽を引き出そうとしている手を止める。
「やっぱり怖いか? そうだな止めとこうな」
 優しい笑顔でそう言う修一の、本当の心は抑えきれない程に高ぶっていた。しかし無理矢理など出来る筈が無い。両の乳房を弄っていた手を離そうとした時、凛太郎が少し慌てたように、その手を掴んでもう一度胸に触れさせる。
「あ、ちがぅ……。あの、するなら……」
 ちらっと部屋の奥にあるベッドに目をやる。一度たりとも、ベッドでえっちな事をした事が無いのだ。しかもセックスに限って言えばまともでも清潔でも無い所だった。座りながらとか床の上と言うシチュエーションは、それだけで嫌な思い出を想起させてしまう。それに、修一との初めてなのに、折角肌を合わせる事が出来るのに、床の上は嫌だった。けして想い出に残らない、本当の初体験でも、せめてベッドの上で、修一の匂いに包まれてしたい。
 その凛太郎の心境を修一が本当に理解しているか、それは解らなかったけれど、ベッドへ行きたいという希望は理解していた。修一はゆっくり右腕を凛太郎の脇から差し入れ膝立ちにさせると、ひかがみに右腕を差し入れて抱き上げていた。ゆっくりと、浮遊するような感覚だけれど、凛太郎はけして怖いと思わなかった。
 腕だけで運ばれる凛太郎は、修一の腕力に改めて畏敬の念を持った。一つも揺るぎ無く、でも歯を食いしばっている訳でもない。「かっこいい」などと思っていると、物語のお姫様のように、凛太郎は優しくベッドに下ろされていた。
「最初から? それとも続きからがいいか?」
 手を胸に置いて、少し立てた膝を揃えて寝ころぶ凛太郎を、修一がベッドに手を付きながら尋ねてくる。凛太郎はもう一度あの歓喜を味わえるなら最初からでもいいかと思ったけれど、恥ずかしい蜜でぐちゃぐちゃになった下半身は、続きを欲していた。高まった性感は、淫欲を更に上昇させている。もし今直ぐ、修一を受け入れる事になっても、咽ぶ程の喜悦だけをその身に感じられるのではないか、そんな気さえする。
「続きからが、いい……」
 凛太郎は、カーテンが閉じられているとは言え、人の顔色さえ識別できるほど明るい修一の部屋で、真っ赤になりながら正直に自分の気持ちを打ち明けた。既に匂い立つ程、女の色香を振り巻き始めている凛太郎の返答に、修一も我が意を得たりという風に両手をカットソーに潜り込ませていた。十本の指と掌が別々の生物の器官のように蠢くと、凛太郎は思わず身を捩っていた。
「ああっ、修ちゃん、そんなっ……」
 気持いい、そういうものを通り越して、身体が泉から湧き出る蜜によってとろけてしまう、そんな感覚。下の唇と同様に、性的興奮から真っ赤に充血した唇から紡ぎ出される言葉には、殆ど意味が無くなっている。拒否したい為の言葉ではない。喘ぐ姿が恥ずかしいから、声に出てしまっているだけなのだ。
 瞑った目を開けて修一を見上げると、にこっと微笑んでいる。と、胸に触れていた左手を凛太郎の背中に差し入れて来た。修一が何をしたいのか理解した凛太郎は、ほんの少しだけベッドと背中に隙間を作る。するっと入る修一の手がブラジャーのホックを器用に外していた。
「続きな。ピンクでちょっと固くなった乳首も好きだ」
「ひ、あぅ」
 固くしこっている乳首に狙いを定め、修一の指先が「くりくり」っと乳首を弄る。けれど、痛い程強く無く、かと言って弱すぎずのタッチは、凛太郎の二つの山の頂点から、快美感を引きずり出していく。びくん、と凛太郎の身体が弾んだかと思うと、そのまま首筋を反らして、唇を戦慄かせていた。
(やっ、いあん、感じっすぎちゃうぅぅ!)
