日曜日 思い出のチョーカー(その3)


 女の正体であろう「夢魔」に関しての情報は、結局その本からだけしか得られなかった。「精」ではないものを吸い取るモノの記述はなかったが、凛太郎が遭遇している「夢魔」は「絶望」という人間のマイナスの感情を主食としているのではないか、三人はそういう結論に達していた。「夢魔」から身を守るにはどうしたらいいのか。夢を見ないように寝ないと言う方法もあったが、現実的ではなかった。詳しく見てみると一つだけ記述があった。
「このホーリーシンボルって何かしら?」
 笑が本の記述を見て尋ねる。当然修一には何のことか分らず、二人で凛太郎を見る。 「聖なる印って事だから、キリスト教の魔物だし十字架かな?」
 修一が横から口を出した。
「お、それなら俺も知ってるぞ。ドラキュラには十字架、狼男には銀の弾、だよな」
 自慢げに話す修一を尻目に、笑が凛太郎に言う。
「じゃ、例えばクリスチャンみたいに十字架をいつも持ってたら近寄ってこないんだ」
 凛太郎は頬杖をつきながら、それに答える。
「……どうなんだろうね。弱点てさ、みんなが知ってたらその魔物って絶対出て来れなくなると思う。そうしているうちに話題に上らなくなってくと思う。でも「夢魔」ってずっと話しに出てくるじゃない? って事はこの弱点て違う可能性あるよね。気休めにはなるかも知れないけど」
 極めて冷静に判断している凛太郎が、笑には解らなかった。もう防ぐ方法など無いと最初から知っているのかとさえ思える。
「そうかぁ。十字架ならさっきのお兄さんのとこにあったから、お兄ちゃんがもう一つ買ってくれると思ったんだけど」
 まだふんぞり返っている修一をチラッと見た。
「うーん、でも今日はここまでだね。後はネットでよく見てみるよ。検索のキーワードも考えたいし」
 その様子に気づかない凛太郎は、重い本をばたっと閉じると二人を交互に見て言った。
「ん、じゃそろそろ出るか。本返してきてやるよ。出口で待ってろよ」
 そう言うと修一が本を取り上げようとした。しかし笑がそれを押さえる。一瞬の膠着状態。
「……あたしが返してくるから。お兄ちゃんだと時間かかるし」
「お前な、返し方位解るっての。ほら貸せよ」
 凛太郎の目の前で綱引きが始まりそうだった。凛太郎も焦ってしまう。
「ちょっと、二人とも。本は大事にしなきゃダメだってば。三人で返しに行けばいいでしょ? もう、僕持つよ」
 重たい本を二人から取り上げると、そのまま胸に抱えて席を立ち上がった。修一も笑も慌てて荷物を持ち後に続いた。

 * * * * * * * * *

 本を返却し市立図書館を後にした時、既に三時を回っていた。バスで駅前まで戻り、三人で繁華街を巡り、笑の提案でウィンドショッピングを楽しみ、楽しい日曜の午後は過ぎて行った。もうそろそろ帰ろうかと修一が言い出したのは、五時過ぎだった。
 駐輪場から各々が自転車を持ち出し、道路に出ると後ろからチャンバーをイジッた原付の走行音が聞こえてきた。うるさそうに三人が振り返る。
「あ、やべぇ」
 修一が突然顔を伏せた。しかしいかにも視線を外しました、という行為はワザとらしい。
「どうしたの? 知ってる人?」
 当然の如く笑が聞いてくる。修一は顔を伏せたまま答えない。通り過ぎた原付が目の前で停まった。
「諸積ぃ、挨拶ねーぞ」
 半キャップを首に掛けた、黄色い頭の男が修一に声を掛ける。
「あ、すんません。気が付かなかったっすよ、ミシマさん」
 修一がワザとらしい挨拶を返す。
(え? ミシマ? 今度、修ちゃんと選考会で試合する人?)
 凛太郎が脇田の言葉を思い出しているうちに、ミシマが原付から降り近寄ってきた。
「気が付かなかったじゃねーだろ。ちゃんと見てただろうがっ」
 吐き捨てるようにミシマが唸っている。その風体はいかにもだった。修一よりも背は低かったががっちりした体躯。黄色く染めた髪はワックスでねじ上げている。しかしその髪型も顔には似合っていなかった。まるでブルドッグ、凛太郎はそう感じた。生理的に受け付けないタイプだった。
 白いだぼだぼのスウェットにサンダル履きで、それをザリザリと引きずりながら三人の前に来た。
「いいご身分じゃねーの。女二人連れでデートかよ。さすが脇田お気に入りのホープ君だよな」
 明らかに修一を挑発しているように思える行動。格好といい、物言いといい、人格は推して知るべしだった。
 修一の顔にも緊張が走っている。
「デートなんてもんじゃないっすよ。図書館で調べもんです」
 あくまでも冷静に真面目に答える修一だったが、ミシマは違う。
「なぁ、諸積ぃ。俺も女日照りでな、寂しいんだわ。二人もいんだからよ、一人回せよ。解るだろ?」
 そう話ながら、笑と凛太郎を見比べている。次第に視線が凛太郎だけに固定され、上から下まで透視しているように見始めた。
 凛太郎も視線を気にして、デニムのジャケットの前身ごろを両手で閉める。隣の笑は声も出せなかった。
「いや、あんまり話がわかんないですけど」
 修一は尚も冷静に対処しようと、何とか矛先を自分に向けようとしていた。
「ああ? お前も頭固ぇな。脇田なみかよ。こっちの女俺に貸せって言ってんだよ。これで解るだろ」
 そう言うと修一に目もくれず、ミシマが凛太郎に近寄り手を伸ばしてきた。しかしそれを修一が押さえる。
「何だあ? この手は?」
 ミシマが修一を下から凄む。修一は怯まず言った。
「ミシマさん、来週選考会あるの知ってますか? 先鋒賭けて俺と試合するんですよ。遊んでたら俺に勝てないっすよ」
 選考会という言葉でミシマの目が変わった。
「……ふざけんなよ、1年坊がっ。春は1年は出られねーって決まりがあんだろうがっ。俺ぁ強えから部活行かなくても選手なってんだよっ」
 ぎりぎりと修一に押さえられた腕を推し戻す。余程力を入れているのだろう、双方とも顔は真っ赤だった。
「それが、脇田さんが良いって言ってましたんで。今の俺だったらミシマさんにも勝てるだろうから、いいだろって言ってました」
 凛太郎も確かに脇田が言ってたのは知っているが、今ここで言うのはまずいと感じていた。
(ちょっと、修ちゃん、まずいよ。喧嘩売ってるみたいだよ……)
 はらはらしながら修一の影から見守る凛太郎と笑。
「わきたがだとっ? あのやろう……。いい加減放せっ、ぼけがっ!」
 怒りに狂った目を修一に浴びせながら、ミシマが吠えた。修一もそれに合せ掴んだ腕を放す。
「俺ぁ欲しいモンは全部手に入れんだ。どんな事してでもだっ。諸積ぃ、先鋒はてめぇに渡さねぇ。おめえもだっ女っ。くそっどいつもこいつもムカつくっ!」
 そう毒づくと、ミシマは原付に乗り、大きな近所迷惑な音を振りまきつつ帰って行った。
「ふ〜〜〜……」
 修一が大きく一つ息をついた。凛太郎も笑も呼吸を忘れていた事を思い出し、深呼吸する。
「お兄ちゃん、あんなのと付き合いあったの?」
 驚いたように笑が修一に尋ねた。修一はばつが悪そうに、素直に笑に答える。
「あれなぁ、剣道部の先輩なんだわ。嫌な思いさせて悪かった」
 あまりにも素直に言われ、笑も「ううん、いいんだけど」としか言えなくなってしまった。
「リンタ、悪い。なんか目ぇつけられちゃったかな」
 修一がすまなそうに凛太郎に言った。
「僕はいいけど、修ちゃん、あんな風に言ったら喧嘩になっちゃうよ。それに選考会の事もあるし……」
 凛太郎は修一の腕を掴みながら、心配そうな表情を見せた。修一はその行動にドキっとしながら、努めて冷静を装い凛太郎の肩に手を置いて微笑んで見せた。
「大丈夫だって。部長も俺が勝つって言ってたろ? それよりあの人がちょっかい出して来たら、必ず俺に言えよ。絶対だぞ」
 知らないうちに掴んでいた修一の腕から手を離し、自分の心配を吹き飛ばそうとしている笑顔を見つめた。
「……ちゃんと言うよ。だから修ちゃんも気をつけてよ……」
 心配をかけまいと微笑む逞しい男の子とそれが解っていながらやはり心配する女の子。傍から見るとそう見えた。勿論一番そばにいた笑にも。
「えー、そろそろ帰ろうよ。真っ暗になっちゃうよ。ねぇ、見詰め合ってないでさぁ」
 そう笑に言われて慌てて視線を外した二人だった。