 熱を持った息をテンポ良く吐き出しながら、修一の次の行動を待ってしまう。不安だけれど、期待に満ちた目で見つめていると、修一は凛太郎の両腕を上に上げさせ、パーカ、カットソーと一緒にブラジャーまでを身体から抜き取ってしまう。「あ」と小さく声を出したけれど、その時には既に上半身を覆う物は何も無くなっていた。
 白い、陶器の様な肌。滑らかでつるつるしているそれは、誰も彼も魅了してきた。けれど、本当は修一だけに見られれば良かったのだ。今その最後のチャンスが訪れていた。
「やっぱ、すげー綺麗だぞ。白くって、形もいいし」
 修一の喉がなるのが、凛太郎の耳にも届いた。修一が自分を見て興奮してくれる事が凛太郎には嬉しい。けれど恥ずかしいと思う感情も持っている。もじもじと膝を摺り合わせながら、露になった乳房を隠そうと腕を前に回した。
「あの、あんまり見つめると……恥ずかしぃし……。修ちゃんも脱いでよ」
「ん、悪ぃ」
 言い終わらない内に修一はさっさとTシャツまで全て脱いで上半身裸いなっていた。逞しく盛り上がった胸筋や割れた腹筋は凛太郎が男でも惚れ惚れする。
「リンタ、手どかして」
 凛太郎に触れること無く、修一が伝える。手を握ったり掴んだりせず、力任せにもせずに凛太郎が手を動かすまで待った。
「あ、はい」
 小さく返答して、その腕をどかしていく。しかし腿の上に置けばいいのか、シーツの上に置けばいいのか、はたまた修一に掴まればいいのか解らない。結局、目を伏せながら、シーツの上をもそもそと落ち着き無く動かしていた。
「! ふぁっん、修ちゃんっ! いきなりっ」
 突然襲われた乳首への刺激。「ちろ」っと修一が舌先で舐め上げた。剥き出しの傷口を触られたような感覚に近かった。尤も、それは痛みではなく、快感だったけれど。そこから津波のように波及していく快感の刺激は、瞬く間に凛太郎の下半身を襲っていく。お腹の辺りがヌルっと動いた様だった。
「ひぇあ、しげきっ! つよい、よお! やああン」
 揉みながら乳首を絞り出し、唇で吸い付く。そうしながら、もう片方は指先を使って軽く捻るように愛撫していく。左が終われば右へ、右が終われば、新たな方法で左を。乳首を吸ったかと思えば、乳房全体を舐め、慣れ始めたと見るや乳輪と尖った乳首以外だけに愛撫を加えていく。焦燥に負けた凛太郎が「お願い……」と修一の頭を抱えてずらすまで、その淫靡な攻めが続いた。
 喘ぎ声が次第に大きくなって、外に聞こえてしまうんじゃないかと心配していたのだけれど、それも始めの内だけだった。蕩けた思考は、声を上げれば上げるほど激しくなる愛撫に、益々喘ぎ声を出すことを促していた。
「やぁああ、しゅうっ気持いいっよ。あっンッ! はぇアッ、イッ、イッちゃ」
 胸だけにもたらされる愉悦が高まって、何度も何度もイキそうになってしまう。その度に、修一にどうしてそのタイミングが解るのか、意地悪く弄る手がその活動を止めてしまう。膨れた快楽を産み出す肉芽は、鞘から飛び出して修一の指で触られるのを今か今かと待っている。ぽってりと充血した下の唇は、本来なら開いて襞をたくさん持った歓喜の穴へ誘う筈なのに、凛太郎はまだショーツを穿いたままだった。止めどなく溢れる甘酸っぱい香りの愛液は、始めショーツに染み込んでいたけれど、やがて許容量を越えるとシーツへと拡がっていった。まるでおねしょでもしたかのように、丸く、シーツの下の布団柄を浮き上がらせていた。
 胸からの刺激が下半身に届いているとは言え、直接の愛撫も刺激も無い。どうにかしたいと思っても、修一の見ている前で、自分で触る事などいくらなんでも出来ない。「きゅっ」と腿を力一杯閉じても気持ちよくならない。半分泣いたような表情で、修一を見る。
(修ちゃん、意地悪だ……。もうダメ、おかしくなっちゃうよ)
 きゅっと唇を噛みしめ、胸を弄る腕を掴む。そのまま凛太郎は自分の足の付け根まで持っていった。
「……もっと、好きな所ってないの? もう、ないの?」
 意外な程大胆な凛太郎の行為に修一は驚いてしまった。ここまでの愛撫とそこから導き出される凛太郎の仕草は、感じている事も確かだったし、シーツを見れば既にかなり濡れている事も解っている。修一の次の動きには躊躇がなかった。レースをあしらった可愛いショーツの合わさり目、そこを指先でなぞっていく。くにゅっと指が沈み込むと、ワレメがしっかり、くっきりとその姿を現していく。
「うぁんっ、修ちゃんッ、ソコ、やぁ……」
 待ちに待っていたその部分への刺激。指が軽くクレバスに沈み込む度に甘美なショックが凛太郎の身体を貫いていく。言葉では「ヤダ」などと言っているけれど、凛太郎自身もなぜそんなことを言ってしまうのか解らない。本当はもっと強く、もっと奥までと思うのに、恥ずかしさが全面に押し出される為なのか、それとも女性化し始めた脳が、羞恥を煽るのか素直な言葉は口から出ていかないのだ。
(前に、触られたのとっ違うっ! もっとすごいぃ! なんでぇ?! 好きだから?!)