 * * * * * * * * *

 修一の家に先に行き、笑を帰宅させた後、凛太郎と修一の二人で山口家まで行った。街灯と自転車の灯りだけの世界で、二人は何かを話すでもなく走っていった。  いつものように門の前まで送ってもらい、いつものように凛太郎が走り去る修一を見送った。
 家に入り千鶴と二人の夕食が待っていた。ご飯に箸をつけながら千鶴が尋ねる。
「今日はどうだった? 何か見つかった?」
 元に戻る方法、その手がかりを見つける為に図書館へ行く事は、既に伝えてあったから、当然千鶴としてはその結果が知りたかった。
「うーん、なんとなくあったような無かったような……」
 凛太郎は少し歯切れの悪い話方になってしまった。女性化した原因が、もしかしたらこの世のモノのせいでは無いかも知れない。凛太郎自身は確証は無かったが、なんとなくそう感じていたし恐らくそうだろうと思っていた。しかし大人である千鶴にそれを話した時、まともに取り合って貰えるだろうか、それが心配で歯切れが悪くなってしまった。
「何かまずい事でもあった?」
 千鶴が心配そうに凛太郎の顔を見つめてくる。凛太郎もその視線には敵わなかった。素直に今日の成果を話した。
「……魔物ね」
 ご飯の途中だと言うのに、千鶴は箸を持ちながらテーブルにひじをついて考え込んでいる。
「あ、でもそれって僕が考えてるだけだから。夢って言ってもその一回だけだし」
 凛太郎は知らない。あの「女」がまだ夢の中から凛太郎に手を出している事を。そして凛太郎の心に鍵をかけている事を。
 千鶴はこれまで自分の息子に起こった事を考えていた。科学的に人間の性別が劇的に反転する事などあり得ない。それは理解していた。しかし、ではそれが人外の力で起こったかというと流石に否定的だった。自分の理解の範疇を超えているのだから当然だ。
 凛太郎を見る。息子だったはずなのに目の前に座ってこちらを見ているのは女の子だ。我が子ながら客観的に見ても可愛い部類だと思う。爬虫類なら性別が変わる種類がいるのも知っている。でも目の前のコは霊長類だ。そんな事はあり得ない。では、なぜ変わったのか?
 千鶴も薄々は気付いていた。これがヒトならざるモノの仕業ではないかと。しかしそんな事を言うのは自分の理性が許さなかった。凛太郎が女性化してから、千鶴の中で堂々巡りをしていた命題だった。
 然るに今日、自分の子どもの口から人外の仕業の可能性が飛び出た事で、千鶴の考えもその「魔物」のせいであると、回答を出すに至っていた。
「その魔物というのがどういうものかとか、退治する方法とか、そういうのは載っていた?」
 千鶴が御飯茶碗の前に箸を置き、少し身を乗り出して聞いてくる。凛太郎は千鶴が「魔物」の存在を肯定的に考えた事に驚きを隠せなかった。
「お母さん、それ信じてくれるの?」
 思わず、千鶴の質問の答えではなく、その驚きを口にしていた。
「信じる信じないというより、もうそれしか考えられないなら、そうだと思ったのよ。必要なものとかないの?」
 千鶴の真剣な眼差しを受け、凛太郎も箸を置き答える。
「退治の方法は載ってなかったよ。ただ来ないようにするって言うならあった。ホーリーシンボルを身に着けるんだって。でも僕は効果があるかどうか疑問に思ってるけど」
「効果があるどうか、それは身に着けてみないと分らないでしょ? で、ホーリーシンボルってなあに?」
 山口家は元々仏教徒なのだから、それが何か知らなくても恥にはならないが、凛太郎は母も修一や笑と同じレベルだ、と変なところで感心していた。
「キリスト教の世界の話だから、多分十字架とかだと思うけど」
 凛太郎にしても宗教に特別詳しいわけではなかったから、聖なるものと言えば十字架位しか思いつかなかった。
 千鶴は矢継ぎ早に聞いてくる。
「素材は何がいいの? 金? 銀? プラチナ?」
 千鶴の勢いにちょっと圧倒され始めた凛太郎は、少し返答に困ってしまった。