 陵辱によって凛太郎の身体は性的な刺激に「起きた」状態にされていた。以前の初々しい、刺激に慣れていない身体ではない。ある意味淫欲の蕾を弄られ慣れた、という事も言えるけれど、それは今の凛太郎には考えたくない事実だった。
「リンタ、気持いいか? 凄いぞ、おまえ……」
 修一の指を受け入れやすいように、自然と足を開いていた。時々、ショーツの上から「性欲ボタン」に触れられると足を閉じてしまったけれど、凛太郎は自分の手で導いた修一の手をまだ握り、ひたすらそこから与えられる甘いような切ないような心地を味わっていた。
「んっ、すごっきもち、いっ」
 っきゅっと唇を噛み締め、快感に耐えようとするその表情は、色っぽいという表現では括れない。エロく、修一を誘うような唇は熱く甘い息を吐き、刺激に打ち震える乳房はぷるぷると震えている。白い全身の肌は上気して、ピンクに染まっている。堪らない程の視覚から与えられる興奮に、修一の股間は爆発寸前になっていた。先端からは凛太郎の襞から流れる愛液に負けない位、先走り汁が出てパンツを湿らせていた。
「脱がして、いいか? ……いいよな?」
 ごくっと喉を鳴らしながら、荒い息づかいの修一が尋ねてくる。一瞬明るい室内を思いだし、凛太郎は「待って」と言うつもりだった。けれど、修一は凛太郎の返答を待たずショーツに手を掛けた。凛太郎は反射的に腰を軽く上げた。ショーツを抜き取りやすくするために。
 ねっとりした蜜がクロッチから滴りながら糸を引いていく。軽く開かれた凛太郎の足の付け根は、薄い茂みを陽光に晒していた。その白と黒のコントラストは、修一の心を掴んで離さない。口で息をしながら抜き取ったショーツを握りしめ、その部分を凝視してしまった。
「……あ? やだっ、そんなに見つめ無いでよ……」
 先程までの愛撫が中断されたことで、凛太郎が瞑った目を開けた。目の前に自分の恥ずかしい場所を凝視している修一がいる。凛太郎は思わず足を閉じて手で股間を隠していた。全裸になって、もう行き着くところは一つだと言うのに。
「ちゃんと、ココも好きだからな」
 修一がゆっくりした動きで凛太郎の手をどかしてしまう。目の前に露になった、薄い茂み。愛液から立ち上るオンナの匂いに修一の心中の野獣が一気に目を覚ましていた。
「んあう! そんなとこっ、ダメ」
 茂みに唇を触れた修一は、そのまま鼠径部に唇を移動させた。ゾクッとする感触に思わず凛太郎が足を閉じる。しかし修一は腿に手を這わせ、足を広げさせていた。
「ひっ?! やっ、変になってるから、見ちゃ、ダメだよ」
 何度も何度も犯されて、痛めつけられたから、凛太郎は自分のソコが崩れてしまってると思っていた。修一の目の前にあるのは、けれど、まだ処女だと言っても誰も疑わない程綺麗なピンクをしたワレメだった。ぷっくりとして外に大きく広がっている小陰唇は左右の形の違いも無く、色素の沈着も全くない。ヌラヌラと濡れ光る様は、キスを強請る唇のようだ。上に付いている膨らみは、固くしこっている。そのクリトリスは鞘から身体を窮屈そうに出して、吸われ舐め上げられるのを待っているように見える。修一はソコを舌で転がした時の凛太郎の反応を思わず想像してしまった。
 そして。凛太郎が息をする度に複雑な動きを見せる襞穴。指でそこをイタズラしたときには、想像するだけだった所。とろとろと透明な粘液を湧き出させている。涎を垂らし、男をくわえこみたいと言っているように、蠢く。
(う、あ……すげぇ、これが、リンタの……。やらしくって、気持よさそうだな)
「リンタ。全然変じゃないぞ。……綺麗で、やらしくて、うまそう」
「! そんな! やらしいって、うまそうなんて言っ?! あああっ、はぁあン!」
 まぁるく膨らんだ快楽の肉芽を修一が舌先で舐める。柔らかでヌメるその感触は、ミシマが舐めた時とは比べ物にならない程、気持がいい。あまりの良さに凛太郎は腰をせり上げ、修一の口に下の唇を押しつけてしまっていた。
 くらくらする程の快感で凛太郎は視線をいったりきたりさせている。嬌声を上げていた唇は、半開きのまま、修一が与えてくれる刺激の度に喘ぎ声を出していた。
「だっ、修っ! 汚なっ、ぅやん、いっ!」
「すげぇうまいぞ。舐めてるとこっちまで感じてくる」
「ひあぅぅぅ。あっはぁああ、すごっいっ、しゅうちゃっだめっ、いっうぅ……」
 修一は充血して少し厚く大きくなった小陰唇を唇で軽く引っ張る。そうしながら、もう一枚を指で押し広げて秘裂の中身が全て見えるようにしてしまった。修一の熱い息がかかる度に凛太郎のお腹が大きく動く。震えが来るほどの快感が、そこから立ち上っていく。あまりの刺激に、凛太郎は修一の頭を掻きむしり何とか遠ざけようと無駄に力を使っていた。
 小陰唇を開ききると、唇はもう一度肉芽に辿り着いた。唇で包皮から剥き出されたピンクから赤に変わっているそれを、「チュゥッ」と吸い出しながら舌のつるつるした裏側で撫でる。凛太郎が息を呑みながら身体を跳ねさせると、今度はざらつく表を使っていく。声にならない声を上げ、凛太郎は快感に咽び鳴いていた。
「しゅうちゃあんっ、ぼくっぼくっもうっ」
「ん、もうちょっと待ってな。これ、を……」
「なに、す?! うああぁっ! はっ、やっそれっだっめっ! そこやっあああ!」
 息をひっきりなしに吸わないと酸欠になりそうな凛太郎が、途切れ途切れに尋ねてくる。修一は右腕を上手く畳んで凛太郎の股間の手前で掌を上にしていた。中指だけをぺろりと舐めて湿らせる。最低限、痛くないように。その指を、たくさんの襞がしまわれている膣口へ宛うと、ゆっくりとねじ込んでいった。
 ペニスなどより余程細いというのに、それが修一の指であるという認識で凛太郎の快感ゲージは極端な上昇カーブを描いていく。入っては戻りしながらこれ以上指が入らない所まで進めると、そこでお腹側に向かって指を曲げた。以前修一が欲望に負けて凛太郎の膣を蹂躙した時、弱いと言っていた部分。今回もその効果は覿面だった。
「だめっ、ゆびぃ! 動かしたらあ、いっちゃ、うっ。やだっ舐めちゃっはああン!」
 出し入れする度「じゅぶじゅぶ」と卑猥な音を立てオンナの匂いを一層きつくさせていく凛太郎は、もう限界に来ていた。大きく波打つお腹から下は、ぎゅぅっと力を入れた足が伸びている。「だめ」と言いつつ、より強い快美感を味わう為に修一の顔を掴んで離さなかった。
「イッていいから! 俺が良くしてやるからっ!」
「やだぁ、ぼくっ、いっちゃう、しゅうちゃっ、感じてぇ、修ちゃんがっいっうぁ。修ちゃんが欲しいぃよぉ!」
 イク寸前で、正直にどうして欲しいかを言う凛太郎に、修一の舌と手の動きがぴたっと止まった。むずむずするような、物足りない焦燥感が凛太郎を襲う。イキたい、けれど、それだけじゃなく、修一自身が自分の中にいて欲しい。空虚になっていた心と痛めつけられた身体の双方を、「修一」で満たして欲しい。猛烈にさみしい気持に陥っていく凛太郎は、その感覚に涙しながら修一に訴えていた。


(その3へ)



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