「あ、えっと、素材までは書いてなかったけど……。修ちゃんが狼男には銀の弾って言ってたし、銀、かな?」
 正直素材は何がいいかなど考えていなかった凛太郎は、修一を引き合いに出しお茶を濁す。実際、凛太郎自身は効果の程に期待を持っていないのだから、それ自体に興味が無かったから。
「なら、銀の十字架ね。わかった。明日お母さん買ってくるから。明日はしょうがないけど、明後日からはそれをずっと着けてなさい」
 既に予定として組まれてしまっている事に、凛太郎はまた驚いた。
(え? お母さんどうしちゃったの?)
「あ、あのさ、まだそれが原因かわからないし、わざわざ買ってこなくても……」
「何言ってるの。凛太郎、可能性がある事なら全てする。それがダメなら次の手を考える。そうしなきゃダメなの。仕事でもそう。第一プランを作ってそれが機能しないなら、第二プラン。それもダメなら第三プラン。道はたくさん無いと回って行かないのよ」
 何が回って行くのだろう? と思ったが、千鶴に早口で捲くし立てられ、凛太郎は呑まれてしまっていた。
「……うん、でもさ、高いし……」
「金額の問題じゃないの。護れるかどうかが問題なの。あ、そうだ。ブローチって訳にはいかないわね。ピアスも開けてないし。ネックレスがいいわね?」
 もう話はついたとばかりに、千鶴は何がいいかを考え始めている。
「あっと、今日修ちゃんにチョーカー買って貰ったから、それに付けられるものの方がいいかな」
 凛太郎も、母の勢いから拒否できない事を悟り、どうせならチョーカーに付けられる十字架を頼む事にした。あーでもないこーでもないと言っていた千鶴の表情がちょっと変化した。
「修一君が? 買ってもらった? あらプレゼントかしら。どうして?」
 誕生日でもないのに、と千鶴は続けようとしたが、大体の理由は解っている。修一が凛太郎を女の子として見始めているのは雰囲気で解っていたから。
「早いけど誕生日のプレゼントだって。ワンコのね、細工がぶら下がってるんだ。ワンコ好きだって言ったらさ。買ってやるよだって。でもねその前に、修ちゃんてば、僕の……」
 ここまで言って凛太郎は話をしていいものか迷ってしまった。自分の胸を覗いたお詫びも兼ねている、そんな事を言ったら、修一は変態だと千鶴が思うかも知れない。何しろ自分は男なのだから。女の子の姿は仮の姿だと思っているのだから。
「そうね、今まではアレルギーで飼えなかったものね。犬好きなのにね」
 千鶴は少しすまなそうに凛太郎を見つめていた。凛太郎は少し慌ててしまった。修一の件ではなく、アレルギーの話になってしまうとは。
「お、お母さん、でも、ほら、今の僕ならアレルギー関係ないし、ワンコもこれから飼えるんだから」
(あれ? でも男に戻ったら肌も戻るから、結局ワンコ飼えないのか? え? 僕ってどこかに女の子でいたいって思ってる?)
 自分で言った後で、矛盾が生じている事に気付いた。けれど敢えてそれを言葉にする事は無かった。単に母を思って出た言葉だと思ったし、女の子でいたいなんてこれまで思っていなかったから。
 千鶴も凛太郎の変化には気づいていたが、そこは気づかない振りをした。
「これから飼えるものね。うん。で? 修一君何したの?」
「え、あ、何もしてないよ」
 突然の千鶴から修一の話に戻され、少し焦った風に答えてしまっていた。凛太郎は話を変えた。
「あ、そうだ。学校にチョーカーしてっても大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう? なんだったら改宗してクリスチャンになりましたって言うのも手だと思うけど」
 事も無げに答える千鶴。凛太郎はそんなことで通るのかとも考えていた。担任の谷山は許してくれそうだけれど、他の教員はどうか解らない。特に大原は問題だと思っている。
「なんか問題になりそうな気がするなぁ」
 少し心配になりながらも、修一に貰ったチョーカーを着ける事を考えると自然と顔がほころんでいた。

 * * * * * * * * *

 夜。凛太郎は寝間着に着替えると、修一から貰ったチョーカーの包みを開けてみた。黒いチョーカーにキラキラ光る銀の犬。それを手に取って顔の前で見てみる。
「ワンコやっぱり可愛いな。これなんの種類だろ? テリアかな?」
 犬自体の造形はそこまでこだわりがあるようには見えなかったが、短足で顔にわさわさと毛がある犬というとテリア系だと思った。活発なテリアと遊ぶ自分を思い浮かべると楽しい気分になってくる。
 緑溢れる大きな公園。短いしっぽをぶんぶんと振りながら芝生の上を走り回るテリア。凛太郎が追うと逃げ、凛太郎が逃げると心配したように追ってくる。触れるとちょっと硬めの毛の手触りが気持ちいい。テリアは早く行こうとばかりスカートの裾を軽く噛んでひっぱり……。
(スカート? なんでスカート? スカートなんて穿いた事ないじゃんか。うわあああ、何て想像してんだっ!)
 自分でも奇異に思ってしまう。スカートを穿く自分。そんな想像を無意識の内にしてしまった事に、とてつもない自己嫌悪に陥ってしまった。いくら楽しめばいいと言われても、自分が男である事を忘れてしまったら話しにならない。女の子でいる事が目的ではなく、男に戻る事が目的なのだから。
(そう言えばさっきもこのままでいたらワンコ飼えるなんて思ってたし……)
 手にしたチョーカーから目を外し、鏡に映る自分をじーっと見つめる。ちょっと怖い目で見つめる少女が映っている。
(これは僕だけど僕じゃないんだから。絶対に違う。どんな格好してても、僕は男なんだから)
 凛太郎は鏡を凝視し、自分に暗示を掛けるように何度も何度も「僕は男」と唱えた。
「目ぇ痛ぁ」
 あまりにも瞬きせずに見つめていた為、少し目が乾いてきてしまった。握った手で軽く目を擦ると、銀の犬がじゃれるように凛太郎の頬に触れる。
「ワンコの修一くん。ちゃんと一緒にいてよね」
 銀の犬を見ながらそう呟いた。凛太郎は鏡を見ながらそれを着けてみる。白い首筋に黒いチョーカー。チラチラと銀細工は鎖骨の合さった辺りで光を反射している。当初凛太郎が想像していたより目だっていた。
「ありゃ? 以外と目立っちゃうんだ。襟付きのシャツなら隠れるかな?」
 そうは思ったけれど、女子制服のブラウスはセーラーカラーだから少し胸元が開いている。今の凛太郎はそこまで考えていなかったが。
「似合ってる、のかな……? どうなんだろ」
 正直、普通の男子高校生だった凛太郎は、この類のアクセサリなど身に付けた事がない。似合っているかどうかは自分でも解らなかった。ただ白い肌にアクセントがついた事は確かだった。それに。
「……うん、着けてるとなんか傍にいる感じ……。修ちゃんが……いつも僕と一緒に、いてくれる……」
 身に着ける事で不思議な安堵・安心感が生まれていた。首から胸元にかけて温かくなっているようにも感じる。どういうことだろう、とは思ったけれど、それ以上に深く考えるのは止めにした。自分に取っても、修一に対しても怖い考えになりそうだったから。
 心に温かな余韻を残し、ベッドに転がり込むと、枕元にチョーカーを置いた。
「修ちゃん、おやすみ」
 灯りを消すと部屋は暗闇に包まれる。色々な事があった日曜日は、その疲労からか凛太郎を直ぐに深い眠りへと連れて行き、幕を閉じた。


(火曜日―水曜日へ)


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